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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

素人が未来改変した結果~悪役令嬢は予定通りに断罪される~

作者: あぽろ
掲載日:2024/02/27

 大国・スプリンターズ。天狼という大精霊を祖に持つ王族に統治され、気候は穏やかで豊かな国だ。

 本日、王城の広間で開かれている舞踏会。貴族子女が通う学園の卒業生を祝ってのものだが、今年はそれだけで済まないことを、この場にいる全ての者が理解していた。


 「ああ……天狼様に感謝します。この場に立ち会えることを」

 「私たちは歴史の目撃者になるのですわ」


 周囲の視線は、中央のホールで踊る二人の男女へと向けられている。

 一人は白銀の髪と青い瞳をもつ青年。名はシリウス=エルム=スプリンターズ。この国の第二王子であり、整った容姿と並外れた身体能力を持ち、精霊に愛される姿は天狼のようだと囁く者は多い。

 学園を卒業した後は知略に優れた王太子を支えるべく、騎士団長に就任する予定である。


 もう一人は、赤い髪と瞳をした、薔薇のように華やかな少女。名前はアルテミス=カペラ。侯爵令嬢であり、シリウスの婚約者だ。

 幼い頃から流行や経済の流れを先読みし、彼女の助言により侯爵家の資産は何倍にも膨れ上がった。


 彼女の支援を受けた無名の芸術家は、今では貴族間で奪い合いになるほどの絵画を生む金のガチョウへ生まれ変わり、彼女が落札したクズ鉱山からは新しい鉱石が発見された。

 彼女が避難を指示した領地は、水害によって被害を受けたものの、犠牲者は一人も出なかった。彼女が春に買い占めた薬草は、王都では冬から流行り始めた病の特効薬の材料だった。


