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夢想花〜藤森の姫と狼達の奏でる物語〜  作者: 桜柚
第壱章 記憶を巡る旅路
34/192

その男、芹沢鴨【肆】


「で、でも……っ」


「良いから、雛乃ちゃんは休んでて下さい。着替えとかも後でちゃんと持って来ますから」


そう言って沖田は雛乃の頭に遠慮なく布団を落とした。布団の重さに耐えきれず、雛乃の身体は布団に押し潰される。


雛乃が布団に埋もれ、身動きが取れない事を確認し沖田は立ち上がり、部屋の隅に目を向けた。


「平助、行きますよー。呼びに来た貴方が寝ててどうするんですか」


沖田は動きを止め、未だに沈んでいる藤堂の襟元を掴み、ズルズルと部屋の外へと引きずっていった。

ガン、と廊下に叩きつけられた痛みで藤堂はようやく目を覚ます。



「……痛っ!? ちょ、何やってんだよ、総司! 自分で歩く! 歩くから離して!!」


「遠慮はいりません。このまま広間まで引きずって土方さんの目の前に突き出してあげます。ふふ、食事の邪魔したら、土方さんどうなりますかねぇ」


確信めいた笑みを浮かべる沖田に、藤堂は状況を想像してしまったのか表情が見る見る内に青ざめていく。


藤堂の脳裏に蘇るのは、過去の出来事。


土方のお膳を誤って溢した時の事だ。氷のように冷たい眼差しに額に青筋が幾つか浮かび上がっていた彼の表情は未だにはっきりと覚えている。


あの時は、土方の好物までも全て駄目になってしまい、嫌になる程の説教と扱きを受けていた。

首を左右に振り、藤堂は全力で沖田の申し出を拒否する。


「だっ、駄目駄目駄目っ!! 俺、確実に殺られるじゃんか!! 何も悪いことしてねぇのに、何で死刑宣告を受けなきゃなんない訳!?」


「悪い事してますよ。これから、という時に話を折ってくれたんですから。私と雛乃ちゃんの話の邪魔をするとは、良い度胸ですよね」


藤堂の襟元を掴んだまま沖田は笑顔で振り返る。藤堂はその笑顔に怯みそうになるが、負けじと言葉を続けた。


「っ、そ、それは仕方ねぇじゃん!  刻限になっても来なかった総司が悪いんだし。何より、総司達の部屋に雛乃がいた事が」


「ああ、それも仕方ないんです。昨夜、とても厄介な狼さんが帰ってきてしまったんで」


だから、私達の部屋に雛乃ちゃんがいるんですよ、とにっこり笑う沖田に、藤堂は苦虫を噛み潰したような表情で沖田を見た。


「厄介な狼って、()()()の事だよね?」


「ええ。他に誰がいるんです」


厄介な狼――いわゆる芹沢の事である。

組内では何時、何処でも誰かが聞耳を立てているかもしれない。

故に公の話以外では、彼らの名を出す事は慎んでいた。


「つまり、雛乃を移動させたのは狼から守る為って事?」


「そういう事になります。ま、詳しい事は土方さんにでも聞いて下さいね。今日の平助には色々仕事があるみたいですから」


その言葉に藤堂は一瞬耳を疑った。だが、どうやら聞き間違いではないらしい。


「……俺、非番のはずなんだけど」


「非番でも非番なりに仕事があるんですよ」


口端を吊り上げ、更に笑みを深くする沖田に藤堂は反射的に、逃げようとする。

が、しっかりと襟首を掴んでいて身動きが取れなかった。


「さぁ、平助。行きましょうか」


「嫌だぁぁぁぁぁ!!」














沖田と藤堂が廊下で一悶着を起こしている頃、雛乃は被せられた布団から必死に抜け出そうともがいていた。


「うー、むむむーっ……」


何とか抜け出そうと手足を懸命に動かすが、変に身体へ巻き着いてしまったようで中々上手く抜け出せない。


沖田と藤堂の話し声が段々と遠くなるのを感じながら、雛乃は手足を動かしていく。


「んぅ。よい、しょっ、……えいっ!」


一呼吸分の間の後。


雛乃は漸く布団から抜け出す事が出来た。一息吐いて、布団を向こう側へと投げ落とす。


起き上がって投げ落とした布団を見てみれば、その多さに唖然としてしまった。

一枚だけかと思っていたのに瞳に映る布団は四枚以上。この質量が身体にのしかかっていたのだ。


「……道理で重いはずだよ……」


雛乃は苦笑を浮かべ、その場に座り込んだ。


さて、これからどうするべきだろうか。沖田が言うように此処で大人しく待っているべきだろうか。


(……着替えがないからなぁ。今、襦袢姿だし……)


