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夢想花〜藤森の姫と狼達の奏でる物語〜  作者: 桜柚
第壱章 記憶を巡る旅路
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その男、芹沢鴨【捌】

何故なら、閉じられた扇子の先が新見の喉元にピタリと当てられていたからだ。

芹沢は扇子だけを新見に向け息を吐く。


「……よせ、新見。儂は構わん」


「なっ!? しかし、先生……!!」


「構わんと言っている」


芹沢は扇子を引き戻しながら新見を一瞥する。

視線を受け、新見は渋々頭を下げた。芹沢にそう言われれてしまえば、もう何も出来ない。大人しく口をつぐむしかなかった。


新見を難なく制すと、芹沢は徐にその場から立ち上がる。そして雛乃の直ぐ目の前へとやってきた。


芹沢はちらりと隣にいる土方を見る。不機嫌そうに自分を見据えていた土方に芹沢は鼻で笑う。

芹沢から見下ろされ、何かされるのかと雛乃は思わず身構えるが、予想に反し芹沢は口を開いただけだった。


が、その言葉に一同騒然となる。


「単刀直入に言う。雛乃、此方の女中になる気はないか?」


「……は、はいぃぃ??」


驚いたのは雛乃だけではない。新見や土方、他の面々も驚愕の表情を浮かべていた。

芹沢は扇子を開いて、それで扇ぎながら目を瞬かせる雛乃へ更に声を掛ける。


「どうだ? 不自由はさせんぞ。儂の話相手だけでも構わん。お主からは色々な話が聞けそうだ。……市中に突然現れた理由、とかのな」


「――っ!?」


間を空けて紡がれた言葉は、雛乃にしか聞こえない小さな声。思わず反応を示してしまった雛乃に芹沢は口元を緩める。

対する雛乃は、思いがけない事に内心困惑していた。


(……この人、もしかしなくとも気付いてるの?  私がただの女中じゃないって……)


ならば、先刻の身の上話も無駄だったのだろうか。いや、単に鎌を掛けられただけかもしれない。断定するにはまだ早いだろう。


とにかく、今は肯定せずに誤魔化すしかない。雛乃は息を吐いて芹沢を静かに見据えた。


「……一体、何の話をされてるんですか」


雛乃は、質問の意図が分からないと首を傾げながら、そう言葉を返す。それを見て芹沢はくつくつと笑った。


「さてな。答えはお主が一番分かってると思うぞ」


芹沢の表情は飄々としていて掴み所がないように見える。何を考えているのか、何をしようとしているのか。今一つ分からない。


探る視線、全てが綺麗に躱されてるようだ。


(むぅ、本当に扱いにくい人だなぁ。見透かされているようにも思えるし……)


そんな戸惑う雛乃の反応を楽しむかのように、芹沢はただ笑みを浮かべている。

彼の内部を探るのは無駄だと諦めて雛乃が息を吐いた時、隣にいた土方がようやく口を開いた。


「……悪いが、芹沢さん。俺も賛成出来兼ねます。コイツはやれませんよ」


雛乃の頭上に手を置き、芹沢を見る土方の瞳は何処かいつもより鋭い。それに気付きながらも、芹沢は扇子で悠々と風を送りながら土方を見る。


「ほぅ? 余程気に入ってると見えるな、土方。して、反対する理由は何だ」


「簡単なこと。コイツが役に立つはずないからですよ、芹沢局長」


土方はそう言って口端を上げると、日頃の雛乃の行動を簡単に説明した。


「コイツは物凄く鈍臭い奴でしてね。物は壊す、廊下では必ず転ぶ、お膳は落とす……逆に雑用を増やして回るという、まだまだ未熟者です。其方にやっても、無礼を働く事しか出来ないと思うんですが――」


遠慮無く、雛乃の欠点を次々と言う土方に雛乃の表情がどんよりと曇る。


(……何もそこまで、はっきりバッサリ言わなくても。事実だけに耳が痛いよ……)


