【長編版開始】許婚の子爵令息から婚約破棄を宣言されましたが、それを知った公爵家の幼馴染から溺愛されるようになりました
短編になります。
よろしくお願いいたします<m(__)m>
「ソフィ・ルヴェリエ! 貴様とは婚約破棄する!」
「エミール様?! なぜですか?!」
「私はどうやらあのマルベール侯爵令嬢から好意を抱かれているようでな。その『想い』に男として応えねばならないのだ!」
婚約者の浮気行為とも言える行動で、失意のどん底に突き落とされるソフィ。
マルベール侯爵家といえば宝石などの装飾品の貿易を生業としており、王族からの信頼も厚くて有名だ。
さらにマルベール侯爵家の令嬢であるリュシーは、ブロンズの艶めく髪と青い瞳が特徴の美しくて世間からも一目置かれている存在だった。
そんな侯爵令嬢から求愛されたということで、エミールは鼻を高くして誇っている様子だった。
二人の婚約のきっかけはよくある親同士が決める政略結婚だったが、ソフィは互いに愛を育み合っていると思っていた。
しかし、その婚約者を愛す努力をしていたのはソフィだけであり、エミールにその気はなかった。
その証拠に、侯爵令嬢からの好意を感じたエミールは、いとも簡単に伯爵令嬢である婚約者のソフィを捨てた。
さらに追い打ちをかけるように、エミールはソフィの装いや趣味、性格に至るまで嘲笑した。
「お前は地味なドレスしか着ないし、趣味も読書という陳腐なもの。いい加減飽きが来ていたんだよ」
右手を挙げて演説するように堂々と語るエミールに対して、胸の前で大事に抱えた本をぎゅっと握り締めたまま、ソフィは俯く。
(そうだったのね……。はじめから私たちの間に愛は存在しなかったのね)
確かに思い返せばいつもソフィが贈り物をあげても、エミールは中身を開けることすらせずにそのままテーブルの上に置いていた。
ソフィが昨晩見た楽しい夢の話をしていても、エミールは窓の外から見えるメイドを見つめながら聞き流すだけ。
挙句の果てには、ソフィが大事にしていた本を機嫌が悪いからという理由だけで床に投げて踏みつけた。
ソフィの中で婚約者として冷たく扱われた10年間が思い出され、胸を締め付ける。
(そうね、こんな辛い想いをするくらいならいっそ……)
ソフィは俯いた顔をあげて、エミールの目をしっかりと見つめながら告げた。
「エミール様がおっしゃるのなら、婚約破棄を謹んでお受けいたしますわ」
そういって、部屋を出ていくソフィ。
ソフィが去った後、侯爵令嬢との婚約に想像を膨らませて舞い上がるエミールだった。
◇◆◇
(はぁ……お父様とお母様になんてお伝えいたしましょう……)
エストレ家から帰宅したソフィは父と母に婚約破棄のことをどのように伝えるか悩んでいた。
もともと一人娘であったソフィは、父と母から愛されて育った。
さらにソフィの物腰柔らかく、素直で優しいところが家のメイドたちにも大変好かれていた。
ところが十数年前、ソフィが7歳の頃、天候不順による作物の不作によってルヴェリエ伯爵家の領民は飢えに苦しんだ。
その際に伯爵家が身を削って領民を助けたことにより、領民はルヴェリエ伯爵家に大変感謝し、伯爵は民に慕われる立派な領主になったのだが、問題はここからだった。
伯爵家自体が財政難に陥ったのである。
泣く泣くソフィの両親は屋敷に仕えるもの数十人をリストラし、家を守った。
そんな時に助けを差し伸べたのが、古くから付き合いの深かったエストレ子爵家であった。
ルヴェリエ伯爵家でリストラされたメイドや執事たちを雇い入れ、伯爵家には金銭的支援をおこなった。
結果、ルヴェリエ伯爵家はその支援金をもとに農業の発展に力を尽くし、伯爵家領内で採れたブドウを使ったワインは王族に献上されるほどの代物になった。
そしてこの成功と発展、両家の益々の固い絆の証としておこなわれたのが、ソフィとエミールの婚約だった。
(両家の友好の証である婚約が破棄されたと知ったら、お父様とお母様はどれだけ悲しまれるでしょう……)
大きな不安を抱えながら、ソフィはディナーの席に着く。
テーブルには前菜が並べられ、ソフィは浮かない顔でナイフを入れる。
その様子を見て不思議に思ったのか、ソフィの父が一口ワインを口に入れた後にソフィに話しかける。
「ソフィ、浮かない顔だね。どうしたんだい?」
「……いえ、なんでもありませんわ。少し食欲がなくて」
それを聞いたソフィの母が、目を丸くして早口に言う。
「まあ! いけませんわ! 今日は早くお休みなさい」
「ええ……、ありがとうお母様」
