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鐡の恋

作者: くろすおーばー

初めての短編です。ゆる~い世界観なのでツッコミどころは多いと思いますが温かい目で見ていただければと思います。

 「この世界」は魔法で回っている


 これは比喩じゃない。「この世界」では魔法使いでなければ人に非ずだ。


 お前はどっちかだって?それは勿論「この世界」では人じゃない一応農民という名の奴隷の様なもんだ。


 俺たちのような人間は学ぶことを許されないこの先ずっと人生を搾取され続けて終わるか、たまに現れる魔物の退治の先兵つかいすてとして人生を終わらせるくらいだ


 なんでそんな境遇を受け入れているかって?逆に聞きたい戦車や装甲車まものに剣一本で挑みたいか?だから魔法持ちの主人公きぞくさまに守ってもらわねーと生きていけないわけ、代わりに俺たちの様な男は農作業、女は糸紡ぎでみかじめ料ろうどうりょくを払って生かしてもらってる。Give and Takeなわけ…そんなふうに思っていたんだけど



   少領地ガリムの町


 まばらに畑の広がる大地に不釣り合いな豪邸の二階から彼女ティアトリーゼは隣接する畑からお目当ての男の子を探す、町でも少ない赤毛の少年は目立つすぐに見つけることは出来た


 「そこの赤毛の小僧!しっかり働かんか!!」


 プリムがまた怒られてる、農作業のときはいつもそう、なにか考え事でうわの空。あの子すごく頭がいいのに仕事は適当、あの糸車の件でお父様からも注目されたのに最近はずっとやる気がなさそう。それともまた何かアイデアを考えているのかしら?ねぇプリムあの日の約束覚えてる?


 どやされたプリムはちゃんとやってる振りをして鍬を振る。本当に何を考えてるんだろ。  




 リンゴーン リンゴーン リンゴーン リンゴーン リンゴーン


 五回目の鐘が鳴ったから今日の仕事はおしまい、いつものようにプリムは走って帰って行く。




 「かあさんただいま!」


 「あらプリムおか…」


 俺は返事も待たずに帰ってきたばかりのお貴族様まほうつかいがこしらえた農民の為の長屋から飛び出し裏庭に行く。裏庭の先には小川があって小川には俺お手製の水車が取り付けてある。見た目は羽部分が硬い樹皮でボロイがちゃんと稼働するのは確認済み、軸の棒の先にはこれ又羽がついていて水車が回れば風を送り込む様になっている。


 風が流れる先には九歳児の身長を軽く超える泥の塊九歳児でも届くように泥で階段も作ってある、十日に一度の休みを利用してせっせと作った物だ。こいつは四才の頃から作っていてもう二十号機を越えたあたりから数を数えるのは止めた。


 水車の力を利用して作ったふいごと特別な泥レンガで作り上げた炉、竹で編み上げたザル、こいつも休みの日に並行して作り続けた木炭の移動用と網目を荒くして木炭のサイズ選別用に自分で作った物、木炭の方は母さんからや父さんからも長屋の皆からも日常使い、特に冬に重宝するので喜んでくれた。


 炉を温めるために人力で火起こしをしていると


 「プリム~何してるの~?」


 幼馴染のレーネが長屋の影から顔だけ出して聞いてくる、声かけるくらいなら隠れなくてもいいのに。


 「これか?今日から作るのはちょっとした今までの集大成にして初めの一歩だ、だから教えない。楽しみにししててくれよ」


 何が出来るのか全く想像できないのだろうレーネは首を傾げたあと


 「しゅうたいせいがなにかわかんないけど楽しみにしとくね。プリムが作るものはいっつも皆が楽になるものだから」


 そういってレーネは微笑んだ


 「プリム~晩御飯よ~」


 母さんからの呼び出しと同時に火口に火がついた


 「すぐ行く~、ほらレーネんちも晩飯だろ戻って飯にしようぜ」


 炉に火が灯ったのを確認すると炉の横穴から薪を数本入れ小川で手を洗ってからレーネと一緒に長屋へと戻った。


 夕飯のあと急いで裏庭に戻ると炉は良い感じに温まっていた。何度も作って経験上解っていても炉にヒビが入っていないかを確認しながらこの五年間をじみじみと思い返す。


 始まりは五年前で俺四才、初めての畑仕事の時だった。明らかに子供には大きすぎる鍬を振りかぶったときにあまりの重さにそのまま後ろにひっくり返りだいぶ摩耗していたのか岩に当たった鍬の刃が欠けてしまった。しょっぱなから監督のおっちゃんから大目玉食らって散々だったけど欠けた刃をこっそり手に入れた。なんか妙に惹かれる物だったから怒られたことも大して気にならなかったし、草むしりに仕事を変えられたのでむしろ良かった。


