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夢想花〜藤森の姫と狼達の奏でる物語〜  作者: 桜柚
第壱章 記憶を巡る旅路
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壬生浪士組【参】


獲物を射るような鋭い目線に、雛乃はビクッと身体を跳ねさせる。

だが、彼――土方の視線は雛乃を通り過ぎ、沖田に向けられた。


「総司ィ……、よくも、色々しでかしてくれたなァ?」


地の底から響くような低い声。怒っているのが犇々と伝わってくる。

それなのに、沖田は笑みを崩さず土方を静かに見つめていた。そんな沖田の余裕の表情に、土方は木刀を握り締め苛々を募らせていく。


「総司! 今日という今日は許さねぇぞ!」


「いやですねぇ、土方さん。私が一体何をしたっていうんです? 浪人を逃がしたのを根に持ってるんなら、酷い八当たりですよ?」


ねぇ?と沖田は雛乃に振るが、状況を理解出来ないのと土方が余りに怖いので、雛乃は視線を横にサッと反らすしかない。

それに沖田は微かに目を細めて、言葉を続ける。


「まぁ確かに、土方さんの落書きやへそくりを強奪……いや、拝借したのは私ですけどね」


お金足りなかったので少し使っちゃいました!と、にこやかに告げた沖田に土方の何かが、音を立てて切れる。

ヤバい、と本能的に悟った雛乃が布団から抜け出た瞬間、沖田めがけて木刀が振り落とされた。


振り下ろされた木刀を沖田は瞬時に避け、回避する。目標を失った木刀はそのまま重力に従い、下へと叩きつけられた。


其処は、先程まで雛乃が居た布団だった。穴が空き、綿が辺りに散乱する。それを目の当たりにし、雛乃は瞬時に青ざめた。

もし、雛乃があのまま彼処にいたら、確実に被害を受けていただろう。


(……もしかして私、今、命の危機に遭遇してたの!? 下手したら死んでた!?)


そんな雛乃の心中はお構い無しとばかりに、土方と沖田は激しい攻防戦を繰り広げ続けている。


「この、ちょこまかと動きやがって……ッ! 大人しくしやがれってんだッ!!」


「嫌ですよー。そしたら、確実に木刀で滅多打ちじゃないですか。そんなの御免です、しっ!!」


土方の放つ木刀を沖田が身軽に避けていく。

二人が動く度に、ボコボコと無惨に穴が空いていく畳を見つめながら、雛乃は息を吐いた。


(……何だか、私の存在忘れられてない……?)


直ぐに止むと思っていた二人のやり取りは、一向に止む気配がない。むしろ、悪化しているように見える。

どうしたら良いのかと、視線をさ迷わせていた雛乃の視界にある女性が映った。


「あーあ、こんなにしてしもて……。修理や畳変え、めっちゃ大変やのに」


女性はそう言って、壊れた襖や畳と、二人の攻防を一瞥し呆れたように息を吐く。その後、呆然と立ち尽くしている雛乃に気付き、目線を此方に向けた。


「あっ! 気ぃついたんやねぇ。良かったわぁ。せや、痛むとことかない?」


「あ、はい。何とか」


土方と沖田を完全に無視し、雛乃に歩んできた女性に雛乃は笑顔で頷きを返す。そして、そのまま女性をジッと見つめた。


少し白髪混じりの髪を一つに結い上げ、薄い色合いの着物を着ている。目元にある二つの黒子が印象的だ。

そんな雛乃の視線に気づいた女性は、不快そうに眉を寄せる。


「どないしたん? ウチに、何やついとる?」


「……えっ!? いや、あの……」


機嫌を損ねてしまったと思い、慌てて弁解しようとする雛乃を見て女性は、声立てて笑った。


「あははっ、冗談や冗談。見た目もやけど、中身もほんま、可愛ええなぁ」


雛乃の頭を数回撫でて、女性は目元を細める。その表情は凄く優しかった。


「ウチはここの女中やっとる、久いいます。名前、なんて言うん?」


「えと。雛乃、です」


「雛乃ちゃんかぁ。ほんなら、お雛ちゃんって呼ばせてもらうわぁ。あー、ほんま可愛ええなー」


久は雛乃を気に入ってしまったのか、雛乃の頭を何度も何度も撫でる。くすぐったくて仕方ないが、雛乃は嬉しくもあってジッと大人しくしていた。


(えへへ。なんか、久さんってお姉さんみたい……。反応は、おじい様そっくりだけど)


そう思い雛乃は人知れず、小さく笑う。それを久に見られ、今度はギュッと強く抱き締められるのだった。


暫くして気が済んだのか、久は雛乃から手を離す。その後、現状を思い出し、当初の予定を遂行するべく、慌てて座り込んでいた雛乃を立ち上がらせた。


あの二人は未だに、無意味な争いを続けている。埃の舞う部屋で、怪我人である雛乃を置いておく訳にはいかない。

久がこの後のことを考えながら、部屋を出ようとすると、隣にいた雛乃の身体がふらりとよろめく。それを支えながら、久は顔色が悪い雛乃に漸く気付いた。


あれだけの出血をしたのだから、本来なら、まだ安静に横になってなければならない。


にも関わらず、横になれない状況、且つ目の前には見知らぬ男性がいて、過度の緊張もあったと思われる。

雛乃の状態は当然といえば当然だろう。


「先ずは場所移動せな、あかんな。ほんで、少し何か食べた方がええやろね。お粥でも作って来よか」


「いっ、いえいえ、大丈夫です! 大丈夫で――」


――ガコォン!!!!