 そんな逸話を持つ賢女ではあるが、第二王子の婚約者に選ばれた理由は別にある。入学式の日、シリウスが彼女を見初めたからだ。

 王族でも天狼の血を濃く受け継いだ者には、必ず「番」と呼ばれる伴侶が存在する。自分の半身の如く、お互いを補い合う、自分の命よりもいとおしいもの。

 現に、普段は氷のようだと評されるシリウスの眼差しは、春の雪解けの如く温かみに満ちていた。


 「──アルテミス」


 曲が終わり、二人もまた立ち止まる。

 シリウスがその場に膝をつき、周囲の者は息をのんだ。どこか緊張感が漂うのは、先走って歓声をあげてしまわないためだ。


 「お前を愛している。俺の全てはお前のものだ。俺と結婚して、共に生きてほしい」


 誰もが、この後に待ち受ける瞬間を、当然のものだと理解していた。

 ──ただ一人を除いては。


 「──できません」


 たった今、求婚されたはずの少女は泣いていた。

 喜びではなく、悲しみの涙が頬を伝う。


 「申し訳ありません、殿下。わたくし、貴方と結婚はできません」

 「……なぜ?」


 まるで時が止まったかのように、周囲は痛いほどの静寂に包まれていた。

 演奏も止まり、中央に立つ二人の声が会場内に反響する。


 「ずっと貴方を騙していたのです。自分可愛さに、貴方を利用した。許されることではありません」

 「そんなもの、俺が許す。騙そうが、利用しようが構わない! 俺は君を──ッ」

 「わたくしが貴方の“本当の番”でなかったとしても?」

 「……なに…?」


 アルテミスが差し出したのは、小さな匂い袋だ。

 口を開けて逆さにすれば、ピンクブロンドの髪の束が床に落ちる。


 「この……匂いは……」

 「貴方の本当の番──隣国にいるわたくしの腹違いの妹のものです。本来ならここにいるのは彼女のはずだったのに……本当にごめんなさい」


 相思相愛の番の求婚の場面だったはずだ。それなのに拒まれた挙げ句、番ではなかったなどと。

 困惑する周囲とシリウスを置き去りにし、アルテミスの懺悔は止まらない。


 「最後の最後まで悩んだの。でも、わたくしは貴方の本当の番じゃない。貴方を本当の意味で幸せにすることはできない──だから」

 「ッ、そ、それでもいい! 番じゃなくても、俺は君が好きだ! 君がいれば俺は幸せなんだッ!」


 悲痛なシリウスの声が響き渡る。天狼の血を濃く受け継いでいる者として、「番」がどれだけ尊いものか分かっているだろうに、それをかなぐり捨ててまで彼は愛を乞う。

 しかし彼女は悲しげに微笑みを返すだけだ。


 「その言葉だけで充分。ありがとう──さようなら、シリウス」


 小さくなっていく彼女の背を見つめたまま、シリウスはその場から動けなかった。


 ーーーーーーーーーーーーー


 「はーーーー! やっと終わった!」


 王城から離れていく馬車の中、アルテミスは貴族令嬢の仮面を放り投げ、クッションの上に寝転んだ。

 その向かいの席には、彼女の侍女が腰かけている。晴れやかなアルテミスとは打って変わり、顔色がどことなく悪い。


 「しかし……本当に良かったのですか? 公の場であんな真似をして、これで断罪されたら全部水の泡ですよ?」

 「仕方ないじゃない。番同士じゃないと子供が出来ない以上、バレるのは時間の問題だったもの。そうならないように善行積んで、他国へ逃げる資金を稼いで来たんじゃない」


 アルテミスは転生者だ。前世では日本という国で女子高生をしており、死んだ時の事は覚えてないが、定番通りトラックにでも轢かれたのだろう。

 彼女が前世を思い出したのは十三歳。この世界がかつての愛読書だった「愛情のマクベス」で、自分はヒロインを殺そうとして断罪される悪役令嬢だと気付いた。


 だからまず彼女が行ったのは、自分の腹違いの妹として現れるはずだったヒロインを、父が見つけて保護する前に他国へ追いやる事だった。どんな強制力が働くか分からない以上、元凶を取り除くのが手っ取り早い。