メインの魚のムニエルが運ばれてきた頃、ついにソフィにとって恐れていた問いかけが来る。
「そういえばソフィ、今日はエミール君と会ったのだろう? 仲良くしておるか?」
満面の笑みを浮かべて聞く父に、ソフィはつい表情が硬くなってしまう。
「え、ええ……そのことなのですが……」
ソフィの良い返事を聞けるとワクワクしている父と母に向かって、残酷な報せをしなければならないことに胸が痛むソフィ。
意を決してソフィは父と母に婚約破棄をしたことを告げる。
「エミール様から婚約破棄を言い渡されました。お父様とお母様のご期待に沿えず、そして両家の友好の証をこのような形で踏みにじってしまったこと、大変申し訳ございません」
ソフィの言葉を聞き、信じられないとばかりの表情を浮かべるソフィの両親。
「理由は聞いたの……?」
母が恐る恐るソフィに理由を尋ねる。
「わたくしがエミール様にふさわしい人になれなかったのです。お父様とお母様には大変ご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ございません」
エミールから告げられた本当の理由をソフィは両親に言うことができなかった。
そして、自分の娘のあまりの悲しそうな表情に、両親もそれ以上何も聞くことができず、ディナーは終わりを迎えた。
◇◆◇
数日経ってもソフィの心の傷は癒えず、そして両親に本当のことを言えずにいるまま過ごしている罪悪感からも逃れられずにいた。
(はぁ……これからどうしましょう……)
大好きな本を開いても、ページを左にめくってはそのページをまた右にめくり、また左にめくっては右にめくりを繰り返す。
いつもならもう数冊は読み終えている頃なのに、今日は一冊も読めていない。
そうしてぼーっと過ごすソフィの耳に、部屋をノックする音が聞こえる。
「はい、どうぞ」
ゆっくりと開かれた扉の向こうには、ジル・ルノアール公爵令息がいた。
「あら、ジルじゃない。どうしたの?」
「父上からおじ様にとおつかいを頼まれてね。その時に君が元気をなくしていると聞いて」
ルノアール公爵家といえば、国の中でも五本の指に入る大きく歴史ある家柄である。
家系をずっとたどれば、王の弟までさかのぼることができると言われている。
そのルノアール公爵家の息子であるジルは、実はソフィの幼馴染であった。
ルヴェリエ伯爵、つまりソフィの父とルノアール公爵は社交界での交際をきっかけに意気投合し、よく食事会を両家で催す関係になった。
そこで同じ年頃であるソフィとジルも自然と遊ぶようになり、ソフィの中でも男女の仲を超えた大切な存在になっていた。
ジルはソフィより一つ年上であるが、ソフィのほうが落ち着きがあり、小さい頃は姉弟のような関係になっていた。
ソフィの婚約を機にジルと会う機会は減ったが、変わらず今も親交を続けている。
ジルはドアをゆっくりと閉めると、窓際の椅子に座るソフィに近づく。
「何かあったのかい?」
「いいえ、なんでもないの」
「エミール子爵令息との婚約破棄は本当なのかい?」
「──っ! ……ええ、本当よ」
「何か理由があったのかい?」
ソフィは読んでいた本を閉じ、窓からバラが綺麗に咲いている庭園を眺めながら告げる。
「私がエミール様にふさわしくなかったのよ」
窓の外を眺めているため、ジルにはソフィの顔は見えなかった。
けれども、その少し震えた声色からソフィが悲しみ、今にも泣きそうになっていることが十分にジルには伝わっていた。
「ソフィ」
「なに?」
「今度、お茶会を開かないか?」
「え?」
ソフィはプラチナのように輝く髪を揺らして、ジルのほうに振り向く。
「大勢でやるお茶会じゃない。僕と二人きりの優雅で静かなお茶会だよ」
ジルはソフィを見つめながら跪き、ゆっくりとソフィの手の甲に口づけをした。
「──っ!」
婚約者でありながらも、エミールとそういった甘い経験をしたことがないソフィにとって顔が真っ赤になるほど恥ずかしかった。
「君の好きなダージリンティーを飲みながら、たくさん本の話をしよう。いかがでしょうか、姫」
今まで経験したことのない扱いを受け、ドギマギするソフィ。
ジルの綺麗なサファイアブルーの目がソフィを捉えて離さない。
恥ずかしさのあまり、目をぎゅっとつぶってしまうソフィは小さな声で返事をするのがやっとだった。
◇◆◇
一方、ソフィとの婚約破棄を宣言して気分が良いエミールは、ディナーの席で両親にソフィーとの婚約破棄の件を告げる。
「父上! 母上! 今日はとびきりのいい報告がございます」