 その頃から見たことも作ったこともない物のアイデアが浮かぶようになった。欠けた刃は大きくはなかったが子供の手にはちょうど良くて蔦を巻いて柄を作りナイフにした。それからも仕事中に欠けた物を見つけては拾っていた、ちょっとした宝物に思えたから。


 頭の中で思いついたアイデアを形にするのにナイフはとても役立った。ナイフで削ったり木材の切り出しには石の斧を使ったり、木に穴を開けるのには火を使ったりして作った。一年がかりで作る羽目になったけど最初に作ったのは手回し式の糸車、家事をしている時以外はほとんど糸紡ぎをしている母さんに楽してもらいたくて作った。


 母さんは最初どうやって使うのか分からなくて戸惑っていたけど使い方が解ると俺を抱きしめて喜んでくれた。


 ホイール部分は真円に出来ず少しボコボコしているけど長屋の女性陣に大好評、今まで棒に重しの輪を付けて糸を紡いでいたドロップスピンドルから糸車になったことで作業効率が今までの三~五倍まで上がった。


 女衆三人で一日に作る量の糸を一人で一日分以上作れるようになったことで母さん達に自由な時間が増えるようになった。お貴族様まほうつかいにバレると生産量が増やされて元の木阿弥になることから長屋では箝口令が引かれる事態になったけど、俺がなにか作る際には女衆からの援護射撃もあり尻に敷かれている大人の男衆から手伝って貰えるようになったのは嬉しい、四歳児の体力と筋力じゃ出来ないことが多いしね。


 あと木炭作り、それまで薪で生活していたけど冬を越すには大量に必要になるから俺たち子供集で竈作りと言う名の泥遊び、大人の男集には子供では出来ない薪づくりをしてもらい竈に薪を入れて不完全燃焼させることで木炭を作った。これだけでもだいぶ効率が上がったけど木炭を作ったときのカスを集めて炭団も作り重宝してくれた。


 六才になる頃には長屋の皆もプリム坊がまた何かやってる程度にしか思わない長屋の日常になっていたけど中には


 「プリム坊、長屋の皆も感謝してるからあんまり言いたかねぇが程々にしとけぇ、おまえさんの才能は凄いがお貴族様に目をつけられたら連れてかれて長屋の皆とも父ちゃん母ちゃんともお別れするかもしんねぇ、坊もそんなの嫌だろ」


 心配してくれるおっちゃんも居てくれた。


 うん嫌だ、お貴族様のために作ったんじゃない父さんや母さん、長屋の皆が喜んでくれるから作っただけ皆と別れたくない!お貴族様なんて嫌いだ!


 それからはあまり目立たないようにした。農作業も出来が悪く見えるように程々に手を抜くようになった。


 そうやって目立たないようにしていたんだけどまた目立ってしまった…


 

 農園に現れた魔物を倒しちゃった…だってこいつ作物食べちゃうから…


 それは農作業のお昼休みに襲ってきた、というか作物を食べに来た魔物はツムツム、人の大人くらいの大きな渦巻きの殻を背負いヌメヌメの身体には飛び出した二つの目、ヌメヌメと歩き通った後に作物は残らない、父さんたちも剣や槍で倒そうとするけどヌメヌメしているのと硬い殻に阻まれてなかなか倒せない


 「父さんたちどいて!クレスさぼりなかま行くよ!いっせーの、せっ!」


 うっすいうっすい味のよく煮えた昼飯のスープ(熱湯)をクレスと息を合わせて鍋ごとツムツムに向かってぶん投げる


 熱々のスープを被ったツムツムはみるみる内に身体がしぼんでいき息絶えた。


 監督のおっちゃんも父さんたちもその様子に唖然


 「こんな簡単に…倒せるなんて」


 まずい…目立っちゃう!えーとえーと


 「お、俺たちもむ、無我夢中で…倒せるなんて思わなくって…な!クレス」


 「お、おう!少しくらい役に立つかなくらいの気持ちだった」


 偶然の産物だったことにしてしまえ!クレスも話を合わせてくれる、やはり持つべきものは友達さぼりなかま


 父さん達が俺とクレスの頭を撫でながら


 「偶然でもよくやった、これからはツムツムが現れても作物に被害を出さなくても済みそうだ」


 父さん達に頭を撫でられるのはすごい好きだ。目立っちゃったけどこうやって撫でてもらえるのは嬉しい


 こうして魔物退治は収まったのだけど…


 「なあプリム…なんでこんな事になってんの?」


 俺とクレスは伯爵邸に呼び出されていた。一緒に保護者の父さんも居る三人とも緊張でガッチカチである。見たこともないような豪華な広間、いや何処かで見たことが有るような気もする、いやいや生まれてからこの方こんな場所知るわけがないのに


