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夢想花〜藤森の姫と狼達の奏でる物語〜  作者: 桜柚
第壱章 記憶を巡る旅路
36/192

その男、芹沢鴨【陸】








太陽が一段と眩しく感じ始める朝四ツ刻。


近藤達の住まう前川邸と隣接する八木邸へ向かっている土方と雛乃の姿があった。


「うえぇっ……まだ気持ち悪いぃ……」


雛乃は未だに口に残る独特の味に、思わず顔をしかめ口元を押さえながら歩いていた。

そんな雛乃を横目に、土方は呆れたような視線を向け屋敷の門扉を開ける。


「自業自得だろうが。そんなになるまで怪我を放置していたお前が悪い。その包帯が取れるまで、水仕事は控えろよ」


「えぇ!? それって、殆どやる事ないのと同じじゃないですか!」


女中の仕事は水無くしては有り得ない。朝餉に洗濯に掃除と、水を使わない仕事は殆ど無いだろう。


あるとすれば裁縫か買い物ぐらいだが、生憎雛乃には外出禁止がまだ解かれていない。

つまりは繕い物をしながら部屋で過ごすしかないのである。


不満の声を漏らし口を尖らせる雛乃に、土方は息を吐いて軽く舌打ちする。眉間に皺を刻んだまま、雛乃の方を振り向いた。


「しょうがねぇだろ。一応、病み上がりでもあるし、また倒れられたら困るのは此方なんだ。暫くは大人しく休んでろ」


口答えは許さない、とばかりに土方は雛乃の頭上に掌を叩きつける。雛乃が頭を押さえ、黙り込んだのを確認すると土方は再び歩き出した。


「っ、これくらいの怪我、大したことないのになぁ……」


雛乃は痛む頭を右手で撫でながら、指摘された左手を目の高さに上げる。左手には、此れでもかとばかりに包帯がきつく巻かれていた。


あの不思議な色をした死ぬ程不味い薬を飲まされた後、身動き取れなくなった雛乃に山崎が施したものだ。


山崎の見立てによれば、全治二週間。


治療放棄を防ぐ為、山崎の治療は毎日続く。

つまり完全に治るまで、山崎と顔を合わせ続けなければならない。

雛乃にとって水仕事が出来ないことより、此方の方が実は嫌で堪らなかったりする。


雛乃は息を吐いて、左手の包帯を隠すように袖を伸ばす。そして、随分と離れてしまった土方の後を追い掛けていく。


土方に追い付いて、雛乃は土方を見上げながら右手に拳を作った。


「なら、土方さん。繕い物は全部、私に回して下さいね。頑張って綺麗に繕っちゃいますよ!」


雛乃の言葉に土方は思わず足を止める。何とも言えない複雑な表情を浮かべ雛乃を見た。


「……お前がか?」


「ちょっと何ですか、その胡乱げな顔は。こう見えても私、裁縫は得意なんですよ!」


普段、何かと失敗ばかりを繰り返す雛乃だが、裁縫と料理だけは誰にも負けない絶対の自信を持っている。


持っているのだが、雛乃の危なっかしさを知ってしまった人々は決して遣らせようとはしない。故に、未だ雛乃の実力を知る人はいなかったりする。


「浴衣とか巾着とか、色々作ったことあるんですよ。なのに、皆“危ないから絶対駄目”って言うんです。……大丈夫なのに」


その心配は致し方ないだろう、と土方は思う。

あの日頃の転倒や失敗を見続けていれば、誰でもそう思うに違いない。


土方もそう考える一人だ。


「左手だけじゃなく右手にも傷を負いたいのか、お前は。結果が見える針仕事なんざ、やらせる訳ねぇだろが」


そう言って土方はスタスタと歩き出す。土方にまで失敗すると判断された事に雛乃は憤慨し、頬を膨らませた。


(……ううーっ。優しさのつもりなんだろうけど、ちょっと酷いような……)