土方は芹沢に諦めてもらう為にこのような事を言っているのだと、ちゃんと頭では理解しているつもりだ。つもりだが、何だろう。この胸に刺さる無数の刃は。


自分では分かっていることでも、他人から言われるとこんなにも衝撃が強いんだと改めて実感する。


雛乃は人知れずため息を吐いて、もっと頑張ろうと己に誓ったのだった。


芹沢は話を聞いても笑みを消すことなく、ゆるゆると扇子を動かしている。そんな余裕たっぷりの芹沢の態度に土方は眉を潜めた。


「……ふむ、成程な。それが理由か。確かに女中としては頼りないと見える」


そう言って土方を見据えていた芹沢の目が動き、雛乃を瞬時に捉える。それに思わず、雛乃は身体で反応を示してしまった。


芹沢は笑みを溢し一息吐いた後、再び土方に視線を戻す。


「だがな、土方。この女子が使えるか、使えないかは儂が決める。お主が決める事ではないわ」


パシンッと音を立て扇子を閉じると、芹沢はそれを真っ直ぐ土方に向ける。


「それにだ、そんなに使えん奴ならば此方の都合が良いだろう? 人数も少ない此方の方が動きやすい。女中も今はおらんしなぁ」


「……ッ!」


芹沢の言葉に土方は苛立ちを覚えるも、表には出さず拳を強く握り締め抑えていた。

痛い所を上手く突いてくる芹沢に、土方は思うように言葉を繋げられない。


女中がおらず、困っているのは此方も同じだ。

久が何とか切り盛りしてくれてるが、隊士が増えていくにつれ手が回らなくなり、幹部の誰かが手伝う事もある。


そもそも女中が辞めた原因は芹沢達にあって、自分達ではないのだ。

女中の件に限らず、芹沢を始めとする芹沢派の女性関係ははっきり言ってかなり荒い。


女人禁制だというのに、悪びれることなく屋敷に馴染みの女性を連れ込むこともしばしば。芹沢にいたっては、四条堀川の商家“菱屋”の妾を強奪し、自分の妾にしてしまう。


そんな前例が幾つもある、狼の巣窟に雛乃を簡単に渡せる訳がない。幼く見えるとはいえ、雛乃は女なのだから。


土方が案じるのは雛乃の身だけではない。もう一つ守らなければならない大事な事があった。


それは――雛乃の素性。


雛乃が此処にいる経緯を芹沢達に、絶対露見する訳にはいかない。これからの浪士組の為にも、必ず守るべきだと思うのだ。


土方は様々な事を思案しながら芹沢を見据える。その鋭い視線を受けて芹沢は不敵に笑った。


「……フン。どうやら色々思うことがあるようだがな、土方。筆頭局長はこの儂だということを、忘れては困るぞ」


意味深な芹沢の言葉に土方は眉間に皺を刻む。


「何故、そこまで? 女中が欲しいのなら、彼女以外でも良いでしょう」


素直に渡さねば、強硬手段も辞さない。あれは、そういう意味合いが強いものだ。

使えないと言っているのにも関わらず、芹沢は雛乃を欲しいという。その理由は一体何なのか。


土方は、芹沢が雛乃を欲する理由に、何か裏があると疑いを持ちつつあった。

先程の雛乃との会話。顔色を変えた雛乃を見て、そう思うのは当然だろう。


土方の意図に気付いているのかいないのか、芹沢は笑みを決して消そうとはしなかった。


「そこまで儂に渡したくないのか、この娘を。……異質な存在、だからか?」


異質な存在。それが何を意味するのか分からない程、土方は馬鹿ではない。

やはり、そうだったのかと土方が身構えると同時に、芹沢は土方から目を逸らしていた。


芹沢が再び目に捉えたのは目の前にいる雛乃。

自分を見つめるその瞳に微かに笑みを溢すと、雛乃の腕を掴み、強引に自分の元へと引き寄せる。


息をつく暇もない一瞬の出来事。


何の構えもしていなかった雛乃の身体は、重力と共に吸い込まれるようにして芹沢の胸元へと収まっていた。


芹沢の思いがけない行動に雛乃は声も出せなかったようで、口をパクパクと何度も開閉させている。


「えっ、あ、ふぇっ……!?」


口を開くも、気が動転してるせいか上手く言葉が出ない。

雛乃の思考は完全に停止してしまっていた。何となく分かっているのは今、自分は誰かに抱き締められているということ。

多分、凄く一番厄介な相手に。


土方は眉間に皺を寄せ、不機嫌そうにそれを見つめていた。


「芹沢さん、一体何の真似で? 彼女から手を離してもらえませんか?」


口調こそ穏やかなものの、土方の言葉には怒気がはらんでいる。芹沢は軽く目を細めると雛乃を抱く腕の力を強めた。


二人の間に不穏な空気が流れる。


正気に戻った雛乃が何とかしなければと、口を開きかけた時だった。


「ちょっと芹沢さん。駄目ですよー? 雛乃ちゃんは私の、なんですから」


何処か間延びした声が座敷に響く。聞き覚えのある声に雛乃が顔を上げると、そこにはいつもの朗らかな笑顔で庭に佇む沖田がいた。


驚愕の表情を向ける皆をよそに沖田は、笑顔のまま縁側へと歩いて行き其処に腰掛けた。

前触れもなく、突然現れた沖田に雛乃は目を瞬かせ続ける。


確か沖田とは先程、屋敷前で別れたはずだ。

久々に稽古に出て剣術指南をやるからと、そう言って沖田や数人の隊士が壬生寺へと向かったのをちゃんとこの目で見ている。


稽古に入れば少なくとも、二刻は手が離せないだろう。剣術指南なら尚更だ。

沖田が稽古へ行って、まだ四半刻も立ってないような気がするのだが。


一体、何故此処に?


「……沖田、さん?」


「はい? 雛乃ちゃん、どうかしました? あ、もしかして土方さんに苛められちゃいましたか」


思わず確認するように、呟いた雛乃の言葉にも素早く反応を見せる、明るく弾んだ声。


間違いない。正真正銘の沖田総司だ。


「……ほう、沖田まで来たか。余程、大事にしておるようだな」


気配を消し庭にいた沖田を咎める事なく、芹沢は面白そうに笑うだけ。そんな芹沢に沖田は軽く息を吐いた。

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