「あら、まあ何かしら。ソフィさんがお昼いらしてたからそのことかしら!」
「そうなんです! 僕はソフィとの婚約を破棄しました」
その言葉にエミールの両親は唖然とした表情になる。
「お前……今なんと……」
「ですから、ソフィとの婚約は破棄いたしました。彼女もそのことを了承してくれました!」
この上ない最上級の笑顔で語るエミールとは正反対に、エミールの両親はどんどん顔色が悪くなっていく。
「僕はマルベール侯爵令嬢と婚約することに決めました! つきましては、父上、正式に婚約の儀を……」
「お前はなんてことをしてくれたんだ!」
食事の席に響き渡るエストレ子爵の怒鳴り声。
「ソフィ嬢との婚約はルヴェリエ家とエストレ家の友好の証で結ばれた大切な婚約なんだ! それを婚約破棄するだと?! わしの顔に泥を塗った上に両家の関係を壊すつもりか!」
「大丈夫ですよ、父上。リュシー侯爵令嬢はお茶会で僕に求愛なさった。伯爵家より侯爵家のほうが位が高いのですから、爵位を上げるチャンスではありませんか」
堂々とリュシー侯爵令嬢に好意を抱かれていることを言い張り、自慢げに話すエミール。
目も当てられないといったように苦い顔をするエミールの母と、息子のあまりに愚かな行為に息が上がって顔を真っ赤にして怒る父。
大船に乗ったような表情を浮かべるエミールに、エストレ子爵は呆れたように告げた。
「本当にお前の言うようにリュシー侯爵令嬢から求愛されているのであれば、何か証拠を見せろ」
「証拠……でございますか?」
「婚約の儀はそう軽々しくできるものではない。お前が好意を寄せられている証拠を5日後までに私に渡せ」
「かしこまりました! すぐにご用意して、僕がこのエストレ家の地位を上げて、父上と母上を喜ばせて差し上げましょう!」
◇◆◇
その日、ソフィは朝からずっとそわそわとして過ごしていた。
(今日はジルとのお茶会の日。なぜかしら、あのお誘いを受けた日から妙にそわそわして落ち着かない)
お茶会はルヴェリエ伯爵邸の庭園でおこなわれることになっている。
ジルが到着したとの知らせをメイドから聞き、ソフィは庭園に向かう。
向かう途中のソフィの脳内では、ジルが跪き、ソフィの手の甲に口づけをするシーンがフラッシュバックし、離れない。
(──っ!)
思い出しただけでソフィは顔が真っ赤になり、思わず両手で顔を覆ってしまう。
庭園に着いても顔のほてりはなかなか冷めず、ジルが待つガゼボへの到着が遅れた。
「ジル、お待たせ」
「ソフィ、来てくれて嬉しいよ。さぁ、こちらにどうぞ」
そういって椅子を引いてソフィに座るようにと促す。
「ありがとう、ジル」
ソフィはあたりを見回して、メイドや執事がいないことを不思議がる。
その仕草を見てジルはソフィの考えている事を読み取り、くすっと笑いながらソフィに告げる。
「今日は二人きりのお茶会だといっただろう?」
そういってメイドの代わりにジルが綺麗な花の模様が描かれたティーカップに、ダージリンティーを注ぐ。
やがて、あたりは紅茶の香りで包まれ、ソフィは心地よい気分になる。
差し出されたティーカップを上品に持つと、そのまま一口紅茶で喉を潤す。
「美味しい……」
「そうだろう? 最近王都で流行っているものを取り寄せたんだ。ソフィの口に合うかな?」
「ええ、とっても」
そういってソフィの細く白い指先が、ティーカップへと運ばれる。
ソフィの笑顔を見て、ジルは自らも紅茶に口をつけて微笑んだ。
バラの香りと紅茶の香りで満たされながら、ソフィは大事に持ってきた本を開く。
この間とは違い、ソフィはすらすらと本を読んでいく。
ジルはその様子を頬杖をつきながら嬉しそうに眺めていた。
その視線に気づいたソフィは、赤くなった顔を本で隠すようにしながらジルに話しかける。
「ジル、その……そんなにじっと見つめられると恥ずかしいのだけれど……」
「どうして? こんなに可愛いソフィの姿を見ないわけにはいかないじゃないか」
「もう……最近ちょっと私のことをからかいすぎよ」
「からかってなんかいないよ。僕は君のその美しい髪も、透き通った声も……そして何より本が好きで優しい君が好きなんだ」
「──っ!」
『好き』という言葉に顔を真っ赤にして俯こうとするソフィ。
しかし、ジルの右手が俯くソフィの顎を掴んで、くいっと上を向かせる。
ソフィのターコイズ色の淡い瞳をサファイアブルーの優しい瞳が捕らえて離さない。
「もう君は誰のものでもない。なら、僕は遠慮なく君のことを捕まえに行くよ」
(ジル……っ!)
