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夢想花〜藤森の姫と狼達の奏でる物語〜  作者: 桜柚
第壱章 記憶を巡る旅路
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【 夜の帳の中で (肆) 】










「――――つまり、だ。その子は吉田の義妹になる訳だな」


「間違いではないが、正確に言えば松陰先生の義娘で、我々にとって義妹のような存在になる。彼女が、一番懐いていたのが稔麿だったんだ」


一琉の言葉に頷きを返し、久坂は一口お茶を啜る。

へぇ、と微かに驚きを含んだ声を出し、一琉は曲げていた足をゆっくりと伸ばした。


「そんなに大事にしてた子が突然いなくなりゃ、ああなるわな。諦めたくない気持ち、分からなくもねぇ」


先程の吉田の瞳を思い出し、一琉はそう呟く。それを聞き止めた久坂は顔を上げた。


「言っておくが、稔麿だけじゃない。俺や高杉、桂さん。皆、雛を大事にしていた。密かに、探している奴も中にはいる。……ま、俺もその一人だ」


久坂の思いもよらない言葉に一琉は目を瞬かせた。聞き間違いかと久坂に尋ねるが、そうではないらしい。


「おいおい、吉田には諦めろって言ってたんじゃなかったか? お前」


「言ったな。俺なりの考えだ。広域の捜索は稔麿に任せて、俺は――」


言いかけて久坂は湯呑みを再び畳に置き、一琉を見据える。

久坂の視線を受け、一琉は思わず身を引いた。何だか凄く嫌な予感がする。


「な、何だよ」


「少し、頼まれてくれないか。恐らく一琉にしか出来ない事だ」


「もしかしなくてもよ、その娘に関する事、とかじゃねぇよな?」


久坂は何も答えず、ただ無言だけを返す。

この場合の、無言は肯定に当たる。即ち、その少女を探せということに繋がるのだった。


一琉は深い溜息と共に久坂を見つめ返す。


「……嫌だと言ったら?」


「君に断る理由等ないだろう。この間の花街での出費と――」


「ああああっ! それ以上言うな!! 思い出したくもねぇっ!!」


思わず久坂の口を塞ぎ、黙らせようとする一琉に久坂の目が細められた。

その何かを含んだ眼差しには逆らえるはずもなく、一琉は頷くことしか出来ない。



「……ああ。やっぱり、俺は、お前が苦手だわ」


「はは、それは光栄だな」


「っ、褒めてねぇよ!!」


満足気に笑う久坂にそう言い返し、頭を抱えたまま、一琉は畳に突っ伏した。

それを横目に、久坂は窓の方へと視線を移す。


「それにしても、稔麿は遅いな。何処まで行ったんだ」


吉田がフラフラと意味なく出て行くことは多々あり、然程気にすることではないのだが、今日は理由が理由だけに不安でもあった。


少女の話題が出ると何処か感情的になり、敵意を剥き出しにする。見た目は冷静に見えても、吉田の中には真っ黒に染まった復讐心が着々と燻り続けているのだ。


それを抑える術を久坂を始め、仲間達は今も見い出せないまま。

久坂の声に一琉は畳から顔だけを上げる。


「もう暫くしたら、帰ってくんじゃねぇの? いつもそうじゃねぇか」


「いつもなら、な。生憎、今日のあいつは頗る機嫌が悪い」


そう言って眉を寄せる久坂に一琉は上体を起こした。


「つまり、何を為出かしてもおかしくないって事か? いくら何でも、そりゃねぇだろ」


「……稔麿の怖さを知らないから、そう言えるだけだ。むしゃくしゃして人を斬ったなんて事、昔は多々あった」


先生と少女を一気に失ったニ年程は本当に酷かった。仲間である自分達が恐怖し、彼と距離を置きたがる程に。

あの時の吉田を止めるのは、死ぬ覚悟も必要だった気がする。何を言っても無意味で、誰も周りに寄せ付けようとしなかったから。


何処か、憂いを帯びた久坂の表情に一琉は眉を寄せたまま、一番気になっていたことを聞こうと再び口を開いた。


「昔ってことはよ、今はそんな事はねぇん、だよな?」


「…………ああ、多分」


「その間は何だよ。つか、多分って何だ。多分って!!」


久坂の言葉に思わず、畳を叩いて言い返した。それに久坂は苦笑を溢す。


「仕方ないだろう。稔麿の行動は掴み処がなくてな、俺もなかなか把握出来ないんだ。……そういや、先月は、浪人を斬り捨てたとか何とか言っていたような気がするな。本当かどうかは分からないが」


