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夢想花〜藤森の姫と狼達の奏でる物語〜  作者: 桜柚
第壱章 記憶を巡る旅路
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笑顔の理由【肆】

背を向けたまま、力無く呟く雛乃は今にも消えそうな程弱々しく見えた。


このままではいけない。

そう瞬時に悟った沖田は布団を剥ぎ、布団の中にいる雛乃を此方に引き寄せ、ギュッと強く抱き締めた。


驚く様子もなく、雛乃は虚ろな瞳で沖田を見上げる。


「……に……、さま……?」


精神状態は不安定なまま。自分を未だに“兄”と認識しているようだ。


「もうこの際、私の事は兄様でも何でも良いです。いいですか、一度しか言いませんのでよく聞いていて下さい」


沖田は苦笑を浮かべ、雛乃の頭をポンポンと叩いていく。


「私は……、雛乃ちゃんのこと詳しくは知りません。後の時代から来た、気が強い、笑顔が可愛い、背が低い女の子。そう認識してました」


貴方に近付いたのも、最初は興味本位でした。ただ自分の興味と目的の為だけに、貴方に近付いたんです。


でも、接する度に、ちょっかいを出す度に、可愛い反応を見せる貴方が可笑しくて可笑しくて。

それがいつしか楽しみになっていましたーー


沖田は観察していく中で、雛乃の様々な部分を知ることが出来た。

此方が舌を巻く程の知識を持っていたり、気配に敏感だったりと一般人とは思えない要素がある事。


かと思えば、何もない所で派手に転けたり、物を壊したりなどドジな一面も持ち完璧な子ではないことを印象付けた。


素直で頑張り屋で、明るい笑顔を見せてくれる彼女に他の皆も彼女を可愛がるようになっていく。


間者であれば斬らなければならない存在の子と馴れ合うのは、本当は可笑しいのかもしれない。


例外も例外だと思う。

何となく、彼女を放って置けなかった自分が其処にいた。


此処、壬生浪士組は普通の女子ならば泣くような厳しい環境下にあるといえるだろう。周りは殆ど男性で、女中の仕事は半日で根を上げてしまう重労働ばかりだ。


広大な屋敷の掃除、大量の洗濯物、大量の食事……

それなのに、雛乃は楽しそうに仕事を熟していた。まるで、やっと居場所を貰った子供のように嬉しそうに笑っていたのだ。


それを見て、沖田は思った。


もしかして雛乃は、自分と同じ気持ちを持っているのではないか。孤独を抱えて、生きているのではないかと。


ただの勘だったのだが、久から聞いた話と雛乃の内側をこうして見てみて、その思いは確信へと変わった。



「……私も、昔は居場所がなかった子でしたからね。貴方の気持ちは痛い程、分かります。必要とされない、身近に家族がいない辛さ――。他の者よりは分かるつもり、です」


沖田には幼い頃、口減らしとして試衛館に出された過去があった。


長男として生まれておきながら、家督も継げずに家族から見放されたと、落胆したのを今でも覚えている。


そんな沖田を救ってくれたのが近藤だった。

愛情と共に剣術を教えてくれた。それを学ぶことで、自分の居場所、を得ることが出来たのだ。


感謝してもしきれない恩が近藤にはある。

沖田が近藤に懐き、従う理由は其処にあった。

沖田は雛乃の頭を撫で続けていたのを一旦止め、雛乃の顔を覗き込む。


雛乃の表情にもう怯えは見られない。だが、裾を掴んだままの掌がまだ強く握られていた。

沖田は一息吐いて、雛乃に優しく声をかける。


「雛乃ちゃん、無理に頑張る必要はないんです。もっと自由に、過ごして良いんですよ?」


誰にも縛られることなく、伸び伸びと。

年相応に、無邪気で楽しく過ごして欲しい。

きっと、雛乃の亡くなった家族達もそれを望んでいるはずだ。


「我慢することはないんです。自分の生きたいように、生きれば良いんです。それを邪魔するような人がいるのがおかしいんですよ」


雛乃がこうなってしまった原因の一つは家族を失ったことだろうが、それを遥かに越える一番の原因が周りの環境だったと思われる。


沖田のように、近藤や土方のような父や兄代わりがいて、彼女をしっかり支えていたなら、ここまで酷くはならなかっただろう。


逆を返せば、沖田がこうなっていてもおかしくはなかった。

もし、近藤達がいなかったら――?

