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夢想花〜藤森の姫と狼達の奏でる物語〜  作者: 桜柚
第壱章 記憶を巡る旅路
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笑顔の理由【弐】




一方、雛乃はパタパタと駆け足で土方の部屋を目指していた。あと一歩で土方の部屋に着くという、その時だった。


「はうぅ!?」


カクンと足首が傾き身体の重心が横にズレていく。転ぶ、そう思った時にはもう遅かった。


バタァァァン!!!!


派手な音を響かせ、雛乃は廊下の床へと倒れ込んだ。雛乃が廊下に倒れたと同時に目の前の障子戸が勢い良く開く。


「……まあた、何してんねや。ど阿呆」


呆れた表情で雛乃を見下ろしていたのは、着流し姿の青年――山崎だった。


嫌味を含んだ言葉に雛乃は顔だけを上げ、山崎を見据える。


「ひゃれが、はふぉうでひゅか! ひゃれが!!」


「お前に決まっとるやないか。おまけに舌も噛みよるし。無様やなぁ」


「う、うるひゃいです!!」


舌を押さえつつ、雛乃はその場から起き上がった。着物に付いた埃や汚れをパタパタと叩き落としていく。

雛乃は痺れる舌を冷やすように呼吸を繰り返し、再び山崎を見る。


「そういえば、何で山崎さんが此処にいるんです? 仕事はどうしたんですか」


山崎は雛乃の問いに軽く息を吐いて、くるりと踵を返そうとする。それを見た雛乃は反射的に山崎の袖を掴んだ。


袖を掴まれ、身動きを止められた山崎は眉を少しだけ動かす。


「……その手ぇ、はよ離せや」


「嫌、です。質問に答えて貰ってませんから」


「何で、アンタの質問に、俺が答えなアカンねん。アンタに話す必要なんか、何もないやろ」


「私はただ、此処にいる理由を聞いただけですよ? それなのに、何故答えるのを拒否したのかが分からないんですけど」


お互いの言い分をぶつけ雛乃と山崎は睨み合った。二人の間に見えない火花がバチバチと散っていく。


この攻防は暫く続くのかと思われたが、“鬼”の一言によって直ぐに締められることとなった。


「……おめぇら、いつまでそうしてやがる? 山崎は早く任務に行け! 雛乃、おめぇはいい加減部屋に入りやがれ!!」


たった、一度のその怒鳴り声で。











「うぅ、痛いぃ……」


雛乃は頭上を押さえながら頬を膨らませる。

雛乃の視線の先には、拳骨をくらわせた本人――土方が座っていた。


向かい合わせに座っているこの状況。先日のやり取りもあってか、雛乃は何となく気まずさを感じていた。

土方は雛乃の視線に気付き、口端をゆっくりと吊り上げる。



「……何だ、不満そうだな。もう一発食らっとくか?」


「そ、それは全力で遠慮させて頂きますっ!」


拳を作り、妖しく笑う土方に雛乃はブンブンと首を横に振った。

その慌てぶりに土方はくつくつと笑う。


――あの後、山崎は土方に怒りの鉄槌を受けた後、直ぐ様仕事に。雛乃も山崎と同様に受け、引き摺られるようにこの部屋へ連れて来られたのだった。


土方は吸いかけていた煙管を再び手にし、それを口に咥える。


「まぁ、お前のお陰で珍しいモンも見れたから遅れた事ぁ、許してやるよ。遅れた理由の半分は総司のせいだろうしな」


「あはは、は……」


(そこまで分かってるのなら、私は叩かれなくても良かったんじゃないのかなぁ……)


そう言いかけそうになるのをグッと堪え、雛乃は乾いた笑いを溢した。



「……そういえば、土方さん、珍しいモノが見れたっていうのは?」


雛乃が何気なく呟いた言葉に土方は、煙管から口を離し顔を上げた。

煙を勢い良く吐いて、土方は雛乃をジッと見据える。


「山崎の事だよ。彼奴は滅多に素を出さねぇからな」


冷厳で無口、そして無表情。

命令通り着実に任務をこなす。私情を挟んだり表情を表すことなど滅多にない。

それが山崎烝(やまざきすすむ)という人物だ。


「訛りを話すところなんざ、俺も数えるぐらいしか見たことねぇ。まぁ、総司とはいつもあの口調だがな。……お前、山崎に気に入られたな。悪い意味で」


土方はそう言って笑みを深くする。その表情は笑っているが瞳は射抜くように、雛乃を見つめていた。


雛乃は肩をすくめて、わざとらしくゆっくりと息を吐く。


「……土方さんといい、山崎さんといい、本っ当に疑り深い人達ですね。私の何処が怪しいって言うんです?」


「決まってんだろ、全てだよ」


カンッと煙管の灰を叩き落として土方は、目元を細める。


「先日の件、忘れたとは言わせねぇぞ? あん時は原田達のせいで有耶無耶になったが、今日は逃がさねぇ。納得のいく理由を聞かせてもらおうか」


一気に鋭さの増した土方の眼力に雛乃は一瞬、ビクリと身体を震わせた。


素直に此処へ来なければ良かったと、心底後悔したが、居候させて貰っている身だ。彼の呼び出しに応じない訳にはいかないだろう。


視線を少しずつ下へと向けながら、雛乃はどうするべきか迷っていた。


(……隠してるつもりは微塵もないから、別に話しても良いんだけどなぁ……)


ただ、特別な瞳で見られるのが嫌で言わないだけ。


ある程度の距離でいてくれた方が、楽だから。

適度な関係が過ごしやすいから。


――本当に?