 片膝を床に着け頭を垂れて待っているとドアの開く音に続いて何人かの足音、それでも床に敷いてあるものが良すぎて長屋のようにギイギイなんて音はしない


 「面を上げなさい」


 俺たち三人ともギギギとそれこそ長屋の床の軋みの様な音でも出てるんじゃないかってくらい緊張しながら顔を上げる


 そこには銀髪で彫りが深く端正な顔を柔和にして微笑む四十歳位のおじさん…伯爵と思しき人と、右隣には目を輝かせて俺を見る同じく絹のような銀髪を腰まで伸ばしたで同い年位のかわいい女の子、左には護衛の人かな?額に傷跡の有る五十代くらいのおじさん髭面でムキムキだけど落ち着いていて知的そうな人だ


 「今日は礼を申したくて呼んだのだもっと肩の力を抜いて構わん」

微笑んだまま言葉をかける伯爵と思しき人、女の子は麗しい見た目に反してお転婆なのかこっちを見る目が獲物を見つけた肉食動物の様で笑顔だけど眼が少しこわい


 「「「はい!」」」

とは言ったものの緊張が溶けたのは少しだけ女の子の視線はますます突き刺さって怖い通り越して痛い


 「ティアも落ち着きなさい。先程も言ったがこの領地を預かる伯爵家の者として今日は先日の魔物退治の礼を伝えようと思ってね、丁度我が娘ティア…ティアトリーゼが二階のテラスから見ていたようでね君たち二人…特に赤毛の君が指示を出して」


 「そうなのお父様!この子が彼にビシッと指示を出して二人で鍋を持ったかと思ったらビューっと駆けていて、鍋をばーんって魔物に」


 「ティア…」


 しびれを切らしてしまったのだろう食い気味で話に入ってきたお嬢様を膝に載せ頭を撫でながらあやす伯爵様


 「それでねそれでね」


 なおも興奮冷めやらぬ様子のお嬢様の唇に人差し指をそっと置き


 「ティア」


 場の空気に気づいたお嬢様は


 「はぁい…」


 と言って膝から降りて少ししょんぼりとしている。


 一体何を見せられているんだろうと思いつつ、なんか想像していたお貴族様と違う。お貴族様はもっと感じの悪そうな人だと感じていた


 「それで何か褒美をと思うのだが何か要望はないかと思ってね」


 そう言って伯爵様は父さんの方に顔を向ける。


 父さんは父さんで少し困った顔をした後に


 「この地に住むものとして作物を守れただけで充分でございます。伯爵様にこうやって礼を仰っていただけること自体誉れでございますのでこれ以上は何も」


 父さんのその顔には『触らぬ神に祟りなし』って書いて有るのが解る。褒美なんか貰ったら後で何倍にして返さなければならないかなんて考えるだけで嫌なのだろう


 「ふむ」


 伯爵様は顎に手をやると


 「では…君たち二人はどうだ?」


 二人して方がビクッと跳ねる、どうしようか考えているとクレスが


 「あの…考えたのはプリムなので…」


 裏切り者ーーーーーーーー!


 「そうかではプリムとやら、なにか欲しいものは有るか?」


 逃げ切ったと安堵のため息をつくクレスと背中に冷たいものが流れる俺と父さん


 父さんの意を組めば褒美は貰わない方が良い、でもここまでして褒美を出そうとしている伯爵様の意に反すれば感じ悪い、そうとても感じが悪い!今後の生活に影響が出る事くらい


 青ざめながら貰うなと視線を送ってくる父さんと微笑みの圧力をかけてくる伯爵様、ひとり外野からワクワクしているお嬢様


 何か何か良い案は無いか…


 十秒だったのか一分だったのか一瞬のようで長い時間ようで…あっ!