ソフィは高鳴る鼓動を抑えようとするが、身体がいうことを利かない。
今までジルを『幼馴染』として意識していた自分は、もうソフィの中には存在しなかった。
(エミール様には感じたことのない……なにかしら、この苦しくてけど嬉しいこの想いは……)
ジルはそのままソフィの頬を優しくなでると、愛しい想いをソフィに届けるように微笑んだ。
二人きりのお茶会のあの日から、ジルはソフィのもとをよく訪れていた。
「ソフィ」
「──っ! 待っていたわ、ジル」
今日はソフィの部屋でお気に入りの本を読む約束をしていた。
ソフィはすっかり元気を取り戻し、好きな本を思いっきり読んで過ごしていた。
「これがね、蝶をモチーフにした作品なんだけどその物語に登場する王子が……」
本のことになると饒舌になるソフィを見て、愛しい目で見つめるジル。
「それでね……っ! ごめんなさい、私ばかりお話してしまって……」
「ううん。僕は夢中で話すソフィが可愛くて仕方ないんだ。もっと聴かせて?」
「──っ!」
真っすぐに伝えられるジルからソフィへの愛情表現に、ソフィはまだ慣れずにいた。
それでも、その愛情が嬉しくて心地よく、そして鼓動が鳴り止まないほどにソフィはジルに捕らわれていた。
一方、エミールはこの日、マルベール侯爵邸で開催されるお茶会に参加していた。
マルベール侯爵は爵位を気にする性格ではなく、通常あまり呼ばれない子爵家や男爵家の人々も招待していた。
エミールはリュシーとの婚約を認めてもらうために、マルベール侯爵のもとへと向かう。
「マルベール侯爵、本日はお招きくださり誠にありがとうございます」
「ああ、ぜひ楽しんでいってくれたまえ」
「ありがとうございます。早速ではあるのですが、一つご報告がございまして」
「なんだね?」
エミールはマルベール侯爵の隣に可憐なドレスに身を包み立っているリュシーのほうにちらりと視線を送り、告げる。
「わたくしとリュシー侯爵令嬢は愛し合っております。ぜひとも婚約を認めてはもらえないでしょうか」
エミールの発言にまわりはざわつき、口々にひそひそと言葉を交わし合っている。
発言を受けたマルベール侯爵は、隣にいるリュシーに真偽を問う。
「リュシー、本当なのか?」
エミールはやり遂げた気持ちでいっぱいになる。
リュシーの好意を受けて真実の愛に目覚め、婚約を認めてもらう最高のシナリオ通りに動いていた。
リュシーはすっと前に一歩出ると、ゆっくりと口を開いた。
「誰ですか? この方は」
エミールは何かの聞き間違いかと自分の耳を疑った。
目の前にいるのは確かにエミールに好意を寄せているリュシーのはずであり、婚約の申し出に泣いて喜ぶとエミールは思っていた。
しかし、実際はどうだろうか。
リュシーの冷めた目に、周りからの痛い視線、そしてマルベール侯爵のエミールに対する嫌疑の目がそこにはあった。
「え? リュシー、君は僕のことが好きじゃないか。だって、あの日僕の腕に掴まって……」
「以前開催したお茶会でのことかしら? あれは芝生にうっかり足を取られてしまってあなたの腕に掴まっただけよ」
「なん……だって……」
「話はそのくらいでいいかな? リュシーにはすでに婚約者がいるんだ。変な噂が立つようなことはよしてくれたまえ」
そういってマルベール侯爵は近くにいた執事に合図をする。
すると、エミールのもとにマルベール侯爵家の執事がやってき、エミールに退席を願い出る。
放心状態のエミールは執事に連れられるがまま、マルベール侯爵家の敷地の外へと向かった。
◇◆◇
ルヴェリエ伯爵邸のランチの席では、今夜ルノアール公爵家で開催される大きなパーティーの話で持ちきりだった。
「ソフィは今夜のドレスは決めたかい?」
「ええ、お母様が昔着ていたホワイトブルーのドレスで行く予定です」
「ああ! あれは美しい! ソフィのドレス姿を楽しみにしているよ」
「ええ、お父様」
「そういえば、今夜はエストレ子爵と夫人もいらっしゃるとか」
(──っ!)
