竜のツガイは「じゃない方」
「ユーフォルビア・フロスト公爵令嬢! お前との婚約は破棄だ!」
建国記念の宴。貴族や来賓が揃う広間で、セダム第一王子が盛大に声を張り上げた。
王子の隣には、華奢な少女が寄り添っている。
子爵家の養女となったばかりのアガベラだ。
王子がかねてより熱を上げ、婚約者そっちのけでアガベラを優先していたことは、すでに王国中の噂となっていた。
王子の宣言は噂を決定づける行いであり、人々は驚き、ざわめく。
王家を支える筆頭公爵家を袖にし、下位貴族の令嬢を選ぶメリットはどこにもない。
であるのに婚約破棄を唱えた王子に、周囲が困惑と失望を見せた。
"ここまで短慮な方だとは……。政局が見えていないのではないか"。
そんな囁き声の中、公の場でさらし者にされたユーフォルビアは、ひとり佇んでいる。震える両手はドレスを握りしめ、気持ちを必死に抑え込んでいるようだ。
"さもありなん。こんな公の場での辱め、若い女性が耐えられるものではない"。
さりとて表立って庇う者は出ない。下手に動けば、家門にどう影響するか。
前代未聞の婚約破棄の対応に、周りは考えあぐねていた。
ややあって。
「殿下からのご下命。承りました」
深呼吸したユーフォルビアはドレスを広げ、見事なカーテシーを披露して、王子の要求を受け入れた。
ほぼ同時だろう。慌てて入室して来た国王が、ユーフォルビアを引き留めるべく叫ぶ。
「ま、待ってくれ、ユーフォルビア嬢。セダム、そなた何ということを! すぐさま発言を取り消し、詫びて再婚約を願うのだ! 儂は婚約破棄など認めぬぞ」
第二王子が中座して、王に報せたらしい。
体調が優れず、奥の間で休んでいた王と、その王を支えるようにして第二王子が広間に戻った。
セダムは平然と父王に返す。
「お言葉ですが父上。ユーフォルビアは、未来の王妃には相応しくない。彼女は私が寵愛するアガベラを虐め抜き、あげく殺害しようとしたのです」
「怖かったですぅぅぅ。セダム様が守ってくださらなければ、あたしの命は露と消えておりましたぁ」
「娘、そなたに発言を許した覚えはない。王家の会話に口を挟むな」
アガベラを睨んだ王は、次に息子を叱責した。
「もしユーフォルビア嬢に何か過失があったとしても。それは婚約者をないがしろにし、不安にさせたそなたに責がある! 一方的に処断するとは何事か!」
「ですが──」
王子セダムが尚も言い募ろうとした時。
人の輪がさっと割れた。
悠然と歩み出てきたのは、同盟国である竜族の王リトープス。
その姿を認めるや否や、国王がギョッとしたように息を呑んだ。
「人族の王よ。王子と令嬢の婚約が破棄となったなら、以前より申し入れていた件、叶えて貰えるのだろうな?」
途端に場が騒めき立つ。
──竜王が要求を? 初耳だ。一体どんな内容なのか?
家臣の間に緊張が走った。
「貴殿は"先約があるため受けることは出来ない"と、この竜の願いを退けて来た。だがこれで、なんの支障もあるまい。この場でプロポーズすることを認めて欲しい」
そう言って騒ぎの中央に立つ三人に、リトープス王が熱い視線を投げかける。
竜族は美形揃いだが、竜王は更に別格だ。
夜空のごとき深藍の髪に涼しげな瞳、すっと通った形の良い鼻梁。品格溢れる口元は凛々しく、見事な長身は鍛えてあるのがよくわかる。
大人の色香くすぐる妖艶さに、周囲から黄色い悲鳴が上がった。
振って湧いた恋愛話に、令嬢や婦人が色めいたのだ。
"もしかしてユーフォルビア・フロスト公爵令嬢様へのご求婚?"
"三角、いえ、四角関係でしたの?"
竜王リトープスの視線の先に自分がいないと気づいたアガベラが、進んで前に出る。リトープスの美貌に充てられたらしい。
「あ、あたしが! 竜王陛下の妻となりますわ」
えっと驚くセダムを無視し、ほぼ反射で発言したアガベラに、リトープスは冷たい。
「なんだ、貴様。我が望むは、我が番。人の身にはわからぬかもしれないが、番に出会うと甘く酩酊するほどの香りに誘われ、正気を失いそうなほどに求めてしまう、運命の相手。この国に番がいると判って以来、ずっと求婚許可を求めていた。だが、今まで国王が承諾しなかったのだ。邪魔をするなら許さんぞ」
どよめきが、広間に響いた。
この国は、竜族との同盟によって他国の脅威から守られていると言ってもいい。
"竜王陛下の望みは可能な限り、お受けすべきなのでは……"。
そう言いたげな視線が、一斉に国王に向かう。
婚約が消えて、求婚に差し障りがなくなったと竜王は言った。
つまり、たった今婚約を破棄されたユーフォルビア・フロスト公爵令嬢が、竜王の番。
皆がそう納得した時、リトープスが言葉を重ねた。
「この婚約が破れれば、公爵家の後見がなくなり、困るのであろう? セダム王子は我が責任をもって引き取ろう。王位は第二王子に任せるが良い」
ん?
