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夢想花〜藤森の姫と狼達の奏でる物語〜  作者: 桜柚
第壱章 記憶を巡る旅路
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居場所【弐】

必要以上に、言葉に気を付けなければいけないな、と心に止め雛乃は藤堂を見る。


「藤堂、さんですね。私は雛乃です。えと、二人共、宜しくお願いします」


丁寧に頭を下げる雛乃に永倉は軽く手を振って、それを制した。


「あーあー、止め止め。堅苦しい挨拶はよそうぜ、暗くなるから。そういやさ、雛乃は何処の出なんだ?」


「あ。それ、俺も思った。何処何処?」


気さくな言葉と人を懐っこい笑顔。ただの質問にも聞こえるし、誘導尋問のようにも聞こえる。雛乃は何かを考えるように軽く首を傾けながら、さらりとこう言った。


「出身ですか? 肥前ですよ」


「「肥前んんんっ!?」」


永倉と藤堂は思いがけない言葉に、思わず声を上げた。雛乃は両手で耳を押さえ、痛みを訴えるように表情を歪める。


「……えっ、そんなに、驚く事ですか?」


「おお、悪ぃ悪ぃ。だってよ……」


「そうだよ! 肥前って西海道だよね!? 君、そんな遠い所から京に出て来たのっ?」


この時代、基本的な移動手段は徒歩だ。身分の低い人間なら当たり前のように街道を使い、町を移動するが生半可な気力じゃ旅は出来なかった。


現代のように、道は綺麗に舗装・整備はされておらず何より治安が悪い。山賊や人拐い、辻斬り。誰もが無事に旅を終えれるとは限らなかった。それが女子の身なら危険は更に倍増する。

恐らく、藤堂や永倉はそれを言いたかったのだろう。

雛乃は苦笑を浮かべつつ、目線を少し落とす。


「ええと、まぁ……、家が商家でして。諸事情で色々あったんです」


嘘は言っていない。

現代で藤森家は日本の経済を握り色々な事業をしているし、理由も分からない諸事情で此方に来てしまったのも事実だ。それに、此処にどうやって来たのかは雛乃自身が、一番知りたかった。


何処となく、しんみりとなってしまった雰囲気に永倉と藤堂は顔を見合わせる。

大変だったんだなぁ、としみじみ呟く永倉に続いて、藤堂も頷いた。


「……その年齢で京まで出てきたんだからよ。そりゃ苦労したんだろうなぁ」


「だよねぇ……。じゃなきゃ、こんな小さな身体で峠なんか越えられる訳ないし」


二人の言葉に雛乃は顔を上げ、反射的に目を瞬かせる。

ちょっと待て。何故か物凄く勘違いされているような気がするのは、気の所為だろうか?

永倉は雛乃の頭をわしゃわしゃと撫でて、言葉を続ける。


「まだ十そこらなのに偉いよな、雛乃は」


(やっぱり、私、子供扱いされてるぅぅぅ……!!)


沖田や久にも同様の反応をされたが、会う人全てに子供と思われてしまう自分の顔はどれだけ幼く見えるのだろう。


(も、もうすぐ、十七で数え年なら十八になるのになぁ、私……。それに、現代で言われるより傷付くのは何でだろ……)