 「…をください。殻をください!」


 「殻?」


 「そうです…でございます。ツムツムの殻です。魔物は怖いですけど殻が綺麗で頂けるのならツムツムの殻が頂きたいです」


 「殻をどうするのだ?硬いと言ってもそこそこでしかなかろう」


 「いえ、魔物を討伐なんて俺、自分には一生に一度有るか無いかの出来事頂いて家に置けるだけでも誉れでございます」


 「クッ…ハァーハッハッハッハッ」


 伯爵様は一瞬堪えたかと思うと愉快そうに大声で笑った。


 突然のことに隣で見ていたお嬢様も含めてその場に居る全員が呆然と笑う伯爵様を見ている。


 「これは失敬、君の要望に答えて殻は褒美として持って行かせよう」


 伯爵様は面白い物を見たと満足したとばかりに俺たちを下がらせようとする


 父さんもこれなら無茶な恩返しもしなくて済みそうだと胸をなでおろしている、クレオは俺知らねとそっぽを向いたまま視線を合わせない


 「あ、あの!」


 「ん!なんだね?」


 父さんの顔が青を通り越して白くなってるが見てないことにして話を続ける


 「伯爵様に一つだけ教えていただきたい事があるのですが聞いてもよろしいでしょうか?」


 「今日はとても面白いものを見せてもらったからね。良いだろうよっぽどの不敬でない限り不問にして答えよう、何が聞きたいのかね」


 もう父さんは白通り越して石になってるけどここで聞けないともう人生で二度と会えそうもないから聞く!


 「母さんや長屋の女衆が一日でどれくらいの長さの糸紡ぎを出来ればお休みを取れますか?」


 「どういう意味かね?」


 「俺…私達男衆は十日働けば一日の休みが貰えるけど母さん達は休まず糸紡ぎをしてます。母さん達にお休みを作るにはどれくらいの量が出来れば良いのかと思って聞きました」


 あかん父さんが砂になって崩れて行ってる


 「なるほど、母親達にも休みを作ってあげたいと、シルトそなたの息子は親思いの良い息子だな」


 「もったいないお言葉です」


 一瞬で白い顔まで戻った父さんが伯爵様に答えながら俺を睨んでる


 「では『坊主』!」


 あ!これやばいかも


 「例えばその服が一枚100シリグで売られていたとしよう」


 伯爵様は俺の上着を指差しそう告げ俺も頷く、だいたいそれ位だからだ


 「一枚作るのに掛かる費用は綿を作る農民に10シリグ・編み上げる人間に12シリグ・糸を紡ぐ人間に62シリグ・売り子に10シリグ利益はいくらだ?」


 「6シリグです」


 ほう…伯爵様は少し驚いたように息を漏らす


 「でも母さん達が貰える賃金はどの工程よりも一番すくな…」


 そうか!一番人手が多いのに量が取れない、その分を長い時間で補った上で利益を出そうとするとギリギリなんだ。伯爵様からすると一番出費が大きくて利益が減り、母さん達からすると拘束時間が長い上賃金が少ないって認識になるんだ。


 「解ってもらえたようで何よりだよ『プリム君』」


 『小僧』から『君』付けに変わったけど俺なにかしたかな?


 「伯爵様例えばこの服の売値を98シリグにして利益が4シリグ、その代わり糸の生産量が二倍なら投資しますか?」


 一瞬ギョッとした伯爵様だが


 「そうだな、魅力的に見えるが他の工程の人間も増やしたりせねばならぬからなそれでは足りんな」


 「三倍なら?」


 「それなら問題なかろう。だがそんな夢のような話をしてどうする?糸紡ぎの仕事を見たことはあるがあれは時間の掛かるものだろう」


  

 伯爵様と初めて口を交わしたその日から一年後、カリムの村はカリムの町になっていた。今では他の長屋でも一家に一台『糸車』、母さん達の賃金はあまり変わってないけどどの家庭も昼過ぎには糸紡ぎを終えているし、中には一日で数日分作り上げてあとはゆっくりなんて家も有るそんな感じだけど「糸が足りない」なんて催促も来ない、きっと生産量は三倍どころじゃないんだと思う。


 結局おっちゃんの忠告を守らなかったわけだけど父さんも母さんも長屋の皆も前より楽しそうだから良かったんだと思うことにした。


 伯爵様ことリューノ様は領地の他の町や村からも羊の花を買い上げてこの町で糸を紡がせている。他の町でも普及させるのかと思ったけどどうやらこの町を紡績の中心にしたいみたい。多分他の町には町で産業が有るのかもね


 ご令嬢のティアトリーゼ様は相変わらず俺を見つけると肉食獣のような眼で見てくるので怖い。あの子何考えてるんだろう…


 十日に一度の休みも何故か町なかでお嬢様に偶然出会う事が増えておっかない…仕方なく休みの日は出来るだけ町から離れたところへ出かけてやり過ごす


 そんな風に休みをほっつき回っていたある日


 流れの緩やかな小川が七色に輝いていた


 輝きをよく見ると輝きの下は不自然な茶色い泥のような一帯が広がっていて…


 『鉄バクテリア』


 その聞いたこともないはずの言葉は脳の中でスパークを起こした…


 鉄鉱石・木炭・石炭・コークス・タンカル・生石灰・消石灰・高炉・ノロ出し・焼入れ・焼戻し・焼きなまし・焼ならし、溢れ出すように知識が湧いてくる。糸車のときのようにアイデアが浮かぶ、だが俺はしばらくすると諦めた


