6話 編入試験②
4つ目のテストは体育だった。内容は、水泳の4泳法、100m走、持久走。どれも、合格タイムが設けられ全てを合格する必要があった。結論から言うとどれもたいしたことはなかった。小さい頃には水泳を習っていたし、足もそこそこ速い方だった。持久走に関して言えば、この世界に来てから夕香の10kmジョギングに付き合っていたのだから、2kmの持久走なんて辛いと感じなかった。どっちかというと辛くても止めさせてくれなかった夕香の方が鬼のように感じた。
「これで、4つ目のテストは合格ですよね」
「……そうだな」
「凄いよ! 翔隆。あと1つで編入試験突破だよ!」
残り1つ。あと1つでこの試験は終わるんだ。ただ、このまま簡単に終わらせるような先生ではないだろう。でなきゃ、問題を途中で変えたりはしない。
「では、最後の試験を発表する」
最後の試験ということだっけあって、空気が重く感じる。
「最後の試験は、雑学と閃き問題だ」
学校に関係あるか? その2つ。
「確かに、学校の試験にそのような問題は出ないだろうな」
さらっと、この校長、僕の心を読んだぞ。
「しかし、学校のテストだけではその人の頭の良さなど測り得ない。そのため、このような柔軟性を求める試験を実施することにした」
要するに僕を全力で落としにきたという訳か。頭の柔軟性を測るだけなら、閃き問題だけで、雑学は入れる必要ないからな。雑学の問題は知らないとほぼ解けないから。
「このテストは1問につき、回答時間は5分だ。計10問行う。なお、合格ラインは8問だ」
2問しかミスれ無いのか。今までのテストと違って、閃き問題は頭の疲れや精神力が大きく影響するからな。最後にこのテストを持ってこられたのは正直まずい。さらに言えば、1問につき回答時間5分と言っていたが余った時間を他の問題に費やすことが出来ないことが間接的に言われている。簡単な問題だけを速く解いて、難しい問題に余った時間全部使うということは出来ないらしい。
「校長先生、今までのテストと違って難易度がかなり高くないですか?」
僕が考えていたことを追求したのは夕香だった。そんなことを言ったところで難易度なんて変えないだろうけど。
「確かに、8割が合格ラインというのはかなり難しいことだろう。そろそろAにも疲労が見えているからな。だから、このテストに限り、君の参加も認めよう」
簡単に変えちゃうのね。だったら僕も小細工なしに難しいですって言えばよかったのかな。
「私も? 良いんですか?」
「良いだろう。ここまで、翔隆のテストに付き合っていたんだ、最後の問題ぐらい好きにしても良い」
正直、夕香が参加してくれることはかなり大きい。夕香には毎回テストで学年5位までに入る程の頭の良さがある。それに2年生の文化祭でのクイズ大会では閃き問題を多く正解していた。たぶん、夕香は頭が柔らかいんだろう。それならば、僕は雑学問題に集中すれば良い。ここは、校長先生、夕香の実力を見誤ったな。
「やったー! 私も参加できる。ここまで応援してるだけだったから協力できるのは嬉しいな。翔隆、一緒に頑張ろうね」
「うん、よろしく」
「では、始める。1問目は閃き問題だ」
「夕香、頼んだ」
「えー、私に丸投げ?」
僕の言葉に驚いたような声を夕香があげた。別に丸投げするつもりはない。1問目どういう感じの問題が出るかの様子見だからな。最悪、一問目は間違えても良い。傾向さえ分かれば、閃き問題は解きやすくなるだろう。急遽この問題を用意した訳だから問題を作る人は一緒のはずだし。
「答えが分かったらすぐに答えても良い。制限時間内であれば何回答えても良い」
つまり、最悪手当たり次第に答えれば正解することも可能ということだ。これは、こっちにとって有利な条件だ。合格ラインが8割と高いのも頷けるな。
「1問目は『あるなし問題』だ。あるに共通するものを答えてもらう」
「私、それ得意だよ。楽勝だね」
フラグが立った……。一問目は落としたな、これは……。
「では、始める」
僕たちの目の前のホワイトボードに『ある/なし』と書かれており、そこに校長先生が書き込んでいく。
あるは『王、車、馬、金』。なしは『姫、船、羊、銅』。うん、難しい。
「残り1分になっても正解が出なければヒントを出そう」
「将棋」
一応ヒントまでくれるらしい。本当にの句を落としたいと思ってるのかここまで来て確信が持てなくなってきた。今はそれより問題に集中だ。えっと、金と銅はあるのに、銀は無いのか。
「「え?」」
校長が目を見開く。僕も唖然とするしかなかった。問題が出た瞬間に夕香は答えを導き出していたから。
「だから、将棋ですよね、その答え。王は王将、車は飛車と香車、馬は角、金は金将のことですか」
「……せ、正解」
フラグへし折ったよ、この子。得意とは言ってもいくら何でも速すぎじゃないか?
