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夢想花〜藤森の姫と狼達の奏でる物語〜  作者: 桜柚
第壱章 記憶を巡る旅路
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その男、芹沢鴨【壱】






漆黒に染まった夜空から大量の雨が降りしきる中、数人の男達が歩いていた。


数人の男達の先頭を歩くのは体格の良い総髪の男性。頬は赤く染まり、足元は何処か覚束ない。どうやら酒に酔っているようだ。


ふと目線を上げ、目的地に着いたのを確認すると男性は口を開く。


「……新見」


「はい」


新見と呼ばれた青年は男性に向けていた番傘を下げる。傘を退けたことで、雨粒は直接男性の身体にポタポタと落ちていく。


前髪に付いた水滴を払いながら、男性が門前を潜ると庭先に人影があった。

男性は目を細め口端を微かに吊り上げる。



「……何だ。わざわざ、儂を出迎えに来たか? 土方」


傲慢な男性の態度に、土方は表情を変えることなく淡々と言葉を返す。


「随分遅いお帰りだと思って出て来ただけですよ、芹沢局長」


片腕を着物の上前部分に突っ込みながら話す土方に、男性を敬う気は全くないようだ。

むしろ毛嫌いしてるように見えた。


そんな土方の態度が勘に障ったのか、新見は土方を強く睨み付ける。


「おい土方。何だ、その態度は。筆頭局長に失礼だろう」


「……それはそれは申し訳ありませんね、新見局長。以後、気を付けますよ」


口調は穏やかだが、所々に棘がある。それに土方の目は全く笑っていない。

新見の視線を受け止めながら、鋭く彼を見据えていた。


新見が軽く舌打ちし、刀を抜こうとした時、男性――芹沢がそれを制す。


「っ、芹沢先生……!」


「よせ、新見。身内に牙を向いても面白味も何ともない。……だろう?」


芹沢はそう言って、一瞬の内に腰に下げていた刀を土方の首筋に当てる。

酔っていると思えない素早い動きに新見や他の面々は目を見張った。


だが、土方だけは微動だににしない。眉を一つ不機嫌そうに動かしただけだ。

そんな土方に芹沢は笑みを溢す。


「……相変わらず食えない表情をしておるなぁ、土方。はっ、丁度良い。お主に聞きたい事があったのだ」


刀を土方に向けたまま、何処か楽しげに言う芹沢に土方は苛立ちを覚えるが、あえて何も言わず芹沢の言葉を待った。


「……市中で聞いた噂なんだがな。年端のいかない女子を此処に住まわせておるのは、本当か?」


土方の眉間の皺が一つ増える。

それを芹沢が見逃すはずもなく更に言葉を紡いでいく。


「ほぅ? その反応からすると、単なる噂じゃなさそうだなぁ。土方、その女子は一体何者だ?」


何の理由があって男所帯に住まわせている?