 『足りないものが多すぎる』


 鉄鉱石を見つけたとしてもまず溶かせない、思い出しては諦め又思い出しては諦めるを繰り返していたがふと疑問に思った。


 『この世界の鉄は何処から?』


 剣もある鍋だってある、スプーンや器は木製だけど働いているときの鍬なんて柄まで鉄製だ伯爵様の屋敷なんて金属だらけ一体どうやって?そういえば鍛冶屋も無い、欠けた刃物は皆で集めて村長の元へ持っていくけどその後は知らない


 その答えは意外にも早くわかった


 麦の作付けが一段落する頃、村では成人の儀が執り行われる。十二歳になれば成人、何月に生まれ様がこの時に十二歳なら男も女も成人を迎える。


 成人の儀は数少ない村のお祭り、直接関係のない俺や幼馴染のレーネも含めて長屋の皆で今年成人を迎える若者たちを見物するのだ。


 男性は聖なる剣を、女性は聖なる櫛を巫女様から頂いて成人と認められるというのだ、父さんや長屋の成人を迎えた兄ちゃん達も持っている聖なる剣、それは俺が見る限り鉄の剣、頂いた聖なる剣手入れをせずとも錆一つ無い剣なのだ少しでも鉄作りのヒントが欲しい俺が興味を持たない訳はないだろう。


 小さな巫女様が舞台の前に出るとその前に成人を迎える男女が交互に並ぶ。なんの意味があるんだろうと不思議そうに見ていると巫女の周りが薄っすらと青く輝くのが見え拝むかのように両の手のひらを合わせる。


 薄っすらとしていた青い光は両手に集まり濃い青色に変化した。巫女が両の手のひらを水平に離していくとまばゆい光沢を持った剣が生成されていく精製ではなく文字通り生まれている…


 神秘的な光景に誰もが目を奪われている中、俺だけは違った


 いとも簡単に生み出され心の中の何かが崩れ落ちていった、それはまるで鉄に成りきれずぼろぼろと崩れ落ちる鉄滓の様に…



 それからはアイデアなんて湧かない、俺が何かを作らなくったって「この世界」は魔法でポン!だ、考えるだけ馬鹿馬鹿しい


 やる気をなくした俺は力なく鍬を振るって毎日をやり過ごす。考えるのをやめたはずなのに七色に輝く水面がちらついて離れない。


 俺の態度が気に入らなかったのかリューノ様に呼び出された。応接間に通された俺は片膝を付き挨拶をする。俺はもう七才、初めてのときのようにガッチガチになったりはしない、緊張はしてるけど


 「最近君が元気がないと娘から聞いてね、何か困っているのなら話してみないかい?」


 リューノ様は優しい、戸惑ったけど聞いてもらえれば少しは気が楽になるかもしれない


 「実は」


 コンコン ドアがノックされ言いかけた言葉が止められる


 「なんだ」


 リューノ様は扉の向こうへ向かって声をかける


 「紅茶をお持ちしました」


 「君も飲むかい?」


 「いえ。私は…」


 断ろうとしたのに返事の前に扉が開いて、トレーを持ったティアトリーゼお嬢様が笑顔で入ってくる。その笑顔には(逃さないわよ)という圧を感じて


 (ヒッ)


