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夢想花〜藤森の姫と狼達の奏でる物語〜  作者: 桜柚
第壱章 記憶を巡る旅路
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それぞれの行く路【弐】

一週間が経過した今でも、土方は雛乃への間者の疑いを緩めてはいなかった。こうしている今も、監察方を使って彼女を監視している。


それを把握しているのは限られた幹部だけだ。


監視対象である雛乃には勿論、平隊士や女中の久にも知らされていない。


沖田は拗ね続ける雛乃の顔を覗き込むように首を横へと傾けた。


「もし良かったら外に出られる様、私が上手く取り計らって上げましょうか?」


「結構ですっ。なんか物凄ーく嫌な予感がしますし、信用出来ませんから!」


そう断言する雛乃に、沖田は酷いですねぇ、と口を尖らせた。そして、外方を向いていた雛乃の顎を掴み、自分の方に向かせる。


沖田の目が雛乃をしっかりと捉えていた。

笑顔だが、その瞳は笑っていない。何だか、何かを企んでるように見える。

それに気付いた雛乃は慌てて、目を反らそうとするが頭をがっしりと固定されてて動くことが出来なかった。


「……お、沖田さん……?」


「ねぇ、雛乃ちゃん。今から甘味食べに行きましょうか」


ただの誘いの言葉なのだが、有無を言わせない強さが含まれているのは気のせいではないだろう。


雛乃は沖田を見つめたまま、問い返す。


「甘味って……。私、外出禁止なんですよ? 許可無く勝手に出掛けたりしたら土方さんから怒られますから無理で、」


「ああ、大丈夫です。むしろ怒らせるのが目的でもありますし。いやぁ、最近土方さんをからかう物が少なくなってきてて、困ってたんですよー。雛乃ちゃんが協力してくれるなんて助かります」


雛乃の言葉を遮るように早口でそう言うと、沖田はニコリと微笑んだ。


ああ、と雛乃は悟る。

沖田が先程の言葉を根に持っているのだと。

苦手だの、信用出来ないと言われたことが気に入らなかったらしい。


(……私、間違ったこと言ってないと思うんだけどなぁ)


此処で素直に頷いてしまえば楽なのだが、後々の事を考えるとそれは出来なかった。


「私、行きませんよ? 協力もしませんし。やるなら沖田さん一人でやって下さい。……というか、沖田さん。仕事はどうしたんですか!」


確か、今日の午後から沖田は巡察担当だった筈だ。此処にいること自体がおかしい。


「……ああ。それでしたら左之さんに押し付けて来ました。ちょっと脅……いえ、頼んだら代わりにやってくれると言うので」


それが何か問題でも?と逆に問い掛けてくる沖田に、雛乃は首を横に勢い良く振る。


「な、ないです……」


正直に注意する勇気が、雛乃にはまだなかった。長年一緒にいる原田達が犠牲になるのだから、当然といえば当然かもしれない。


“沖田さんのやり方は間違ってますよ。それは脅しじゃないですか!”

