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夢想花〜藤森の姫と狼達の奏でる物語〜  作者: 桜柚
第壱章 記憶を巡る旅路
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居場所【壱】



――あの日から、二日が過ぎた。



雛乃は一人、与えられた部屋で布団から起き上がり寛いでいた。


雛乃の怪我は癒えつつあるのに、何故か部屋から出る事を禁止されている。

包帯はまだ外せないが、安静にしなければ、という程ではない。むしろ運動不足で雛乃自身、動き回りたくて仕方ないのだが。


(……うーん。やっぱり、此処が“壬生浪士組”だから、だよね……?)


そう独りごちて、雛乃は息を吐いた。

昨日までに分かった事、知り得た事が幾つかある。


先ず、歳月。今は文久三年六月下旬。つまり、幕末と呼ばれる時代に、自分は居るらしい。

次に、現在いるこの壬生浪士組。後の最期の最強剣客集団――新撰組の前身だ。


そして、先日話した彼等。沖田と土方。

あの、天才剣士と謳われた沖田総司と、鬼の副長の異名を持つ土方歳三、本人のようだ。


久に質問して、自分の記憶と照らし合わせて分かった事実。だが、雛乃は未だに信じられない気持ちで一杯だった。


何故、自宅の蔵にいた自分が、現代より約百五十年前に当たる幕末にいるのか。どうやって、時を越えたのか。頭に浮かぶのは疑問ばかり。


何度も何度も、頬を捻ったり、頭を叩いてみるが何の変化もない。目の前の風景が、現実なのだとつくづく思い知らされるだけだ。


「……ああ、もう嫌だよぅ……」


思わず、そう呟いて雛乃は布団へ前のめりに、ゆっくりと倒れ込む。視線を横に向けるも、色彩のない世界が広がるだけ。


慣れている風景ではあるが、知り合いのいないこの時代では、それが余計に雛乃の不安を募らせていった。


(だってだって、……新撰組だよね? 新撰組って言ったら人斬りの集まりでしょう? 不審者には容赦なかったっていうし……)


雛乃は祖父の影響もあり歴史には精通していた。新撰組の前身でもある、壬生浪士組の歴史も一通りは知っている。

それだけに、この場にいる事が非常に怖かった。


でも、と雛乃は思う。

仮に現代に戻ったとして、自分の居場所は彼処にあるのだろうか。答えは“NO”だ。


藤森に私の居場所はない。何より私がいなくなって喜ぶ人間なら、ごまんといる。

学校だって、そうだ。

仲の良い友達はいるけれど本音を語れる友人などいやしない。


世間の目、哀れみ、親類の拒絶を受けたあの日から、私の居場所は何処か分からなくなった。

常に地に足が着いていない状態。

祖父の愛情や友達から声をかけて貰っても、素直に喜べなかった。


(……疑わなくちゃ生きていけないんだよね。私は……)


雛乃は再び深々と息を吐く。そして寝返りを打とうと、身体を横に向けた時だった。


「雛乃ちゃん、こんにちはー。……って、あれ? 何をしてるんです?」


音もなく障子襖が開き、沖田がひょっこりと顔を覗かせる。変な雛乃の体勢を見て、思わず沖田は首を傾けた。


「もしかして、私がいなくて寂しかったんですか? そんな体勢しなくても、呼べば直ぐに来るのに……」


「ち、違います! ただ考え事してただけでっ!!」


慌てて起き上がり反論する雛乃を見て、沖田は堪えきれずプッと吹き出した。沖田はクスクスと笑いながら、持ってきたお膳を部屋へと運ぶ。


「さてさて。お昼、一緒に食べましょうか。お腹、空いたでしょう?」


そう尋ねる沖田に雛乃は着物を整え、黙然と頷いた。


二日前から沖田はよく自分の元に顔を出していた。仕事もそれなりにある筈なのに、何故か気付けば横に、近くに居る。

本人は顔を見たいからとか、暇潰しだとか安易な理由を言っているが、本当は自分を監視する為に来ているのだろう。


にこやかな笑顔の奥に見える鋭い眼差しに、雛乃は早くから気付いていた。

育ってきた環境の所為か、そういう類や気配に雛乃は敏感だった。


籠った空気を入れ替えるように障子を開けた沖田にお礼を言い、雛乃はお膳からお握りと柔らかい煮物のおかずを受け取る。


そして、いただきます、と手を合わそうとした時、廊下に影が差していることに気付く。

顔を上げると、そこには三人の青年が障子で身体を隠し、顔だけ覗き込むような形でジーッと自分を見つめていた。


「はひっ!?」


思わず身体を跳ねさせ、身を引いた雛乃に三人は驚いたのか体勢を崩す。そしてそのまま部屋の中へと崩れ込んだ。


何とも言えない雰囲気が部屋を包み込む。


淀んだ空気が漂う中、沖田だけは平然とした様子で食事を続けていた。

そんな沖田に雛乃は苦笑を浮かべる。


(……うっわあ、流石マイペース。相変わらず良い性格してるよなぁ……)