 肩が跳ね上がらなかった自分を褒めてあげたい。よく見るとトレーには紅茶が三つ、会話に乱入する気満々である。


 「お父様は砂糖いりませんわよね?わたしは三杯、プリムは?」


 「ではお嬢様と同じ三杯でお願いします」


 そう答えるとなにが気に入ったのかわからないけどお嬢様は凄い嬉しそうに笑う


 この一杯と三さじの砂糖で俺の、いやうちの一家何年分の稼ぎが必要なんだろうじっくり味わおう


 自分で入れようとするのだけどお嬢様が譲ってくれない、リューノ様も微笑んでいるだけで止めないので不敬には当たらないはず


 「お嬢様も甘いのがお好きなのですか?」


 お嬢様は砂糖を入れながら


 「私砂糖を入れなくても良いのだけれど、これはこれで好きですの他にもはちみつも好きですしミルクも好きですわ」


 なんだろう?お嬢様の話してくれた言葉に何かが引っかかる


 「それで、先程言いかけていたのは?」


 ええっとなんだったっけ?ああそうだ


 「先日の成人祭で聖なる剣と櫛が作られる様子を見てですね、なんていうか」


 「まあ!見に来てくださったの!そう私頑張って剣と櫛を作りましたの!全員にお渡しした後は疲れてしまって」


 ご令嬢らしからぬはしゃぎっぷり固まってしまう。あっぶな…作り出される剣に集中しててティアトリーゼお嬢様だと気づいてなかった


 「ティアはあの後四日も目を覚まさなかったからね、初めての巫女は大変だとティエレから聞いていたけど流石に心配したよ」


 罪悪感から胸が痛む、簡単に作ってるだなんて思ってしまったからだ。


 ティアトリーゼお嬢様は多分自分と同い年くらい、そんな子が文字通りその身を削って作り出しているなんて考えもしなかった


 「お母様は翌日にはケロッとしてらっしゃるもの、お父様に心配させないためにもお母様の様になれるよう頑張りますわ」


 そういってティアトリーゼお嬢様は誇らしげ微笑まれた…少しだけ寂しそうに見えたのは気のせいだろうか

 「ティアトリーゼお嬢様はいくつの頃から魔法のお勉強を初められたのですか?」


 「そうねぇ~多分三才の頃からかしら」


 「ティアトリーゼお嬢様は頑張りやさんなのですね俺尊敬します!」


 俺が農作業を始めるよりも前から魔法の鍛錬を始めていたんだ…お嬢様が巫女だったことは気づいてなかったけど真剣に魔法に打ち込んでいるお嬢様をどうにか元気付けたかった


 「そ、そんな!大したことしてないのよ!」


 色んな人から褒められ慣れているだろうに薄っすらと顔を赤くさせて照れている、なんかかわいい…


 お嬢様のお役に立ちたい、自分に何か出来ないだろうか?


 「リューノ様、リューノ様がおっしゃるとおり悩んでいることが有って…教えて頂きたいのですが剣や櫛他にも農具やありとあらゆる場所に使われている聖なる剣と同じ材質で作られたものはティアトリーゼお嬢様やお嬢様の母君が魔法で生み出されているのでしょうか?」


 「そうだ、当家は鉄の民の末裔。生まれた女子おなごは鉄の神の祝福を授かりその身を国や民のために鉄を生み出すことに捧げる。当家だけではない、鉄の民の血や炎・水・雷様々な血を継ぐ者はこの国、いや大地に広がり各々の土地で魔法を使い民の暮らしを支えるのだ。そして何よりも魔族からの脅威から護る為に、私達貴族まほうつかいはこの地位を与えられているのだ」


 お嬢様を見る、その顔に先程までの笑顔はない


 同じだった、俺たちだけが一生を縛られて生きていて貴族は俺たちを使って自由気ままに生きているんだと思っていた…でもお嬢様もその血、持っている力に一生縛られて生きるんだ、そして領民すべてを守るためというその責任は果てしなく重い


 決めた!俺は一生をかけてお嬢様をその鎖から解放する!


 「悩みが何だったのかは解らないがその様子だと悩みは晴れたのかな?」


 穏やかな表情でリューノ様は問いかける覚悟を決めた俺はティアトリーゼお嬢様の目を真っ直ぐ向け


 「はい!リューノ様ありがとうございました。必ずティアトリーゼお嬢様を幸せにしてみせます!!」


 まぁ…お嬢様は驚きで開いた口を手で隠したかと思うと真っ赤になり両手で顔を覆ってしまう、あ、あれ?今なんか俺とんでもないことを口走った様な、そうなんだけどそうじゃないというか…


 「『小僧』貴様今なんと言った…」


 あれ~さっきまで穏やかでいらっしゃったのにリューノ様まで真っ赤に、でもこれはお嬢様とは意味が違うよね


 リューノ様はスッと立ち上がり背を向け壁にかけてあった剣を手に取る。その姿は様になっておりやっぱり貴族様は格好いい、なんて場違いな事を思っている間に鼻先に剣を向けられる。


 「それとこれとは話は別だ!!相手が貴族だろうと平民だろうと関係ない!娘はくれてやらん!ここで成敗してくれる!!」


 「そういう意味ではなくてですね!お嬢様を幸せにというのは~」


 「おのれ!まだ言うか!!もう堪忍ならん今すぐ」


 「お父様!!」


 ティアトリーゼお嬢様が俺を両手を広げ俺をかばうようにリューノ様との間に立つ


 「お父様、『貴族だろうが平民だろうが関係ないのでございますね?』」


 「ティア、これはそういう意味ではなくてな」


 「プリム『私を幸せにしてくださる』のね?」


 「「そう意味では…」」


 男二人揃って訂正しようとあたふたしていると


 「男が言い訳しない!!」


 そうビシッと言い放ったあとティアトリーゼお嬢様は


 「言質取りましてよ」


 と微笑んだ。

 