言葉を掻き消すように、雛乃の足元に木刀が突き刺さる。正確に言えば、刺さったのは半分に折れた木刀。

どうやら、沖田が土方の木刀を弾き飛ばしたようだ。これで喧嘩は終わるかと思いきや、まだ終わらないようで二人は睨み合いを続けている。

睨み合いと言っても、睨んでいるのは土方だけだが。


またもや、自分に振り掛ってきた木刀に雛乃は身震いした。

そんな雛乃の様子と、それでも止めようとしない沖田と土方を見て、流石の久も堪忍袋の緒が切れた。


久は雛乃の肩に手を置いて、満面の笑顔を見せた。そう、綺麗過ぎる笑顔を。


「ひ、久さん?」


「……お雛ちゃん、下がっとくんやで?」


雛乃は久の言葉に反論しようと口を開くが、圧力をかけるようなその笑顔に何も言えなくなる。


あの、笑顔には逆らってはいけない。本能でそう感じ取った雛乃だった。

久は臆することなく、部屋の奥にいる土方達の元へと歩いていく。


「……土方はんに沖田はん? いい加減にしてもらえへんやろか」


諭すような、それでいて優しい声音。だが、その表情の笑顔は何処か冷たい。

そんな久の存在に気づいた沖田は、素直に謝るが、口元には笑みを浮かべていた。


「すみません、お久さん。でも、土方さんが悪いんですよ。丸腰の私を痛めつけようとするんですから」


弱い者いじめなんて最低ですよねぇ、と呟く沖田に土方が再び吠える。


「いつまで屁理屈を言うつもりだ、てめぇは! ! お前ぇが俺の私物を、勝手に持ち出すのがいけねぇんだろうが!!」


「私は落ちてた物を預かっていただけでーす。持ち出したりはしてませんー」


「ッ、んの……ッ!!」


震える土方の両肩。怒りは未だに収まらず、沸々と沸き上がっているようだ。それに沖田は笑い、一歩身を引いた時。


「いい加減にしいやッ!!!!」


鋭く、凛とした声が響いた。

声の主は女中である久。普段、温厚な久が声を荒げ自分達を睨んでいるではないか。


それだけでも驚きなのだが、先程まで笑顔だった表情も驚く程、無表情で。眉と眦だけが、鋭く釣り上がっている。


「……別になぁ、勝手に喧嘩すんのは構へんよ?  土方はんらの口喧嘩なんて、日常茶飯事やもんなぁ。せやけど、怪我人のいる部屋で、怪我人の存在も忘れて暴れるのはどうかと思うで?」


そう指摘され、土方は漸く雛乃の存在に気付く。

永倉が背負って連れ帰ってきた、女子。出血多量だった為、絶対安静だと言われていた筈の彼女が部屋の入口で、縮こまっている。


寝ていた彼女が何故、彼処にいるのだろうか? いや、考えるまでもなく答えは既にに出ていた。


「そうです。私達が……いや、土方さんが邪魔しちゃったんですよ?」


土方の心中を察したかのように、耳打ちしてきた沖田を土方は、じろりと睨む。


このまま、沖田に言い返したい所だが、今は目の前の久をどうにかしたい。

何せ、彼女は“あの局長”を黙らせる程の凄腕女中だ。


怒らせたら、どうなるか。


一方、一人取り残される形となった雛乃は柱に寄り掛り、畳に座り込んでいた。突っ立っているより、その方が随分身体も楽だからだ。


二人を止めるのは久に任せて、雛乃は先程までのことを緩やかに思い出す。

凄まじい木刀の嵐に雛乃はただ、見ているしかできなかった。あれを平然と避けていた沖田の身体能力は普通じゃないだろう。


むしろ、神憑っていたような気がする。


(それにしても、土方さんと沖田さんの名前。何処かで聞いた事があるような気がするんだけど……)


首を何度か捻り、知識を引き出そうとするが、如何せん血が足りない所為で頭痛が邪魔をする。

軽く頭を叩いて、雛乃は眉を寄せた。


(沖田さんは……沖田総司。壬生浪士組の沖田総司ってたっけ……。ん? 壬生浪士組?)


雛乃は何かに気付いたようで、数回目をしばたたせる。そして口を開こうとしたのだが、それは自分に抱きついてきた久によって、綺麗に掻き消された。


「待たせてしもたな、お雛ちゃん。さあ、行くでー!」


「へっ? 久さん!?」


何処にそんな力があったのか、久は雛乃を抱えて上げて部屋を後にしようとする。そんな久に、雛乃は思わず待ったをかけた。


「ちょっ、待って下さい! 私、あの人達に聞きたい事がっ!!」


「アカンアカン! 今の土方はんらに近づいたら、治る怪我も治らへんし。先ずは部屋を移動するで」


雛乃の言葉をさらりと受け流し、久はスタスタと廊下を進んで行く。

雛乃が悲鳴を上げようが、久に聞く気は全くないようだ。

雛乃は最後の手段として沖田に視線を向けるが、笑顔でそのまま見送られてしまった。


雛乃はガックリとうなだれるが、反面、久は笑う。訳が分からないと首を傾げた雛乃に、久は彼女の頭を軽く叩いた。


「一先ず、先に体力つけなあかんのよ。どうせ、この後土方はんらには嫌でも会う事になるやろうし」


「それって――」


どういう意味ですか?と聞こうとしたが、聞けなかった。久の表情が余りにも、切なく見えたから。


「此処は普通の屋敷やないから、仕方ないのかもしれへんけど……。こんな小さい子まで疑う必要あるんやろか」


間者には見えへんのになぁ、と久は息を吐く。そんな久の言葉に、雛乃は疑問符ばかり浮かぶ。


ゆらりゆらりと久の腕に抱かれながら、雛乃は静かに目を閉じた。

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