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4話 準備

「ふわぁあー」


 大きなあくびがリビングに響く。


「夕ちゃん、お父さんのことは放っておいて良いって言ってるじゃない」


 夕香のお父さんはとても眠そうにしている。散歩から帰ってきて早々、夕香がお父さんの様子を見に行くとお父さんは案の定眠っていた。それで、叩き起こされたお父さんが今、僕の目の前にいる。


「ふーん、それで君はここに住みたいと」

「はい」

「家に戻るつもりはないのか?」

「戻りたいと思っても、もうすでに戻れない状況にあります」


 実際に死んでしまってるわけだから元の世界には戻れないし嘘は言ってない。


「そんなに、家族との折り合いが悪かったのか」

「……はい……」

「そうか、それは大変だったな。それで、あの森で何も持たずに遭難してたってわけか」

「お父さん、昨日はありがとうございました」

「気にするな、元気そうで何よりだ」


 夕香に似て優しいお父さんだな。


「だがな……君にお父さんと呼ばれるような筋合いはないぞ」

「お父さん!」


 空気が少し凍ったような感覚がした。これはミスったか?まずいな、こんなんでここに住めなくなるのは困る。まさかお父さん呼びでこうなるとはだれが様子出来るだろうか。


「ごめん、ごめん、このセリフ1度言ってみたかったんだ」

「お父さん……」


 夕香は呆れたように頭を押さえている。冗談を言った本人は楽しそうに笑っている。


「冗談はここまでにして、ここに住みたいという話だが……良いぞ」

「本当ですか?」

「二人で住むにはこの家は広いからな。余ってる部屋を使うと良い。夕ちゃんも了承してるなら問題はないよ」

「ありがとうございます」


 良かった……。とりあえず、しばらくの間、安住が得られる。


「ところで今何歳なんだ?」

「16です。娘さんと同い年ですね」

「学校はどうしたんだ?」

「行ってないですけど」

「そうか……」


 元の世界では行っていたけど、どの高校だったかとか聞かれるとまずいから、嘘をついた。学校に連絡されてもまずいし、そもそも元の世界と同じ高校があるわけがないから。


「少し待ってろ」

「え、はい……」


 お父さんは携帯を取り出しリビングから出て行った。何だったんだろ? どこかに電話しているような声は聞こえた。


「翔隆、良かったね。ここで住めることになって」


 夕香が嬉しそうに話しかけてくる。なんで夕香が喜んでいるか不思議に思ったが、触れないことにした。


「うん、良かったよ。ここに住めなきゃ野宿するつもりだったから」

「それは家に住むことが出来て良かったよ。野宿なんて大変だろうしね」


 いや、本当に夕香のお父さんに助けてもらえて良かったよ。


「これからどうするつもり?」

「どうするって?」

「何をするのかなって? だって、家出して来たんでしょ? 何かしたいとかそういうのあるの?」


 何をするかか……。実際僕はこの世界で何したいんだろうな……。本当なら今頃魔法を使った冒険とかしてたはずなのにな……。しばらくはここでのんびりと過ごすのも悪くはないかな。


「とりあえずは、バイトを探そうかなって思ってる」

「バイト?」

「うん、今僕って一文無しでしょ?」

「だね、それで私の家に居候するんだもんね」

「それに今着てる服も夕香の家のやつでしょ?」

「そうだね。朝貸したやつだね」

「何から何まですみません……」


 言っててだんだんと虚しくなる。どんんだけ夕香の家にお世話になってるのだろうって。


「良いの良いの、ちゃんといつかお礼してくれるんでしょ?」


 夕香はそう言ってニヒヒと笑った。


「うん」


 僕は大きく頷いた。何をお礼にするかは決まってないけど、お世話になった分しっかり返そうと思った。


「てなわけだ、よろしく頼むな」

『おい、ちょっと待て』


 お父さんは電話を終えたのか、リビングに戻ってきた。相手どこか怒ってたように聞こえた。お父さんが笑ってたから気のせいだろう。


「お父さん、どこに電話してたの?」

「夕ちゃんの学校」

「急にどうしたの?」

「一人ぐらい、生徒の余裕があるか聞いてた」

「え、もしかして……」


 夕香は何か気付いたのか僕の方を見て嬉しそうな顔をしている。


「翔隆、勉強は得意な方か?」

「勉強ですか? 一応人よりは出来る方でしたけど」

「なら、受けてみるか?」

「何をですか?」

「夕ちゃんの学校に入るための編入試験」


 編入試験? 学校に通えるのか? でも僕、この世界に戸籍も何もないけど大丈夫なんだろうか。


「でも、編入も何も高校行ってないのに、この時期から高校入れるものなんですか?」

「その辺は大丈夫だ。学校には俺の方から話をつけておいた。ついでに、夕ちゃんと同じ高校2年生から編入出来るようにしといた」


 この人何者なんだ。あんまり、本の方では出番がないような人なのになんでこんなに権力っぽいものを持ってるようには思えなかったけど。高校2年生から編入させるって結構無茶な要求のはずなんだが。