「夕香、速くない?」
「そう? お父さんに付き合って将棋やってたから見た瞬間に分かったよ」
予想以上に役に立ってくれている。本当に閃き問題は夕香1人に任せても問題がないように感じてくる。
「2問目、雑学からの問題。この問題に関しては解答権は1回までだ」
さっきの問題と違って解答権があるということは、必然と答えが絞られているということ。問題によっては当てずっぽうでも何とかなる可能性もある。
「トランプの絵柄はスペード、ハート、クラブ、ダイヤがあるが、この内Kのカードでは1つだけそれらの記号を見ていないキングがいる。さてそれはどの記号だ」
思ったよりも簡単で拍子抜けだ。
「A、分かる? 分かんなきゃ最悪4択だから当てずっぽうでいく?」
「大丈夫、答えはスペードだから」
「正解だ。さすがに知っていたみたいですね」
「え、どうしてスペードだけ違うの?」
「スペードは死を意味してるから、死から目を背けていることを表しているみたいなんだ」
「へー、凄い。翔隆博識だね。普段遊んでるものにもちゃんと意味が込められてるものもあるのか~」
「この調子で頑張ろ」
「うん、なんなら8問で終わらせちゃおう!」
「油断してると足元をすくわれるぞ」
校長が僕らの方を見て警告してきた。夕香はともかく、自分は冷静な方だ。いちいち一喜一憂したりしないで、着実に正解をしていく。
その後4問出題され、閃き問題2問は夕香が、雑学問題2問は僕が答え残すところ4問となった。
「やったね、残り2問で合格だよ」
「夕香のおかげだよ。僕じゃ分からない問題を答えてくれてたし」
「ううん、翔隆だって私が分からないような問題解いてたじゃん」
「そろそろ7問目に移っても良いか?」
「はい、すみません」
2人で盛り上がるのに夢中で、校長先生のことを無視していた。
「7問目は雑学問題。自動車のナンバープレートには平仮名も書かれているが使われていない文字は全部で4つある。『へ』、『ん』以外の2つを答えよ」
「私1つは知ってるよ『し』でしょ? 死を意味してるから使わないって聞いたことあるもん」
「もう1つは『お』。『あ』と見分けが付きにくいから使っていないはず」
「正解だ」
「やったー! あと1問!」
飛び跳ねて喜ぶ夕香。自分のことじゃないのに自分のことのように喜ぶな、夕香は。というより、試験のこと忘れて純粋に楽しんでいるだけに見える。それに何故か、校長も最初の方は僕を不合格にしてやるみたいな雰囲気が漂っていたのに、今では我が子を見守るような優しそうな雰囲気が漂っている。根は優しい人なんだろうか。
「では、8問目の問題だ」
これで、正解すれば2問答えずして合格が決まる。ここは正解をしておきたい。
「閃き問題」
最後は自分の力で合格したかったけど、閃き問題じゃ夕香には敵わない。今のところ3問全部10秒以内には答えに辿り着いてるし。
「四角に当てはまる漢字を入れ、四字熟語を完成させろ」
ホワイトボードに漢字が貼り出された。問題は以下のようになっている。
『 解 亀 禁 降
↓ ↓ ↓ ↓
説→□→日 銅→□→肌 休→□→宿 断→□→玉
↓ ↓ ↓ ↓
確 餅 血 田 』
「うわ、急に難しくなった」
ここまで閃き問題を一瞬で解いてきた夕香が遂に止まった。一見簡単そうに見えても、四字熟語を作らなければならないから、たとえ漢字が当てはまったとしても、間違っている可能性もある。この問題は4つ全てを見つけてから四字熟語を完成させるより、3つ、いや最悪2つの漢字が分かれさえすれば、その漢字が使われている四字熟語を探した方が速い。
「1つでも漢字が分かったら教え合おうか」
「そうだね、じゃあ4つ目の漢字は『水』だよ」
