居場所【肆】
「……知らねぇよ。つうか、そんな報告は一切聞いてねぇんだが」
「そりゃ、私が隠してましたからねぇ。知らないのは当然です」
隠していたことを悪びれることなく、しれっと言ってのけた沖田に土方は肩を震わせる。今直ぐ怒鳴りたい気持ちを何とか押し止めて、土方は畳にドガッと座り直した。
「……ったく、後で始末書を書かせるからな。覚えてろよ。 で? その私物だったか? 此処に出せ。早急に、だ」
畳を叩き、促すその瞳はまだ諦めていなかった。
土方にしてみれば、彼女の私物は決定的な証拠と成りうる重要な物だ。間者の疑いが強まった今、自分の理論を確定させる事実を土方は求めていた。
そんな土方の心情を知ってか知らずか、沖田は素直に頷き、土方の近くに移動する。
「はいはい。そのつもりだったんで持ってきてますよ。これが、彼女の私物です」
沖田は着流しの懐から取り出した、淡い色の巾着と懐刀、そして手鏡を畳の上に順序良く置いていった。
その様子を沖田の後方から見つめていた雛乃は、私物を確認し目を見開く。
(……なんで? あの懐刀と手鏡が何で、此処にあるの!? あれは、蔵に落とした筈……)
驚きを隠せない雛乃を気にも止めずに、土方は私物を一つ一つ確認するように見ていた。
懐刀と手鏡は珍しいものではない。このご時世、女がよく持ち歩く品ではある。
懐刀の柄や絵柄をザッと見て、巾着へと手を伸ばす。巾着の紐を引いた時、袋から飛び出すように何かが音を立てて、落ちた。
落ちたのは銀色に彩られたロケットペンダント。土方は始めて見るそれを、用心深くゆっくりと摘み上げた。
「何だ、こりゃ。銀細工か?」
それを聞き、雛乃は思わず自分の首元に手を当てる。いつもあるはずの感触が、そこにはなかった。
土方はペンダントのロケット部分を見て目を細める。それに触れ、開けようとしていた土方を見た雛乃は思わず身を乗り出した。
「っ、触らないで!!」
(中を見られたら、説明しなくちゃいけなくなる……! それにあれは――)
雛乃にとって、それはただのロケットペンダントではなかった。
雛乃の願いも虚しく、土方はそのまま力を込め、ロケット部分をこじ開けようとしていた。
次の瞬間、パキンと音を立ててロケット部分に亀裂が入る。それを捻るように開けると色鮮やかな紙が、そこに貼り付けてあった。
小さな人物が五人。笑顔で写っている。
「わぁ、小さな人がいますねぇ。何だか、ほとがらみたいです。この小さい子は雛乃ちゃんですか?」
土方から許可無く、それを奪い取って沖田はまじまじと見つめた。
沖田の知る、ほとがら――いわゆる写真はこの時代、白黒が一般的だ。それにこのように、掌より小さい写真など見たことがない。
沖田は興味津々で雛乃に視線を向ける。
「雛乃ちゃん、これは何ですか? もしかして、この人物達は雛乃ちゃんの家族ですか?」
そう問う沖田に雛乃は何も答えない。否、どう答えようか迷っているようだった。
写真に写っているのは仲良さげな人々。鮮やかな色彩の、日本にはない洋服を着ている。
その写真を一瞥し、土方も、多少驚いたような表情を見せていた。
「……おめぇは、異人なのか?」
見た目は日本人だ。異人の要素など何処にも見当たらない。だからこそ、異人とは思わなかったのだがこの銀細工を見て、土方の思考がぐらりと揺らぎ始めていた。
戸惑いも含んだ土方の問いに、雛乃は首を横に振る。
「……異人じゃありませんよ。生まれも育ちも、この日ノ本。生粋の日本人です」
雛乃は微笑み、一呼吸置いて再び口を開く。
「そして、その写真……いえ、ほとがらは、沖田さんの言うように、私の両親と二人の兄、小さい頃の私です」
そうですか、と頷く沖田に軽く視線を向けて、雛乃は言葉を続ける。
「言いにくいんですが、その銀のペンダントは唯一、両親からの贈り物。……大切な形見でもあったんです」
――形見。
その言葉に皆の動きが止まる。
沖田の掌にあるそれは亀裂が入り、鎖の部分は千切れかかっている部位もあった。見るも無惨な状態だ。
こんな風にしたのは、一体誰なのか。
指示は無くとも、雛乃以外の視線が自然と土方に集まった。それを見て、土方は不機嫌そうに眉を寄せる。
「何だよ。形見だから、何だってんだ! 怪しいモン持ってたこいつが悪ぃんだろうが!! 俺は悪くねぇっての。こんな所に、大事な形見を入れてやがったのがいけねぇんだ」
フンッと鼻を鳴らし視線を反らした土方に、更に冷たい視線が突き刺さる。
「……最低ですよ、土方さん」
「うん。俺も、それはどうかと思うよ。壊したのは紛れもない土方さんなんだし」
「そりゃ、雛乃の責任もあるだろうよ。けどさ、謝るぐらいはすべきなんじゃないのか?」
沖田、藤堂、永倉と土方に対する指摘が次々と繰り出される。正論だけに、土方は言い返す言葉が見つからない。
だが、ここで負ける訳にはいかなかった。
「だったら――」
「ああ、言い忘れてました」
土方の言葉を遮るように沖田は口を開き、にっこりと土方に笑い掛ける。
「巾着にあの銀細工を直したのは、お久さんですよ。着物を脱がせる際に外れてしまって、無くさないようにと巾着の中に直したらしいです」
「……ッ」
土方は、それ以上言葉を続けられず閉口するしかなかった。顔を片手で覆い、がっくりと項垂れる。
土方の様子に沖田はニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべる。
「ほーら、土方さん。雛乃ちゃんに謝って下さいよ。自分が悪いのは分かったでしょう?」
ほらほらほら、と土方の腕を取り、立ち上がらせようとする沖田に土方は顔を上げ、それを振り払った。
「ッ、うるっせぇぇぇ!! 間者の疑いのある奴に謝るなんざ、おかしいだろうが! 俺は絶対、謝んねぇからな!」
天邪鬼なのか、それとも単に自分の意見を通したいだけなのか。
頑固な土方に沖田は頬を膨らませる。そして再び土方の腕を掴み、謝罪をするように促すのだった。
尋問どころか、もはや緊張感の抜け落ちた室内。藤堂と永倉は苦笑を浮かべて、また始まったよと呟く。
雛乃はというと、場の空気に着いていけず一人、ぽつんと取り残されていた。
(……えーと、別に謝らなくても良いんだけどなぁ。形は残ってるんだし、鎖はまた繋げば良いし……)
確かに形見を壊された時焦りはしたが、怒る程に感情的にはならなかった。