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夢想花〜藤森の姫と狼達の奏でる物語〜  作者: 桜柚
第壱章 記憶を巡る旅路
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その男、芹沢鴨【参】

次の瞬間、雛乃の顔は沖田の胸元にあった。

顔だけではなく、雛乃の身体は、先程より強く沖田の腕に包まれている。


突然の事に雛乃は驚きを隠せずにいた。何とか逃げ出そうと両手足を動かして見るが、びくともしない。


「お、おきっ、沖田さ、離してっ!! 離して下さい!」


「嫌です。離しません」


苛ついたのか、声を上げる雛乃に沖田はそう突き返す。


「私は貴方に、守ると約束したんです。だから、もう無関係ではいられませんよ」


「約、束……?」


雛乃は沖田の胸元から顔を上げ、怪訝な表情で沖田を見る。

沖田はええ、と頷いて雛乃の頭を再び撫でた。


「……仕方がない。雛乃ちゃん、今から話すのは私の独り言です。だから、全て聞き流して下さって結構ですから」


暫く大人しくしてて下さいね、と一声を掛けた後、沖田は雛乃を半ば強引に自分の胸元に押し付ける。


雛乃は何処か不満そうにしているが何も言葉は返って来ない。

沖田は軽く息を吐いて語り始めた。


「……実を言うと、私は人が嫌いでした。人と話すのが嫌で嫌で、堪りませんでした」


幼い頃から直ぐに嫌になった訳ではない。きっかけは両親の死と、口減らしにあったことが原因だろうと思っている。


家族から引き離されて、沖田の心は真っ黒に染まりつつあった。


誰も信じたくない。

誰とも関わりたくない。

傷付くくらいなら近付かなれば良い。


そんな負の感情ばかり渦巻いていて、沖田は荒み独りでいることが多かった。


「それに、当時の私は笑顔も何もなかったですからねぇ。きっと、無愛想で口数も少ない、哀れな子としか思われていなかったはずです」


そんな暗闇という泥沼に浸かっていた沖田を救ったのは近藤だった。頑な心をも解く近藤の優しさは誰にも真似出来ないと思う。


自分を助ける為に、命まで張ってくれる人なんて早々いない。


「何処か雛乃ちゃんは昔の私に似てる気がするんです。人を遠ざけたり、誰にも頼ろうとしなかったり……。自分ばかり、責め続けている」


自分の居場所が分からない。

生きている意味が分からない。

心を占めるのは自分を責める、侮蔑の言葉。


次第に心は冷えていく。

偽りの仮面を着けて、あるいは感情を無くして。誰の助けも必要とせず生きていく事。それが唯一残された道だと思い込んでしまう。


沖田は一息を吐いて雛乃の頭を優しく叩いた。


それに過剰に反応し、雛乃は小さく悲鳴を上げる。ビクッと跳ねた小さな身体。それを労るように今度は背中を叩いていく。


「……やはり怖い、ですよねぇ。心を、過去を見られたり開こうとするのは」


ずっと閉じ込めてた想いを吐露するのは他人が思う以上に辛いものだ。

大半の人が、その痛みを隠すように何事もなかったように振る舞い、記憶を消そうとする。


だから、痛みの度合いなんて誰にも分からない。


「でもねぇ、雛乃ちゃん。私、思うんですよ。こうやって、拒絶の色を示すのは、ちゃんと痛い記憶だと分かっているからだって。痛みを代弁して、表に出してるんです」


「表に出て、る……?」


「ええ」


小さく呟かれた雛乃の疑問の言葉に沖田は頷く。


「痛みを全て、自分だけで請け負うものではありません。人に、吐き出す事も必要なんですよ」


雛乃の背中を優しく撫でながら、沖田は少し雛乃の身体を離す。不安気に揺れる雛乃の瞳が沖田を捉えた。



「…………でも、きっと拒絶される。私は汚い、から」


「汚い? 何処が汚いというんです」


「沢山の犠牲の上で成り立ってる命だから。何百人という命の――」


重い重い、枷。

雛乃は自嘲の笑みを浮かべ目線を下げた。


この言葉で引かない人はいないだろう。何十人ではなく何百という重みを理解してくれる人などいる訳がない。

沖田もきっと離れていく。


「……それが、どうしました?」


雛乃の予想に反して沖田は優しい眼差しのまま、自分を見つめていた。


「そのような枷、人斬りの私達も同じようにありますよ」


幾つもの血を浴び、命を、数多の人生を奪ってきたのだから。


揺るぎない真っ直ぐ自分を見抜く瞳。

雛乃はその瞳から逃れるように沖田の胸元に顔を埋めた。


「雛乃ちゃん?」


「っ、何でそんなに優しいんですか……」


赤の他人の、ましてや未来から来た、素性の分からない自分に何故そこまで構うのか。

放って置けば良いのに、それをせず手を伸ばし続けようとする。


そう疑問に思って沖田に問えば、直ぐ様答えが返ってきた。


「……()としての義務ですかねぇ」


「え?」


思わず顔を上げた雛乃に沖田は微笑を浮かべる。


「単に、私は貴方の支えになりたいんですよ、雛乃ちゃん。勿論、同情や哀れみは一切ありません」


そんなの貰っても嬉しくありませんし、何より腹立つだけですもんね、と沖田は笑う。


そんな沖田に雛乃は少しの期待を抱いた。

この人なら、自分の気持ちを理解してくれるのではないか――


