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夢想花〜藤森の姫と狼達の奏でる物語〜  作者: 桜柚
第壱章 記憶を巡る旅路
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追う背中、伸ばす掌【壱】




「……一体、何処に行っちゃったんでしょうねぇ」


溜息と共に沖田は、そう独りごちて手に持っていたお団子を一つ口へと含む。

沖田は甘味処を離れ、一人市中を歩いていた。


廁へ行くと言った雛乃を待ち続けていたが、四半刻経っても雛乃が帰ってくる様子はなく。もしや、迷子か事件にでも巻き込まれたのではないかと思い、店を離れ捜索することにしたのだった。


因みに沖田が手に持ち食しているのは、最後に注文した団子である。さりげなく持ち帰り、本日最後の甘味を歩きながら味わっていた。


(……これはもしかすると、予想が当たったのかもしれませんねぇ……)


口に含んでいた団子を飲み込み、串を引き抜くと沖田は緩やかに目を細める。


雛乃の姿がなかなか見つからないのが理由の一つに上げられるが、大きな理由が雛乃自身にもあった。


「……総司」


ふいに感じた気配に視線だけを横へと動かすと、そこには浪人を追って姿を消していたはずの斎藤がいた。


斎藤は商家の軒下に腕を組みながら静かに佇んでいる。手に持っていた団子の串を懐にしまい、斎藤の方へと歩みを進めた。


「お疲れ様です。どうでした?」


「……捕縛したが逃げられた。介入者がいてな」


「介入者、ですか」


沖田に頷きを返し斎藤は息を吐く。そして先程の出来事を思い返すように目を細めた。


彼ら――浪人達を尾行し、居場所を突き止め捕縛したまでは良かったのだ。良かったのだが、その後近くに控えているはずの山崎に知らせようと踵を返した途端、状況が一変する。


二人の青年の介入によって捕縛された、浪人達は全員逃げられてしまった。動きの素早さから一人は忍だろう。もう一人は――


「……恐らく、長州の有力な人物だろう。名は言わなかったが、浪人達に慕われていたからな」


山崎が追って行ったが捕まる確率は低いと思われる。自分達を簡単に図る程の力量を持つ者が、そう簡単に捕まるはずがない。


斎藤も山崎と離れ浪人達を追い掛けたものの、全員捕縛することが出来なかった。


そして、捕縛した浪人達から聞き出した事実にも驚かされた。彼等が、長州出身の脱藩浪人に間違いはない。だが、壬生浪士組をどうにかしようとは思ってはおらず、ただ、市中を暴れ回っていただけだったのだ。


ある人物に頼まれ、壬生浪士組を引き付ける為だけに暴れて騒動を起こしたのだと。


「……つまり、一君。私達は踊らされていた訳ですか」


先程まで笑顔で話を聞いていた沖田も、今は難しい顔を浮かべている。

沖田の脳裏に浮かぶのは屈託無く笑う、小さな少女。強そうに見えて誰よりも弱い雛乃の姿だった。


彼らの標的が自分達でないとすれば、考えられる要因はただ一つ。


「雛乃ちゃん、ですよね」


その言葉に斎藤は何も答えず、無言だけを沖田に返す。それが答えだった。


「……厳しく追及した結果分かった事だが、奴等は雛乃を何処かに連れ込むと言っていた。総司、雛乃は何処にいる?」


「それが、四半刻前から行方不明なんですよ。廁へ行ったっきり、戻って来ないんですよねぇ……」


何とも言えない沈黙が二人の間を支配する。長い沈黙を破ったのは斎藤だった。自分から徐々に目を背けようとしている沖田へ鋭い視線を向ける。


「……もしや、総司。お前甘味に夢中になっていたのではないだろうな?」


「な、何の事ですかねぇ」


斎藤の視線から逃げるように沖田は笑顔を作るが、そんな誤魔化しが斎藤に通じるはずもなく。


「……すみません」


沖田が素直に白状するしかなかった。


大体の状況を聞いた斎藤は深々と息を吐き、呆れた表情で沖田を見据える。


「……あれだけ、彼女を野放しにしても追尾だけは怠るなと、言っておいたはずなんだが。お前に監視を任せた俺が馬鹿だった」


「うぅ、だって新作の甘味があったんですよぅ。少しなら目を離しても、大丈夫かなって思ったんです」


つらつらと続く斎藤の説教じみた言葉に、沖田はしょんぼりと項垂れて子供のように指先同士を突く。


殆どの幹部には伏せられていたが実を言うと、この度の外出は雛乃の間者としての見極めも兼ねていたのだ。

これで白なら正式な浪士組の女中として迎えられ、監視は一切無くなる。黒であれば――――


恐らくその先に笑顔はないだろう。暗い牢へと繋がれ、地獄と称される土方の取調べが待つのみだ。


だが、沖田も斎藤も、これを仕掛けた土方も雛乃を間者だとは思っていない。ただ最終的な確認をしたかっただけである。


だが、それは今回裏目に出てしまった。奴等が雛乃を攫う恰好の機会を自分達が作ってしまったのだから。


これが雛乃ではなかったら、間者の疑いを益々強めていただろう。長州へ情報を渡す為に姿を消したのだと、そう思ったに違いない。


「……山崎から聞いた話によれば、此処数日、屯所周辺をかぎ回っている輩がいたという。恐らく、今回の事は偶然に起きたものではない」


「雛乃ちゃんを調べた上での犯行だと? しかし、雛乃ちゃんは一切外に出してませんよ。箝口令もありましたし、屯所内にいなければ彼女を知ることなど出来ません。ましてや、今日の外出だって……」


言い掛けて沖田は、何かに気付いたように言葉を止めた。何も、全て外側から調べる必要はない。“内側”からだって調べることも可能だ。


つまり――


「……組に内通者、若しくは間者がいる。そういうことだろう」


沖田の途切れた部分を補うように斎藤は口を開き、そう紡いだ。淡々としていて何の感情もないように見えるが、苛立ちを微かに滲ませている。


これは早急に対処すべき問題の一つだろうが、今は一刻も早く雛乃の所在を突き止めるのが先だ。

斎藤は腕を解いた後、刀の柄に触れ空を仰ぐ。


「……総司、思案は後だ。先ずは雛乃を捜そう。急がねば、日が暮れる」


「分かってますよ。一君は西側を。私は東側を調べますから」


西側へと向かって行く斎藤を見送った沖田は、通りを行き交う人々に目を細める。


(……嫌な予感は当たると言いますが、この事だったとはね……)


廁へ行くと言い立った雛乃を、あの時無理にでも止めて置けば良かったと後悔しても、もう遅い。沖田は軽く息を吐いて足早にその場を後にした。

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