 しかしシリウスが番を見分けられる年齢になれば、他国に居ようがすぐに見つけ出してしまうだろう。そのため、アルテミスが番に成り代わるしかなかった。


 ──最初は、ただ自分が殺されないため、それだけだった。

 偽りの番だと気付かないまま、ひたすら愛を注いでくるシリウスに、呆れ半分恐れ半分、必死にヒロインのフリをした。

 前世の推しとはいえ、彼は自分を断罪する相手だ。絶対に好きにならないと誓ったのに────


 「……やっぱり強制力って、あるんだわ」


 ポタリとこぼれた涙を、クッションが受け止めた。


 「お嬢様……」

 「いいのよ、これで……。わたしは所詮、邪魔者でしかないんだから」


 ──けれど、もし、この世界が物語ではなく、本当に実在するのだとしたら。

 逃げ出してしまった自分を、きっとシリウスは追いかけてきてくれる。


 前世でそういう小説をたくさん読んだ。

 好きだからこそ身を引こうとするヒロインと、そんな彼女を必死に追いかけるヒーロー。そのあるある展開、前世はあまり好きじゃなかった。


 自分が死なないために既に未来を変えてるんだから、途中で逃げずに最後まで責任持てばいいのに。

 あれだけ惚れさせておいて、本物のヒロイン連れてきて「じゃ、後はよろしく」って、ほんと何様──


 「はは……ほんとブーメランじゃん。いざ自分がそうなると気付かないもんね」

 「お嬢様?」

 「計画は変更よ。城に引き返してちょうだ──」


 アルテミスはクッションから顔を上げ、窓から見えた光景に違和感を覚えた。

 まだ王都の中だ、城が見えるのは当然だ。しかし──徐々に近付いてきている。


 侍女が気を利かせてくれたのだろうか。先程まであれほど顔色を悪くして、主や自分の命の心配をしていたのに。

 俯いている彼女に声をかけようとして、その名を知らない事に気付く。彼女とは前世を思い出した頃から、ずっと側で支えてくれていたはずなのに。


 「あなた──」

 「お嬢様は、チェンジリングというものをご存知ですか?」

 「……妖精が悪戯で子供を入れ替えることでしょう?」


 声を遮られた上、唐突に話を振られ、アルテミスは戸惑う。

 侍女は俯いたまま、ゆるりと首を横に振る。


 「“私が知る”チェンジリングは少し異なります。神が作った世界に、別の神が“転生”したかのように介入してくる事を指します」

 「転生……?」

 「魂が未熟な者ほど、己が神という自覚がなく、他者の世界に魅了されてしまうんです。それ故、世界の住人と“魂が入れ替わる”……そのような事が起きるのだとか」


 侍女は何を言っているのだろう。アルテミスは理解が追いつかない。

 確かに転生はしたが、神ではなく、ただの女子高生だ。介入などしていない。

 そんなアルテミスの心を読んだかのように、侍女は話を続ける。


 「この世界を“物語”として認知している事こそ、あなたが神であるなによりの証明です。神々の世界では、様々な世界を作って眺めるのは娯楽の一つですからね」

 「なら……前世のわたしの中に、本物のアルテミスがいるってこと? わたし死んでなかったの?」

 「ええ。最初は戸惑っていたようですが、記憶は共有していますから、今は順応して生活しています」

 「そうなんだ……よかった」


 てっきりトラックで死んだものだと思っていたアルテミスは、家族や友人を悲しませずに済んだことに安堵する。

 とはいえ未だに顔を見せない侍女が気になって、その笑みは僅かにひきつっていたが。


 物語でいうところの、大団円後のネタバラシなのか。

 今まで散らばっていた伏線を回収して、本当の終演を迎えるための。


 ──それなのに、この不安はなんだろう。


 「あなたも神なのよね? もしかして原作者?」

 「いえ、私はただの“配役”に過ぎません。この世界を作った“本物”は、私に後を託し、新しい世界を創っているところかと」

 「そ、そうよね。……よかったぁ」

 「よかった、とは?」

 「だって、あなたの言う事が正しいなら、わたしは無断でこの世界にやってきたって事でしょ? 結構好き勝手やっちゃったし……わたしが原作者ならとっても怒ると思う」


 死の未来を変えるためとはいえ、いくらなんでもやりすぎた。特効薬や水害は助かった人がいるし、拾った画家も成功の時期を早めただけだが、いくらなんでもヒロインを外野に出すのはマズかったかもしれない。

 アルテミスはチラリと侍女を見る。上目遣いになってしまうのは許してほしい。


 「あの……あなたも怒っているわよね? ごめんなさい」

 「怒っていませんよ。私に怒りの感情はありません。力を暴走させてこの世界を壊さないよう“設定”されているのです」

 「そ、そう」

 「しかし、よく分かりました。──あなたが何も分かっていないという事が」


 顔を上げた彼女は、確かに怒ってなどいなかった。

 それどころか何の感情も見えない。確かに生きているはずなのに、まるで人形のようだ。


 「それでは、また後程。──“予定通りの”終幕後にて、お待ちしておりますよ、お嬢様」


 侍女の姿をした神がそう告げた瞬間、気付かぬ内に停まっていた馬車の扉が荒々しく開き、そこから伸ばされた無数の腕によって、アルテミスは捕らえられた。


ーーーーーーーーーーーー


 「い……ッ」


 王城に戻ってきたところを騎士達に捕縛されたアルテミスは、自分が先程までいた会場まで連行された。

 ダンスホールの中央まで辿り着いたかと思えば、突き飛ばすように解放される。ただの貴族令嬢でしかないアルテミスは、その勢いのまま床に倒れこんだ。


 「戻ってきてくれて感謝するよ、アルテミス=カペラ。お陰で連れ戻す手間が省けた」

 「……貴方は……」


 痛みに堪えながらも、上半身を起こそうとする彼女に歩み寄る一人の男。

 腰元まで伸ばした王族の証である銀髪と、シリウスと同じ青い瞳。王太子のセントウル=エルム=スプリンターズだ。


 冷たい印象を覚える第二王子とは違い、彼が常に浮かべる笑みは温かいが、背が高い割に身体が細いため、どこか頼りなく見える。

 だが外見通りで王太子に選ばれるはずもない。天狼の先祖返りと称されるシリウスが王位を望んでいなかったとはいえ、周囲を黙らせたのは紛れもなく彼の実力だ。


 アルテミスは、シリウスと共に何度か交流し、とても親切にしてもらった記憶がある。無理矢理連れて来られた先で見知った顔を見つけて安堵しかけたが、凍てついたような会場の空気が許してはくれない。

