2話 ラブコメの世界に来てしまいました。
意識を取り戻した僕は森の中にいた。
さてここはどこだ。一見ただの森のように見えるが、ここは異世界だ。油断しているとモンスターとかに襲われて死ぬとかぜんぜんあり得る話だからな。とりあえず、何か出てきても戦えるように、その辺に落ちていた木の棒を拾っておいた。
さてと、これからどうするべきか……。できれば、街に出たいけど、そもそもこの世界がちゃんとした文明があるかも分からないからな……。あの天使め、次会うようなことがあったら文句言ってやる。せめて人がいるような文明であってくれ。でなければ近いうちに死んでしまう。
道が分からないまま右往左往しているうちに日が暮れた。この森に同じ様な景色が多いいな。さっきから同じ場所を歩いてるような感じがする。モンスター退治ように拾った木の棒がもはや杖の代わりと化している。
食物の知識も無いせいでキノコや果物を見つけても食べても平気か分からず、この世界に来てから何も口にしていない。てか、本当に転生したんだな、あの変な空間では感覚がなかったのに、今では、疲れや足の痛みや空腹の感覚まである。
事故死の次は飢え死にか……。次死んだら、またあの空間に行くんだろうか。その時はちゃんとした世界に送ってもらおう……。
「こんなところで何してるんだ?」
頭にタオルを巻き、作業服のようなものを着た年齢4,50代ぐらいの男の人に話しかけられた。
良かった、この世界にも人間がちゃんといた。何時間ぶりかに人の言葉を聞いた。言葉も日本語のように聞こえる。これは天使の方で調整でもしてくれたのだろうか。わけわからない言語だったらどうしようかと思ったよ。
「実は迷子になってしまいまして……」
「え? ここでか?」
「はい、それが何か?」
「ここ、そんなに広くないはずなんだがな……、もしかして君、かなりの方向音痴?」
「うっ……」
その自覚はある。小さい頃から道を覚えるのは苦手で何度いろんなところで迷ったことか。どおりで同じような景色ばかり見ているはずだよな。
「ちなみに、ここどこですか? 最近ここに来たばかりで地名に疎くて……」
まずはこの世界の場所の地名だけでも覚えておかないと。こういうときはスタート地点となった場所が大事だからな。
「東京の方から来たのか? ここは千葉県だぞ」
なるほど、ここは千葉県か……。ん? 東京? 千葉? は?
「千葉って日本の千葉ですか?」
「何を行ってるんだ? もちろんそうに決まってるだろ? もしかして海外から来た人だったのか?」
え? もしかして元の地球に戻ってきたってことか?
「いえ、日本人です」
「かわいそうに、疲れて頭がおかしくなってしまったのか……」
ちょっとおじさん、もう少し言い方ってものあるんじゃないんですか、これでも頭は良い方なんですよ。
「それより、歩けるか?」
「たぶん、歩けるかと……」
おじさんから差し出された手を取ろうとしたとき、何かの違和感に気づいた。
「あれ? おじさん、僕と会ったことありますか?」
「いいや、会ったことはないはずだが?」
気のせいかな、どこかで見たような顔なんだけど……。それもつい最近。
「まぁいい、とりあえず家に来るか?」
「いいんですか?」
「そんな満身創痍な状態の君を放って置く方ができないよ。若者は遠慮なんかしなくていい」
「じゃあ、お言葉に甘え……て……」
そう言いかけて僕は、また気を失った。
*
次に目を覚ました場所はどこかの家のベッドの上だった。たぶん、あのおじさんの家なんだろう。どうやら、ここまで運んでくれたみたいだ。窓の外を見るからに、今は夜。身に着けていた腕時計は一応22時を指しているが、これが正しいかどうかは正直分からない。
部屋にはカレンダーがあり、4月であることは分かった。今分かってることは、ここが日本であることだけ。異世界に行ったつもりが、元の世界に戻ってきちゃってことか?
