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夢想花〜藤森の姫と狼達の奏でる物語〜  作者: 桜柚
第壱章 記憶を巡る旅路
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白昼の邂逅【参】

面白い程素直な反応を見せる雛乃に、沖田は目を細め笑みを溢す。

行き先を確認しながら雛乃へと視線を移した。


「駄目ですよー。手を繋いでいないと雛乃ちゃん、きっと迷子になっちゃいますからねっ。京の都は迷いやすい道ですし」


「迷いやすい地理なのは分かります。分かりますけど、手を繋ぐ必要性はないと思うんですよね。とにかく! 子供扱いはしないでもらえま……って、何、頭を撫でてるんですかぁぁ!!」


沖田は雛乃の不満を抑えるかの如く、頭をポンポンと撫でていた。

沖田の表情からして、先程の話は全くと言っていい程聞いていなかったに違いない。


何を言っても無駄だと雛乃が、何度目になるか分からないため息を吐いた時だった。


「……総司、戯れは其処までにしておけ」


何処か呆れを含んだ低い声が沖田の行動を止める。沖田は軽く眉を寄せ、雛乃の頭から手を離した。


「おや、一君。いつからいたんです?」


「……お前達が屯所を出てからだが?」


沖田がゆるゆると、視線を横に滑らせると音もなく斎藤が隣に佇んでいた。


漆黒の着物に灰色の袴。市中では目立つ色合いながらも、完璧に気配を絶っている。

そんな斎藤に雛乃も気付いてなかったようで、驚愕の表情を見せていた。


普段、斎藤は市中を出歩くことは滅多にない。

斎藤が市中に出るのは巡察、あるいは土方の命での監察任務、刀を新調する時ぐらいだ。


それを把握している沖田は、斎藤が何故此処にいるのかを瞬時に理解する。


「もしかして、土方さんですか」


土方が雛乃に疑いを向けているのは幹部は周知の事柄。だが、それが単なる口実だと沖田は知っている。


怪我が完治するまで雛乃の家事を制限したのも、彼なりの配慮だ。今回の事も何らかの意図があるのだろう、と沖田は読んでいた。


「……確かに副長の命だが、源さんからも直々に頼まれた」


「え、源さんから?」


買い出しへと送り出した本人が何を頼んだというのだろうか。

疑問を浮かべる沖田に、斎藤は小さく息を吐く。


「……源さんが“総司は金子を甘味処で使ってしまい兼ねない。監督者がいる”そう言っていた。確かに以前、店の甘味を全て平らげた事があったしな」


「えぇぇ!? 全部ですか?」


信じられない、とばかりに声を上げる雛乃に斎藤は黙然と頷いた。


沖田の甘味に対する食欲は底無しと言ってもいい。毎日の食膳より甘味を食べている時が多いという、かなりの依存度である。


普段は屯所の甘味をこっそりと食べているが、物足りなくなってくると甘味処へ行き、心ゆくまで甘味を食べるらしい。

しかも、その勘定は自分ではなく他の者に頼むのだから質が悪かった。


「……この間、副長の隠していた金子も半分以上使ったと聞く。本来なら、このような頼み事を引き受けたりはしない。だが、これは監督する必要があるだろうと思ってな」


斎藤はそう言って沖田を見据えた。無表情な上に威圧感のある瞳が沖田をしっかりと捉えている。


そんな視線に動じることなく沖田は、口元を子供のように膨らませた。


「失礼ですねぇ。何だか私が悪者みたいじゃないですかー。そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。今日は雛乃ちゃんいますし、夕飯の買い出しですし」