「ただ、そのためには編入試験を突破しないといけないから、夕ちゃん、翔隆の勉強見てあげな」

「りょうか~い! 翔隆、一緒に勉強頑張ろうね」

「お父さん、色々とありがとうございます」


 住む場所だけじゃなく、学校まで手配してくれるなんて本当になんていい人たちなんだろうか。


「うーん、やっぱり、お父さん呼びはなんか変な感じがするな」


 そりゃ、会って間もない人からお父さん呼びされるのは変に感じるだろうな。


「俺の名前は直哉、次から名前で呼んでくれ」

「分かりました。直哉さんこれからよろしくお願いします」

「じゃあ、お父さんは頑張ったからまた寝るね~」

「ダメに決まってるでしょー」


 逃げた直哉さんを追いかけ夕香はリビングから出て行った。直哉さん……。さっきまで凄いと思ってたのになぁ……。あの怠け精神少し見習いたいと思った。


     *


「お、全然勉強出来てるじゃん、これなら私が教えなくても平気じゃない」

「夕香の教え方が上手かったからだよ」


 昼食後夕香に勉強を見てもらっていた。何度も言うが僕は勉強が出来る方だ。中学校の時からテストでは上位常連だったぐらいだし。


「編入試験は3日後みたいだから、この感じで行けば余裕で受かるんじゃない?」


 この程度の問題なら合格するのは簡単だろう。だけど、ここまで自分に都合の良いことばかり起きているからな、ここら辺で少しまずいことが起きてもおかしくはないはずだ。


「編入試験の教科は、全部で5つだっけ?」

「直哉さんはそう言ってたね」

「国語、英語、数学、社会、理科の5教科全部かー。大変そうだね」


 普通に考えれば、その5教科なんだろうけど、『5教科』っていう言い方じゃなくて、テストを『5つ』用意したと直哉さんは言っていた。だから、それ以外の教科が出てくることも十分に考えられる。どんな問題が出てきても答えられるようにしといた方が良いかもしれない。

 

 他に考えられるようなテストは一般常識、その他特定の分野だろうか。 社会なら地理、歴史、公民。理科なら化学、生物、物理、地学。国語なら評論、小説、古典、漢文。こんな風に特定の分野を狙ったテストをしてくる可能性も十分に考えられる。一通り、勉強をしといた方が良いだろう。


 もしかしたら学力だけのテストじゃないかもしれない。だとしたら有力なのは体育だろう。ある程度運動だけでもしておこう。でも、この家にある教材だけじゃそれらの予想外のテストに対応できない。それに、この世界の総理大臣とか知らないしな。政治的な問題が出たら0点確実だし……。元居た世界と変わらなければ楽なんだけど。


「この辺に図書館ってある?」


 そういうことを調べるのに図書館は便利だ。


「あるよ、少し歩くけど学校の近くにあるんだ」

「そこ、連れて行ってもらっていい?」

「良いよー、じゃ今から行こっか」



「ここが図書館だよ」


 家から30分ぐらい歩いたところに図書館があった。


「ちなみに右に見えるのが私が通ってる学校だよ」


 やっぱり、見覚えのある学校だった。この場所に、もう一人のヒロインと主人公がいるのかもしれないのか。それをしっかり確認するためにもまずは3日後の編入試験を合格する必要がある。


 突然、夕香は振り向いて、


「一緒の学校に通えると良いね」


 そんなような言葉を発した。ニヒヒと笑いながら。


「うん、そのためにも勉強頑張るよ」

「じゃあ、私買い物してくるから、帰り道は分かる……ううん、何でもない、一時間後に迎えに来るね」


 うわー、家まで一人で帰れないと思われてる。確かに一人で帰れないけどさ……。


「分かった。じゃあ頑張ってくるね」

「行ってらっしゃい~!」


 夕香はスキップしながら商店街の方に消えていった。さてと、早速この世界の政治について調べるか。1時間もあれば十分に調べられるはずだ。

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