ずっと殿下を見守っているわたくしが、あの方を困らせるストーカーを成敗してくれますわ!
「実は僕、つけられているみたいなんだ」
ある日、ニコレッタは婚約者の王子から悩みを打ち明けられた。
「まあ、一体誰に!?」
最愛の婚約者の沈んだ顔に、ニコレッタは胸が痛くなるのと同時に驚いた。
ニコレッタは王子を毎日見守っていた。だというのに、彼がストーカー被害を受けているなんて、全然気付かなかった。
ニコレッタは己のふがいなさを呪わずにはいられない。
「分からない……」
王子は怯えた様子で首を振る。
「今は何ともないんだけど、ふとした瞬間に視線を感じるんだよ。寝ている時は天井から、廊下を歩いている時は曲がり角の向こうから……。誰がこんなことをしているんだろう?」
「ああ! なんてことでしょう!」
ニコレッタは思わず叫んだ。
ニコレッタは、夜はいつも天井裏から王子を見守っているし、彼が外出する時は後ろからついて行っている。
犯人は自分の目と鼻の先にいたのだ。なのにその気配を察知できなかったなんて……!
王子はすっかり憔悴してしまっている。これは自分が何とかしなければならない、とニコレッタは決意した。
「殿下、ご心配には及びません。このわたくしが、殿下につきまとう不届き者を罰して差し上げましょう!」
ニコレッタは胸を叩いて高らかに宣言した。
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「さあ、どこからでもかかっていらっしゃい!」
翌日、ニコレッタは廊下を歩く王子に付き従っていた。
辺りを威嚇するニコレッタの姿を見て、王子は目を丸くしている。
「随分物々しい格好だね」
「我が家に代々伝わる鎧ですわ!」
ニコレッタは王宮の廊下に貼られている鏡に自分の姿を写してうっとりとなった。
頭の天辺からつま先まで黄金の甲冑で武装し、背中には弓とこん棒を背負っている。そして手には、柄とトゲ付きの鉄球が鎖で繋がれた武器――モーニングスターを握っていた。
相手は毎日王子を見守る自分を出し抜くような曲者である。しかし淑女たるもの、野蛮に刃物などを振り回すわけにはいかない。
そう考えた末でのこの出で立ちだった。見事な解決策を思い付いた自分の冴えた頭脳に、ニコレッタは惚れ惚れせずにはいられない。
「殿下、ご安心を! 不審者が現われたら、わたくしが体中の骨を粉々にして差し上げますわ!」
ニコレッタはモーニングスターをぶん回す。その様子を見ていた宮仕えの貴族たちは、眉をひそめながら巻き込まれない内にどこかへ去っていった。
「すごいや! 悪魔だって逃げていきそうだよ!」
王子は頬を上気させて喜んでいる。ニコレッタは高らかに笑いながら、「当然ですわ!」と言って、景気付けに近くの窓を粉砕してみせた。
「さあ、今日は天気もいいですし、お散歩にでも行きましょう!」
それからのニコレッタは絶好調だった。庭に生える樹木の葉が揺れれば矢を放ち、日向ぼっこ中の猫を踏み潰しそうになり、お茶を持ってきた使用人をこん棒でタコ殴りにしかける。
けれど、肝心の不審者は中々現われない。その内に、日が暮れて夜になってしまった。
「こうなったら、殿下のベッドの近くで見張るしかありませんわね!」
まだ武装を解かずにニコレッタは意気込む。
「もし犯人が現われたらこのように……そいやぁ!」
勇ましいかけ声と共に、ニコレッタはモーニングスターで天井の一部に大穴を開けた。
王子は「頼もしい!」と拍手する。
「でも、寝なくても大丈夫なの?」
「平気ですわ! 愛の力があれば、睡眠なんて要りませんもの!」
現に、ニコレッタは毎日王子を天井裏から一晩中見守っているのだ。
婚約者の力強い言葉を聞いて、王子は安心したように眠る。ニコレッタはいつものようにその寝顔を心ゆくまで堪能しながら、彼のベッドの傍で見張りを続けた。
しかし、不審者は出現しない。
そんなことが何日も続いた。
ニコレッタは王子が食事をしている時も、入浴中も彼から離れない。王子は婚約者が全く休んでいないことを心配していたが、ニコレッタは別に平気だった。こんなのはいつものことだ。
彼女にとっては、影から見守るか、近くで警護するかの違いだったのである。
そして時は流れ、もう不審者は現われないかもしれないと思われた頃、事件は急展開を迎える。
「えっ、犯人の正体が分かった?」
ニコレッタは驚きの声を上げた。
「誰です! その不届き者は! わたくしが粉砕してあげますわ!」
ニコレッタはモーニングスターを構えた。
でも王子は苦笑いして、「あれだよ」とあるものを指す。
部屋に飾ってあった姿見だった。王子は恥ずかしそうな顔だ。
「このお城、廊下にも鏡が貼ってあるよね? それに、窓にはガラスがはまっている。僕はそこに写った自分の視線を、他の人のものだと勘違いしたんだよ」
「まあ!」
ニコレッタは口元を手で覆った。婚約者のお茶目さに微笑ましい気分になる。
「だからニコレッタ、もうそんなに無茶はしなくていいんだよ。さあ、早く甲冑を脱いで、いつもの可憐な姿を見せておくれ」
「ええ、もちろんですわ!」
ニコレッタは鎧を外し、王子と事件解決を喜び合って熱いキスを交わした。
けれど、ニコレッタは王子を見守るのを止めようとは思わなかった。
(明日からもまた、影から殿下を見守る日々が始まりますわ。今回は殿下の勘違いでしたが、次は不審者がつけ寄る隙もないくらいに、がっちりお守りしませんと!)
ニコレッタは決意を新たにする。
王子が「やっぱり鏡じゃなかったかもしれない」と言い出したのは、それから何日も経たない日のことだった。