「……それが、一番心配なんだがな……」


沖田の大丈夫は信用できないという事を斎藤は身を持って知っている。雛乃を理由に何かを為出かしそうだと、斎藤は勘繰っていた。


斎藤の視線に怯むことなく、沖田は拗ねた表情を彼に向け続けている。

沖田は斎藤と仲が良い方だ。だが、斎藤の気難しさが沖田は少々苦手だった。


土方に逆らう事をすれば土方は勿論、何故か斎藤にまで怒られる始末。そんな斎藤が着いて来るというのは沖田にとっては苦痛以外の何物でもなかった。


恐らく井上はそれを狙ったに違いない。斎藤を同行させ沖田の行動を制限する――


井上らしい遣り方ではあるが、まんまと填まるのは面白くない。

沖田は口元を緩ませ、斎藤から雛乃へと視線を移した。


「さ、雛乃ちゃん。買い物を急ぎましょうか。早くしないと日が暮れてしまいます」


ふいに向けられた笑顔に雛乃は首を傾ける。


確かに急がなければ夕飯の刻限に間に合わなくなるだろう。人手が足りない炊事場だから余計に遅れる訳にはいかない。


それに早く食材を持ち帰らなければ主食と漬物と、具材のない味噌汁という粗末な食膳になってしまう。


それだけは避けなければ。


「そ、そうですね。急ぎましょう。斎と……んっ」


沖田に頷きを返し雛乃は斎藤にも声を掛けようとするが、それは見事に沖田に制された。雛乃の唇へ指先を当て沖田はにっこりと微笑む。


「ああ、良いんですよ。彼は放って置いても」


「え?」


雛乃が疑問の声を上げたと同時に雛乃の身体が宙に浮く。


次の瞬間、沖田は雛乃を抱き抱えその場から走り出していた。斎藤から逃れるように市中を駆けていく。


ただ一人、人が行き交う場所に残された斎藤。


慌ただしく走り去って行った沖田の姿を斎藤は呆然と眺めていたが、緩く息を吐くと何事もなかったように歩き出した。


向かう先は――










「おおお、沖田さんんん!? 降ろしっ、降ろろろろ!!」


「あははっ。変な声になってますよー。でも、口閉じてないと、舌噛みますからねー」


軽い足取りで市中を走り抜ける沖田は何処か楽しんでいるように見える。

雛乃を抱えながら走っていたというのに、沖田の速度が緩むことはなかった。沖田は降ろして、と何度も抗議の声を上げる雛乃を宥めながら、難無く目的地へと足を進めている。


沖田の背後から誰かが追い掛けてくる様子はない。斎藤は沖田を追尾しなかったのだろうか。


「さぁて、着きましたよー」


雛乃の思考を打ち消すように沖田はそう言って、漸く雛乃を地面へと降ろした。

雛乃の目線にあったのは一軒の商家。辿り着いた先は新鮮な野菜を扱う八百屋だった。


雛乃が沖田から離れ八百屋へ近付くと、店先にいた年配の男性が雛乃に視線を向けてくる。


「お嬢ちゃん、ようお越しやす」


にこにこと笑顔で近寄ってくる店主に、雛乃は釣られるように微笑みを返す。


「えと、すみません。ここに書かれてある食材を幾つか頂けますか?」


「へぇ、只今」


井上から持たせられた紙と籠を店主に渡すと店主は頷き、店の奥へと消えていった。

暫くすると店主は沢山の野菜を籠に詰めて雛乃の元へ戻って来る。


「お嬢ちゃん、何やお人形はんみたいに可愛いらしいからなぁ。少しオマケしといたで」


「わぁ。おじさん、ありがとうございます!」


金子を渡し籠を受け取ると雛乃は嬉しそうに微笑む。もう一度お礼を言い頭を下げると雛乃は、沖田がいる方へ足を向けた。


「沖田さん、買えましたよ。屯所に帰りましょう……って、あれ?」


雛乃が声を掛ける相手――沖田の姿はない。キョロキョロと周りを見渡すも視線の先に沖田は見当たらなかった。


(……あれ? まさか私、置いていかれた?)


いや、それはないだろう。沖田と離れたのはほんの僅かな刻だ。もしかして、また斎藤と揉めているのだろうか。


目線をもう少し先まで伸ばすと、大通りが何やら騒々しい事に気付く。


怒鳴り声と金属特有の擦れる音が僅かながら聞こえてくる。大通りで何かしらの騒動が起きているのは間違いない。


しかも、その音は段々と此方に近付いてきているようだ。


(……あれ? まさか、騒動の種がこっちに来るの!?)


ザワザワと声が大きくなると同時に、路にいた人々が蜘蛛の子を散らしたように端々に逃げていく。

それに習うように雛乃も慌てて近くの店の軒下に身を寄せた時だった。


「退け退け退けぇぇぇ!!」


声を上げながら、野次馬という名の人混みから飛び出して来たのは、刀を片手に疾走する小汚い身なりの青年達。その風体から、脱藩浪人だと思われる。


何を為出かしたのかは知らないが、周囲の反応を見るからに無関係の人に因縁をつけたなどの碌でもない事だろう。


雛乃は周囲の人々に怒号を飛ばしながら走り去って行く青年達を見送り、深々と息を吐いた。

そして、ふと思う。


「……そういや、沖田さんは何処に行っちゃったんだろ」


「おや、私がどうかしました?」


「ひゃあああっ!!」


何の前触れもなく、背後から聞こえてきた声に雛乃は思わず悲鳴を上げる。


「……驚き過ぎですよ、雛乃ちゃん。私です、沖田ですよ」


沖田は雛乃の高音が耳に堪えたのか、片耳を塞ぎながら苦笑を漏らしていた。

早鐘を打つ胸元を押さえ、雛乃は沖田をジッと見据える。


「お、沖田さん驚かさないで下さいよっ。心臓に凄く悪いです!」


「あはは、それはすみませんでした。気配には敏感だと言っていたので、直ぐに気付いて貰えるかと思ったんですけどねぇ」


相変わらず沖田は雛乃を子供扱いしてるようで、雛乃の頭を撫でながら話をしている。

それに雛乃は眉を寄せながらも敢えて指摘はしなかった。雛乃は沖田から目を反らし息を吐く。


「……敏感過ぎるんで、普段は極力抑えてるんですよ」


現代の生活で気配に敏感なことは苦痛でもあった。何の危害もない、僅かな音でさえも気になってしまうのだから。

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