自己嫌悪に陥りつつ、気分を壊さないようにと雛乃は笑顔を繕う。そして、意を決して口を開いた。


「あのっ、一応言っておきますけど――」


「へえぇぇ、随分遠くから来たんですねぇ、雛乃ちゃんは」


「ほへっ? ……きゃあっ!」


言葉を遮るように、声が聞こえたと思ったら雛乃の身体がふわりと浮く。後ろに視線を向けると、沖田が其処にいた。


雛乃を腕の中へと引き寄せ、ギュッと強く抱き締める。布団に座っていた雛乃は、今、沖田の胸に背中を当て膝上で座っている状態だ。


思いがけない沖田の行動により、場の空気が固まる。ただ一人、笑顔である沖田を除いて。


「あっれー? どうしました?」


にこやかに首を傾げる沖田に、永倉は大きな溜め息を吐く。そんな永倉を代弁するかのように藤堂が声を上げた。


「いきなり総司が、雛乃に抱きつくからだって! 先ずは離れようよ!!」


「ええー、嫌ですー」


「何でだよ!」


「抱き心地良いんですよ。猫みたいで」


満面の笑顔の沖田に、藤堂は次なる言葉が出てこない。

ふと藤堂が目線を落とすと、雛乃が小さな身体を動かし何とか沖田の腕から抜け出そうと、もがいていた。


「ほらほら、嫌がってんじゃん。離してあげなよ」


「やだなぁ、嫌がってませんよー。ねぇ?」


「はひっ!!」


笑顔で問い掛けてくる沖田の裏に、何やら黒いものが見え雛乃はピタリと動きを止めた。

そして、恐る恐る沖田を見上げる。


(離して欲しいけど、言ったら多分、余計危ない目に合いそうだよね。で、でもっ!!)


雛乃にも言いたい事があった。何度も言い出せず邪魔をされてきたが、これだけは、はっきりと言っておきたい。


「あの、沖田さん。私を童扱いするの止めてもらえません?」


「何故です? 抱き締められたくないから、とか言う理由なら却下しますよ」


「違いますっ! 私、これでも十六歳なんです!」


両手に拳を作り、雛乃はそう断言する。雛乃のその言葉に沖田は目を見開き、永倉と藤堂は身を乗り出した。


「「十六歳ぃぃぃ!?」」


再び張り上げられた大声に雛乃は耳を塞いだ。


「声、大きいです……」


「あ、ごめん。ってか、本当に!? 本当に十六なの!?」


「嘘を言ってどうするんですか。あ、でも、今年はもう十七ですね」


若干拗ねたように言う雛乃を見て、藤堂は再び謝った。永倉もばつが悪そうに苦笑を浮かべている。

沖田はと言うと、雛乃を抱き締めたまま何かを考えているようだった。


「うーん、なら、判断は土方さんに任せますかねぇ……」


「はい?」


「ああ、大丈夫です。大した事じゃありません。貴女の、今後の処遇の事ですから」


そう言われ、気付いた時は既に遅く。雛乃は沖田に抱き抱えられる形で、鬼の元へと連れて行かれる事となる。













「……で?」


「はい? 何がですか?」


いつものように、惚けたふりして首を傾げる沖田に土方は苛付いたのか、近くの文机をガンッと強く叩いた。


「何が、じゃねぇよ! 結論が出たから俺んとこにそいつを連れて来たんだろうがっ!!」


沖田は土方の怒鳴り声に表情を変えることなく、ただ笑顔を向けている。土方は深々と息を吐いて、煙管を手に取った。


雛乃と沖田。そして永倉と藤堂は現在、土方の部屋にいる。本来なら原田も此処にいる筈なのだが、外されていた。

雛乃は部屋を出る際に原田の事を沖田に尋ねたのだが、軽く流されてしまった。動けない状態の原田は放置して置くのが一番なのだという。


(確かに、原田さんボロボロだったもんね。沖田さん、一体何をしたんだろう……)


今、現在置かれている自分の状況よりも、原田の行く末を何故か雛乃は気になってしまっていた。


何処か遠くを見つめている雛乃を囲むように、右側に沖田、左側に永倉。背後に藤堂が座っている。

前方には鬼――土方が胡床を組んで煙管を吹かしていた。


四方を囲まれており、雛乃に逃げ場はない。それに雛乃は臆する事なく、平然とその場に座り続けている。

何も話そうとしない沖田に痺れを切らし、土方は雛乃の方へと視線を向けた。


「――おい、お前。確か……雛乃と言ったか」


そう、雛乃に呼びかけるが返事がない。土方は眉間に皺を寄せる。


角度を変えて雛乃を見てみると、雛乃は何かを考えるように、人差し指を顎に当て首を傾げていた。

どうやら土方の声は、全く聞こえていなかったようである。


それを見て沖田はプッと口元を隠し、可笑しそうに笑う。そんな沖田をギロリと睨み、土方は吸っていた煙管で文机を軽く叩いた。


「おい! 聞いてんのか!?」


「……へっ? は、はいっ!」


先程より強く鋭い声で呼ばれた雛乃は、漸く土方の視線に気づいたようで背筋をピンと伸ばし、居住まいを正す。


いつもなら更に小言を言うのだが、雛乃の幼い容姿に土方は出掛った言葉を思わず引っ込めてしまった。

らしくないと、土方は軽く舌打ちして、苛付いた心を解すように頭をガシガシと掻いた。

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