 それからしばらくは仕事中は監督のおっちゃん眼が厳しくなったりもしたが、リューノ様から直接何か言われることもなく休みの日にお嬢様とも遭遇することは無くなった



 

 今は九才、本当に長い五年間だった理由も聞かずに手伝ってくれた長屋の皆にも感謝しなくっちゃね。水車の力を使った鞴から勢いよく空気が送り込まれ木炭は真っ赤を通り越して明るく燃えている。


 これで辿り着けるはずだ、水面が七色に輝く場所の茶色の土と川辺の黒い砂を取りそれら両方を割った竹に水と一緒にゆっくり流し節に残った重い物だけを集めた。


 大量の木炭もナイフで小さめに割りサイズをだいたい均等にして幾つもの籠に入れてある。


 思わぬ拾い物だったのはツムツムの殻だ、中々割れないので裏山まで転がし崖から落としてやっと割れた。割れた殻を炉で焼いたあと粉にして陶器のツボに保存してあるこれは危ないので長屋の人に見つからぬ様にずっと隠しながら使っている


 何故こんな事を思いつくのか自分でも不思議に思った。でも間違ってるとは思わない、これで最低限には辿り着けるはずなんだ、足りないとしたら炉の温度だけだ。妙な確信を持ちつつ夜通し交互に砂と木炭を炉の上から焚べる、夜からの作業になってしまったのは休みが明日しか無いからだけど夜の方が炉の中がよく見える。注意深く炎の色を確認足ながら繰り返し繰り返し淡々と砂と木炭を炉の上から焚べ続ける。夜中だというのに長屋のおっちゃんたちが入れ替わり声をかけてきてくれるけど誰も怒ったりしないで見守ってくれている。


 そろそろだと頭の中で何かが告げる


 木の枝にナイフを括り付け槍のようにして窯の下の方に穴を開ける


 頼む!出てきてくれ!!願うようにして穴を見つめる


 ツツ~と赤黄色い液体が流れ出る


 よし!ノロだ!


 満足しつつも気を緩めてはいけない、しばらくしてノロが止まると泥で穴を埋めまた淡々と繰り返しの作業に戻る。一度目のノロが出てからは焼いたツムツムの殻の粉も目に入らないように注意しながら炉の上から入れる。


 四度目のノロ出しの頃には精も根も尽き果てそうなくらいに疲れと眠気が襲ってきた、それでもお嬢様の悲しそうな顔を思い出し、お嬢様を魔法から解放するって決めたんだろ!!倒れるのは終わってからにしろ!自分に活を入れ五度目のノロ出しを終える。


 石のハンマーを持って歯を食いしばり炉を叩き崩す三回ほど叩き炉にヒビが入った所で動きが止まる、腕が持ち上がらない


 アアアアアアアアアアアア!!


 どんなに力を込めても持ち上がらない。叫び声だけが虚しく響く


 諦めたくない、諦めちゃ駄目なのに!!涙がこみ上げる


 フゥゥ!フゥゥ!倒せ!倒さなきゃ行けないんだ、ゆっくりと持ち上がるハンマー


 「お嬢様を幸せに!するんだぁぁぁ!!」


 重力の力を借りて炉に振り下ろされたそれは正確に炉のヒビを捉え、塔のような炉は半分から折れた…そこまでだった


 ハンマーの当たった衝撃でバランスを崩した俺は足を滑らせ階段を転げ落ちる


 体中のあちこちを階段にぶつけ意識も一瞬飛んだ、打ちどころが悪かったのかな?息もまともにできない。


 まだ終わりじゃない、炉から取り出して余分なものを取り出さないと…


 立ち上がることも出来ず、這いずってハンマーを掴み杖のようにして立ち上がる、立ち上がっても言うことを聞かない身体は仰向けに転…ばなかった、誰かが後ろに立っていて俺を支えていた。


 「…リュー…ノ…様?」


 リューノ様に抱えられ


 「この先はどうすれば良い?」


 こちらを見ず半分になった炉を見つめながらリューノ様が聞く


 「…駄目です。自分…がやらないと…」


 「この強情っぱりめ、あの中の物が大切なのだろう?だめになっても良いのか?」


 「そんなの絶対駄目です!」

 