考えただけでもゾッとする。


こんな風に笑えて過ごせていただろうか。

剣に出会えていただろうか。


想像することも出来ない、若しもの自分。

きっと昔の泣き虫のまま、誰にも心を開かず生きていただろう。

心を殺して生きるのは、自分を追い詰めていくだけだ。


だからこそ、沖田は支えたいと思う。この腕の中にいる小さな少女を。


「私は雛乃ちゃんのことを詳しくは知りません。だからこそ、知りたいと思うし、理解したいと思います」


彼女の支えになれるのなら、なってあげたい。

自分が近藤達に救ってもらえたように、彼女にも世界の楽しさを知ってもらいたい。


何となく、分かるんだ。

雛乃はただ、感情を見せなかっただけ。

笑顔で隠していただけ。


こんなにも雛乃の心は壊れかけているのに。

誰も、手を差し述べない。


沖田は思考を払うように首を軽く振って、にっこりと雛乃に微笑み掛ける。


「ね、雛乃ちゃん。私と友人になりましょう?」


沖田のその言葉に雛乃はピクリと反応を示し、顔を上げた。


「友、人……?」


「そうです。友人です。嫌、ですか?」


雛乃は軽く首を傾げ、沖田をジッと見据える。そして緩く首を横に振った。


「……嫌、じゃない……。兄様と、一緒にいたい……」


ギュッと沖田にしがみつき沖田の胸元に顔を埋める。


その行動に沖田は笑みを溢し、雛乃の頭をよしよしと撫でていく。

幼さの残る行動には戸惑うが、これが本来の雛乃の姿でもあるはず。

邪険にすることは出来ない。


「それは、良かったです。良いですか? 雛乃ちゃん、これからは私が守りますから。独りではありませんよ、決して」


だから、独りで抱え込まず何でも相談して下さいね?


沖田の言葉はゆっくりと、だが確実に雛乃の心へと浸透していく。

逆らうことも出来たはずなのに、雛乃の首は自然と縦に動いていた。


雛乃は頷いて同意を示した後、ぼそりと呟く。


「……今日の、兄様……何だか、いつもと違う気がする……。でも、兄様――……」

 

何処か、ぼんやりしたような声で言葉を紡いでいたが、次第にそれは言葉にならずに消えていった。


雛乃の声が途切れたことに気付き、沖田が不安気に雛乃の様子を覗いてみると、雛乃は静かに寝息を立てていた。

安心したような表情にも見えるそれに、沖田はホッと一息吐く。


「一先ず、寝かせるべきですよね」


このままの状態では、身体に良くないだろう。

沖田は雛乃を抱き抱え、布団へと寝かせた。


布団に落ちていた手拭いを水に浸しながら、沖田は目線だけを背後の障子戸に向ける。

軽く手拭いを絞って雛乃の額に置き、沖田は息を吐いた。


「……一君、そろそろ入ってきたらどうです? 雛乃ちゃんなら、寝ちゃいましたから」


そう沖田が呟くと同時に障子戸が開く。

姿を現したのは黒衣の着流しを着た斎藤だった。

沖田を一瞥し、斎藤は静かに障子戸を閉める。


「……何時から気付いていた?」


「始めからですよ。一君の気配って意外と分かりやすいんで」


意味深の笑みを浮かべる沖田に斎藤は深々と息を吐く。その表情は何処か悔しそうにも見えた。


「……気配は完全に消していたはずなんだが」


「確かに、絶ってましたね。でも、」


沖田は目元を細めたまま、人差し指である部分をピッと指差す。


「甘い団子の匂いまでは消せてませんよー?」


沖田の指先が指しているのは斎藤の懐。着物の隙間から茶色い包みが少し食み出ている。


「……お前の鼻は犬並か」


斎藤は呆れたように呟いて、懐から竹の皮で包まれた団子を取り出した。


丁寧に包まれた竹の皮からは甘い匂いが仄かに漂っている。

この僅かな匂いを、沖田は障子戸を挟んだ此処から嗅ぎ付けたという。


何という、嗅覚。恐るべし、甘党。


「団子を馬鹿にしないで下さいよー? 甘味の中でも気軽に食べられて、食べ歩きも出来る。 何個食べても飽きない、私の大好物なんですから!」


沖田はそう力説して瞬時に立ち上がり、斎藤から団子を奪い取った。

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