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夢想花〜藤森の姫と狼達の奏でる物語〜  作者: 桜柚
第壱章 記憶を巡る旅路
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触れた指先【弐】






深闇に染まった夜空に映える金色に輝く月。


静まり返った屋敷にパタパタと廊下を歩く音が響く。雛乃は用意された着物に着替え、化粧を施し、普段下ろしている髪を上に結い上げ、着飾って不機嫌そうに廊下を歩いていた。


(……藤ちゃんのばかばか、ばーかっ!!)


本日二度目の、文句を心の中で叫び続ける。

不機嫌なのは、何も藤の所為だけではない。


確かにあの後、パーティーに間に合わせるべく、病み上がりなのに慌ただしく準備しな組手はならなかった事を考えると、まだまだ怒りは収まらないが。


この不機嫌さはパーティー自体の所為でもある。


――藤森グループ。


日本を始め海外に多くの会社、事業を有する大企業だ。日本の三分の一の企業が藤森グループ系列、傘下にあたる。


私の祖父はグループ会長の藤森重國(ふじもりしげくに)


雛乃は会長の孫娘。一応、藤森グループの御令嬢になる。でも、それは書類上、世間での見方でしかない。


()()藤森の中に、雛乃の居場所等何処にもないのだから。


今日の親睦会と称されたパーティーは、祖父を慕う政界の大物達や実業家達が招かれているが、大半が藤森の縁者ばかりだ。


十年前の事件以降、雛乃を見る目はガラリと変わった。


あの叔父の言葉を受けてから尚更、親類は雛乃を公式の場でしか丁重に扱わなくなった。


世間では本家の跡継ぎ。だが、藤森内部では疫病神扱い。息苦しい生活だった。


(きっと、兄様達が生き残っていたら、また違ってたんだろうなぁ……)


女の私が、跡継ぎの地位にいることが許せない親類も多いのだろう。


先程も、叔父や叔母達から散々嫌味をもらった。聞き慣れてるとは言え、笑顔で返すのは何かと疲れる。


一刻も早く、あの場所から逃げたくて隙を窺い逃げ出してきた。


(……それにどうせ、私がいない方が盛り上がるだろうしね)


そう、ひとりごちて雛乃は足を止めることなく、廊下をスタスタと歩いていく。


人は皆、パーティーが行われている離れの洋館に出払っている為、母屋である屋敷内はとても静かだ。古く趣のあるこの屋敷が雛乃は大好きだったりする。


旧家でもある藤森家は広大な敷地を有している。東京ドームが数十個入るくらいだと、昔教えてもらった覚えがあるが、真偽の程は定かではない。


その広大な敷地内の一角に整えられた庭園は、ため息が出るくらい綺麗だ。


外廊下から見える庭も、何処か懐かしく、気がつけばいつも笑みが溢れている。


「……むぅ……」


ピタリと足を止め、雛乃は廊下から見える庭へ視線を向けた。


いつもは漆黒の闇だが、今日は来賓が来ている為、庭を鑑賞出来るようにと、ライトアップされている。


眺めるのが好きなのに、色彩は白と黒。松の木や、そびえたつ木々の葉は漆黒。今から色とりどりの華を見せる紫陽花でさえ、灰色や白にしか見えない。


普段は気にしないようにしているが、こんな時本当に不便だなとつくづく思う。

鮮やかな色彩が見れる皆が羨ましい。


人知れず溜息を吐き、踵を返そうと庭から視線を外した時だった。


前方から、ドタドタと力強い足音が響いてくる。徐々に近づいてくるその人物の気配に、雛乃は覚えがあった。


角を曲がり、姿が明らかになった所で声を掛けてみる。


「……おじい様?」


雛乃がそう呟くと、初老の男性は視線を此方に向け、破顔した。


「おお! 雛乃、姿が見えないと思ったらこんな所におったのか。探していたんだぞ?」


「私を、ですか?」


にこにこと笑顔で自分を撫で回す祖父、重國に雛乃は目を瞬かせる。


そんな雛乃の様子を気にすることなく、重國は雛乃の手を引いた。


「ちょっと探し物をしたいんだが、ちょっと人手が足りなくてなぁ。雛乃、手伝ってくれんか?」


「手伝うのは一向に構いませんけど、おじい様、パーティーの方は?」


雛乃の問いに重國は答えることなく、笑みだけを返す。それを見た雛乃は、逃げてきたんだと直ぐに悟った。


「主賓でもある会長が、パーティーを抜け出して来ていいんですか? 皆、きっと探してますよ。特に藤ちゃんが」


「なーに、あいつを困らせるのは儂の生き甲斐の一つでもある。それに、会場にいくつも罠を仕掛けたからのぅ。そう簡単には追いかけては来れんわ」


ハハハと声立て笑う重國を見つめ、雛乃は何て迷惑なと内心、会場の皆を憐れんだ。


藤森重國という人物は厳格そうに見えて、実はかなりユーモア溢れる悪戯大好き人間だ。


グループ会長がこんな人物で大丈夫なのかと、心配になることも多々あるが、やる時はやってくれる頼もしい祖父である。


親類が雛乃を嫌煙する中、重國だけは優しくきちんと家族として扱い、接してくれた。雛乃が唯一、話していて苦痛にならない身内の一人だ。


重國に半ば強引に手を引かれ、連れて来られたのは屋敷の東側にある、古い蔵だった。

雛乃から手を離し、慣れた手つきで蔵の鍵を開ける。

此処は開かずの蔵として殆ど利用されてないに等しいと言われている。だが、祖父の様子から、それは嘘だということが直ぐに分かった。


(……おじい様の、隠れ家的な場所かなぁ。なんか色々あるし)


