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夢想花〜藤森の姫と狼達の奏でる物語〜  作者: 桜柚
第壱章 記憶を巡る旅路
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追う背中、伸ばす掌【陸】

滅多に相手を褒める事のない沖田が認めた実力者だ。土方が相手した所で、仕留められるかどうか。


監察に匹敵する能力を持つ輩となれば、気配を消すのも容易く飛び道具も使い慣れているはず。刀で戦うには厳しい相手でもあった。


そのような輩と対峙出来るのは土方を含むごく僅かだと断言して良い。もし、平隊士が出会いでもしたら一瞬にしてあの世行きになるだろう。

そうなれば、この浪士組の存続にも関わり兼ねない。早々に見つけ出して始末するのが得策だと思われる。


今ならまだ摘み取れる程の小さな異分子だ。それを太く成長する前に全て刈り取ってしまう。中に入り込んできたモノと共に。


「……斎藤の対峙した奴は長州繋がり、か。長州は攘夷派の先鋒でもある。邪魔になる浪士組の女中に手を出すのは当然だろうよ」


奴らにしてみれば、雛乃の存在は驚きでもあり良い標的に見えたに違いない。故に雛乃をずっと監察し続けていた。


「雛乃が来た段階で、内通者は屯所にいた。お前らはそう思ってんだな?」


土方の問いに沖田と斎藤は黙然と頷いた。そう考えれば雛乃の存在を早くに知っていた事も、漏れていないはずの情報が伝わっていた事も全て納得がいく。


「彼は、計画の為に彼女を呼び寄せたと言ってましたし、事前に情報を集めていなければ無理でしょう?」


「……それに、雛乃が来た後に入った隊士は一人もいません。疑うべきは身内にいるかと」


土方は煙管の煙を吸いそれをゆっくりと吐き出す。眉間には未だに深い皺が刻まれていた。


土方とて考えなかった訳ではない。だが確信が持てず、山崎に指示をしなかった。その結果がこれである。


苛立つ土方の思考を止めるように沖田は手をパチン、と大きく叩く。その音に土方は沖田を睨み付けるが、沖田は気にすることなく今思うことを口にした。


「土方さん、そう怖い顔して悩むような事じゃないですって。怪しい人は数えただけで、ひい、ふう、みい……まぁ、複数いますし。一人ずつ潰していけば良い話じゃないですかー」


沖田はいつもの笑顔でにっこりと微笑む。その笑顔は悪戯を企むより酷く嫌な笑みだった。


沖田の笑顔に隠された思惑に気付いた土方は深々と息を吐く。


「……あのな、総司。そう簡単に出来る事じゃねぇんだよ。現状をよく見て見りゃあ分かんだろ」


壬生浪士組は結成されてまだ日も浅い。結成から四ヶ月経ち四十余りの隊士がいるとはいえ、いつ崩れるか分からない軟弱な組織である。内部も芹沢派と近藤派に分裂し、何かとごたごたしていた。ただえさえ、今は芹沢の暴挙を抑えるのに神経を使っているのだ。これ以上の問題は抱えきれない。