僕が問題の分析をしている間にも夕香は漢字を1つ導き出していた。僕も頭は良い方だが、もしかしたら夕香程ではないかもしれない。僕はこういった問題は分析して考えることが多いが、夕香は直感的に答えている。スピードだけで言えば夕香には敵わない。だけど、今回は制限時間は5分ある。たとえ、1つだけしか漢字が分からなくとも夕香に協力することはできる。
「1つ目の漢字は『明』だね」
こうしている間にも夕香は漢字を導き出していく。そして僕も1つ目の漢字は分かった。
「2つ目の漢字は『鏡』」
残りの時間的に問題を解いてる余裕は僕にはない。だから、3つの漢字が使われている四字熟語を探して絞り出した方が有効的だ。夕香は3つ目の漢字を導き出しているみたいだ。夕香が漢字を導き出すか、僕が四字熟語を絞り出すか、それまた時間切れになるか。残りの1分弱が、勝負となる。
分かっている漢字を当てはめると、明鏡〇水か。分かったぞ、四字熟語が。確かにそれなら3つの目の漢字にも当てはまる。よし、辿り着いた。これで僕が答えれば試験は終わりだ。
「答えは明きょ……」
「答えは明鏡止水」
僕の言葉を遮り、僕と言おうとしていた同じ解答をする夕香。夕香さん、ここは僕に譲って欲しかったな。確かに夕香も問題に参加してるけど、これ一応僕のテストだよ? 最後ぐらい僕で終わらせても良くない? そんな訴えを言えるはずもなく僕はふてくされた。そんな様子を見て校長が笑ったように思えた。
「正解だ」
「てことは……」
「翔隆は合格ってこと……?」
「そうです。翔隆君おめでとうございます」
「ありがとうございます」
校長の最初の威圧感は今ではなくなっていて、心から祝福しているように見えた。
「案外、簡単に受け入れるんですね。テスト問題を変更するぐらいでしたから、てっきり、いちゃもんをつけてくるのではないかと思ってましたが」
「ここまで、テストを難しくしても合格するのですがから、これ以上やっても結果は見えてますよ。それに、私は君を最初からこの学校に編入させるつもりでしたから」
「はい……?」
「ですから、君を最初からこの学校に編入させるつもりだったのです。つまりですね、最初の3教科を除き他のテストは編入試験に全く関係ありません。ただのお楽しみ会みたいなものです」
「じゃあ、もし私達が問題を解けてなかったら?」
「ネタばらしするつもりでした」
なんだよ、最初から校長の考えなんて読む必要なかったのかよ。
「すみませんね。夕香さんのお父さんが先日、無理矢理、翔隆に編入試験を受けさせるよう電話をしてききて一方的に要件を言ったら電話を切ったので、少々ムカついたのでストレス発散代わりに君たちの反応を見て楽しんでました」
この校長すこし性格悪いなと思った。
「校長先生、私のお父さんと知り合いだったんですか?」
「ええ、今から1……ではなく6年前、こちらの学校に転任してきた際に行き倒れになりまして、その時夕香さんのお父さんに助けられたんですよ」
僕と同じじゃないか。この町は行き倒れになる人が多いのか。
「それから、よく食事に行ったりと今でも親交があるんですよ」
「そうだったんですか」
「まぁ、そのおかげで今回みたいな無理難題を押し付けられることが時々あるんですがね……」
「お父さん……」
なるほど、校長先生と知り合いだったから、高校2年生からの編入が認められた訳か。
「では、これからA君の編入手続きに入りたいと思います。すみませんが夕香さん、ここから先は翔隆君と2人だけにしてもらってもいいですか?」
「はい、構いませんけど。じゃあ、翔隆、外で待ってるね!」
そう言って夕香は校長室から出て行った。
「それでは翔隆君、編入手続きを始めたいと思います」
いよいよか。これで、やっとこの世界があの小説と同じかどうかを知れる学校に通うことが出来る。
「その前に1つ質問してもよろしいですか?」
「はい、良いですよ」
「翔隆さん、この世界に転生してきて良かったですか?」
は?