沖田の様子に感心していたが、この空気に耐えきれなくなった雛乃は沖田へと視線を向けた。


「あ、あのぅ、沖田さん。此方の方達は……?」


「……はい? ああ、そういえば紹介してませんでしたねぇ」


のんびりとそう呟いて、漸くお握りから手を離す。そして倒れている三人へ人差し指を向けた。


「簡潔に言いますと、上から大、中、小の三馬鹿です。迂濶に近寄ると、馬鹿が移りますので気を付けて下さいね」


綺麗な笑顔を添えて、そう言った沖田に雛乃は目を瞬かせる。対する三人はというと、思いも寄らない沖田の言葉に唖然としていた。


確かに、身長や体格的にはそう見えなくもないし、当たってると言えば当たってるのだが、もう少しマシな言い方があったのではないだろうか。


そんな沖田の言葉に、素早い反応を見せたのが一番上にいた青年。二人の上から瞬時に起き上がり、沖田に詰め寄った。


「総司! そんな紹介の仕方はねぇだろ? つか、何だよ、馬鹿って!! 俺の何処が、馬鹿に見えんだよっ!?」


「日頃の行いと言動からですよ、左之さん」


食べ掛けていたお握りを再び口へと運び、沖田はにこりと微笑む。


「思った事を直ぐに口に出すなんて、馬鹿がする事ですよ? 先日だって、口が災いして土方さんにやられたらしいじゃないですか」


「あ、あれは元はと言えば総司のせいだろ!? 新八から聞いたぜ? 何で、俺等を巻き込むんだよ!!」


「嫌だなぁ。それくらい自力で切り抜けて下さいよ。確かに仕掛けたのは私かもしれませんけど、結果を招いたのは左之さん自身の所為じゃないですか」


ねぇ?と問い掛けてくる沖田に、残りの二人は引き吊った笑みを浮かべる。その表情は何処か疲れ切っているように見えた。

そんな二人を見つめ、雛乃は首を傾げる。


「えっと、あの、お二人は……?」


雛乃の視線に気づいた青年は身体を起こし、雛乃に笑顔を向けた。


「ああ、すまねぇな。色々と煩くて。俺は永倉新八(ながくらしんぱち)っつーもんだ。……怪我は、もう大丈夫のようだな」


「え?」


そう言われ、雛乃は永倉と名乗った青年を見据える。首筋まで伸ばされた灰黒髪に浅黒い日焼けした肌。何処か柔らかいその笑顔に見覚えがあった。


「……あ! もしかして、あの時沖田さんと一緒に助けてくれた?」


「そうそう! 良かった、覚えててくれたな。忘れられてたらどうしようかと思った」


安堵の息を吐く永倉に、雛乃は首をふるふると横に振る。


「そんな、忘れる訳ありません! 此処まで運んでも貰ったんですし。えと、永倉さん。あの時は、本当にありがとうございましたっ!」


畳に額が付きそうなくらい思いきり頭を下げた雛乃に、永倉は目を丸くする。そして面白そうにククッと笑った。


「なぁなぁ、新八っつぁんー。俺もその子に紹介してよ。仲間外れなんて、狡いって!」


そう言って永倉の横から顔を出したのは、総髪の青年。少年と言っても過言ではない小柄な体型と、大きな瞳が特徴的だった。


「あ? 何だ、平助。この子に惚れたか?」


「ばっ! 違うっ! ちゃんと紹介しとかないと“小”で定義されちゃうからっ!!」


そんなの絶対嫌だし、と口を尖らせる彼は何処か顔が赤い。永倉の背中を一発叩き、ばつが悪そうに頭をかいて雛乃を見た。


「あー、お、俺は平助。藤堂平助。……宜しくっ」


ニカッと、はにかむように笑う藤堂に雛乃も釣られて笑みを溢す。


(永倉さんに、藤堂さん……。ええと、確か幹部の人達だよね。全然そんな風には見えないや……)


土方はともかく、沖田に続いて永倉と藤堂も見た目からは、人を斬るような人物には到底見えない。現代にもいてもおかしくない普通の若者に見えた。


だが、常人とは違う所はある。身に纏う気と瞳だ。きっと逃げ出そうとしたり何か危害を加えようとすれば、自分は瞬時に斬られてしまうだろう。


(うーん……、笑顔の裏に隠された鋭い視線が痛いんだよね……)


大人しく様子を見るのが一番だと悟り、雛乃は何も言わず気付かない振りを続けることにした。

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