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夢想花〜藤森の姫と狼達の奏でる物語〜  作者: 桜柚
第壱章 記憶を巡る旅路
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その男、芹沢鴨【弐】







――――翌朝。


布団から起き上がった雛乃は目の前の状況を上手く理解出来ずにいた。


「……どういうことかな、これ……」


雛乃の視線の先にいたのは壁に寄り掛り、眠っている斎藤。そして、自分の布団に寄り掛って覆い被さるように、寝息を立てている沖田がいた。


何故このような状況になっているのか。雛乃は内心慌てながらも、記憶を辿るように考えていく。


(……えーと、昨日は土方さんに呼ばれて、話をしてて……あれ?)


そこから先の記憶がない。線が切れたように、ぷっつりと途絶えている。


(どうしたんだっけ? 土方さんと話してて……)


首を傾げたり、頭を軽く振って見ても思い出す事は出来ない。むしろ悪化するように記憶が曖昧になっていくだけだ。


「……どうして沖田さん達がいるの?」


思わず口から出たのは率直な疑問。彼等がいる理由が分からない。


此処は雛乃に与えられた部屋だ。沖田はともかく、斎藤が此処に来る事は滅多に無い。

斎藤と沖田は普段、同じ部屋で休んでいる。此処で寝る必要があるだろうか。


藤堂から聞いた話だと二人は滅多に自室以外では休まないのだという。自室以外では、任務か稽古に励み常に起きている。

剣客として生きているからこその日常だ。


そうやって考えれば考える程、目の前の状況が喜ばしいものではないのが見えてくる。


(あわわわっ。もしかして、何かとんでもない事を為出かしちゃったのかな……。二人が私の部屋にいなくちゃいけない程のっ)


気を何とか保つべく、雛乃はパチンと両手で頬を叩いた。伝わるのは鈍い痛み。掌と頬が赤く染まり、ピリピリと痺れるだけである。


「むぅぅぅ……」


頭を垂れ、雛乃が深々と息を吐いたその時だった。


「何をそんなに、一人で百面相してるんですー?」


頭上から聞こえた声に雛乃が顔を上げると、そこには笑顔で自分を見つめている沖田がいた。


「お、沖田さんっ」


「おはようございます、雛乃ちゃん。よく眠れましたか?」


満面の笑顔で問うてくる沖田に、雛乃は戸惑いの表情と共にゆっくりと頷いた。


眠れたかどうかはよく分からないが、いつもより身体は楽なような気がする。

いつもなら睡眠不足と気怠さが身体に付き纏っているはずなのに、今日はそれが一切ないのだ。


そんなことを頭の隅で思いながら雛乃は沖田へ率直な疑問をぶつける。


「あのっ、どうして沖田さんと斎藤さんが此処にいるんですか? 私、何かしました……?」


「もしかして、何も覚えてないんですか?」


雛乃の頭を必然的に撫でていた沖田は手を止め、雛乃を見つめた。

雛乃はというと、質問に質問で返されどうしていいか分からず、首を軽く傾けるだけだ。


覚えてないというより、記憶そのものがない。

自分の記憶は土方さんと話していた事までで、その先の事など覚えているはずがなく――


そう伝えると、沖田は何かを考えるような素振りを見せ深く息を吐いた。


「……そうですか。覚えてないんですか。あんなことまでしたのに……」


沖田の思わぬ発言に雛乃は目をしばたたかせ、沖田に再び問い掛ける。


「お、沖田さん……? 今何て言いました? あんな事って一体……」


「いやいや、雛乃ちゃんが私に抱き着いたりとか、私に甘えたりした、なーんて何も言ってませんから」


ピキンッと言う音が聞こえて雛乃は見事に固まった。


雛乃は基本的に眠りは深くない。というよりは眠れないのだが。

だから寝惚けるという事は滅多にない。


だから、そんな事ある訳ないと思う。思うのに。記憶がない所為で揺らいでしまう。

雛乃は重たく下がった首を上げて、縋るように沖田を見据える。


「お、沖田さん? 冗談も程々にして下さいよ……」


「冗談? 何で冗談だと思うんです? 私は何時でも本当の事しか話しませんよ」


にこにこと笑う笑顔からは裏も表も何も見えない。ただ、一心に雛乃を見つめ笑っている。


雛乃がその笑顔に簡単に勝てる筈もなく。

言葉を全て上手くかわされた挙句、雛乃の身体は沖田の腕の中にすっぽりと収められていた。


雛乃は慌てて沖田から離れようとするが、沖田がそれを許さなかった。


「駄目ですよ、雛乃ちゃん。ジッとしてないといけませんって。病み上がりなんですから」


「……病み上がり?」


気になる言葉に雛乃が復唱すると、沖田は同意するようににっこりと微笑む。


「そうです。雛乃ちゃん高熱を出して倒れて寝込んでたたんですよ。言いませんでしたっけ?」


「……今、初めて聞きましたけど」


最初からそう言って欲しかったです、と雛乃が頬を膨らませると、沖田は雛乃の頭をポンポンと叩く。


「医者の話によると、心労から来る高熱だそうですよ。慣れない環境でしたからねぇ、色々と疲れが溜ってたんでしょう」


沖田の手は次第にゆっくりとなり撫でる手付きに変わっていった。

最初は抵抗していた雛乃も、今は沖田に身を任せている。雛乃は目線を下に向けて自身の膝を抱えた。


(……そっか。私()()倒れちゃったんだ……。体調管理ぐらいちゃんと出来ないと、叔父様に叱られるのになぁ)