「それ聞く限り、今回も大丈夫じゃねぇよな!? あいつが誰かを殺ってる雰囲気丸出しじゃねぇか! それ!!」


一琉は久坂の言葉を遮るように、そう声を上げるとこうしちゃいられねぇ、と軽く舌打ちして襖近くにいた澄に声をかける。


「澄、至急走って吉田を探して様子を見て来い。良いな? それと――、……澄?」


一琉が声をかけるも澄は返事をしない。どうしたのかと立ち上がり近づいて見ると、澄は正座したまま見事に固まっていた。


先程の自分の睨みと脅しのせいなのだろうか。

一琉は息を吐いて、澄の頭上に拳を落とした。


「おい、起きろ。馬鹿」


「――ッたぁぁぁ!?」


ゴインッと鈍い音と共に、澄が覚醒する。余程痛かったのか、澄は頭を強く押さえ涙を呑んでいた。


「一琉様……ッ、何をするんですかぁぁ……。頭、割れちゃったらどうするんです?」


「こんくらいで、割れる柔な頭じゃねぇだろうが。つべこべ言わず、さっさと行って来い!」


涙目で訴える澄を一蹴すると、襖を開き部屋の外へと澄を放り投げた。それに戸惑ったのは澄だ。


先程まで固まっていたのだから勿論、事情は把握出来ていない。理由も何も知らない状況下で、一体何をどうしろと言うのだろうか。

早く行け、と目で圧力をかける一琉から視線を退けて、澄は久坂に視線を移して見る。


久坂なら、きっと事情ぐらい話してくれるだろう。だが、そんな澄の淡い期待は見事に打ち砕かれた。


「ああ。詳しくは屋根にいる、時雨(しぐれ)に聞くと良い。気をつけて行くんだよ」


にこりと優しげな笑顔と手を軽く振られ、澄は察した。これはもう決定事項なんだと。


「……わかりました。行って参ります」


ハァ、と軽く息を吐いて澄は立ち上がると一琉達に一礼し階段を素早く降りて行った。

その姿を静かに見送り、一琉は久坂に目を向ける。


「何だ。天井(うえ)に時雨が居たのか。今日はいないんだと思ってた」


「はは。時雨はいつでも、俺の近くにいるさ」


時雨――というのは、久坂に仕えてる忍の一人だ。彼は目に見えない場所にいつも控えている。だが、久坂が呼べば直ぐ様姿を現すし、このような話の場合、きちんと対処してくれる優秀な部下。今も澄に話す為、既に下へ降りている筈だ。


久坂は目をついと細め、窓の外へと視線を移す。下を見れば澄と、時雨が話しているのが見えた。外を見つめている久坂を横目に、一琉は襖を閉めその場へ腰を下ろす。


「吉田の件は報告を待つとして、少女の方はどうしたら良いんだ? 手掛りぐらいはあるんだろ?」


調べてくれと頼まれたからには、やることはやるつもりだ。だが、ある程度の情報が必要不可欠ではある。

一琉の問いに久坂は外に視線を向けたまま、口を開いた。


「情報か……。容姿や関係性なら先刻話した通りだ。一つ、注意しておくとすれば、稔麿には十分気をつけて欲しい」


「吉田、に?」


「あいつは、雛に関する事になると我を見失いがちになるからな。もし、見つけたとしても雛と二人きりにはなるな。――下手すれば、殺されるぞ」


物騒な久坂の言葉に一琉は思わず顔を引き攣らせる。一琉は唾を飲み込んで、久坂をジッと見据えた。


「……ちょっと待て。吉田にとってその子は義妹だろ。何だ、溺愛してんのか?」


久坂は少し困ったような表情を浮かべ、緩く息を吐く。そして一琉の方へと振り返った。


「溺愛という言葉で済ませられる関係じゃない。稔麿にとって、雛は――」








「唯一の許嫁でも、あるんだ」






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