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夢想花〜藤森の姫と狼達の奏でる物語〜  作者: 桜柚
第壱章 記憶を巡る旅路
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序章





――――空が夕闇に染まる、暮れ六ツ刻。




緑が生い茂る畦道を、数人の青年達が駆けていた。


「っ、急ぎなよ! この馬鹿杉!」


「誰が、馬鹿杉だ!  誰が!! 毎回毎回、妙なあだ名ばかり作りやがって!! てめえ、着いたら覚えてろよ?  綺麗に斬り刻んでやる……!!」


「ふぅん? 僕はそう簡単にやられはしないよ。それに相手は馬鹿杉だし」


「はっ、言ってろよ。直ぐに前言撤回させてやる」


互いを見つめ合う二人の表情は怖いくらい笑顔だ。

走りながら、言い合いを過熱させている二人の青年を見て、小柄な青年があわあわと声を上げる。


「ふ、二人共、今はそんなことを言ってる場合じゃないですよ! 早くこの子を久坂さんに見せないとっ!!」


その言葉にピタリと二人は言葉を止めた。


馬鹿杉と呼ばれた総髪の青年の背中には、気を失った血だらけの幼女がいる。負傷した腹部に、止血用として巻き付けた布からはジワリジワリと血が滲んでいた。


その様子を見て、青年は舌打ちをした。彼と言い争っていた中性的な顔の青年も表情を引き締める。


「急ぐよ、晋作!」


「分かってる!!」


それを合図に、三人は一気に歩調を早めた。












「――先生っ!!」


「久坂、いるか!?」


青年達は家主の断りもなく、乱暴に家の引き戸を開けた。

慌ただしい音に、奥にいた人物が駆けてくる。物腰の柔らかそうな男性は、羽織を着ながら戸口先を見た。


「おやおや、一体どうしたんです? 家に帰ったのではなかったので……」


言いかけて、男性は青年の背中にいる幼女に目を見張る。


「……理由は後ですね。先ずはこの子の治療が先決です」


「先生! 久坂は?」


「杉家へ使いに出しています。急いで呼んで来て下さい」


頷いて、青年は背中の幼女を男性へと手渡す。そして自分の後ろにいた小柄な青年を掴み、戸口から飛び出した。


男性はそれを見送った後、腕の中にいる息の荒い幼女を見る。

見慣れない着物の上から覗く腹部の切り傷。そして、幾つもの酷い火傷の跡。

見た所深くはないが、出血が酷い。早く治療しなければ命に関わるだろう。


幼女の傷に障らないよう、抱き直し男性は顔を上げた。


「一先ずこの子を寝かせましょうか。栄太郎、奥にある私が使っていた布団を此処に持って来て下さい」


「はい、先生!」


パタパタと足音が遠ざかる。それに男性が息をついた時、腕の中の幼女が身じろいだ。


男性がハッとして目線を下へ向けると、大きな瞳で自分を見る幼女がいた。


「……ぁ……」


何かを話そうとして口を動かすのだが、声にならないのだろう。何度も、噎せ返す幼女を見て、男性は幼女の口元に人差し指を当てた。


「無理して喋ってはいけません。体力を削るだけですよ」


幼女は息を乱しながら男性を見る。その表情は驚きに満ちていた。

何処か怯えたような幼女を見て、男性は安心させるよう、穏やかに微笑む。


「大丈夫です。私は怪しい者ではありません。そのように身体を強張らせないで下さい」


ゆるゆると幼女の頭を優しく撫でる。それに幼女は次第に力を抜いていった。

心地良い手触りに、幼女は目を閉じる。


暫くして、静まり返った室内にギシギシと床の軋む音が響いた。


「先生、布団持ってきました!」


青年はそう言って、戸口に近い座敷に布団を素早く引いていく。


青年の声に気を取られて、男性は顔を上げていたが、再び幼女を見ると幼女は気を失っていた。青年は幼女の頭を緩く撫でて立ち上がる。


男性が布団へ移動し幼女を寝かせると同時に、戸口付近が慌ただしくなる。


「帰ってきたみたいですね」


男性の言葉に頷いた青年は土間に降りて、引き戸が開くよりも早く引き戸を開けた。


「栄太郎……!?」


「義助、待ってたよ。早く急いで!」


汗を拭う暇を与える間もなく、青年は義助と呼んだ青年を奥へと引きずって行った。


それを見送り、玄関に残ったのは久坂を呼びに行った総髪の青年と、小柄な青年の二人。


「……大丈夫ですかね、あの子……」


「……何とも言えないが、大丈夫だろう。久坂に任せておけばさ」


額についた汗を拭い、総髪の青年は玄関の戸を閉め戸に寄りかかった。

小柄の青年は心配なのかハラハラとした様子で、庭をぐるぐると意味もなく回っている。


幼女の治療が無事に終わったのは、それからニ刻半経った深夜だった。


偶然に起きた、この出会いが全ての始まりだということを彼らは、まだ知らない。




――安政四年(1857年)




夏が終わり、秋の訪れを感じさせる日のことだった。

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