しかし、体調不良も然る事ながら、沖田に抱き着いた件が雛乃にとっては大問題だった。


普段から雛乃は、ある程度の距離を保って彼らと接している。秘密を沢山抱えている雛乃にとって、安易に心を許し話すということは出来なかった。


今までの経験上、一定の距離を保っていれば誰も不用意に踏み込んでは来ない。弱さを見せない為にもそうする事が一番良いと雛乃は考えていた。


それなのに、半日以上の記憶がないという状況が此処にある。どう考えても不味いだろう。


沖田の言葉が嘘か真実かは分からないが、真実ならば何を沖田が見たか聞き出さなければならない。


知られて良い内容もあるが知られて困るものが大半を占めている。

沖田が()()に触れてなければ良いのだが。


(……だって、全て知られてしまえば、きっとあの瞳を向けられる)


雛乃が最も嫌う、哀れみと同情の混じった何とも言えない、あの眼差しを。

絶望を知った、あの世間の冷たい眼差しを――


膝を抱え丸くなった雛乃の頭を撫でていた沖田は、雛乃の様子に逸早く気付いていた。


何かを隠すように、考えるように丸まった背中。自分の腕の中にいるはずなのに、遠くに感じてしまう。


先程の事は触れてはいけないものなのか。それとも、触れて良いものだったのか。

まぁ、そんなことは追々確認するとして、今はこの状況を打破することを考えた方が良いのかもしれない。


ついと目を細めながら沖田は何かを思い付いたように口端を吊り上げる。


ちょっとした悪戯心だ。

これなら、直ぐに反応してくれるだろう。


腕の力を強めつつ、雛乃の耳元にソッと唇を寄せた。


「ひーなのちゃん?」


「はひゃうぁぁっ!?」


息を吹き掛けるように囁かれた沖田の声は雛乃にとって、衝撃的なものだったようで。前触れもなく来たそれに、雛乃は今まで出した事もない奇妙な声を上げていた。


沖田は雛乃の思わぬ反応に驚いたのか、瞬時に対応出来ず目を瞬かせる事しか出来ない。

対する雛乃はドクドクと暴れる心臓を押さえながら、沖田の方を振り返った。


「ななな、何ですか!? いきなり耳元で話さないで下さい! びびび、びっくりしたじゃ、ないですかっ!!」


上擦った言葉、紅潮した頬、自分を非難する眼差しから、雛乃の心底驚いた様子が在り在りと見える。

沖田は雛乃を手放さないようしっかりと彼女の腰を抱き止めて、緩く首を傾げた。


「雛乃ちゃん。もしかして、耳、弱いんですか?」


「ちっ、違っ!! 断じて違います! ただ、ただ驚いただけなんです!!」


雛乃がブンブンと首を横に振り必死に否定するも、それは逆効果で。否定すればする程、それは肯定してるようなものである。


思わず沖田はプッと吹き出して、雛乃の頭を数回撫でた。


「そこまで必死にならなくても。……ふふ、雛乃ちゃんて、嘘吐くの苦手そうですよねぇ」


「うぅ……。わ、私だって嘘くらい吐けますよ! 嘘がなくちゃ生きていけない場所とかあるんですからっ」


頬を膨らませ、そう抗議する雛乃は、先程の事が余程嫌だったようで沖田から視線を外し沖田を見ないようにしている。


だが、例によって、その行動は子供が拗ねているようにしか見えない。

それを笑顔で見ながら沖田はある言葉に目を止めた。


“嘘がなくちゃ生きていけない場所”


それは雛乃の過去に関連しているようにも聞こえるし、彼女の現在の状態にも関係しているようにも聞こえる。


一体、何を意味しているのだろうか。


さりげなく沖田は雛乃の真意を探るような視線を、雛乃に向けた。


「なら、雛乃ちゃんは嘘を吐いて生きているんですか?」


「……私に限らず、誰だって嘘を吐いて生きていると思います。 真実は時に残酷だから。嘘がなければ、間違った道を歩んでしまうことだってあると、思うんです」


子供とは思えない先を見た、大人びた言動に沖田は軽く眉を寄せた。


確かに、雛乃の言う事には一理ある。だからと言って、全てを嘘で塗り固めて良いという訳ではない。


優しい嘘は必要だろう。

身を守るように、言葉を使うこともある。

だが、それも限度を越えれば心を、精神を蝕む刃となる可能性が高い。


雛乃の場合、嘘は自身を守る鎧となっているのだろう。自分の感情に嘘を吐き、感情を抑え込み、独りで全てを請け負っている。


「ねぇ、雛乃ちゃん」


「何です?」


「雛乃ちゃんが吐いているのは私達に対する嘘? それとも――」


自分に対する嘘、何方なんですか?


沖田の問いに雛乃が息を呑むが分かった。

伸ばし掛けていた足をもう一度曲げ膝を抱き締める。


「……な、なん、でそんな事を……。沖田さんには関係ないことじゃないですか」


「関係ありますよ」


「っ、関係ないの!!」


背けていた顔を上げ、雛乃は沖田を睨み付ける。


「何も知らない癖に……。 私の、ことなんて……誰も、何も、知らなくて良いんですっ!!」


震える雛乃の声に沖田は目を細め、深々息を吐く。そして、ゆっくりと雛乃に向けて手を伸ばした。

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