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夢想花〜藤森の姫と狼達の奏でる物語〜  作者: 桜柚
第壱章 記憶を巡る旅路
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白昼の邂逅【壱】




闇が完全に町を染める暁九ツ刻――



一筋の風が市中を駆けていた。

正確に言うと風は人――山崎である。漆黒の衣を身に纏い、武器を手にし屋根を走り続けていた。


山崎はここ数日、頻繁に屯所付近に出没する怪しい輩を見張っていたのだが、目立った動きを見せず困り果てていた。

一旦、屯所に戻り土方に報告するべきかと迷っていたら、今日になってようやく彼は動きを見せる。


気付かれていないと思っていたのだが、相手は気配を読み取るのに長けているらしい。瞬時に見破られてしまい、逃げられ追う羽目になってしまった。


否、逃げられた、というよりは逃げるように図ったしたと言った方が正しいのかのしれない。この状況を何処か楽しんでいる風に見える。


(……何なんや、あの男。普通の浪人やあらへん。逃げる、言うても本気で逃げようとしてへんし……何を企んどるんや)


山崎が見失いそうになると足を止め、此方の様子を窺う素振りを見せる袴姿の青年。暗闇でも目立つボサボサの髪が特徴的だった。


男は人通りのない路を駆け抜けある屋敷に辿り着く。


だが、直ぐには入らず山崎が追い付くのを待つかのように足を止めていた。


「……壬生狼の飼い犬、か」


そう呟き男が顔を上げると、近隣の屋根に佇む山崎と目が合う。

男は不敵な笑みを浮かべ挑発する視線を山崎に向けていた。


その視線を不快に思いながらも、山崎は目を逸らさない。その瞳は獲物を射る矢そのものだ。


(……アイツは黒に間違いないわ。せやけど、何か、何かが引っ掛かる……)


暗闇に目が慣れてきたのか男の身形が遠目からでも確認出来る。

浪人にしては小綺麗な着物。だが、対照的に髪の毛は手入れされていないのか荒れ放題だ。


それに――


「なぁ」


山崎の思考を遮るように男が山崎を呼ぶ。顔はよく見えないままだが、その口元は弧を描いていた。


「アンタ、壬生狼のモンだろ。名は?」


“壬生狼”その言葉に反応するも山崎は何も答えない。ただ、男を鋭く見据えているだけだ。


「もしかして、口聞けねぇとかはねぇよな? そんなんじゃ報告なんぞ出来やしねぇし」


何も語ろうとしない山崎を見て男はからからと笑う。敵かもしれない相手に情報を漏らす馬鹿はいないと分かっている。分かっていて、男は山崎に話しかけたのだ。


山崎はそんな男の意図が分からず、常に警戒し続ける。楽観的なその思考に流される訳にはいかない。山崎の意思を読み取ったのか、男は表情を少し変えた。


「……一つ良い事教えてやるよ。俺は、アンタらの敵じゃねぇ」


男は塀に寄り掛かり片手をヒラヒラと振る。


「まあ、味方でもねぇがな」


くつくつと喉を鳴らし、青年は身を翻す。闇に溶ける屋敷へと目を移した。

その隙を見逃す山崎ではない。瞬時に動き、手に携えていた苦無を男の背中と大腿へと投げた。


だが、それは男には当たらず全て地面へと落ちる。


カキィン、と鈍い音が響き山崎の苦無は見事に弾かれていた。男の袖口に隠されていた苦無によって。


(……成程、同業者かいな。道理で……ッ!?)


山崎が再び武器を構える間もなく、男の方から同等の苦無が数個放たれた。


軽く舌打ちし、山崎は素早く身を引き体勢を変える。身体に苦無に触れはしなかったものの、擦ったのか口元を覆う布や装束が所々裂けていた。


「良い動きだが、まだまだ甘ぇよ」


山崎が背後に気配を感じ後ろへ視線を移すと、そこには路にいたはずの男の姿があった。目を見開く山崎に微笑を浮かべ、男は山崎の身体を屋根下の路へと蹴り飛ばす。


山崎は咄嗟に受け身を取り痛みを和らげた。だが、脇腹を強く打ってしまったようで鈍い痛みが全身に伝わる。


「息の根を止めたいが、生憎、今の俺は()()()()なんでね。ここまでにしといてやるよ」


男はそう言いながら山崎が伏せている地面へと降りた。


「捕まえたいんなら、捕まえに来い。……まぁ、来れればの話だけどな」


冷たい眼差しを一瞬だけ山崎に向け、笑みを溢し男はその場から去って行った。


数々の謎を残したまま。








◇◇◇








「ッ、痛い痛い痛いですーっ!! 山崎さん、強く締め過ぎですってばっ!!」


「こんくらい普通やろ。我慢しいや」


「無理ですっ。無理ぃぃ!!」


朝四ツ刻を過ぎた頃、雛乃は山崎にいつもの治療を受けながら悲鳴を上げていた。


山崎が調合した薬を塗り、包帯をくるくると器用に巻いていく。治療手順に狂いはない。ないのだが、何処か治療が荒いような気がする。


巻かれていく包帯はいつも以上にきつい。血管が止まってしまうのではないか、そう思いたくなる程の締め方だった。


若干ヒリヒリする掌に眉を寄せながら、雛乃は山崎を見据える。



「……山崎さん、何か怒ってます?」


「怒ってへん」


「いやいや、明らかに機嫌悪そうなんですけど」


「……気の所為やろ」


そう言って包帯を結び直し、治療を終えた山崎は雛乃から目線を反らす。


(……つまり、これ以上は聞くなってことかなぁ。むー、一体何があったんだろ……)