 リューノ様は呆れたといった表情で


 「ならばどうすれば良いか解っているのだろう。全く少しは大人を頼らぬか!周りを見てみろ」


 炉の光が灯りになり、父さんに母さん長屋のおっちゃんたち、レーネやクレスまでいる。


 「貴様のことだ、糸車のときのように自分一人で作りたかったのだろう。そう思ったからみな見守るだけで手は出さなかったのだろう、少しは心配している側の身にもなれ、これは貴様の悪いところだ」


 「さあこの先の手順を教えろ。お前は横になりながら指示をしろ」


 有無を言わさず横にされる。長屋の皆もそれを合図に近寄ってきてお小言を始める


 変なの

 

 みんなお小言を言ってるのに目がうるんでて、レーネなんか泣いてる、クレスはあくびが出たからだって


 ごめんなさい


 こんなに心配駆けてるなんて思わなかった。涙が止まらなくなってリューノ様に出す指示も涙声で恥ずかしい。


 炉の熱と恥ずかしさで熱くなった頬に水滴が落ちた、冷たくて気持ちがいい何かと思って顔を上に向けるとお嬢様の顔があった…とても怒ってらっしゃる?また頬に水滴が落ちる、水滴はお嬢様の涙だった。


 「泣かないでください、綺麗なお顔が台無しですよ」


 「誰がそんな顔にさせているのか身に覚えがないとは言わせませんよ」

 次から次へとお嬢様のサファイアの様な瞳から涙がこぼれ落ちて俺の顔を濡らす


 「ごめんなさい」


 泣き顔まで可愛いとか反則とか言ったら本気で怒られそうだからやめておこうなんて思いながらリューノ様が『鉄』のハンマーでケラを叩いている様子を見る。


 あれってお嬢様が作ったのかな?


 ぶつかり合う『鉄』のハンマーとケラからはまるで花が咲いたような火花が見えて


 「良かった…」

 

 そう呟いて俺は眠りについた。 



 翌日俺は仕事を休んだ、翌日どころか四日ほど寝込んだ。入れ代わり立ち代わり長屋の皆が見舞いに来てくれてありがたいやら申し訳ないやらなんだけど、誰もあれからケラがどうなったのか教えてくれない。というか初めての事だからわからないというのが正直なところなんだと思う。


 あとリューノ様を呼びに走ってくれたのは以前忠告してくれた長屋のモレノおじさんだったと教えてもらった。真夜中に呼びに行ったので問答無用で物理的に首を切られたらとヒヤヒヤものだったそうで本当にごめんなさい


 元気になると当然リューノ様からの呼び出し


 応接間に着くとリューノ様・ティエレ夫人・ティアトリーゼお嬢様揃い組


 真ん中に座るお嬢様の膝元には布に包まれた『何か』がある、挨拶も早々に


 「言いたいことは山程有るのだが」


 「お父様!」「あなた!」


 「とまあこんな感じで先に進まなくなるので我慢しよう…ティア」


 リューノ様が目配せをすると


 「プリム、あなたの努力の結晶よ」


 布が捲られるとそこには大人の拳程の鈍い輝きを放つ塊、所々に細かい穴も空いているが紛れもない鉄がそこにあった。


 「触っても良いですか?」


 はがねだ!ちゃんと出来たんだ!!


 「この鉄はティアやティエレの魔法で作り出されたものより硬い一体貴様はどんな魔法を」


 「お父様!」「あなた空気を読んで」


 リューノ様の問には答えず、鋼を前に恐る恐るといった俺を見てティエレ夫人が堪えきれずといった感じでフフッと笑いだす


 「なにか変だったでしょうか?」


 「いえね、なんだか生まれたティアを初めて抱き上げたときのリューノを思い出してしまって…フフ」


 どうやら夫人には鋼の塊を赤子のように扱う俺がおかしく見えてしまったようだ。考えてみると確かにちょっと恥ずかしい


 「俺はそんなじゃなかった!」と夫人をリューノ様がブーブー非難してるが気にしない、目線はティアお嬢様と生まれたての鉄に釘付けだ、布に包まれたままそっとティアお嬢様から渡されるとなんか本当に赤ん坊を抱き上げるようで顔が熱くなる。


 「ふふふ…『本当の』二人の子にはいつ出会えるのかしらね、今から楽しみだわ」


 あっけらかんと言い放つティエレ夫人に俺の顔は更に熱くなり、ティアお嬢様のお顔も真っ赤になっていた。


 「認めん!認めんぞ!」


 「往生際が悪くってよ!あなた」


 そのあとしばらく伯爵邸にはティエレ夫人の笑い声とリューノ伯爵様の悲痛な叫びが響いた



 十年後この国で初めての魔力なしの平民と貴族のご令嬢が婚姻を結ぶのだが…それはまた別のお話

もし評判が良ければ連載に切り替えるかも?


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