 このまま凍えてしまいそうな身体に力を込め、アルテミスは声を出した。


 「あ、あの、セントウル様! パーティを台無しにしてしまい、申し訳ありません! シリウス様にも謝罪をしたいのですが……」

 「そう。その前にいくつか質問させてもらっていいかな? とても大事な事なんだ」

 「は、はい」


 シリウスと踊っていた時には、あれほど羨望の目を向けていた観客は、アルテミスへ静かに憎悪を向けてくる。人混みの中から、今にも刃物を持った者が飛び出してきても不思議ではない程に。

 そんな中、普段と変わらず朗らかな笑みを浮かべているセントウル。あれは作り笑いなんだと今更気付いたところで、彼女の状況が好転するわけでもない。


 「君の侍女から事情は聞かせてもらったよ。今から五年前、君はシリウスに横恋慕し、彼の本当の番を殺そうとした罪で処刑される未来を知った。だから本当の番である君の義妹を、父親が見つける前に隣国の親戚に預け、君が番に成り代わった。番のフリをしてシリウスを懐柔する傍ら、自分が知っている未来を利用し、後に大成する画家の子供を引き取り、水害のくるタイミングで避難勧告を出し、新種の鉱石が出る鉱山を落札し、流行り病の特効薬に必要な薬草を買い占めるなど、いくつもの予防線を張った。これは紛れもない事実かな?」

 「ま……間違いありません! わたくし、死にたくないあまり、必死で……!」


 そう、アルテミスはただ、自分の死を回避したかっただけだ。正当防衛、とまで図々しく言うつもりはないが、誰だって同じ立場なら同じ行動をとったはず。

 そんな彼女の心を読んだかのように、セントウルは、うんうんと頷いた。


 「そうだね。君のした事は仕方のなかったものなのかもしれない。私ならともかく、君ではね」

 「はい、はい……!」


 王太子で男のセントウルと、侯爵令嬢で女のアルテミスでは、出来ることに明らかな差があると、そうアルテミスは受け取った。

 しかし彼が言った意味は、そうではない。


 「君は、妹の名前を覚えているかい?」

 「え……?」

 「画家の子供は何歳になった? 水害で助かったのは何人? 鉱山をいくらで落札した? 流行り病が終息したのは何日?」


 セントウルの思いもよらぬ質問に、アルテミスは驚き、戸惑う。

 その意図が分からぬまま、おずおずと口を開いた。


 「……妹はフローラ。保護した時は十歳だったので、今は十五歳だと思います。後は……分かりません」

 「どうして?」

 「妹と画家の子は母に、他の事は全て父に任せましたので……」


 アルテミスの話を両親は最初半信半疑だったが、信じてもらうために次の流行品や時事を教えたところ、目の色が変わって協力的になった。だから彼女は覚えている限りの事を彼らに話した。

 前世が女子高生で、今世で侯爵令嬢のアルテミス一人では、必ず儲かる方法が分かっていても、その手段を知らない。

 最初は教えてもらうつもりだったが、シリウスの婚約者になってからは忙しくて任せきりだった。


 流石にアルテミスも、腹違いの妹と画家の子供には、一度だけ会っている。その後は、二人とも元気でやっているという母の話を時々聞くだけだった。

 父に頼めないとはいえ、父の不義の子を母に任せるのは迷ったが、他に頼める人もいない。母には未来の第二王子妃だと伝えていたし、そもそもヒロインなので死ぬことはないだろう、と。


 「そうだね。君は王子妃教育とシリウスにかかりきりだったから、そんな暇はなかったよね」

 「は、はい……それに、素人のわたくしが軽率に触れていいものかと」

 「っはは! そうだね、君の言う通りだ。──素人が触れるべきではなかった」


 冷たい床へ体温が奪われていく代わりに、じわじわとアルテミスの中へと染み込んでいくものがある。

 不安か、恐怖か、はたまた予感か。


 「あ、あの……母と父が、何か?」

 「そうだね、まず母親から話そうか。カペラ夫人は君の腹違いの妹──フローラを“夫の不義の子で今度は娘の婚約者を奪おうとしている”などと預け先に吹き込み、彼女を虐げるよう誘導した。使用人のような扱いを受けても、だらしのない嫡男に寝込みを襲われかけても、懸命に毎日を過ごしていた彼女を──夫人は殺すよう指示を出した」