外見からか、関わる人は皆、雛乃を過保護に扱う事が多い。あの危なっかしい行いを見れば、そうなるのは必然だろう。


でも雛乃は、自分で自由に色々な事をやってみたかった。


「ねぇ、土方さん。芹沢派の方々ってどんな人達ですか?」


土方の後に続いて歩き出した雛乃は話題を変えるような言葉を紡いだ。


話題を変える事には成功したものの、その問いは土方の機嫌を損ねたようで、眉間の皺が少しずつ増えていく。

土方は息を吐き、歩きながら目線だけを雛乃に向ける。


「んな、下らねぇ事を聞いてどうすんだよ? 奴らの事なんざ、知らなくても良いだろうが。余計な詮索は」


「知る必要があるんです」


土方の言葉を遮り土方の前へと出て、雛乃は後ろを振り向く。

土方を見つめるは紫暗の瞳。

その瞳は揺るぎない強さを持っていた。


「土方さんが言うように、知らない方が良いのかもしれません。でも、先を知る者として、知っておかなきゃならない事があると思うんです」


幼さとはかけ離れた凛とした声。土方が最も苦手とする雛乃の表情だ。


自分と互角に話し、時には驚くような行動も見せる雛乃。年下相手にここまで気圧されるのは初めてかもしれない。


面白い、と土方は内心笑みを浮かべていた。

観察力に行動力、知識の豊富さ。それだけ見れば身内に欲しい逸材ではある。


「……その口調からして、この先何かが起きる。そう言いたげな口振りじゃねぇか」


土方は眉間に皺を刻みながら射貫くような視線を向けた。


先を知る者――ならば、この先に何があるのか、壬生士組が何処に向かうのか全て知っているのだろう。

雛乃が芹沢達に会う事を嫌がらなかったのもその為に違いない。


土方にとって、芹沢達がこれ以上、好き放題暴れるのは我慢ならない。事前に対策が取れるのならば取っておきたかった。


鋭い土方の視線を怖がることもなく、土方をジッと見つめていた雛乃は、土方の考えを読み取ったかのように淡く微笑む。


「……残念ですけど、今はまだ言えません。教えられないんですよ」


雛乃の言葉に土方は舌打ちし、雛乃の頭を軽く小突いた。


「教えられねぇってのは、どういう事だ。一体何を企んでやがる?」


「む。企むとか変な言い掛かりは止めて下さいよ。知りたい事がまだはっきりしてないので、言えないだけですっ」


小突かれた部分に手を当てながら雛乃は土方から顔を背ける。


雛乃が知っている芹沢派の事件は史実や資料での記載されていた簡単な経緯と事後のみ。

日頃から悪行を行い続けた結果、目に余る行為だと会津から厳命が下り暗殺された。


簡易な資料では、そう簡潔にしか書かれてない。彼らの人物像や素性は不明な点が多かった。


何故、そうなったのか。

何故、そこまでしなくてはならなかったのか。

何故、彼らはそうなる道を選んだのか――


二千年以上の長い長い歴史。

史実が全て真実とは限らない。事実と異なる歪んだ歴史が生まれたり、時には意図的に作り変えられたものもあるだろう。

芹沢達もきっとその一部なのかもしれない。


(……芹沢さんの真意が知りたいんだよね。何故、自ら首を絞めていったのか……)


芹沢達は本当に異分子だったのか。異分子であった事には何か理由があるのではないか。


疑問は止まることを知らず次々と溢れ出してくる。それを解消する為にも、雛乃は是非芹沢に会って見たかった。


雛乃は頭から手を離し、一旦思考を中断させる。そして視線を土方がいるであろう場所に戻すが、そこに土方はいなかった。


「……あれ?」


何度か目を瞬かせて、視線を更に屋敷の奥へ奥へと向ける。すると、この先にある廊下の曲がり角付近で土方の姿を見つけた。


「ち、ちょっと、土方さん! 待って下さいよっ。何で先に向かって行ってるんですか!」


雛乃はパタパタと小走りで土方の後を追い掛ける。だが、追い付く手前で体勢を崩しいつものように派手に転けてしまった。


二人の間に何とも言えない微妙な空気が流れる。


「……鈍臭ぇな」


「うるさい、ですっ。仕方ないじゃないですか! 転けてしまうんですからっ」


土方の呆れたような言葉に雛乃は素早く反応を示し、立ち上がった。そして、着物の所々についてしまった埃を払いながら土方を睨み付ける。


先程とは違い幼さの出る表情。一体、何方が本当の顔なのか。土方は戸惑いを感じつつも口には出さず、深々と息を吐くだけだった。


「……ったく、まぁ良い。一つだけ言っとくが、芹沢は一筋縄ではいかねぇ狸野郎だ。噛み付かれないよう気をつけろよ」


あと少し歩けば芹沢達の待つ広間へと着く。

酒に手を付けていれば、少しの言動でも諍いになる可能性が高い。

これは土方なりの雛乃への警告。言葉を受けた雛乃は同意するようにゆっくりと頷いた。


「分かっていますよ。大丈夫です、こういうの慣れてたりしますから」


「……慣れている、とはどういうことだ?」


土方の呟きに雛乃はただ笑うだけ。その笑みは何処か憂いを帯びているように見えた。


土方は息を吐いて、前方に目を移す。前方には障子戸が開け放たれた座敷があった。

庭を見渡せるその座敷に、数人の気配を感じる。恐らく芹沢と、その取り巻き達だろう。


土方が声を掛けるよりも先に、中にいた年若い青年が姿を見せ、土方と雛乃を座敷へと促した。


「さぁ、中へどうぞ、土方副長」


「……ああ、悪いな。野口」


野口と呼ばれた青年は微かに笑みを溢し、頭を下げた。


端から見れば、何ともない普通の会話に聞こえるだろうが、彼らの会話には何処か刺がある。


これだけで彼らの関係性が在り在りと分かる。

雛乃は、芹沢達との謁見は予想以上に疲れそうだと、密かに息を溢した。


通された座敷にいたのは五人の男達。自分を探るような視線に気付きつつも、雛乃は平然とした様子で土方の後に続き腰を下ろした。

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