そう芹沢の目は訴えているようだった。


壬生浪士組は基本、女人禁制である。女中以外の女人が立ち入ることは許されていない。

だが、噂の女子は女中にしては若過ぎるし、妙だと言いたいのだろう。


土方は内心舌打ちして、その重い口を開いた。


「……ああ。報告が遅れましたが、彼女は近藤局長の遠い親戚でしてね。暫くの間、此方で働くことになったんですよ」


「ほお……、近藤の縁者か。それはまた急な話だな」


芹沢は土方の瞳をジッと何かを探るように見つめる。威圧感のあるそれに、新見や他の面々は息を呑んだ。

しかし、土方は臆することなく涼やかな顔で切り返していた。


お互い、無表情で腹の中を探り合う――。


近寄り難い、静かな無言の攻防が続く中、先に身を引いたのは意外にも芹沢だった。


「ふん……。まぁ、良いだろう。会えば分かることだ」


そう呟いて、芹沢はようやく刀を土方の首筋から退ける。


首筋には少しの切傷が出来ており、血が薄らと滲んでいた。

それを一瞥し、芹沢は屋敷に入るべく土方の横を通り過ぎて行く。

通り過ぎる際、芹沢は土方に軽く耳打ちする。


「……隠す理由を、今は聞かん。その代わり――明日。その女中を此方に、八木邸に連れて来い。良いな?」


有無を言わせない口調。


彼に逆らえばどうなるか。

それは土方を始め、壬生浪士組の皆が重々知っていることだ。

土方の無言を是と受け取ったのか、芹沢は豪快に笑いながら屋敷内へと入って行った。


「副長の分際で、芹沢先生に逆らおうとするなよ? 土方」


嘲笑うように、新見もそう釘を刺して芹沢の後を追うように去っていく。


芹沢派の面々が誰も居なくなったことを確認し、土方は近くの木へ拳を叩き付けた。

木々の葉に付いていた雫が地面へとパラパラと滴り落ちる。


「くそっ、胸糞悪ぃ……!!」


土方はいつも以上に苛立っていた。


土方にとって彼らは尊敬すべき相手ではない。

むしろ最も嫌う人物達と言っても良いだろう。

顔も合わせたくなかったというのが本音だったが、そういう訳にはいかなかった。


何故なら――


「土方さーん、早く上がらないと風邪引きますよー?」


暗闇から突然響いた、何処か間延びした声に土方は眉間に皺を刻み、深々と息を吐く。


「……おい総司。俺は先に戻ってろと言わなかったか?」


「言いましたね。でも良いじゃないですかー。色々と収穫あったんですから。……貴重な土方さんの敬語とか敬語とか敬語とか」


「今直ぐ斬られてぇのか、お前は」


土方は腰に下げている刀を柄を握り沖田を睨み付ける。


そんな土方に笑みを溢し、沖田は隠れていた屋敷の物陰から姿を現した。片手にはしっかりと傘が握られており、長時間其処にいた事を物語っている。


「一先ず、良かったですねぇ。此処にこうしていなかったら、芹沢さん達は必ず屋敷内を詮索していたでしょうから」


そう言って、沖田は傘を土方に差し向けて土方に目を移す。


――そう、土方がこの場に居たのは唯の出迎えだけじゃない。彼らを牽制する為だった。


女と見れば見境なく、手籠めにしようとする芹沢の事。

噂を聞けば直ぐに行動に移すだろうと践んで、こうして待機していたのだった。


降り頻る雨を眺めつつ、沖田は隣にいる土方を見上げる。水分を吸い取り、色が黒くなった藍色の着物。自分より長く外にいたせいで、ずぶ濡れに近い状態だ。


そんな土方を見て、沖田は再び笑みを溢す。

それに気付いた土方は訝しげに眉を益々寄せる。


「気色悪ぃな、何だその笑みは」


「いえいえ。……ふふっ。土方さんも何だかんだ言って、雛乃ちゃんを大事にしてるんだなと思いまして」


沖田の言葉に土方は軽く舌打ちし、濡れた前髪を掻き上げた。


「はっ。そんなんじゃねぇよ。これ以上組内を、芹沢派(あいつら)に引っ掻き回されたくねぇだけだ。あんなチビは関係ねぇ」


「ふぅん。本当にそれだけの理由、ですかねぇ」


「……何が言いてぇんだよ」


「別に?」


土方の顔を覗き込むように、意味深な笑みを浮かべる沖田に土方は苛立ちを覚える。

右手に拳を作り、それを躊躇いなく沖田の頭上へと落とした。


ゴツン、と鈍い音の後、沖田は前屈みに蹲る。

そんな沖田を見下ろし土方は腕を組んだ。


「ったく、ごちゃごちゃと下らねぇ事言ってねぇで、やるべきことをやりやがれ! 明日はアイツらが非番だからな。事の次第、ちゃんと伝えとけよ」


「……っ、わか、ってますよっ」


微かに涙目になりながら、沖田は何とかそう返した。

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