乱れた髪を整えながら雛乃は深々と息を吐いた。


(此処が私の部屋なら、直ぐに着替えて抜け出せるのに)


もがきながらも、先程の沖田達の話は全部聞こえていた。此処が沖田と斎藤の部屋だという事も、厄介な狼が帰ってきたという話も。


「……厄介な狼、ね」


部外者の雛乃だが、この言葉が誰を指しているかなんて聞かなくても分かる。


壬生浪士組、筆頭局長。

芹沢 鴨。


彼の事で間違いないだろう。


史実を読む限り、彼は悪行が絶えなかったらしいが実際はどうなのだろうか。

雛乃は身体の向きを変え、ある人物に声を掛けようとするが、其処には誰もいなかった。


「……いつの間にか居なくなってるし」


彼――斎藤が身体を預けていた柱には誰もいない。雛乃が目を覚まして、暫くは此処にちゃんと居たはずなのだが。


(……私と沖田さんが話してる最中に? それとも藤堂さんが来てから? いつ居なくなったか分からないや……)


気配を消すのが上手いなら、人に気付かれる事なく移動する事も可能という事なんだろうか。


気付けば傍にいたり、目を離せば姿を消したりする。彼は本当に掴み所のない人だと思う。


そんな斎藤だから、何物にも捕われず、自分の意思を貫き行動出来るのかもしれない。


「斎藤さんって、やっぱりよく分からないや……」


「俺にしてみれば、アンタの方がよう分からんわ」


突然響いた声に顔を上げれば、山崎が障子戸を大きく開き此方を睨んでいた。


「あ。おはようございます、山崎さん」


「おはようやないわ、阿呆」


気配も無く突然現れた自分を気にする事なく、笑顔で答える雛乃に山崎は軽く舌打ちする。


「やっぱりアンタ見とると苛々するわ。なんで俺がアンタの世話せなアカンねん」


「世話?」


話の意味が分からず首を傾げる雛乃に、山崎は手に持っていた物を雛乃へ向けて投げ付けた。


「わぷっ! ……何これ、着物?」


顔に張り付いた物を手に取って見ると、それは淡い色合いの着物だった。普段、雛乃が着ている着物によく似ている。


恐らく雛乃の部屋から持って来られた着物だろう。

色は分からないが柄には見覚えがあった。


何故、山崎がこれを持っているのか。疑問の目を彼に向けると、ため息と共に答えが帰ってきた。


「……副長から頼まれたんや。アンタにそれ届けんのと、アンタの診察をな」


山崎の言葉に雛乃は目を瞬かせる。


「診察って……、誰のです?」


「アンタに決まっとるやろ」


他に誰がおるんや、と呆れたように呟く山崎に雛乃は今の感情を表すように顔をしかめた。


「よりにもよって、山崎さんとか土方さんは鬼ですか。貴方に診て貰うってだけで、更に具合悪くなりそうなんですけど」


「はは、同感や。俺もアンタを診るってだけで頭痛うてしゃーないねん」


言葉を交わすも、お互いに出るのは悪態ばかり。診察どころではない。


山崎にとって雛乃は未だに不審人物のままだ。

謎を沢山持ったややこしく、馬鹿でドジな何処か憎めない雰囲気を持つ童みたいな女。

それが山崎にある雛乃の評価である。


見ている限り、組に害を成す者ではないと思う。思うのだが、そう断言したくない理由があった。


雛乃に秘められた数々のモノ。それが大きくなるにつれ、彼女の疑惑を再び上昇させていく。

最も、一番大きな原因は雛乃自身が何も話そうとしない事だ。


何も知らない人物を信じろ、というのは思ったよりも結構難しい。

常に疑いの眼差しで人を見る事を強いられる、監察方に身を置いている山崎は尚更である。


山崎は息を吐き畳にストンと腰を降ろした。胡座をかきながらも、視線は雛乃をしっかりと捉えている。


「一つ、聞きたい事があるんやけど」


「……何ですか」


「無数にある身体の傷と火傷や。あれは、何やねん」


雛乃は大きく目を見開き山崎を見つめた。

そして深々と息を吐いて、手に持っていた着物を強く握り締める。


「監察時に見ちゃったんですか? 別に大した事ないでしょう、これくらいの傷。誰だって古傷の一つや二つ」


「何処が大した事ないんや。あの傷は、尋常やあらへん。普通に出来たもんやない」