蔵には、家財や古く使いものにならなくなった昔ならではの品々が、所狭しと置き並べてあった。


奥へ奥へと進んでいく重國を見て、雛乃は慌てて後を追う。


「おじい様、何を探して――」


ツン、と着物の裾が何かに引っかかり、雛乃の近くに積まれていた籠が崩れ落ちる。

ものの見事に、その場は物が散乱してしまった。


「やばっ、大変……!!」


雛乃は慌ててその場に屈み、床に散らばった物を拾い集める。かき集めて、埃を払いながら籠に戻そうとした時、雛乃の手が止まった。


目線の先にあったのは、鮮やかな華々が散りばめられた模様の手鏡と、一本の懐刀だった。


(……あれ、なんだろう。この刀、酷く懐かしい感じが、する……?)


記憶を辿ってみようと眉を寄せるが、どうにも思い出せない。もしかして、忘れてしまった記憶の中にあるのだろうか。


(おじい様なら、何か知ってるかもしれない……)


そう思い、雛乃はその手鏡と懐刀を持ち、蔵の奥にいる祖父の元へと向かう。

祖父の重國は日本文化が大好きで、着物を愛用し、陶器などの骨董品を多くコレクションしている。


歴史にも精通していて、祖父が知らないものはないと思われる程だ。

そんな重國と共に育ってきた雛乃も、いつしか着物や歴史が大好きになっていた。


祖父がいるであろう、蔵の奥にある小部屋の戸を開ける。


「おじい様、ちょっと気になる物を見つけたんですけ、ど……」


目線を前に向けた其処には、祖父である重國の姿はなかった。


「おじい様……?」


声を掛けても、何も返ってこない。ただ、自分の声が蔵に響くだけだ。雛乃は小部屋を隅々見渡すが、やはり重國の姿はない。


外に出たのだろうか?


それならば、自分と必ずすれ違うはず。窓のない、入り口が一つしかない蔵の移動手段は限られているのだから。


「一体、何処に……?」


小部屋に灯りは点いていた。祖父が居たのは間違いないだろう。


先程まで、一緒にいたのに。話していたのに。

今は声も姿さえ、何も見えない。

混乱しそうになる心を静める為にギュッと手鏡を持つ手を胸元に当てる。


――その時だった。



『――――約束だよ?』


脳に直接響いてくるような声が、雛乃の耳に届く。


(な、に……?)


雛乃の意思に関係なく、その声は次々と流れ込んできた。頭痛を伴い、見覚えない映像は雛乃をその場に縛りつける。


『僕と、これからも一緒にいてね。破ったら許さないから』


そう言って、彼は幼い私に何かを手渡した。それを嬉しそうに受け取って、私はこくこくと何度も頷く。


顔は朧気で表情すら分からないのに、彼が笑っているのが直ぐに分かった。


『……おいおい“――――”何やってんだよ。お雛を脅すなって。決めるのはコイツ自身だろうよ。なぁ?』


『黙りなよ“――――”君には、一切関係ないんだからさ』


『あぁ? お雛はお前だけのモンじゃねぇだろうが』


『僕の、だよ?』


バチバチと睨み合う二人を見て私は、慌てて立ち上がり、近くにいる男性の元へと駆けた。


くいくいと男性の服を引き私は事の次第を告げる。男性はそれを聞いて柔らかく微笑む。


『喧嘩する程、仲が良いといいますから。大丈夫ですよ、放っておいても』


私の頭を優しく撫でて男性は私の手を引く。


『さぁ、戻って読み書きでもしましょうか。早く彼等に文を上げたいでしょう?』


そう言って私を抱き上げる男性に、私は笑ってギュッと抱きついた――



花火のように映像は弾いて消える。だが、雛乃の身体は異変を感じていた。


「……っ、いた……い……」


声が響く度に、あの映像が脳裏を流れる度に、我慢出来ない程の激しい頭痛が雛乃を襲う。


声が聞こえなくなれば、消えるかと思っていた頭痛は、余計に酷くなっていく。

立っていられない程の激痛に、雛乃は膝をつき頭を両手で抑える。

その反動で、手に抱えていた手鏡と懐刀がカシャンと床に落ちた。


『――――約束するよ、きっと』


再び聞こえた声に、雛乃は微かに反応を示すが頭痛に耐えきれず、その場に崩れ落ちた。


「……や、く……」


(そうだ。私は約束をしてた。でも、誰と……?)


迫りくる誘いの眠りには容易に勝てず、雛乃はそのまま瞳を閉じる。


沈んでいく思考の先に見えるのは何なのか――


カタリ、と鏡が動いた気がした。その鏡に映る景色はこの蔵ではなく、青く、澄み切った空の下にある城下町だ。


良く見えない筈なのに、何故か懐かしいと思った。何故だろう。凄く、()()()()と思ってしまった。

行った事すらない筈なのに、何故ーー??


雛乃が意識を失ったと同時に、鏡が光出し、蔵の全てを飲み込んだ。

何も残さぬように、何も見えぬように。




蔵の天窓から差し込む月明かりが、蔵内部を照らす。照らされた蔵の中は無人。


人一人、誰もいなかった。

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