んんん?
いま想像とは違う名前が指名された気がするが、聞き間違いか?
顔を見合わせる人々を前に、国王が苦渋の表情で呻いた。
「わかった。第一王子セダムを、竜王殿の"妃"として、嫁に出そう」
はい──!?!
「ち、父上、今何と?」
己の名が出て、あたふたとセダムが動揺する。
「聞こえていただろう。竜王殿には、そなたとの婚姻をずっと申し入れられていたのだ。公爵令嬢との先約があるゆえ、断ってきたが、その約束をそなたは自ら消し去った。
拒否する理由がなくなったのだ。国のために潔く、嫁に行け」
"嫁に行け"。
第一王子にとって、これほど衝撃的な命令はないかもしれない。
「いやいやいや、無理があるでしょう? 俺は第一王子ですよ? この国を継ぐべく育てられてきたし、何より嫁に行くなど出来ようはずがない! 竜族とて王の後継は必要なはずだ。男同士では子は出来ない!」
というよりも、ぶっちゃけ嫌だ。
断固拒否するという思いを尤もらしく後継ぎ問題に結び付けてみたが、竜王はセダムに対し、蕩けるような眼差しを向けた。
「心配してくれるなんて、可愛すぎる。だが案じることはない、我が番セダムよ。竜の子孫は、その魂が結びつくことで生まれる。性別などという垣根を超え、後継を残せるのだ。
なんの憂いなく嫁いで来るが良い。生涯そなた一人を愛し抜き、大切に守ると約束するぞ」
惚れ惚れするほど男前な笑顔で、鷹揚に両手を広げれば、どんな女性も即座に落ちて、リトープスの胸に飛び込んでしまったことだろう。だがセダムは女性ではなく、男性だった。
「気軽に性別の垣根を超えるなぁぁぁぁっっ!!」
「セダム! 竜王殿に対し、なんという言いようか! 口を慎め!」
渾身の叫びを、父王に咎められる。
「お気に召さるな、人族の王。いや舅殿。この元気の良さも、我から見れば愛しくてたまらない。番に出会うと盲目になるとは、まさにこのこと。賑やかなさえずりには、心地良ささえ覚えてしまう」
恍惚とした表情で、リトープスは機嫌良く言う。
変態だ。
残念なド変態だ。
怒鳴られて幸せになってるなんて。
広間の貴族たちは、同じ思いを心に秘めた。
「お、俺にはアガベラがいます」
「話にならん。いくらそなたが根回しして、子爵家の養女にしたとはいえ、元平民の娘を理由に、竜王殿を断れるわけがない。アガベラとやら、わかっておるな? 子爵家に入れただけでも、そなたには過度な幸運。分をわきまえて大人しく引けば、それ相応の人生は保証されよう」
「セダム様は、将来王様にはならないのですか?」
きょとんとした表情で、アガベラが王に確認する。
「セダムは竜国に嫁ぐ。これは決定事項であり、この国は継がぬ」
が──ん。
国王の断言に、王子セダムが立ち尽くした。
ほんの数時間前まで揺ぎ無かった未来が、儚く脆く、崩れ去ったのだ。
「ふむ? そこな娘は、セダムの愛玩動物か? 竜国に伴っても良いが、人族と見ると"餌"だと思っている不届き者もまだいる始末だ。我が番には、我が存分に匂いをつける故、誰も手出しは出来ぬが、ペットの安全までは保障出来ぬぞ?」
リトープスがアガベラを見下ろした。舌舐めずりをしながら発した呟きが、冷気をもってアガベラに絡む。
「新婚生活に、ペットは邪魔だしな……」
「あ、あの、私、身を引きますッッ。セダム様、短い間でしたが夢を見させていただき有難うございました!」
「アガベラ?!」
ぴょこんとお辞儀をしたアガベラは、素早くセダムから距離を取った。かと思うと隠れるように人ごみに飛び込み、そのまま出口へと疾走する。捕食者に狙われた小動物の如く、一目散に。
取り残されたセダムが放心していると、王はユーフォルビアに向き直った。
「こたびのこと、誠に申し訳ない、ユーフォルビア嬢。公爵家には謝罪と賠償を用意しよう。その上で恥を忍んで、第二王子ハオルトとの縁談を提案したいのだが、どうだろうか?」
「国王陛下……。ご提案、父フロスト公爵に相談したく存じますが、おそらくはお受けさせていただく運びになろうかと。王家に従うは、貴族の本分。わたくしに異存はございません。それに第二王子ハオルト殿下には、セダム殿下の浮気について相談に乗っていただき……その……それ以来、お慕いする気持ちがありましたので……嬉しいです」
