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女神のムチャぶり

 γとΩは女神に説明するためのプレゼン資料を作成した。併せてばら撒く告発文書のサンプルも作り、課長のαに渡した。(αの基準で)女神への応対はαの仕事なので、女神へのプレゼンはαが行った。

 αがプレゼンを行っている間、γとΩは女神から見えない位置で、起立してプレゼンを見守っていた。

 女神への応対は自分の仕事と言うだけあって、αのプレゼンは上手かった。Ωはそのことを認めつつも、全て自分一天使でやったかのように話すαに苛立ちを覚えた。

「気にすんな。したってどうにもならないんだから」

 そんなΩの心情を察したのか、γがささやく。

 そうこうしているうちにプレゼンは終わった。

「女神さま、いかがでしょうか」

 αは満面の笑顔を浮かべてそう言ったが、その笑顔は長続きしなかった。

「……はい…はい、分かりました。そのように至急、修正いたします」

 そう言い終えたときのαは、青い顔に冷や汗を浮かべていた。指向性の問題で、γとΩには女神の思念(ことば)は聞こえていなかったが、さすがに新人のΩにも女神からダメ出しを食らったことが分かった。

「大至急直せ!」

 αはΩが聞いたことがない大音量で怒鳴った。

「はい! どこを直せばよいのでしょうか?」

 γも負けじと大声で怒鳴り返す。

「写真はダメだ!」

 それを聞いたΩは、女神はサンプルで使った写真が気に入らないのかと思った。それなら写真を差し替えればすむ話だ。βからもらった動画は一時間以上の再生時間がある。新たな素材(コンテンツ)を探さなくても大丈夫だろう。

