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夢想花〜藤森の姫と狼達の奏でる物語〜  作者: 桜柚
第壱章 記憶を巡る旅路
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鴨と雛と梅の花【壱】





――それは、色鮮やかな記憶。


モノクロには映らない彩られた綺麗な世界。


それがいつの記憶かよく分からない。けれど、私は確かにそこにいた。そして、いつも誰かと一緒だったような気がする。顔を上げれば皆がいて、毎日楽しく過ごしていたんだ――



『おい、コラ。その魚は俺んだよ!!』


『いーや、これは俺が狙ってた獲物だっつの。あ! 向こうにスゲェ美人がいる!!』


『何!? 何処――』


『捕ったりぃぃぃ!!!!』


『ああっ、てめぇ、騙したなぁぁぁ!?』


川に来て魚を捕る事は、よくあった。いつも決まった面々が川で魚を釣り上げる。その光景を私はジッと眺めていた。()()と共に。


『あーあ、魚があれではボロボロになってしまう。止めなくて良いのか?』


『そう言うなら、君が止めて来いよ。仲裁は得意だろ?』


『……アレは放れ牛だから関わると碌な事にならないし。僕は遠慮したいね』


呆れながらも、何処か楽しそうに言葉を交わす彼らに私も思わず笑みを溢す。


クスクス笑っていると、川にいた青年達が魚を携えて此方に向かって来ていた。私は彼らの方へ行こうと立ち上がるが、近くにいた青年に手で制される。そして、背後からギュッと青年の胸元へと引き寄せられた。


どうしたの?と青年を見上げると、にっこり笑顔で一言。


『近付くと駄目だよ。馬鹿が移るから』


『誰が馬鹿だ! 誰が!!』


青年の言葉に強く反応し吠えるが青年はそれを無視し、私の頭をゆるゆると撫でる。撫でられるのはとても気持ちが良くて、私は思わず瞳を閉じた。


『沢山捕れたね。昼飯は焼き魚にしようか』


『だが、先生の分も含めると……。人数分足りなくないか?』


『それなら、放れ牛の分を削りなよ。いらないらしいから』


『何で俺のだよ!? てめぇが減らせ!!』


ガヤガヤと騒がしい彼らの声を子守唄に、私は深い深い眠りへと落ちていく。


『雛? 寝たの?』


顔を上げたいのに、瞼は物凄く重たくて開けることが出来ない。糸がプツンと切れるかのように、そのまま私の意識は途切れた――













誰かに呼ばれたような気がして、雛乃はゆっくりと目を開いた。


「……んぅぅ?」


雛乃は重たい瞼を擦りながら周囲を見渡す。

薄暗く澄んだ空気から様するに、今は夜明け前だろうか。


ふわぁ、と欠伸をして雛乃は布団から起き上がった。起き上がると、更に部屋の様子がよく分かる。


(……あれ? 此処、誰の部屋?)


雛乃の部屋ではない事は確かだった。古い書物や古着が畳に積み重ねてあり、年輩の方が使用している風が見て取れる。


部屋には雛乃以外誰もいない。朝早くから何処に出掛けているのだろうか。

一息吐き、近くに畳んである着物を手に取り袖を通していく。


(……部屋の様子から源さんかなぁ? 後でお礼言いに行かなきゃ。って、何で私はそもそも寝ちゃって……)


着替えながら雛乃は考えていた。何故自分は井上の部屋で休んでいたのか。

買い物を頼まれて沖田と市中へ出掛け、斎藤と出会い甘味処へ行って――


記憶と辿っていくと同時に雛乃に、ある光景が甦る。それはあの路地裏での出来事だった。


以前倒れた時とは違い、幾分か記憶ははっきりしている。一琉という青年に言われた言葉も、和助と会ったことも覚えていた。


「……誰と、勘違いしてたんだろ」


帯を締めながら思わずひとりごちる。


彼は自分の事を“お雛”と呼んでいた。確かに愛称として雛と呼ばれる事はよくあるが、それは現代での話。幕末でそう呼ばれたのは、久に続いて二人目だった。


幕末での知り合いはまだまだ少ない。壬生浪士組から出してもらえたのは、先日が初めてで知り合いなどいる訳がないのに。一体、彼は自分と誰を重ねていたのだろうか。


そういえば、先程の夢でも自分は雛と呼ばれていたような気がする。温かくて懐かしい人達に囲まれている幼い自分がいた。


(……変なの。幼い頃、幕末なんか来たことないのに何で……)