「内部抗争なんざやってみろ。それこそ、奴等の思うツボだろうが。今はまだ動くべき時じゃねぇ。暫くは、山崎を使っての様子見だ」


土方の言葉に従うように頷く斎藤に対し、沖田は不満げに唇を尖らせた。


「ええぇぇー、そんなのつまらないですー。なら、この私が持つ苛々を一体何処にぶつけたら良いんですかっ!」


どうやら沖田は負けた事が相当悔しかったようで、内通者を見つけ出し仕留める事を理由に、憂さ晴らしをしたかったらしい。


土方はそれに気付いていた為、監察止まりだと断言したのだ。私情を挟んでの暴走は芹沢だけで十分である。

煙管を再び口へと運び煙を吐き出した土方は呆れたように沖田を見た。


「そんなやる気があるなら、稽古にでも行きゃ良いだろうが。竹刀でも振って心を落ち着かせてろ」


「でも、私を相手に出来る隊士なんていませんしー。直ぐに皆、伸びてしまいますからつまらないんですよ。……あぁ、雛乃ちゃんが起きてたら遊べて楽しいんですけどねぇ」


今の沖田にとって、気分転換になるのは斬り合いと雛乃を構う事のようだ。


不貞腐れる沖田に煙管を吸いながら呆れた視線を向ける土方。そんな二人のせいで話は平行線のまま進まずにいる。それを打開すべく、黙っていた斎藤がおもむろに口を開いた。


「……副長。その件は保留にするとして、残る問題……彼女の処遇はどうするつもりですか」


斎藤の言葉に土方は煙管の煙をゆるゆると吐き出す。立ち上って消えた白煙に目を細めた。


「今迄通り、女中として生活してもらうってのが妥当だろうよ。山崎の監視も無し、行動制限も無し、と言いたいところだが――」


「はいはーい、雛乃ちゃんの外出時には私が付き添いまーす。異論は認めませーん」


「……総司……」


遮るように嬉々として声を上げた沖田に土方は眉を寄せる。


先程までの不貞腐れた表情は何処にもない。切り替えの早い奴だと内心舌を巻いた。仕事もこのようにやってくれれば問題ないのだが、言ったところで人の話をちゃんと聞くという事は絶対にしないだろう。沖田総司とはそういう人間だ。


「護衛を付かせるのは当然だと思う。が、お前ぇ限定ってのは無理な話だな」


「えぇー、何でですか!」


「決まってんだろ。雛乃の、アイツの為だ」


沖田は攘夷派、倒幕派の中でも名が知られている。それは沖田が天才的な剣の才を持ち、数多くの敵を斬ってきたからだ。


沖田が市中に出れば刺客に襲われる。それは日常茶飯事になりつつあった。他の幹部や隊士も沖田同様、浪士に襲われることはあるが沖田程の頻度ではない。


沖田と共に外出するという事は自らの命も危険に晒すということになる。隊士ならいざ知らず、丸腰の只の女中である雛乃が上手くやり過ごせるだろうか。


囲まれたら最後、血の雨が周囲を舞う事になる。慣れてる自分達とは違い、雛乃は殺戮とは無縁の生活を送ってきたはずだ。それを見たらどうなってしまうのか容易に想像がつく。


「……ああ、つまりは雛乃ちゃんの精神を守る為、でもあるんですね」


土方の言わんとしている事に沖田は気付き、そう呟いた。


日頃、へらへらと笑顔を振り撒いて無邪気でいる沖田だが毎日のように刀を奮い、血を浴びていた。忘れようと思っても忘れられないあの血生臭い光景を雛乃には見せたくはない。


だが、現実はそう甘くはなかった。この壬生浪士組にいる以上、斬り合いは必然と目にしてしまう。簡単に回避出来ないものだった。


それに、危険を避ける為に壬生浪士組から雛乃を離れさせるという選択は最初からない。雛乃は歴史の流れや浪士組の事情を全て知っている。


雛乃の処遇は簡単なようで難しい問題。もう暫くは議論が必要だろう。

土方は手に持っていた煙管の灰を再び落とし、息を吐く。


「とにかく、雛乃には護衛を付けさせる。誰を付けるかは後で知らせ――ッ!?」


土方は言い掛けていた言葉を飲み込み、顔を上げた。部屋を隔てる襖の向こうに見慣れた気配を感じる。だが、いつもと違う。微かに漂う鉄の匂いが鼻に付いた。


「……山崎か」


名を呼ぶと襖が開き黒装束を身に纏った山崎が姿を現す。山崎は各所に傷を負い、血を滴らせていた。


膝を付き頭を下げる山崎の姿に土方は眉間に皺を刻む。山崎がこのような深手を負い帰屯するのは始めてだったからだ。


「返り血、と言う訳じゃねぇみてぇだな。一体何があった」


「それが……」


山崎は言葉を濁らせ沖田と斎藤を一瞥する。その視線に土方は軽く手を振った。それは気にせず話せ、という事を意味している。


「しかし、副長、」


「コイツらは口が固ぇ。聞かれても構わねぇよ」


暫く躊躇った後、山崎は事の次第を話し始める。紡がれた内容は想像以上のものだった――








◇◇◇






雛乃は布団の中で眠り続けていた。物音を立てても気付かない程、熟睡している。沖田が心配していた理由がよく分かった。


「……寝不足か。全然そんな風には見えなかったんだがねぇ……」


井上はそうひとりごちて雛乃の頭を優しく撫でる。無理していたというのならせめて夢の中でゆっくりして貰いたい。


自分を呼ぶ声に気付いた井上は腰を上げた。障子戸を開き相手を確認する。


その際、ふわりと入り込んできた心地よい風に促されるように雛乃の口が微かに動く。


「……と、とさま……ごめん、なさい。ごめんなさい……」


誰に対する謝罪なのか。


言葉を交わし、出て行く井上にその言葉が届くことはなかった。

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