黙々と作業する様子は、やはり不機嫌そうに見えた。


昨日も同じように治療を受けていたが諍いはあったものの、こんな荒療治ではなかった。

山崎は、雛乃の治療を終えて三刻程、仕事に向かったらしい。その三刻の間――昨晩に何かあったのだろうか。


(……なんか、見た感じ擦り傷があちこちにあるし、誰かと遣り合って何かあったんだよね、きっと。それで、私に八つ当たりしてるっぽいよなぁ……)


山崎に治療された掌の包帯を見つめながら、雛乃は小さく息を吐いた。


山崎は監察方だ。間者を見つけ次第、追尾し内情を探る役目を負っている。大半が土方の命によるもので、山崎の単独行動はほぼ無いと言っていい。


山崎が浪士組の為に、働いているのは分かる。分かるのだが、何故に八つ当たり対象が自分になるのか。雛乃は納得がいかなかった。


「……山崎さん。何があったかは知りませんけど、私に当たるのは止めてもらえません?」


雛乃は山崎を見据え、先程から考えていた思いをぶつける。

そんな雛乃の言葉に山崎は何の反応を示さない。完全に無視を決め込んでいるようだ。


山崎は先程まで使用していた薬や包帯を、薬籠へと直していく。黙々と作業を進める山崎に、雛乃は再び声を掛けた。


「山崎さーん? 聞いてます?」


そう言って雛乃が何度も何度も呼び掛けても、返答はおろか視線を合わせようとしない。


ここまでされて、平然といられる人間はいないだろう。


雛乃は近くに置いてあった手拭いを手に持ち、結び目をいくつか作っていく。そして、それを山崎の頭上目掛けて思いきり投げ付けた。


結び目を作ったことで柔らかい手拭いは、痛みを伴う武器へと変わる。ボスン、と鈍い音が響き山崎の頭に命中した。


畳に落ちた塊のある手拭いを拾い、山崎は雛乃の方へ視線を向け息を吐く。


「……何してくれとんねん。死にたいんか?」


山崎の声は一段と低い。

苛立っているのがよく分かる。殺気の籠もった瞳に怯むことなく、雛乃は山崎を見据え続けた。


「山崎さんが無視するからいけないんじゃないですか。私は間違ったことはしてませんっ!!」


端から山崎に当てる為に投げた訳ではない。無視し続ける山崎を振り向かせる為だけに投げたのだから。


そう言って怯まず、意見をぶつけてくる雛乃に山崎は軽く舌打ちをする。


「……別に無視してた訳やない。ただ、考え事してただけや」


「もしかして昨晩の事とか、ですか?」


雛乃の言葉に、山崎の気が鋭さを増す。どうやら図星だったようだ。ガタン、と立ち上がり部屋を出て行こうとする山崎を雛乃は目で追う。


「あのっ、山崎さんが珍しく怪我をしてるからそう思っただけですから。……変な疑いを持たないで下さいね」


そう声を掛けるも返事は返ってこない。山崎は雛乃を一瞥した後、荒々しく部屋を出て行った。


「……んん、ちょっと不味かったかなぁ」


山崎が居なくなった一人きりの部屋で、雛乃はそう独りごちた。


雛乃が此処、壬生浪士組へとやって来て一月が経とうとしている。

女中の仕事には慣れ、幹部や隊士と話す回数も増えた。だが、雛乃は未だに微妙な立場のままだった。


山崎からの監視は今も続いているし、外出も禁止されていて屯所の外に出たことは一度もない。


平穏に暮らしているように見えて、いつ壊れてもおかしくない状況下に雛乃は生かされている。


不安が無いといったら嘘になるだろう。だが、現代での生活より息苦しくなくて過ごしやすかった。


自分の過去を知らない人がいることは雛乃にとって救いでもある。

疑いの眼差しより、哀れみや侮蔑の視線が嫌いで嫌いで堪らないからだ。もし、此処でもそんな瞳を向けられ生きていくしかないのなら――


「……死ぬ道を選ぶ、かもなぁ……」


そう呟いた後、慌てて雛乃は口を押さえる。そして周囲を見渡し誰もいないことを確認すると、深々と安堵の息を吐いた。


(……あああ、危ない危ない。何で私、声に出しちゃったんだろ。今迄、思っても口に出したことなんかなかったのに……)


もしかして、山崎の不機嫌さの所為で自分の思考まで可笑しくなってしまったのだろうか。

雛乃は先程の思いを切り捨てるように、暫く頭を振り続けた。

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