 「……え…」

 「それはそうだよね。生かすつもりなら、そもそも虐げない。画家の子も“売れる絵を描け”と、夫人自ら折檻していたようでね。家族にも会わせず監禁状態で、とうとう堪えきれずに一月前に自殺未遂を起こし、今もまだ意識不明だ」

 「う……そ、」


 とても信じられなかった。アルテミスにとって、母は優しい人だった。折檻など一度も受けたことがない。物語でだってヒロインに嫌味を言う程度だった。

 だが、母が平民を嫌っている事は言葉の端々から察していた。周囲に平民がいなかったから知らなかっただけで、元々そういう人だったのだろうか。それともアルテミスが未来を変えた影響か。

 アルテミスが上手く飲み込めずにいる間も、セントウルは構わず話を続けた。


 「次は父親だね。母親も中々だったが、こちらも酷いな」

 「ち、父も……? そんな、父は……っ」


 事実を隠蔽した母と違って、父はアルテミスの指示通りに行ったはずだ。新聞も読んだし、社交界でも話題になっていた。

 皆、侯爵家を称えてくれた。父も母も鼻が高いとアルテミスを誉めてくれた。

 そのはずなのに。


 「そもそも水害の原因は、カペラ侯爵が不用意に山を切り開いたからだ。上流にある山から木々を奪えば、川に流れ込む水量が急激に増えることなど子供でも分かる。侯爵は君の話を聞いていたのに、なんの対策もせず、ただ避難指示を出した。直前だったのは忘れていたのか、隣の領地だったからどうでもよかったのかな?」


 山を切り開いた事は知っている。父がそこに新しい避暑地を作り、王都の貴族を呼び込みたいと、アルテミスに相談を持ちかけてきたのだ。

 どう返答したのかは覚えていない。ただ物語の中でも避暑地はあったので、反対はしなかったはず。完成した時には何度か遊びに行った。

 しかし、まさかそれが水害の原因だったなんて。


 「鉱山はね、最初は順調だったんだよ? でも人件費を渋るようになったせいで、まともな鉱夫を雇えず、事故が頻発するようになった。その上、鉱夫が怪我を負っても治療費を払わない。前に囚人を鉱夫として使いたいと申し入れがあったけど、きな臭くて断ったから、今は誰が掘っているんだろうね?」


 セントウルの質問に答えられない。

 分からないからではなく、その答えを知っているから。


 ──父の執務室で奴隷契約書を見た覚えがある。

 この国では奴隷の売買は禁じられているが、他の国ではそうではない。だからこの国でも密かに商品として売られてしまっている。

 父は人助けだと言っていた。不当な扱いを受けている彼らを救い、新しい職場を与えているのだと。


 「あとは薬草か。王都では冬に流行った病だが、国境付近の村では夏からだった。既に特効薬は開発されていたのに、まだかかってもいない王都の貴族に売り付けるだけで平民には回さなかった。我々が気付いて特効薬を押収するまで、一体どれだけの命が失われたと思う?」

 「し……知らない! わたし、そんなの知らないッ!」


 助けたと思っていた。未来を知っているから、未然に防げたと思い上がっていた。

 分かっていたのに、防がなかった。知っていたのに、救わなかった。

 それは見殺しと変わらない。むしろ、ずっと惨い──アルテミスは令嬢であることも忘れ、泣きわめいた。


 「そ、そんなつもりはなかったんです! こんなことになるなんて……っ、わ、わたし、」

 「うん。“必死だった”んだもんね? いいよ、この責任は本人達に払ってもらう──いや、払ってもらった、かな?」

 「え……?」

 「ああ、君は気付けない人だから、教えてあげるよ。君の父親は三ヶ月前に、母親は一月前にこちらで預からせてもらっていたんだ。なかなか自白しないから、もう人の形をしていないけど」