だが、長年押し留めていた心が、気持ちが囁く。どうせ裏切られるのが見えていると。

信用するだけ、無駄だと。


ぐるぐると頭を巡る思考は否定的なものばかりだ。雛乃は目線を再び下げ、唇を噛み締める。


「沖田さ、ん。あの……」


雛乃の言葉を遮るように沖田は、自身の人差し指を雛乃の唇を置いた。


「雛乃ちゃん、すみません。話はまた後でしましょう。……邪魔者が来るみたいなので」


「邪魔者……?」


雛乃がそう呟いた刹那、廊下に面する障子戸が勢い良く開く。


「総司っ! 何やってんだよ!! 朝飯食いっ逸れるぞー……って、何で総司の部屋に雛乃がいるのさ?」


部屋に入ってきたのは小柄な犬みたいな青年、藤堂。

眉を寄せ、困ったような表情を見せていた藤堂だったが、今は目の前の状況に、どう反応して良いか分からず目を瞬かせている。


そんな藤堂に対して沖田は動揺することなく、さらりとこう告げた。


「何故って、雛乃ちゃんと私の仲ですから」


「いやいや。それ、全然理由になってないからねっ! しかも、何!? 何で病み上がりの雛乃を抱き締めてんだよ!!」


藤堂はビシッと効果音が付きそうな勢いで沖田を指差す。それを涼しい笑顔で受けた沖田は、藤堂を見据えた。


「何ですか、平助。私が雛乃ちゃんを抱き締めてたらいけないとでもいうんですか。だとしたら、その理由は何です?」


「そんなの決まってるじゃんか。雛乃が、」


「病み上がりで、安静にさせて置くべきという理由なら却下しますよ」


「うっ……」


藤堂の解答をへし折るように沖田は笑顔でそう切り返す。


言葉を潰された藤堂は悔しげで、でも何処か諦めが見えていた。

こういう時の沖田に勝てないのは分かっているが、簡単に引き下がるのは面白くない。


藤堂は息を吐いて、腰に手を当てた。


「じゃあさ、総司が思う理由って何なんだよ」


「簡単ですよー。雛乃ちゃんが」


パチン!!


「はい、そこまで! そんなことよりも、早く朝餉を食べに行きましょうよ。近藤さんや久さん達に迷惑が掛りますっ!!」


このままでは埓があかない。そう察した雛乃は両手を叩き、二人を軽く睨み付けた。


頬を膨らませ、自分達を見る姿はやはり幼い子供にしか見えない。

藤堂と沖田は互いに顔を見合わせ、プッと吹き出した。


それに雛乃は目をしばたたかせ、更に頬を膨らませる。


「なんで、笑うんですかっ」


「いえいえ、深い意味はないですよ。ねぇ、平助」


「うん。でも急いだ方が良いのは本当かもしれない。左之さん達、かなり腹鳴らしてたからさ」


藤堂の言葉に雛乃はある事を思い出し、表情を曇らせた。


浪士組の食事刻は、戦場と化す。

仕事で空腹状態の身体を限られた食事で腹を満たす為に相手の御数を取る事も辞さない。


例外は無し。現に雛乃も斎藤や沖田から、焼き魚や惣菜を奪われたりすることが度々あった。


「ああ、その時は平助の御数、全て頂きますから。大丈夫ですよ」


「何処が!? しかも、何で俺の飯!?」


沖田は自分の腕に抱えていた雛乃を引き離し、布団へと下ろす。

そして立ち上がり、笑顔で一言。


「盗りやすいからに決まってるじゃないですか」


その言葉には雛乃も思わず眉を寄せた。


(……ああやって、沖田さんは笑顔で毒を放つんだよねぇ……。ああ、藤堂さん可哀想……)


案の定、藤堂は多大な打撃を受け部屋の隅で縮こまってしまった。

頭上から茸が生えそうな程に沈んでいる。


それを見た沖田は満足そうに微笑んだ。


「……話の邪魔をした罪は重いんですよ、平助」


笑顔なのに寒気を感じるのは、多分気の所為ではないだろう。

雛乃は両腕を擦りながら、そっと息を吐いた。


雛乃がそんな自分に恐怖を抱いてしまったと、微塵にも思っていない沖田は、平助から目を離し雛乃に視線を向ける。


「さて、と。すみませんが雛乃ちゃん、暫く此処で待っていて下さいね」


「ふぇ?」


突然振られた言葉に反応が追い付かず、雛乃は疑問を表すように首を傾ける。

それに沖田は微笑を溢し、答えを口にした。


「理由は簡単。病み上がりの身体にはあの広間の熱気は良くないから、です。お膳を此処に持ってくるので一緒に食べましょう?」


話の続きもありますしね、と意地悪そうに笑う沖田に雛乃は何か考えるような素振りを見せ、軽く首を横に振った。


「あの、私は別に、一人でも大丈夫ですよ。お膳も自分で取りに行けますから」


完全回復までとはいかないが、自分で動ける程度には回復している。動ける状態ならば自分の事は自分でやりたい。いや、やらなければならないのだ。


誰にも頼る事が出来ない環境にいた雛乃は、これが当たり前だと思っている。

沖田は息を深々と吐いた後、足を屈め雛乃の額に向けて指先をピンッと弾いた。


「駄目です。熱が下がったとはいえ、油断は出来ませんし。明後日までは絶対安静ですからね」


そう沖田に苦言を呈され、雛乃は小さく紅に染まった額を押さえながら、沖田を見上げる。その瞳には戸惑いが浮かんでいた。


それに気付いた沖田は雛乃の頭を優しく撫でる。


「雛乃ちゃん。頑張る事も大事ですが、時には素直に甘えることも大切なんですよ。有難い行為は素直に甘えた方が得です」

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