第八話 それは言ってはいけない一言
夕食の時間になると有は少しだけ元気を取り戻していた。しかし、機嫌はまだ少し悪いままだ。
家族で「いただきます」と言って食事を始めようとすると「みんな知らないだろ? 特別だぞ」という態度で父が話しかけてきた。
「二人とも知ってるか? 統選者選抜の参加者には国民全員宛のメール以外に参加者宛のメールが届くらしいぞ」
「へー」
有が不愛想な返事をした。
「パパは物知りねー」
「テレビでやってたから知ってる」
ついさっきまで見ていたテレビ番組で丁度そのことを説明していたのを有は見ていた。
「有ちゃんも物知りねー」
そういう母も夕食の準備をしながら、番組をながら見していたのだから当然知っている。
「二人はメール届いてないのか?」
「届いてないけど」
「私も」
保は自分が参加者と知られると面倒なことになると思い、参加者であることは伏せて置いた。
「なんだそうなのか。残念」
「パパは選ばれなかったの? 昨日リビングで二人っきりの時、あれだけ妄想していたのに」
「うっ」
「メール来なかったんだ」
「いや、まだだ。まだ、可能性は残されている」
「可能性?」
母が父の顔を不思議そうに覗き込む。
「パパにメールを送るのを政府が忘れているという可能性だ」
「「……」」
「あれ?」
父は素頓狂な声を出す。本気でそう思っているのか。
「まあ、絶対にないとは言えないな」
「そうよ。諦めないで、パパ」
保が優しいフォローの言葉を投げかけると母も「はっ」とした感じで後方支援をした。
「選ばれなかったんだ」
有の悪意のない言葉が父の耳に入る。
「うう」
「もしパパが選ばれて統選者様になるようなことでもあれば、惚れ直したのになー」
「えっ? 惚れ直すって今はもう惚れてないの?」
悲しそうな顔をする父。
「ううん。惚れてるけど、もーっと惚れちゃうよってことだよ」
父と母が手を握り合う。
「ママ」
「パパ」
「子供の前でやめてくれ。お願いだから」
そう言われると父は母から一旦離れる。
仲良しなのはいいことなのだが、見ているこっちが恥ずかしくなってくる。
父が保の気まずそうな雰囲気を察し慌てて話題を変えてきた。
「有は今日機嫌が悪いのか?」
父の言葉に母と保が「コイツやりやがった」と心の中で思った。
機嫌が悪い人間に「機嫌が悪いな」は悪手でしかない。
「別に悪くないけど」
「……」
父は有の言葉の具合から、自分の過ちに気が付いた。
夕食は重い空気に包まれたまま終わった。