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3話 散歩

 勢いよく扉が開き、夕香が突撃してきた。


「おっはよー」


 僕の異世界生活、最初の朝は、ものすっごく眠かった。昨日、この世界のことを考えていて、眠りに就いたのは深夜2時ぐらいだった。


 今の時刻は朝の5時。朝から好きな子に起されるってのは嬉しいはずなんだけど、ちと起きる時間早くないか?もう少し寝かせて欲しいんだが……。


「おはよう、起きるの早いんだね」

「あ、ごめんね。いつもこの時間にはお父さん起こすから、その癖で翔隆まで起しちゃった。まだ寝てたかったよね?」

「ううん、大丈夫。もう目が覚めたから。それより、こんな時間から起きて何してるの?」

「散歩! せっかくだから、翔隆も一緒に行こうよ」

「どこまで行く予定なんだ?」

「近くの公園までだよ。大体20分ぐらい散歩する予定かな」


 公園か、まあそんな大して距離が無いなら一緒に行っても良いだろう。


「分かった、支度するから少し待ってて」

「はーい」


 とりあえず、着替えるとするか、昨日から同じ服装だし……。そういや、自分の服なんて今着てる服しかなかった。


「あの……」

「あ、着替えならそこに置いてあるの使っていいよ」


 ホント、なんでこんな気が利く子なんだろうか。


「ありがとう、じゃあ使わせてもらうね」


 そっか、住む場所だけじゃなく服とかも用意しないといけないのか。早くバイトなりしてお金稼がないと。それよりもまずは散歩だ。待たせるの悪いし早く着替えるとするか。まず上着に手を掛けた。けれど、右からの視線が気になって手を止めた。


「あの……」

「あ、そっか散歩の前にシャワー浴びたいよね。昨日お父さんに運ばれてきたまま寝ちゃったから」


 確かに、シャワーは浴びときたいかな。一緒に散歩するのに、汗臭いのはまずいだろうし、現に今も結構近くにいるのに汗かいた服のままってのは悪いし。


「じゃあ、シャワー借りようかな」

「うん、どうぞ!」


 えっと、この用意された着替えを持って風呂場に向か……じゃなくて、それもそうなんだけれど、


「あの……、さっきから着替えしようとしてるのに見ててくるのやめて欲しいんだけど……」


 何故か分からないが夕香は僕の着替えを何の問題もないかように見ていた。


「あ、ごめん。全く気にしてなかった。じゃあ、私はリビングで待ってるから、シャワー終わったら来てね~」


 夕香はそう言い残して部屋から出て行った。嵐のような子だ。夕香って優しくて、しっかりしてそうなんだけど、かなり抜けてるところがあるんだよな。現に、今も風呂場とリビングの場所を僕に伝えずに出て行ってしまったからな。


 普通の人ならば、家の中を彷徨ってやっとの思いで風呂場に着くところだと思う。だけど、僕は転生者であり、この物語を知っている。夕香の家の構造もアニメで見ているから大体の風呂場の位置やリビングの位置ぐらいは知っている。


 えっと、風呂場はこの部屋から右に進んだところだな。着替えを持って、部屋から風呂場へと向かった。


「おっ、風呂場の場所分かったんだね」


 シャワーを浴びて、リビングに向かうと、夕香がソファで寝ころんでいた。


「適当に進んだら一発で見つかったよ」

「相当運がいいんだね」


 まあ、人の家の風呂場の位置を知ってたなんて言えないもんな。


「あんな、ちっちゃな公園で迷ってた人とは思えないな~」

「それ、いじるの止めてくれないかな……」


 この世界があの物語の世界だと知って気づいたんだけど、あそこ森じゃなくて、公園なんだよね。公園の中に小さな森みたいなところがあって、そこを何時間もグルグル回ってたみたいだった。本当に恥ずかしい。異世界に来たと分かっていたからこの森は広いと思い込んでしまったから余計に出られなかったのかもしれない。先入観って恐ろしい。


「ニヒヒ、さすがに可愛そうだからこれ以上、その話するのは止めてあげるよ」


 夕香は楽しそうな顔で微笑んだ。


「じゃ、そろそろ行こっか」


 コノハにリードを付けて夕香と僕は朝5時半からの散歩に出掛けた。眠い……。


     *


「え、じゃあ、翔隆は家出してここまで一人で来たの?」

「うん、両親とケンカしちゃって……」

 

