エピローグ
それまでが嘘のように、γとΩは暇になった。
女神へのプレゼンはαが行い、一発で承認された。
『プラネタリウム作戦』(映すのは夜空ではなく不倫動画だが)と名付けられた計画は、Δとその同僚の神聖魔法局奇跡開発課の天使たちが実行を担った。γとΩはさすがにそれはどうかと思ったが、Δはその理由をこう説明した。
「実は奇跡開発課は君たちを利用したんだ」
怪訝な表情をするγとΩに、Δは更に説明を続ける。
「もともと奇跡開発課は財務局から目をつけられていた。アタッチ率が0.1を切っていたからね」
「アタッチ率とはなんですか?」
γは知っていたが、知らなかったΩが質問する。
「奇跡開発課が創った魔法の平均利用回数だ。10個の魔法を創っても、実際に利用されるのは1回未満、そういう状況だったんだ。財務局にはムダ使いにしか見えなかったはずだ」
「ムダではないんですけどね」とγ。「何事もなければ奇跡なんて要らない。天界も人間界も平常運転でいい。だが現実はそうはいかないから、備えが必要になる。奇跡が使われないのは、本来は喜ぶべきことなのに」
「ボクたちもそう言って反論したよ。そしたら『物事には限度がある。必要と過剰は違う』と言い返されたよ」
「……そちらも正論ではありますね」
「つまり、今回のことは奇跡開発課にとって渡りに船だったんだ。アタッチ率を上げるいい機会というわけだ。だから失敗は許されないし、もともと自分たちが創った魔法だから、奇跡開発課でやるのが合理的というわけだ」
「そういうことなら甘えさせてもらいます。聖女保護課は天使数が少ないですから」
しっかりと握手をするγとΔ。このときの二天使はΩの存在を忘れていた。
『プラネタリウム作戦』は成功した。王子は婚約破棄になったばかりか平民に身分を落とされ、やはり平民になった元侯爵令嬢と一緒に王都から追放された。
そして聖女保護課には日常が戻って……来なかった。
「な、な、何事ですか!?」
突然、聖女保護課に押しかけた大天使を見て、αは素っ頓狂な声を上げた。しかも大天使は熾天使を数名引き連れている。
「貴様がαだな」
大天使の言葉は冷たかった。
「そ、そうですが、これは何事ですか? まるで犯罪者の捜索か逮捕みたいではないですか!」
「みたいではなく、そのものだ。貴様には女神さまの名誉を汚した容疑がかけられている」
「め、滅相もない! 私ほど忠誠心に厚い者はいないと自負しています!」
「問題になっているのは貴様の忠誠心ではない、行為だ」
「私が何をしたというのですか?」
大天使はため息を吐いた。
「先日の奇跡で、追放された王子の不倫の動画を公開したな」
「そうですが……」
「それが他の世界の神々の間で噂になっている。『あの世界の女神はP◯rnhubを作った』とな」
「なんですと!!」
これにはΩも驚いた。
「修正も編集もしていない卑猥な動画をそのまま流すなど、女神さまの評判を落とす行為に他ならない!」
「ぶ、部下が勝手にやったことです! そ、そこにいるγの仕業です!」
αの苦し紛れの責任逃れに、Ωは冷や汗をかいた。だがγの方は落ち着いている。
「愚か者が。何の調査もせずに我らが乗り込んでくると思ったか? メールサーバーに、貴様宛にγが発信したメールが何通も残っていたぞ。動画の編集を催促するメールだ。γはちゃんと仕事をしていた。サボっていたのは貴様ではないか!」
「そ、そのようなメールは知りません!」
「それだけではないぞ。この部署の通神機の設定も勝手に変更していたな。全ての天使に伝えるべき女神さまの思念を、自分にしか伝わらないようにしていたな。これも重大な規則違反だ!」
「それも部下が……」
「部署の長にしか設定は変更できないようになっている。もういい。言いたいことは取調室で言ってもらおう。連れて行け!」
αは熾天使たちに拘束されて連れて行かれた。
大天使はγとΩに話しかけた。
「人事部にはなるべく早く後任の課長を選ぶように要請する。それまでは君たちで頑張ってくれ」
「「はいっ!!」」
大天使が去った後、γは何事もなかったかのように仕事を再開した。そのγにΩは話しかけた。
「γ先輩、課長って全然仕事をしてませんでしたよね」
「そうだっけ?」
「メールを読んでいるところも、見たことないんですが……」
「そうだっけ?」
Ωはそれ以上、話しかけるのを止めた。そして心の中で思った。
(γ先輩には悪いけど、転属願を出そう)
奇跡から十ヶ月後、人間界には史上空前の出産ラッシュが訪れていた。
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。