その言葉を沖田に言えるのは、まだまだ先のようである。


自分の想像以上に良い反応する雛乃に、笑みを向けながら沖田はその場から立ち上がった。


「本当に良い子ですねぇ、雛乃ちゃんは。さて、甘味処へ急ぎましょうか」


やはり、仕事に戻るという選択肢は沖田にはないようだ。

このまま、私も付き合わなくてはいけないのだろうかと雛乃が息を吐いた時。


「あ、いたいた。総司ーっ!」


少し甲高い、少年のような声が庭に響いた。


雛乃へ伸ばしかけた手を引き戻し、沖田は視線を庭へと向ける。


そこには、此方に歩いて来る藤堂と永倉の二人の姿があった。

道場着を着ていることや、手拭いを肩や首に下げていることから、稽古上がりのようである。


「平助と永倉さんじゃないですか。稽古お疲れさまでしたー。私に何か用です?」


「用っていうか、ちょっと話をしようと思ったんだよ。雛乃も休憩中か?」


永倉の言葉に雛乃は頷き、にこりと笑った。


「はい。お二人も稽古お疲れさまです。何か飲み物を、お持ちしましょうか?」


首を軽く傾げて問う雛乃に藤堂は軽く手を振る。


「ん、大丈夫大丈夫。先刻井戸で水被ってきたし、」


「ああ、じゃあ頼めるか?」


「新八っつぁん!?」


藤堂の言葉を遮るように、永倉は雛乃の頭をポンッと優しく叩いた。


「あと、良かったら茶菓子なんかも用意してくれると有難いな。稽古後だからか小腹が空いてきてよ。……食うだろ?」


永倉はそう言って、藤堂ではなく沖田に視線を向けた。


視線を受けた沖田は、隠された意味にすぐ気付く。軽く目を細めて、その場に再び腰掛けた。そして隣にいた雛乃へと視線を移す。


「む。何ですか?」


「雛乃ちゃん、私は永倉さん達に付き合うことになりましたので甘味はまた今度です。……ささっ、飲み物と茶菓子お願いしますねー」


ヒラヒラと手を振って早く行って下さいと思える沖田の態度に、雛乃は軽く頬を膨らませ眉を寄せた。


(此処に留まらせ続けていたのは沖田さんなのに……!)