あの時感じた懐かしさが再び胸に込み上げる。ツキン、と痛む頭に雛乃は眉を寄せた。


雛乃に十歳以前の過去の記憶はない。考えたり悩むことはあっても、このように過去に浸る事などなかった。

だが、この苦しい気持ちは紛れもない自分の感情。


一琉と和助の言葉がきっかけでこの思いは生まれた。今まで感じたことのない感情が雛乃の心を占めている。


(……考えれば考える程、深みに填まっているような気がする。私じゃない自分がいるみたい……)


そんな様々な思いを打ち消すようにパチン、と強く頬を叩き雛乃は深呼吸を繰り返す。


いつまでも悩んでいる訳にはいかない。このままだと弱い自分に戻っていく。心を覗かれない為にも、いつものように凛としていなくては。


「よーしっ!!」


顔を上げた雛乃はいつもの感情を取り戻している。無邪気な笑みを浮かべており、先程の悩んでる様子は何処にも見られなかった。


着物を着付け終え、布団を畳み押し入れに直すと廊下に続く障子戸を開く。

早朝の所為か隊士の姿は殆どない。東の空が白んでいるのを確認し、雛乃は静かに井上の部屋を後にした。


向かう場所は屋敷の中心にある土間。井上が部屋にいないのなら、稽古もしくは食膳の準備をしているはずだ。


久がいない以上、幹部の中で一番頼りになるのは井上だろう。夕餉も井上が指導していたはずだから、朝餉も指導をしている可能性が高い。


とてとて、と廊下を歩きながら雛乃はふと思う。その井上が指導した夕餉はどうだったのだろうか。


(……作ったのは、たぶん藤堂さん達だよね。料理、一体どんなの出来たのかなぁ……)


この時代は現代と違い食材は野菜中心。純和食が多い。肉は殆ど食べる事なく魚を主菜としている。


良く言えば健康的。悪く言えば質素。だが、そんな素朴な料理が雛乃は好きだった。食材本来の味を大事にする。現代より味は薄いものの格段に美味しい。


(久さんの作る煮物、凄く美味しいんだよね。温かいっていうか、懐かしいっていうか……)


頬を弛ませながら歩き続け、土間の手前にある引き戸を引いた時だった。ガチャンと派手な音が響き、誰かが土間から飛び出してきた。


咄嗟の事に雛乃は反応出来ず、その人物と思い切りぶつかってしまう。


「うわっ! ごめん、大丈夫か!?  ……って、雛乃?」


「と、藤堂さん!?」


土間から飛び出してきたのは藤堂だった。余程急いでいたのか額には汗をかいている。ぶつかった雛乃に怪我はないかと尋ね、無事なのを確認すると藤堂は息をホッと吐いた。


「そっか。それなら、良かった。いきなり、飛び出してきたりしてごめんな?」


「いえ、私も考え事してて前見てませんでしたから。おあいこですよ」


藤堂の言葉に雛乃はそう言って首を横に振り微笑む。和やかな雰囲気が漂っていたかに思えたが、土間から響いた物音によって消された。


ガッシャァァァン!!!!


雛乃は何かが割れたような音に、何事かと目をしばたたかせる。対する藤堂は額に手を当てていた。眉を潜めている様子から何か心当たりがあるようだ。


「……もしかして、何かあったんですか?」


「うん。ちょっとね……。実は、左之さんが――」


藤堂の言葉を遮るように再び土間から破壊音が響く。ガタガタと何かが動き回る音も加わり、土間は何処か騒がしい。


「あーあ、片付けるどころか壊しまくってるよ……」


藤堂はそう呟いて顔を上げる。だが、その表情は浮かないままだ。


「左之さんと俺が今日は一応当番なんだけどさ、全然出来なくて。左之さんが鍋焦がすし、味噌汁は溢すし、飯は水分多くてグチャグチャでさぁ……」


「……何となく想像出来ました。原田さん、豪快ですもんね」


現場を見なくても容易に想像出来てしまった原田の行動に、雛乃は苦笑を浮かべる。笑って済まされる問題ではないが、呆れた表情を浮かべてしまうのは原田の性格を知っているせいだろうか。


騒がしい音が響く今の土間では原田一人がいて、朝餉を再び作っている。しかし、また失敗されては堪らないと考えた藤堂は、助っ人を呼びに土間を飛び出したのだった。


「成程……。つまり、原田さんのせいで朝餉が全く出来ていなくて困ってるんですね?」

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