 散歩の間、夕香が僕のことについて色々聞いてきた。最初の方は誕生日とか血液型とか、生まれはどこなのかなど自分に関することを聞かれた。そして、何故この町に来て、おの公園で彷徨ってたのかを聞かれた。


 『異世界から転生してきました』なんて言ったところで信じてもらえるはずもないから、普通に家族との折り合いが悪くて家出してきたことにした。別に本当の両親とは仲が悪かったということはない。むしろ仲のいい方だったとは思う。小学生時代一時期引き籠もり気味だった僕に対して、無理矢理部屋から出そうともしないで、ゆっくりと見守っててくれていた。


 でもちゃんと、両親にお礼も出来ないまま、死んじゃったんだよな。しかも、よりによって交通事故で。


「じゃあ、やっぱどこにも行く当てがない感じなんだ」

「うん、それで困ってたところに夕香のお父さんが助けてくれたんだ」

「それは、運が良かったね。お父さんはあの時間に公園を散歩することを日課としてたから」


 それは本当に運が良かったな。でも、昨日は平日のはず。それにあの時間に散歩をすることが夕香のお父さんの日課だと言ってるけど、仕事してないのだろうか。


「お父さんは仕事何してるの?」

「それがね、私も知らないんだよね。仕事何してるの? って聞いても教えてくれないんだよね」


 小説の方にもお父さんの仕事は示されてなかったんだよな。


「それで、初めの方は家で一日中ゴロゴロしてるだけだったから、朝5時に起こしたり、家から追い出し……散歩させてるんだよね」


 お父さん、可哀そうだな。家にいるだけで追い出されるのか。


「でも、働いてないわけじゃないんだよね。ちゃんと生活できるお金は生活費としてお父さんから渡されてるから収入はあるみたいなんだけど、何をしてるかまでは分かんないんだよね」

「それは不思議だね、家に一日中いるのにちゃんとした収入があるなんて」

「でしょー」


 たぶん、小説家なり家で出来る仕事をしてるんだろうな。夕香が知らないってことは学校に行ってる時間で仕事してるんだろう。


「でも本当に良かったの?」

「何が?」

「家に居候させてもらうこと」


 夕香は僕がこの家に居候したいことをお父さんに伝えたらしく、お父さんもなんでか知らないが乗り気らしい。僕にはその考えが信じられない。普通見知らぬ男を家に泊めるかな。まだ僕が学生だったから泊めてくれたのだろうか。


「良いんじゃない? 私は別に気にしないし、お父さんが良いっていうなら構わないんじゃない?」


 やっぱり、この家族、人が好過ぎるような気がしてしまった。でも、もしかしたら僕が転生したことで自分に都合が良い環境が作られるようになってるのかもしれない。


「まあ、居候を認めるかは翔隆と話して決めるみたいだから、頑張ってね!」


 怖いな……。でも、門前払いされるより話を聞いてくれるのはとてもありがたい。それに、すでに夕香から聞いた感じ、よっぽどの失礼をしない限りは居候を許してくれそうだし、頑張ろ。


「さ、着いたよ。ここが嵐吹(あらぶき)公園だよ」


 ここか、昨日何時間も迷った公園だ。やっぱり、森の面積は広いとは言えない程の広さだった。よくこんなところを何時間も迷ったよ。


「案外、家から近いでしょ。ここ私のお気に入りなんだ」


 僕にとってはここは好きじゃない場所だ。別に昨日迷ったから嫌いになったわけじゃない。ここは彼女、つまり夕香がフラれた場所だ。来年のバレンタインデーに夕香はここで告白してフラれる。だから、この場所は僕は好きじゃない。どうして推しがフラれた場所を好きになれる。


「ここから見える夕日がきれいなんだ、今は夕日は見えないけど、いつか翔隆にも見せたいな」


 僕の手を引いて笑う夕香を見て、さっきまで考えていたことがどうでもよくなった。


「じゃ、そろそろ帰ろっか。たぶん、お父さん二度寝してるから早く帰って起こさないといけないしね」


 お父さんすごいな。こんなに娘が実力行使に出ていてもまた寝ようだなんて。僕はお父さんのその心の強さに尊敬した。

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