火の家
これはフィクションです。
大勢の人が集まるプラットホーム。その中にひときわ疲労感をにじませた男が歩いていた。江村というその人は片手にスマホを持ちながら電車を待つためベンチに座った。
じんわりと汗が流れる。遠くからセミの鳴き声も聞こえてくる。江村は頭上にある時計を見つめつつこれから行く場所で起こることを待ちわびた。
日々の仕事疲れのせいか、電車に乗ったとたんに眠気が襲う。だが、江村は仕事のために電車に乗ったわけではなかった。
グループラインであるうわさを知って、確かめようと思ったのだ。
『住むと全身丸焦げになる家があるらしい』
気になった江村は、グループラインに参加し場所を尋ねるとどうやら隣町にあるらしい。
ラインに参加した人の内の一人がそのうわさの家の動画を見た時に周囲にある建物で場所が分かったとのことだ。
けれども、その動画は今は削除されていて見ることは出来ない。それもそうだ。なぜなら、その動画の投稿主は家の敷地に入ったとたん不自然に燃え出したからだ。今もその人の安否は不明である。しかし場所を知ることが出来たので江村は良しとした。
着いた場所は田畑がある閑静ないなか町だ。休日は日頃の疲れを取るため昼まで寝ていることが多い江村は眠気をこらえながら駅を後にした。
場所を再確認するためうわさの家がある場所を近くを通りかかった女性に尋ねてみた。
「何言ってるの? そんな家あるはずないでしょ」
そう言うとさっさと離れていってしまった。しかし江村は尋ねた後の女性の顔がひきつるのを見逃さなかった。きっとものすごいいわく付きに違いない。
そう思うと何故か期待が膨らんでいた。日頃のうっぷんが溜まっているせいなのか、内心ではスリルを求めていたのだ。
家の中はどうなっているのだろう? 内部の動画を撮って配信してやろうか?
江村の脳内では燃える家の構想が練られていったのだった。しかし……。
うわさのその家は取り壊された後だった。何もないその場所を見た江村はたまった疲労も手伝ってその場に座り込んだ。
「……動画でも撮るか。そこに行った証拠にでもなるだろ」
空き地になった場所にスマホを向け撮影し始めたとき、妙なものが画面に映し出された。
外にいるはずなのにあるはずもない家の中が映し出されていたのだ。家の中は相当荒れ果てゴミも散乱している。
しかしそれより異様なのは、一心不乱に火を自身の体につける人が大勢いたことだ。
「うわ、いなくなったアイツまでいる。どういう事だ?」
そこには行方不明になった同僚がいた。彼は目をギラギラさせながら、ブツブツ独り言をつぶやいて彼自身の体に火をつけた。
「これで俺は幸せになれる。これで俺は幸せだ!」
見たくもないのに目はスマホの画面から離すことができない。まばたきもできずにいると、部屋の中央にいる少女に目がいった。
この子も明らかに様子が変だ。しばらくすると、少女はこちらに気がついたかのように正面を向いた。江村の鼓動が早鐘を打つ。まるで江村が見ているのを知っているかのようだ。少女は暗い目を江村のいる方に向けながらこう言った。
「心配しないで。ここはとても良い所だから」
直後、頭にライターで火をつけそばにあったヒモをおいしそうに食べ始めた。どうやら火の真似をしているようだ。
「う、わ……」
江村の手元が狂いスマホを落とす。一気に辺りが暗くなる。もう夕暮れは過ぎていたのだ。
「す、スマホがっ。どこに行った!?」
辺りを見回すと足元に違和感を感じた。恐る恐る下を見ると焦げ臭い何かが足元にある。よく見てみると黒焦げになった右手が転がっていた。
「……な、何で、て、手?! う、おぇっ」
見たものを信じる事が出来ない江村だったが、体は正直に吐き気を催していた。しばらくすると今まで感じたことのない異臭が漂ってきた。焼けた死体の臭いだと分かった時、彼はさらに吐き出した。
吐しゃ物は畳の上に吐き出された。さっきまで外にいたはずなのに、江村はいつの間にか荒れ果てて薄暗い民家の中にいた。
気が動転して彼自身の体に異変が起きたことに気づくのが少し遅れた。体が熱い。知らない内に江村の体には火がついていた。
その後、家があった場所で不審な死が相次いだため、その周辺は立ち入り禁止になった。それでもうわさを確かめるために侵入する人が後を絶たなかったそうだ。
十年ほど前まだ家が建っていた時の事。家の中は相当荒れている。生活苦なのだろうか。その家に住む心身共に疲れはてた男は自暴自棄になり頭から油を浴びた後、自身に火をつけた。家は全焼せず男の居た場所だけ黒焦げになったという。それが原因なのか、家はその後解体されることになった。それでも時折なくなったはずの家が見えたと語った人が続出した。中からは、燃えた人の恨みの絶叫が聞こえるらしい。
「皆、残らず燃えてしまえ!」
それがうわさの元凶だと分かった頃には、その家があった周辺は引っ越す人が続出し過疎化した後だった。