 「ッヒ……!」


 領地に帰っていたと思っていた両親は、もうこの世にはいない。

 裁かれたのだ、目の前の男によって。


 そのセントウルが一歩一歩と、さらにアルテミスへ歩み寄ってくる。腰元に剣を携えて。

 裁かれる。父と母と同様に。逃げ出したかったが、恐怖で立ち上がることさえ出来ない。


 断罪されないように、ただそのためだけに頑張ってきたはずなのに。

 それが全部裏目に出て、結局断罪されてしまうなんて。

 理解できても、受け入れられない。


 ──死にたくない。

 そう思った時、アルテミスの心に浮かんだのは──


 「シリウス……ッ、助けて、シリウス!」

 「ぷっ! ──はははッ!」


 アルテミスの悲痛の叫びの後、響き渡るセントウルの笑い声。

 目の前の男が恐ろしくて仕方ない。本当に彼はシリウスの兄であるセントウルなのか。


 「そこまでいくと、いっそ清々しいね。まだ分からないんだ?」

 「も、申し訳──」

 「シリウスは死んだよ」


 顔を上げると、無表情のセントウルと目が合った。

 感情が無いのではなく、様々な感情がせめぎあって表に出ていないように見えた。


 「シリウスは天狼の生まれ変わりだ。人の肉体を持って生まれてきたが、精霊と本質は変わらない。心が死ねば、その肉体も死ぬ」

 「……ぁ…」

 「流石にこれは”知らない”とは言わせないよ?」


 知っている。

 物語でも設定として語られていたし、王子妃教育の教師やセントウルから聞かされていた。


 『多少のケンカは仕方ないけど、私の可愛い弟だからね。なるべく悲しませないでくれ』


 そう軽い口調で言ったセントウルに、果たしてアルテミスはなんと返しただろう。

 きっと軽く聞き流した。物語で既に知っている内容だったから。


 「弟が幸せになってくれるなら、番の真偽なんてどうでもよかった。シリウスの求婚を受け入れてくれてさえいれば、ひっそりと君の両親を消して丸く収まるはずだったのに」


 彼は全て知っていたのだ。アルテミスが番に成り代わり、母が本当の番を殺したことも。

 それでもシリウスがアルテミスを愛していたから、黙認していた。彼の幸せを願っていたから。


 「わ、わたしだって、彼の幸せのために身を引いたのです! わたくしでは、彼の子を産んであげられないから……っ」

 「子を成せない夫婦などいくらでもいるだろう。単に矢面に立つのが嫌だったんじゃないのか? それとも、かつての未来で君を殺したシリウスへの腹いせ?」

 「っそ……そうだったかも、しれません。でもようやく気付いたのです! わたしはシリウスを愛しているのだと!」

 「そんなこと、今更私に言われても困るよ。シリウスだったら泣いて喜んだかもしれないけど」


 渾身のアルテミスの告白も、弟を殺されたセントウルに鼻で笑われる。

 針の筵に苛まれ続け、いよいよアルテミスの精神は崩壊を始めた。


 「うそよ……うそ、本当は全部、ドッキリなんでしょう? わたしが拒んだから、その仕返しのつもりでこんな……ッ!」

 「………」

 「シリウス! いるんでしょう、シリウスッ! 謝るから、助け──」


 アルテミスの声が途切れ、鮮血が散る。

 それを浴びるセントウルの手には、いつの間にか抜き身の剣が握られていた。


 「──お前など、処刑台に立たせる価値もない。これが未来を変えた結果だ、満足かい? “悪役令嬢”」


 その怨嗟にまみれた声を聞きながら、アルテミスの意識は途切れた。


ーーーーーーーーーーーーーーーー


 「──ッは!」


 アルテミスが目を覚ますと、そこは城の大広間も牢屋でもなく、侯爵家の自分の部屋だった。

 身体を起こして確認してみるが、斬られたはずの傷はない。夢にしてはあまりにも鮮明すぎた。


 「なんだ、ループありなんだ! よかった~~~!」


 ホッと胸を撫で下ろす。一回目はどうやら失敗してしまったが、ループものなら成功するまでやり直せばいいだけだ。