ソフィの鼓動は早まるが、いまだ本当の婚約破棄の理由を知らない両親に気づかれないように気をつける。
「婚約破棄のことは残念だったが、両家の絆は切れることはない。久しぶりに会って話せるのが楽しみだよ」
ルヴェリエ伯爵は水を一口飲み、上機嫌に席を立った。
ルノアール公爵邸に着いたソフィは馬車から降り、ゆっくりと階段を上って会場へ向かうと、そこではジルが待っていた。
「いらっしゃい、ソフィ」
「今夜はお招きにあずかり光栄でございます」
カーテシーをするソフィに手を差し伸べるジル。
その手を取って、二人は会場へと入っていく。
一方、リュシーの好意が自らの勘違いであったと知ったエミールは、ソフィに復縁を求めようとしていた。
(ソフィはまだ僕のことが好きだ。絶対にもう一度婚約するはず)
会場に到着すると、真っすぐにジルと話すソフィのもとへと向かう。
「ソフィ!」
「エミールっ!」
笑顔のエミールが目の奥は笑っていない、どこか焦っている彼にソフィは恐怖を覚えた。
「君は僕のことが好きだ。やっぱり君しか考えられない! 結婚しよう」
自らの都合で婚約を破棄したエミールの言葉はソフィにはもう少しも届かなかった。
「エミール。あなたとはもう婚約破棄したはずよ。私にはもうあなたを愛することなんてできないわ」
「ソフィっ!」
追い詰められたエミールは、ソフィに掴みかかろうとする。
しかし、ジルの力強い手がエミールの腕を掴んだ。
「彼女に触れるな」
「なんだお前は」
「ルノアール公爵が嫡男、ジル・ルノアールだ。ちょうどいい、少し早まったがいいだろう」
ジルはエミールを掴んだ手を放し、会場を見遣ると、会場にいる皆に聞こえるように大声で語り始める。
「ジル・ルノアールは、ここにいるソフィ・ルヴェリエを婚約者とする!」
会場中がざわめき、ジルとその隣にいるソフィへと視線が注がれる。
「え?」
ソフィは状況が呑み込めず、ジルのほうを見つめると、ジルはぐっとソフィの肩を抱き前を向き直した。
その発言にエミールは焦りながらジルに抗議する。
「ソフィの婚約者はこの僕エミールだ! でたらめを言うな!」
その言葉を聞いて、ジルは冷たい表情でエミールを見下す。
「愚かにもこの男は侯爵令嬢との婚約を推し進めるため、ルヴェリエ伯爵令嬢との婚約を勝手な都合で破棄した。違うか?」
「──っ!」
絶望の淵に立たされるエミールの前にルヴェリエ伯爵とエストレ子爵が近づく。
「エミール君お父上から聞いたよ、まさかそういうことだったなんてね」
「違うんです! これには事情が……」
「我が息子が大変ご迷惑をおかけしました。この謝罪はすぐに必ずさせていただきます」
エストレ子爵がルヴェリエ伯爵に対し、謝罪をしたあと、子爵はエミールのほうを向く。
「お前をエストレ家から勘当する。二度と敷居をまたぐことは許さん!」
エストレ子爵の一言で全てを察したように膝を突いてうなだれるエミールだった。
◇◆◇
「お父様、お母様、それでは行ってまいります」
ソフィは馬車に乗り、ルノアール公爵邸へと向かった。
あのパーティーの翌日、エストレ子爵からはソフィとルヴェリエ伯爵家に対して正式な謝罪がおこなわれた。
ルヴェリエ伯爵はエストレ子爵から受けた以前の恩もあり、これまでの親交を続けることを決めた。
一方、ソフィはというと、正式にジルの婚約者となり、二人は互いの家を訪れながら愛を育んでいた。
馬車がルノアール公爵邸へと到着すると、ソフィの到着を待ちきれなかったジルが姿を見せる。
「ジルっ!」
「ソフィっ!」
二人はどちらからともなく手をつなぎ、ルノアール公爵邸へと入っていった──
お忙しい中、ここまで読んでいただきありがとうございます!
下のほうにブクマ、評価☆☆☆☆☆があるのでよかったらつけていただけると励みになります。
また、短編で書ききれなかったお話を加筆して連載版を開始しました。
ぜひご覧ください
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【連載版】許婚の子爵令息から婚約破棄を宣言されましたが、それを知った公爵家の幼馴染から溺愛されるようになりました
他にも様々な作品をあげているので、よかったらお気に入り登録していただけると便利かと思います。