雛乃の言葉を遮り山崎は眉を寄せた。


雛乃は平然としているが、これくらい、と言って済まされる程度の傷ではなかった。


()()()()()()は普通の女子が付ける怪我ではない。拷問でも受けたような、戰場に居たかのような凄まじい傷跡だった。


「何も過去を話せ、とは言うてへん。何の傷かを聞いとるんや。……俺もな、アンタが白か黒かをそろそろハッキリさせなアカンのや。此処を追い出されとうなかったら正直に言い」


そうは言ったが答えなくとも追い出される事は先ず無い。何故なら、近藤と土方は雛乃を此処に置く事を正式に認めようとしている。


土方が雛乃を間者として見ていない事も、早くに気付いていた。だが、山崎はそれを素直に納得出来ずにいる。


間者としては白でも、闇を持つ人物がこのまま、此処にいても良いのだろうか。


もしかしたら何れ、波紋を呼ぶ存在になるのではないかと山崎は雛乃を警戒し続けていた。

彼女の謎が減らない限り、警戒が解ける事は決してないだろう。


一番気になった事を口に出してみたが、果たして雛乃は答えるだろうか。


雛乃がそう簡単に答えるとは思っていない。だが聞いてみる価値はあると思った。

彼女が何を隠しているのか。上手くいけばその糸口が掴めるかもしれない。


一方、雛乃はと言うと、本当の事を話すべきか、それとも誤魔化すべきかで悩んでいた。

別に話したくない訳ではない。隠して置きたい訳でもない。


只、どう話して良いか分からないのだ。


(……怪我の事は何れ聞かれるだろうとは思っていたけれど、山崎さんに聞かれるとは……。どうしようかなぁ……?)


山崎に下手な嘘は通じない事は分かっている。嘘を吐いて疑いを増すより真実を話した方が、この先の対応も少しはマシになるかもしれない。

そう考え付いた雛乃は息を吐き、その重い口を開いた。


「……この大きな傷と火傷は、幼い時、事件に巻き込まれた時に出来た傷ですよ」


撫でるように襦袢の上から腕をなぞり雛乃は視線を落とす。


身体中に刻まれた傷は腕にもある。隠れていて見えないが、腕にも切り傷や火傷が沢山あった。


まさか雛乃が素直に話すとは思っていなかった山崎は内心驚きながらも、きちんと話に耳を傾けている。


「……事件、やて? 後の世は平和や、自分言うてなかったか?」


「それは全体的に見て、平和っていうことですよ。……でも、細かく見れば治安は完全に良いとは言えない。未来の日本でも、殺人、強盗、日常的に事件は起きてます」


雛乃の家族を奪った()()()()は特殊な犯罪だったが悲惨な事件には違いないだろう。


五百人を超える多数の犠牲を出し、現場は血の海と化していたという。

その悲惨な事件の、僅か四人の生存者の一人に雛乃がいた。


「十二年前、私は両親と……兄二人、生まれて間もない弟。身内数十人を喪いました。一瞬にして光から闇に落ちてしまったんです」


淡々と話す雛乃の顔に感情はない。怒りも悲しみも、何も映っていなかった。

それに違和感を覚えた山崎は、思わず口を開く。


「……随分と冷静に話すんやな。他人事のようやん」


事件の被害者ならば、普通このように話せるはずがない。


取り乱すか泣き崩れるか、で詳細を詳しく話せる人など少ないだろう。事件で無くしたモノが大きければ大きい程、動揺は激しいはずだ。


無情とも取れる山崎の言葉。

だが、雛乃は気分を害する事なく苦笑を浮かべただけだった。


山崎の視線を受け止めるように雛乃は顔を上げ、緩やかに微笑む。


「仕方ないんです。私、記憶が何もないから客観的にしか言えないんですよ。……事件の事、昔の事、家族の事――全て」


雛乃には事件の記憶が一切なかった。それと同時に事件以前の記憶もすっぱりと消えている。


事件の状況も顛末も、全て人に教えられて知った事。自分の記憶ではない。


雛乃の過去に足を踏み入れてしまった山崎は複雑な心情でそれを聞いていた。


職業柄、山崎が話を鵜呑みにする事は滅多にない。何事も十分に検討、理解をしてから己の中へと受け入れていく。

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