甘味処へ強引に連れ出されずに済んだのだから、まぁ良しとしよう。でも、やっぱりこの扱いは腑に落ちない。


「……沖田さんには熱いお茶入れて来ちゃおうかな……」


「何か言いましたー?」


「っ、何でもありませんっ!」


思わず溢れた本音を消し去るように、雛乃は勢い良く立ち上がり、沖田達へ軽く会釈する。

そして、そのまま早足で廊下を去って行った。


雛乃が角を曲がり、姿が完全に見えなると沖田はクスクス腹を押さえて笑い出す。

それに藤堂は深々と息を吐いた。


「……総司、からかうのも程々にしなよ。雛乃が可哀想じゃんか」


「仕方ないじゃないですかー。あんな反応されたら余計に構いたくなるんですよ」


ねぇ?と沖田は永倉に同意を求めるが、永倉は息を吐いただけで、何も返さなかった。何を言っても、沖田が意見を変えるはずないと分かっていたからだ。


そんな永倉の対応に沖田は笑顔を崩すことなく藤堂を見る。


「ほら、平助ー。永倉さんも同じみたいですよ。仲間が増えましたー」


「ちょ、言ってない! 新八っつぁん、そんなこと一言も言ってないからね!? ああ、もう!! 新八っつぁんも新八っつぁんだよー。何でわざわざ雛乃にお茶頼んだのさ!」


藤堂は何処か苛立ったようにそう叫ぶ。永倉はそれを片手で制するように藤堂の目の前に差し出し、そのまま藤堂の額をパチンと指で弾いた。


「何方にしろ、席を外して貰う予定だったんだ。あれで良かったと思う。色々と頼んでいた方が長く話せるだろ?」


「確かに、そうだけどさぁ……」


額を押さえながら、藤堂は尚も不満そうに顔をしかめていた。


「お茶だけならともかく、お茶菓子まで頼んで大丈夫なのかなって心配してんの! 雛乃のドジっぷり知らない訳ないでしょ?」


「「……あ」」


藤堂のその言葉に沖田と永倉は互いに目を合わせ、ああ、と合点がいく様子を見せた。


「そういえば、確かに雛乃ちゃんは何時も何もない所で転けていましたね……」


「お久さんも言ってたなぁ。皿や茶碗、湯呑みが数十枚が駄目になったとか何とか」


雛乃は真面目に取り組んではいる。だが、どうしても転倒することが多く、見てる此方がハラハラしてしまうことが多い。


朝餉や夕餉も女中の仕事として広間に運んでいたが、直ぐに転倒して駄目にしてしまった。お陰で現在、雛乃は転けても被害が少ない雑用や掃除担当である。


雛乃に悪気は全くない。むしろ働き者だ。先程の対応からしても、役に立とうと頑張っていることがよく分かる。その雛乃の姿は何処か微笑ましくもあった。


そんな雛乃が運んでくると思われるお茶と茶菓子。ちゃんと無事に、自分達の元へ辿り着くのだろうか。


永倉は頭をガシガシとかいて、雛乃が去っていた方へ視線を向ける。


「平助の言う通りだな。考えれば考える程心配になってきた」


「だよね!? やっぱり誰か見に行くべきだよっ! と言う訳で俺が、」


「駄目ですよ」


「へぶしっ!!」


行動に移すべく、庭から廊下に上がろうとする藤堂の袴の裾を、沖田は軽く引っ張り阻止した。

それにより、藤堂の身体は重心を崩し顔面を廊下の床板へとぶつけてしまう。その余りの痛さに藤堂は蹲り、顔面を押さえ悶絶していた。


その様子に沖田は笑い、永倉は嘆息する。


「……平助、無事か?」


「ッ、無事に見える?」


「見えねぇな……」


藤堂が涙声でゆっくり顔を上げると、そこにはぶつけた跡がくっきりと残っていた。

顔面に赤く滲んだ線が何とも痛々しい。


「平助、駄目ですよ? 気をつけないとー。廊下とはいえ下手したら骨折しかねませんしねぇ」


「その骨折しかねない廊下に、転倒させるよう仕向けたのは誰だよ! 総司じゃんか!!」


そう言って鋭く自分を睨みつけた藤堂に、沖田は首を傾げ困ったような表情を見せる。


「仕方ないんですよ。平助が余計なことをしようとしてたんですからー」


「余計なことって、何が? 俺はただ雛乃の様子を見に行こうとしてただけなんだけど!」


「それが()()()()()なんですよ」


沖田はにっこりと微笑んでそう断言する。口端を上げ静かに笑うその姿は何かを含んだ笑みだった。

それを見て、何も言う気がなくなった藤堂は永倉へと視線を移す。


「……ねぇ、新八っつぁん」


「なんだ?」


「あの様子だと総司、何か仕組んでるっぽいよね」


「……だろうな。何をやったのかまでは分からないが」


彼は一体、何処まで雛乃を苛めれば気が済むのだろう。それはきっと沖田にしか分からないことなのだろうが、藤堂達にとって疑問ではあった。


そんな二人の様子を気にする風でもなく、沖田は話題を変えるように手をパチンと叩く。


「まぁ、雛乃ちゃんの方は手を打ってますから一先ず置いておきます。……永倉さん、早く話を聞かせて下さい」


急ぎの用件のはずでしょう?と、核心を突くような沖田の言葉に永倉は苦虫を噛んだような表情を見せた。


沖田の言う通り、火急の件だった。幹部以外には聞かせられない内容でもある為、雛乃に席を外して貰ったのだから。


沖田が雛乃に一体どんな処置をしたのか非常に気になる処だが、此方の話題が優先事項だ。沖田の言葉に従い永倉は口を開く。


「……近々、芹沢さん達が帰って来るらしい。そう連絡があったそうだ」


「やっぱり、ですか。そんな気はしてたんですよねぇ」


沖田はそう答え、何処か遠くを見つめるように目を細めた。


「総司、言いたいこと分かるよな?」


「分かってますよー。色々と問題が山積みなことくらい」


問題なのは彼らが戻ってくることではない。

彼らが、屯所内外で問題を起こすことが問題なのだ。


ただえさえ、今は雛乃という存在がいる。彼らが帰ってくるのは非常に不味い。

雛乃の存在は不安定なまま。土方にはまだ間者の疑いも掛けられている。


だからこそ――


「早く、結論を出さなければいけないんですよねぇ……」

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