ぽっと頬を染め、はにかむユーフォルビアの顔は、先ほどまでとは打って変わって晴れやかだ。
彼女が見遣った先にはハオルトがおり、こちらもユーフォルビアに笑顔を返す。
どうやら秘密の恋が、進行していたらしい。
セダムの浮気が原因と言われれば、責めるわけにもいかない。
セダムが驚愕した。
「馬鹿な! お前は俺を恋い慕うあまり、嫉妬でアガベラを害したのではなかったのか」
「どこ情報ですか? わたくしには身に覚えがございません。思い込みで事を進めず、証拠を揃えてから出直して参られませ」
ユーフォルビアはシレッと扇子を開くと、顔を背けてセダムを拒否した。
「っつ、お前、その口の利き方──」
彼は最後まで言い切れなかった。リトープスがセダムを引き寄せ、自身の腕に抱きとめたのだ。
「愛する者同士が結ばれるのは、実にめでたいことだ。我からも祝いの品を贈らせていただこう」
「! 俺は認めてない!!」
「そう毛を逆立てるでない。威嚇する猫のようで、よけい構い倒したくなる」
「誰が威嚇する猫だ! あとそういう猫は構うな! 嫌われるぞ!」
「ふふっ、心得た。そうか、そうか、今は嫌っておらぬということか」
ずっと手にしたいと願っていた番を得たからだろう。
リトープスは歯止めが効かない様子で、一層強く、セダムを抱き締める。
「阿呆か、貴様! 嫌いに決まってる! アタマ花畑か! とにかくこの腕を解け、気色悪い! 場所とか立場を考えろ!」
どの口が言う──。
その常識を、王子がもう少し前に思い出していれば、こんな展開にはならなかっただろう。
セダム自身も成人男性とはいえ、竜族相手に力で勝てるはずもなく、されるがままの抵抗として、喚くしか術がない。
"見てないことにしよう"。
貴族たちは目配せあった。
「う、む。仲良きことは美しきかな」
咳払いした王が、グラスを手にとる。
「皆の者、強大な竜国と第一王子セダムの縁談が調った。また、第二王子ハオルトとユーフォルビア嬢が次代の王と王妃となる。門出を祝って乾杯といこう!」
それでいいのか。
様々な問題が、うやむやのままだ。
まんまと逃げたアガベラとやらも、放置しているが?
けれども全員が、現実から逃避したかった。
同盟は安泰、国の未来も安泰、竜王は満足。
ならば、あとは何とかなるだろう。このまま押し切ってしまえ。
気持ちがひとつになった広間では、割れるような賛同の拍手が響き、空気は一転、華やかな宴が再開された。
「ちょっと待てぇぇぇ。俺は納得していない! 嫁に行くなんて冗談じゃない──」
「決して不幸にはさせぬ。我を信じて欲しい」
「すでに不幸だ! この変態!」
竜王が番を伴ってしけこんだベランダからは、息の合う掛け合いが聞こえて来た、とユーフォルビアの元に報告が届き。
ハオルトと微笑みあったユーフォルビアが、再三に渡る竜王の要求について知っていたのか否か。
誰もが追及することは控えたという──。
お読みいただき有難うございました!
なおユーフォルビアは、竜王が同席する宴で、まんまと婚約破棄して貰えたよう。つまりお察しの通りですね!(≧∇≦)b たぶんタイミング仕向けた…。なので「悪役令嬢」タグがついてます。棚ぼたではなく、今回一番の策士。
もしかしたら弟くんも…
「兄上は面倒見は良いが、腹芸が出来ぬお方だからな」
「良くも悪くも純粋でいらっしゃるわよね」
「だから玉座は向いてないんだ。兄上を御せる相手がいる方が、兄上も幸せになれると思う」
とか。
ユーフォルビア、セダム、アガベラ、リトープスの名前は多肉植物から。ハオルトはハオルチア(多肉植物)からです。三角どころか、五角?
ジャンル…イセコイでいけるかな? いっそハイファン? コメディかもしんない…。BLタグ要るかな…?
とりあえず投稿してみます。
気軽に楽しんでいただけましたら嬉しいです!!ヾ(*´∀`*)ノ
面白かったら、下の☆を★に塗ってやってくださいねー♪ 舞い上がって喜びます!