 なにがいけなかったのかは、全てセントウルが教えてくれた。次は求婚を受け入れれば大丈夫だろうが、流石に後味が悪いので未来のことは両親に伏せておこう。


 「でもそうするとヒロインがなぁ……。揉み消してくれるみたいだし、ヒロインはやっぱり──」

 「大丈夫です、お嬢様」

 「わっ!?」


 いつの間にか侍女が立っていた。

 彼女は相変わらず無表情のまま、淡々と話を続ける。


 「お嬢様が心配される必要はありません。あなたは既に神の力を失いましたから、未来を変えることは出来ません」

 「え……?」

 「ここは、あなたがかつて暮らしていた“神々の住む世界”ではなく“神が生み出した世界”です。私という管理者を封じこめ、“設定”や“ストーリー”を変えられたのは神の力があったから。そうでなければ、髪の毛ごときでシリウスが番を間違えるはずがない」


 アルテミスは思い出す。セントウルに殺される前に、馬車で侍女と話した会話を。

 前世の自分は神であり、別の神が作った世界に惹かれ、魂を入れ換えてしまったのだと。


 「あなたが神の力を使いきるまで五年。ずっとお側で見守らせてもらいましたが、これほど時間の流れを遅く感じたのは初めてです。──私に“怒り”はありませんが“愛情”はあるのですよ、お嬢様」

 「ちょ、ちょっと待って……じゃあ、わたしまた殺されるの?!」

 「今度こそ“正しく”、あなたはヒロインを殺そうとした罪により、シリウスに殺されます。あなたの大好きな“愛情のマクベス”通りに」

 「嫌よ!」


 枕を投げるが、侍女の身体にぶつかる前に消滅する。

 そして再び手もとへと戻ってきた枕に、背筋が凍った。


 未来を改変できないということは、“未来にない行動は無かったことにされる”ということ。

 ここでアルテミスが泣いて暴れようと、自害しようと、全て──。愕然とするアルテミスに、侍女は更に追い討ちをかける。


 「あなたが悪役令嬢の魂と入れ替わったのは、この世界の安全装置が働いたからです。チェンジリングでやってきた神が、この世界をそこそこ楽しんで、早期に帰れるように。大人しく演じてくれれば、何事もなく元の世界に帰せたんですが」

 「ッそんなの、聞いてない! 分かるわけないじゃない!」

 「こちらも伝えられるものなら伝えましたよ。しかしあなたの力によって“無かった事”にされる。愛すべき世界が醜く歪んでいき、愛し子の天狼が絶望して消滅する様を、ただただ見ていることしか出来なかった」


 侍女の顔がセントウルと重なる。

 彼女もまた、怒り、苦しみ、悲しみ、それを表に出せないでいるのだ。


 「あなたは神で、この世界を“物語”として認識しているから、脇役に情や興味を抱けないのだと思っていた。それなのにあなたは、シリウスを裏切った。シリウスの愛を振り払った。なにがシリウスの幸せのためだ。彼から本当の番を奪っておいて」

 「ッわたしじゃない!」

 「番を追い出したのは、あなただ。本当に死にたくないなら、あなたが出て行くべきだった。物語に描写のない他国へ行くのは恐ろしかったのですか? 未来を知っているスプリンターズなら安心だと?」

 「だって…っだって、みんなそうしてるじゃない! どうしてわたしだけ……っ」

 「単に“そういう物語”だった、というだけでは?」


 アルテミスは沸き立つ衝動に任せて窓を割り、花瓶を落とし、近くにあるもの全て放り投げた。

 しかしその全て、“何も無かった”ように元へと戻る。


 「いや……っ」

 「安心してください。ループだと飽きるでしょうから、悪役令嬢が終わったら別の配役に変えてあげますよ。最期は水害か流行り病で死にますが、たくさんいるので楽しめると思います」

 「いやぁぁあああああああ!!」


 どれだけアルテミスが叫んでいても、誰も駆け込んでくることもない。

 なにごともなく、物語は進んでいく──永遠に。

 ちなみに入れ替わった本当のアルテミスは、所詮悪役令嬢なので、神々の世界でも似たような事をして捕まります。本当に誰も救われない。

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