表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夢想花〜藤森の姫と狼達の奏でる物語〜  作者: 桜柚
第壱章 記憶を巡る旅路
54/192

【 動く闇 (参) 】

巻き添えを食らわないように一琉の背後へと控えていた澄は、下げていた顔を上げ慌てて高杉の元へと向かっていった。


澄は久坂程ではないが、ある程度の医療技術は持っている。何もせずに放置するよりは良いだろう。

高杉を澄に任せ、一琉は酒を飲もうと盃に手を伸ばすと横から徳利が現れる。盃へ差し口を向けると、桂は緩やかに微笑んだ。


「飲むかい?」


「……おう、貰う」


桂から酒を注いで貰いそれを口へと運ぶ。酒を味わうように、喉にゆるゆると流し込むと、横目で吉田と久坂を見た。


「稔麿、夜な夜な市中を出歩くのはよせ。壬生狼にはまだ手を出すべきではないと言っただろう」


「分かってる。けどね、知る権利はあると思うんだ。壬生狼の内部を知れば、弱点も分かる。そうでしょ?」


「確かにそうだ。だが、」


「じゃあさ、玄瑞。そこまで僕を止めたいんなら、僕が納得出来る理由を聞かせてよ。じゃないと、無理」


吉田の言葉に久坂は思わず、動きを止める。理由など言える訳がなかった。


「理由など常日頃のお前の行動を見れば分かるだろ。自重する事も時には大事だ。それより、お前に頼みたい事が――」


久坂は言葉を濁し吉田の話を笑って流した。吉田に対して、この手の話題を長引かせるのは都合が悪い。それを分かっているからこそ、久坂は一旦会話を終了させ別の話題へ移したのだった。


そんな久坂と吉田から視線を外し一琉は眉を寄せる。


先程の話の内容から察するに、どうやら“例の話”のようだ。やはり吉田は壬生狼の女中を調べようとしていたらしい。一琉が手回しをしていたお陰で詳細は知られてはいないが、この状況なら発覚するのも時間の問題だろう。