――本当に、そうなの?


問い掛けてくる言葉は、もう一人の私。

あの日から止まったまま動くことのない、もう一人の私だ。


『笑顔の仮面を付けてまで守るものなんか?』


ふいに蘇る先日山崎から言われた一言。


瞬時に打ち消すように違う違う、と雛乃は只々強く思う。

こんな思いや悩みは必要ない。自分が自分でいられなくなりそうになるから、怖くてたまらない。


――本当は寂しくてたまらないんでしょ?

――誰かに必要とされたいんでしょ?


(違う違う、違うのっ!!)



両親を、家族を殺したのは私だから。だからそんな思いを抱いてはいけない。

ギュッと掌を強く握り締め続ける余り、雛乃のその掌には血が滲み始めていた。






土方は俯いたまま、微動だにしない雛乃をジッと見据えていた。

俯き黙り込んでしまった雛乃に土方は眉間に皺を寄せていく。


いつもの雛乃なら強気や腹立つ程の嫌味で言い返してくるのだが、今回は何も言ってこない。


この沈黙は一体、何を意味するのだろうか。

核心に触れられ、どうしようもなくなったのか。それとも此方の出方を窺っているのか。


山崎の話では、雛乃は確実に何かを隠している様子なのだという。あの山崎さえ未だに掴めていない、雛乃の秘密。


それが何なのか、土方には知る必要があった。


この壬生浪士組を守る為に、不安要素は一つでも減らしておかなければならない。


「……おい、いい加減黙ってねぇでさっさと理由を話しやがれ。生憎と俺は、気は長い方じゃねぇんだ。早く話さねぇとその身を斬り刻むぞ?」


土方が少し苛立った口調でそう言うが、雛乃から返事は何も返ってこない。


このままでは埒が明かないと踏んだ土方は、重い腰を上げ雛乃を見下ろすように立ち上がる。


そして更に鋭い言葉を浴びせようと再び口を開こうとしたその時、だった。


雛乃の身体がゆっくりと重力に逆らうことなく落ちていく。それはほんの一瞬のことで、瞬き程の出来事。


にも関わらず、土方は素早く動き反射的に手を伸ばして、雛乃が畳に崩れ落ちるのを防いでいた。


気を失った雛乃を抱き止めたまま、土方は深々と息を吐いた。


「……ったく、具合悪いなら悪いって言やぁいいのによ」


そう呟いた後、土方は雛乃の体温が異様に高いことに気付く。

土方が慌てて身体を抱き直し、額に手を当てると其処は驚く程の高熱を放っていた。


「ッ、酷ぇ熱じゃねぇか!」


こんな高熱にも関わらず、彼女はいつも通りに働いていたというのか。誰にも何も言わず、ただいつものように過ごしていた。


……いや、彼女の様子からして異変に気付いていなかった可能性もある。


雛乃は何処か自分の事には無頓着だ。

自身の部屋を決める際にも、雛乃は休めるのなら納屋や蔵でも構わないと女子とは思えない発言をしていた。


結局、斎藤が沖田の部屋に移ることで雛乃の部屋は確保出来たのだが。


「……お前は一体、何をしたいんだよ。何が目的で此処に来た? 何故、そこまで――」


自分を否定し、感情を隠そうとする?


浅く、早い呼吸を繰り返す雛乃を見つめながら土方は舌打ちをする。


実を言うと、土方は早くから雛乃の違和感、隠しているモノに気付いている。

気付いていたが、敢えて知らぬ振りを続けていた。


いつもなら、本質を見抜き間者だと、害を成す者だと分かり次第直ぐ様、始末をしてきた。

だが、彼女の場合はそれが出来なかった。


彼女の家名――“藤森”


それが土方の動きを止めた。


朝廷と幕府、どちらの繋がりを持つ一族。下手に手を出せば、此方の首が飛ぶだろう。

それ程強い力を持つ一族の娘。


しかし、彼女は後の世から来たというではないか。


半信半疑だった。彼女の話に筋は通っていたが、そんな夢みたいな話、現実にある訳がない。それを土方は、素性を知られない為の嘘だと高を括っていた。


だが、山崎の手を持ってしても、彼女の素性は突き止められることはなかった。

後の時代から来たのだから、当然といえば当然だろう。


それでも尚、土方は雛乃の話を素直に信じることが出来ずにいる。

何故だろうか。雛乃の存在が何処となく違って見えるからだろうか。


土方は山崎を通しつつ、この一週間自分の目でも雛乃を見てきた。


年の割に小さい身体。洗練された立ち振る舞い。自分と対等に渡り合うことから普通の女子でないことはもう確定していた。


雛乃には何か秘密がある。


そう確信し、先日に山崎を動かしてみたら、彼女はようやく本心を見せた。剥き出しの心を。

彼処まで硬くなに拒む理由。それを土方は今、一番知りたいと思っている。


自分達のことを彼女は殆ど知っていて、自分達は彼女を何も知らない。

それはあまりにも酷い話ではないか?


「……何事も互角でやり合いたいんだよ、俺は。甘いと言われるかもしんねぇが、そういう性分だから仕方ねぇ」


戦うのならば、全てを知った上で戦いたい。仲間として受け入れるの時も同じだ。

だから、土方は雛乃の口から話を聞こうとしていた。一刻も早く、彼女を受け入れる為に。


汗で貼り付いた前髪を払いながら、土方は吊り上げていた眉を下げ心配そうに雛乃を見た。

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