表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夢想花〜藤森の姫と狼達の奏でる物語〜  作者: 桜柚
第壱章 記憶を巡る旅路
15/192

居場所【肆】


「……知らねぇよ。つうか、そんな報告は一切聞いてねぇんだが」


「そりゃ、私が隠してましたからねぇ。知らないのは当然です」


隠していたことを悪びれることなく、しれっと言ってのけた沖田に土方は肩を震わせる。今直ぐ怒鳴りたい気持ちを何とか押し止めて、土方は畳にドガッと座り直した。


「……ったく、後で始末書を書かせるからな。覚えてろよ。 で? その私物だったか? 此処に出せ。早急に、だ」


畳を叩き、促すその瞳はまだ諦めていなかった。


土方にしてみれば、彼女の私物は決定的な証拠と成りうる重要な物だ。間者の疑いが強まった今、自分の理論を確定させる事実を土方は求めていた。

そんな土方の心情を知ってか知らずか、沖田は素直に頷き、土方の近くに移動する。


「はいはい。そのつもりだったんで持ってきてますよ。これが、彼女の私物です」


沖田は着流しの懐から取り出した、淡い色の巾着と懐刀、そして手鏡を畳の上に順序良く置いていった。


その様子を沖田の後方から見つめていた雛乃は、私物を確認し目を見開く。


(……なんで? あの懐刀と手鏡が何で、此処にあるの!? あれは、蔵に落とした筈……)


驚きを隠せない雛乃を気にも止めずに、土方は私物を一つ一つ確認するように見ていた。


懐刀と手鏡は珍しいものではない。このご時世、女がよく持ち歩く品ではある。

懐刀の柄や絵柄をザッと見て、巾着へと手を伸ばす。巾着の紐を引いた時、袋から飛び出すように何かが音を立てて、落ちた。


落ちたのは銀色に彩られたロケットペンダント。土方は始めて見るそれを、用心深くゆっくりと摘み上げた。


「何だ、こりゃ。銀細工か?」


それを聞き、雛乃は思わず自分の首元に手を当てる。いつもあるはずの感触が、そこにはなかった。


土方はペンダントのロケット部分を見て目を細める。それに触れ、開けようとしていた土方を見た雛乃は思わず身を乗り出した。


「っ、触らないで!!」


(中を見られたら、説明しなくちゃいけなくなる……! それにあれは――)


雛乃にとって、それはただのロケットペンダントではなかった。

雛乃の願いも虚しく、土方はそのまま力を込め、ロケット部分をこじ開けようとしていた。


次の瞬間、パキンと音を立ててロケット部分に亀裂が入る。それを捻るように開けると色鮮やかな紙が、そこに貼り付けてあった。

小さな人物が五人。笑顔で写っている。


「わぁ、小さな人がいますねぇ。何だか、ほとがらみたいです。この小さい子は雛乃ちゃんですか?」


土方から許可無く、それを奪い取って沖田はまじまじと見つめた。


沖田の知る、ほとがら――いわゆる写真はこの時代、白黒が一般的だ。それにこのように、掌より小さい写真など見たことがない。

沖田は興味津々で雛乃に視線を向ける。


「雛乃ちゃん、これは何ですか? もしかして、この人物達は雛乃ちゃんの家族ですか?」


そう問う沖田に雛乃は何も答えない。否、どう答えようか迷っているようだった。


写真に写っているのは仲良さげな人々。鮮やかな色彩の、日本にはない洋服を着ている。

その写真を一瞥し、土方も、多少驚いたような表情を見せていた。


「……おめぇは、異人なのか?」

見た目は日本人だ。異人の要素など何処にも見当たらない。だからこそ、異人とは思わなかったのだがこの銀細工を見て、土方の思考がぐらりと揺らぎ始めていた。


戸惑いも含んだ土方の問いに、雛乃は首を横に振る。


「……異人じゃありませんよ。生まれも育ちも、この日ノ本。生粋の日本人です」


雛乃は微笑み、一呼吸置いて再び口を開く。


「そして、その写真……いえ、ほとがらは、沖田さんの言うように、私の両親と二人の兄、小さい頃の私です」


そうですか、と頷く沖田に軽く視線を向けて、雛乃は言葉を続ける。


「言いにくいんですが、その銀のペンダントは唯一、両親からの贈り物。……大切な形見でもあったんです」


――形見。


その言葉に皆の動きが止まる。

沖田の掌にあるそれは亀裂が入り、鎖の部分は千切れかかっている部位もあった。見るも無惨な状態だ。


こんな風にしたのは、一体誰なのか。


指示は無くとも、雛乃以外の視線が自然と土方に集まった。それを見て、土方は不機嫌そうに眉を寄せる。


「何だよ。形見だから、何だってんだ! 怪しいモン持ってたこいつが悪ぃんだろうが!! 俺は悪くねぇっての。こんな所に、大事な形見を入れてやがったのがいけねぇんだ」


フンッと鼻を鳴らし視線を反らした土方に、更に冷たい視線が突き刺さる。


「……最低ですよ、土方さん」


「うん。俺も、それはどうかと思うよ。壊したのは紛れもない土方さんなんだし」


「そりゃ、雛乃の責任もあるだろうよ。けどさ、謝るぐらいはすべきなんじゃないのか?」


沖田、藤堂、永倉と土方に対する指摘が次々と繰り出される。正論だけに、土方は言い返す言葉が見つからない。

だが、ここで負ける訳にはいかなかった。


「だったら――」


「ああ、言い忘れてました」


土方の言葉を遮るように沖田は口を開き、にっこりと土方に笑い掛ける。


「巾着にあの銀細工を直したのは、お久さんですよ。着物を脱がせる際に外れてしまって、無くさないようにと巾着の中に直したらしいです」


「……ッ」


土方は、それ以上言葉を続けられず閉口するしかなかった。顔を片手で覆い、がっくりと項垂れる。

土方の様子に沖田はニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべる。


「ほーら、土方さん。雛乃ちゃんに謝って下さいよ。自分が悪いのは分かったでしょう?」


ほらほらほら、と土方の腕を取り、立ち上がらせようとする沖田に土方は顔を上げ、それを振り払った。


「ッ、うるっせぇぇぇ!! 間者の疑いのある奴に謝るなんざ、おかしいだろうが! 俺は絶対、謝んねぇからな!」



天邪鬼なのか、それとも単に自分の意見を通したいだけなのか。

頑固な土方に沖田は頬を膨らませる。そして再び土方の腕を掴み、謝罪をするように促すのだった。


尋問どころか、もはや緊張感の抜け落ちた室内。藤堂と永倉は苦笑を浮かべて、また始まったよと呟く。


雛乃はというと、場の空気に着いていけず一人、ぽつんと取り残されていた。


(……えーと、別に謝らなくても良いんだけどなぁ。形は残ってるんだし、鎖はまた繋げば良いし……)


確かに形見を壊された時焦りはしたが、怒る程に感情的にはならなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