逃げられない状況が目の前に迫ってきている。これはもう覚悟を決めるべきだろうか。


「おや、一琉が考え事とは珍しいね。何か悩みでもあるのかい?」


「ああ、今、究極というか最悪の選択を迫られている所なんだよ……」


盃に残っていた酒を全て飲み干し、膳へと置く。そして深々と息を吐いた。


「なぁ、桂。確実に仕留められる運命ならさ、素直に白状するべきか、それとも最後まで抗うべきか。どちらが正しいと思うよ?」


一琉は胡座をかいた太股に肘を付き、視線だけを桂に向ける。視線を受けた桂は、緩やかに微笑んだ。


「それはまた凄い選択だね。そうだなぁ……」


顎に手を当てて思考を巡らす桂は、優しげな目元を更に細める。顎から手を離すと桂は一琉の肩を軽く叩いた。


「一琉の話を聞く限り、どちらを選んでも稔麿の怒りを買ってしまうんだろう? ならば、話してしまったらどうだい。雛の事を」


「そうだな。それしかないよな……って、え?」


思わず頷きかけたが、桂の言葉が再び脳内再生され一琉は動きを止めた。


「……桂。今、なんつった」


「ん? 雛に関する全ての事を話したらどうか、と言ったんだよ。あの子は今、壬生狼にいるんだろう?」


人間本当に驚いた時、声は出ないものらしい。目を見開き、口をぱくぱくと開閉させる一琉に対し、桂は平然と笑顔のまま酒を飲んでいた。


座敷はそこまで広くなく、四人の座っている位置も然程離れていない。桂の言葉は久坂と吉田にも勿論、聞こえていただろう。


ただならぬ空気が漂って来るのを感じ、一琉は全身の汗がドッと吹き出した。


「桂、何でそれを知って……!!」


「玄瑞から聞いていたからね。あれ、何か問題でもあったのかい?」


「問題大有りだっての……」


そう言って肩を落とし深々と息を吐く一琉に、桂は苦笑を溢す。

桂の言動は何も意図的なものではない。単に話したかったから話したに過ぎなかった。


桂は堅実そうに見えて、何処か抜けている所が多々ある。このような些細なものから重大なものも合わせると数え切れない程の失敗を為出かしていた。

桂もある意味、問題が多い人物と言った方が良いのかもしれない。


一琉は落胆の色濃く沈んでいた。これから起きる事を考えればそうなるのも当然だろうが。

故に気付けなかった。背後に迫る黒い影に。


「一琉。どういうことか、説明してくれるよね?」


強い殺気を感じ一琉が顔を上げると同時に、冷たい何かが自分の横を通り過ぎた。重量のあるそれは深々と畳に刺さる。


ピリリ、と頬に感じた痛みで一琉は刀を向けられたのだと瞬時に悟った。血が滴り落ちるのを指で払い一琉は声を上げる。


「吉田、いきなり何しやがる! 俺は久坂に頼まれて黙ってただけで……っ」


一琉は文句を言い掛けて思わず言葉を呑む。


何故なら吉田が、不機嫌丸出しで自分を見下ろし続けていたからだ。いつもの冷めた笑みすら浮かべていない。吉田は本気で怒っているようで、鋭い殺気を一琉に放ち続けている。


それを見て、吉田の逆鱗に触れてしまった事を察したのか一琉から徐々に血の気が引いていく。


「ち、ちょっと待て、吉田。言っとくが悪いのは俺だけじゃねぇからな……?」


元を辿れば、一琉は久坂に頼まれ雛という少女を探したのだ。そして、その久坂が吉田には口外するなと言った。何も一琉が進んで隠そうとした訳ではない。


そう考えれば考える程、本来この制裁を受けるべきなのは自分ではなく久坂のような気がしてくる。


確かに、吉田に対する裏工作をした自分も悪いだろうが、依頼した久坂にも非はあるはずだ。久坂と吉田は旧知の間柄。こうなる事は既に把握していたに違いない。何故、口外してしまう可能性のある桂にも話してしまったのか。


吉田の殺気に汗をダラダラと垂らし耐えながら、一琉は視線だけを久坂に向けた。


「……おい、久坂。お前ぇ、」


「一琉。時には諦めも大事だ。潔く、稔麿に斬られろ」


何も話す事はない、と一琉の視線を笑顔で一蹴する久坂に一琉は口端をひくつかせた。


「てめぇが俺に押し付けた癖に何を言って……!!」


「最初に言っていただろう。稔麿にバレたら命は無いと。気を付けなかった一琉が悪い」


「何で、そうなる!? 全て暴露しちまったのは桂じゃねぇか!!」


ビシッと桂を指差せば、桂は何事かと不思議そうに首を傾げていた。当事者だというのに、本人はやはり無自覚らしい。

酒を味わい続ける桂は、この状況も上手く理解出来ていないようで、一琉と吉田のやり取りもいつもの喧嘩だと認識していた。


普段の桂は有事の際に機転を利かす時とは大違いで、何かと疎い。それが桂の良い所でもあるのだが、時と場合によってそれは殺意に変わってしまう。


現に一琉は沸々と怒りを募らせている。桂に伝わらない、このやるせなさを一体何処にぶつけるべきだろうか。


視界の隅に移ったのは久坂。涼しい顔をして腰を下ろしている久坂の表情が妙に癇に障る。

一琉は桂から視線を戻し、久坂に向けて再び声を上げた。


「久坂! この件に関してはお前が一番知ってんだろうが。吉田に説明しやが」


「黙りなよ」


吉田は一琉の声を遮り畳に突き刺さっていた刀を抜いて、それを一琉の首筋へと当てる。


「僕は雛の事を知りたいんだ。馬鹿な事ばっかり喚いてないで、早く話してくれないかな。じゃないと、斬り落とすよ?」


何を、と聞かなくても部位は嫌でも分かった。首筋に当たる冷たい感触に一琉は息を呑む。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