「女神さまは動画を使うことを望んでおられる!!」

 γとΩは一瞬理解が追いつかず、頭の中が真っ白になった。


 さっさと早退したαが去った後、γとΩは善後策を検討した。

「先輩、どうします?」

「女神さまが写真の代わりに動画を使えと仰るのなら、そうするしかないだろう。とりあえず、今の計画を修正してなんとかならないか調べてみよう」

 Ωは再び万科事典のページをめくる。

「ええっと、ペーパー型有機ELディスプレイというのを使えば、動画を映せる紙はできるみたいです。千年以上先の技術ですけど」

 γも万科事典を覗き込む。

「これ、電源要るよね。電池つけたら重くなって、空からばら撒けないじゃないか」

「一番軽い電池は……リチウムイオン電池ですね。これも有機ELと同程度の未来技術ですけど」

「どれどれ……耐衝撃性能がほとんどないじゃないか。地面に落ちたショックで爆発・発火するぞ」

「……告発文書にパラシュートつけるのはどうでしょう?」

「さすがにダサすぎるだろう。それが理由で女神さまにダメ出しされそうだな」

 Ωは更に万科事典のページをめくってみる。

「太陽電池はどうでしょう? こちらも紙のように軽く薄くできるみたいです」

「……発電量が足りない。有機ELって液晶より電力食うんだな」

「じゃあ文書を空からばら撒くのは諦めて、別の方法でばら撒くのはどうでしょう?」

「うーん……待てよ。不倫の告発って、文書以外の方法じゃできないのか?」

「文書以外ですか?」

「ちょっと貸してくれ」

 γはΩが持っていた万科事典を取り上げると、自分でページをめくった。

「……インターネット、テレビ放送……ここら辺はインフラがないから使えないな……お、これなら使えそうだ!」

 その言葉を聞いて、今度はΩがγが持っている万科事典を覗き込む。

「プロジェクション・マッピング、ですか?」


「女神さまもまたとんでもないムチャぶりをしたものだね。同情するよ」

 相談に来たγとΩを相手に、βは同情を口にした。

「ボクが聖女保護課(そっち)にいたときと変わってないな。αくんは女神さまを諌めなかったのかね?」

「βさんもご存知でしょう。あの天使は女神さまのイエスエンジェルですよ」

 αがいないこともあって、γの口調には侮蔑が混じっていた。

「処世術としては間違ってないと思うよ」

「貴重な体験談をありがとうございます。それでプロジェクション・マッピングを使うというのは、どう思いますか?」

「悪くないと思う。だがプロジェクション・マッピングにはスクリーンが必要だ。動画を何に映すつもりだ?」

 γがΩに視線を送る。それを受けてΩが説明をする。

「王都を囲う城壁を考えています。形状や大きさを考えれば最適だと思います」

「それ以外の候補は考えたかい?」

「王城も考えてます。形状はあまり向いていませんが、王都の中心にある一番高い建物ですから、王都のほとんどの場所から見ることができます」

「それ以外は?」

「いくつか考えましたが、除外しました」

「理由は?」

「不倫動画で焦った王族が、スクリーンになった建造物を取り壊そうとするかもしれません」

「なるほど。王都の安全に欠かせない城壁や、自分たちが住んでいる王城なら取り壊さないだろうというわけか」

「はい。どうでしょう?」

 そう訊いたのはΩだが、βはγに話を振った。

「γくんはどう思うかね?」

 γは少し悩んだようだが、答えを口にした。

「城壁や王城でも、取り壊しをやる可能性はあると思います」

「うん、私も同意見だ」

 Ωは一瞬目を丸くしたが、すぐに反論した。

「プロジェクション・マッピングが使えると言ったのは、γ先輩ですよ」

「うん、最初はそう思ったんだけど不安になってね。それでβさんに相談することにしたんだ」

「そんな……」

「新人のΩくんにはまだ分からないだろうけど、人間は想定外にバカなことをときどきやるんだ」

 βが諭すように言う。

「普通に損得勘定をすれば絶対にやらないようなことも、時としてやってしまう。γくんの経験談を聞いたなら、それは想像できるんじゃないかな」

 γから聞いた話を思い出したΩは、何も言えなくなってしまった。

「もし城壁を取り壊してしまって、魔物や蛮族に王都を襲われたら、大変な犠牲がでる。サクパ重視の現代では、その選択肢はあり得ない」

「では王城はどうです?」

「今の人間たちの政治情勢は調べたかい? 貴族たちは国王派と反国王派に分かれて激しく対立している。王子の醜聞(スキャンダル)が暴露されれば反国王派は勢いづくだろう。そんなときに王城の取り壊しをやったら、それに便乗して反国王派が王族を襲うかもしれない。そうなれば内戦が勃発して、やはり大変な犠牲がでる可能性がある」

「……そこまでは調べませんでした」

「ボクは監視課だからね。そういう話には詳しいんだ。γくんがボクのところに相談に来たのは正しかったと思うよ」

「じゃあプロジェクション・マッピングはダメですか」

 気落ちしたΩはそう言ったが、βの返事は意外なものだった。

「そんなことはない。さっきも言ったが、悪くないと思うよ。適切なスクリーンがないのなら、作ってしまえばいいのさ」

 その言葉に、γとΩは目を丸くした。

「神聖魔法局に知り合いがいる。メールだけど紹介状を送っておくから、訪ねてみるといい」


「君たちがγとΩか? ボクが奇跡開発課のΔ(デルタ)だ。βからのメールは読んだ」

 神聖魔法局を訪ねたγとΩを出迎えたのは、Δと名乗る天使だった。

「プロジェクション・マッピングに使えるスクリーンを探しているそうだが、どんな目的で使うのか、詳しく話してくれ」

 Δにそう言われて、γは事情を説明した。

「つまり王都全体から見ることができて、人間には破壊不可能なスクリーンが欲しいわけだ」

「……できそうですか?」

 γはそう質問したが、Δは別の話をしだした。

「βくんから久しぶりにメールが来たと思ったら、また変な注文を持ち込んでくれたものだ。この前、と言っても七、八百年前だが、人間をカエルにする魔法が欲しいと言われたときもビックリしたよ」

 あの魔法を創ったのはこの天使だったのかと、γは驚いた。

「だが今回のは簡単だな。新しい魔法を創る必要はない。以前奇跡開発課(うち)で研究していた神工日食がそのまま使える」

「「神工日食?」」

 γとΩがまたハモった。

「天体の運動とは無関係に、神為的に日食を起こす魔法だよ」

「あのう、欲しいのは日食ではないんですが」

 Ωがそう言うと、Δは少し不機嫌な表情になった。

「分かっている。これから説明するから大人しく聞きたまえ」

「は、はい」

「まず日食がどうして起きるか知っているかね?」

「月と太陽が重なって、太陽からの光が月によって遮られるからですよね」

 Δの問いにγが答えた。

「そうだ。神工的に日食を起こすには、同様に太陽の光を遮ればいいということだ」

「月を動かすんですか?」

 Ωがそう訊いたら、Δは微妙な表情になった。

「そんなマッパの悪いことができるか!」

 Ωが萎縮したので、γが代わりに質問を続けた。

「あの、マッパとはなんですか?」

「マジック・パフォーマンス(Magic Performance)、つまり魔力効率のことだ。月を動かすには、文字通り天文学的な魔力が必要になる。そんな無駄なことをしなくても、日食は起こせる」

「どうやるんですか?」

「空に太陽光を遮る膜を浮かべればよい」

「あっ!」

 Ωが思わず声を上げた。それを聞いたΔはニヤリとした。

「どうやら気づいたようだな。その膜は、そのままスクリーンとしても利用できる」

 興が乗ってきたのか、Δは身振り手振りを交えて説明を続けた。

「ちょっと想像してみたまえ。雲ひとつない晴天。だが突然空が暗くなる。人間たちが何事かと思って空を見上げると、太陽があった場所に動画が映し出されるのだ!」

「「おおーっ!」」

 γとΩが感嘆の声を上げる。Δに乗せられたのが半分、Δの機嫌を損ねたくないのが半分だった。

「どうかね。神の奇跡には、実に相応しい演出だと思わないかね?」

「はい、相応しいです!」とγ。

「ぜひ、見てみたいです!」とΩ。

 二天使は必死だった。日食はともかくスクリーンは必要だった。Δの協力は必要不可欠に思えたからだ。

 こうして今回のざまぁは、聖女保護課と神聖魔法局の二回目の共同プロジェクトに発展した。

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