気になることはもう一つ。あのおじさんだ。あのおじさんは会ったことはないって言ってたけど、見覚えある顔だった。でも、いつ会ったかは覚えてない。話した覚えはないから町ですれ違った程度なのかもしれない。他人の空似だったのかな。
『ガチャ』と扉が開く音がした。
もし、この世界が地球に似た世界だったら……。こういう時、可愛い女の子が様子を見に来てくれるんだろうな。そんな淡い期待を持ちながらドアの方を覗いた。
「ワン!」
ん? 『ワン!』? 可愛い女の子じゃなくて、可愛いらしい子犬がやってきた。
ま、そうだよな……。これは物語じゃなくて現実だ。そんな小説じみたことなんて起きるわけがない。その犬は僕の上に飛び乗ってきた。
「よ~しよし、可愛いワンちゃんですね~どこから来たんだい、飼い主さんはどこかな?」
「…………」
ワンちゃんを全力で可愛がることにした。
「ワンちゃんは何ていうお名前なのかな?」
「コノハですよ」
「コノハか~、良い名前……です……ね……」
そうだ、ここは異世界だ。犬が人間の言葉をしゃべる世界なんだ。今返事したのはこの犬だ。決してベッドの横に座って、ニヤつきながらこっちを向いている女の子じゃない。
「ワンちゃん、好きなんだね」
いっそ、殺してくれ……。それで天使さんのもとへ送ってくれ。一言、文句言いたいから。
「あの、今のことは忘れてくれ……ま……せんか?」
え? どうして? 僕の近くにいる女の子を見たことで動揺して歯切れが悪くなる。
「どうしよっかな~」
なんで、ここに僕の好きなヒロインがいるんだ……
「あ、ああ、誰にも言いませんから、そんな深刻そうな顔をしなくていいですから」
僕の動揺ぶりに慌てふためく、ヒロイン。
「いつからそこにいたんですか?」
「コノハが入ったすぐに来たけど、コノハに夢中で気づいてなかったみたいだね」
小説じみたことだなんて思わないで素直に期待しとけば良かった。そうすれば恥ずかしい思いしなくて済んだのに。
「それで、大丈夫? 森で倒れたって聞いたけど」
「うん、大丈夫。寝たら元気になったから。それで、ここまで僕を運んできてくれた人は?」
大方検討は付いてるが、一応聞いておく。
「私のお父さんだよ」
やっぱりだ。見覚えがあったのはアニメで一瞬だけ登場したからかだった。
「君のお父さんにお礼を言いたいから呼んできてもらえますか?」
「ごめんね。お父さんはもう寝てるの」
「あ、そうなんですか。ところで今って何時か教えてもらっていいですか?」
「22時だよ」
どうやら、僕の腕時計は正確な時間を示していたみたいだ。
「じゃあ、明日会った時にお礼を言いますね」
「分かった。お父さんに伝えておくね」
「ありがとう。それと僕の看病をしてくれたのは」
「私だよ」
「ありがとうございます。おかげで元気になりました」
「いいのいいの、私が好きでやったことなんだから。そんなことよりも、敬語使うのやめない? 見たところ私と年齢変わんないような気がするけど」
「今年で17歳になります」
「なんだ、私も来月17歳になるから同い年じゃん。なら敬語は禁止ね」
僕と同じ年齢ってことはつまり、あの本でいうところ1巻が始まる前ってことか。彼女の誕生日は5月だから、それを迎えてないってことは高校2年生ということだ。
「分かり……分かった。じゃあ、敬語はやめるよ」
「うん、それでよろしい」
さて、このあとはどうするか。
たぶん、この世界は僕が好きなヒロインつまり、目の前にいる彼女がいる小説の世界だ。天使さんは後で探しに来ると言ってたし、迎えが来るまでこの世界を楽しんでもいいかもな。
「物は相談なんだけど、しばらく君の家にいさせてもらえないかな?」
初対面の相手に言うセリフではないことは分かってる。ましては年頃の女の子の家に住むことを頼むのは頭がおかしいことも十分に承知している。だけど、よく考えてほしい。僕はこの世界に来たばかりだ。
つまり当然無一文だ。そんな状況でここを出てみろ。またすぐに路頭に迷う。それなら多少のプライドを犠牲にしてでも、安住を得たい。断られたら、近くの格安アパートでも紹介してもらうしかない。
「私は別に構わないよ」
「ですよね。じゃあ、明日にでも出ていき……へ?」
「私は別にいいよ。だけど、お父さんに聞いてからでないと……」
やっぱり、この子は良い人過ぎる。容姿だけでなく性格まであの本と同じとか信じられない。彼女は絶対に困っている人を放っては置けないタイプだ。それとは対照的に、その優しさに付け込んで頼みごとをした僕の評価は駄々下がりだろうな。
「ありがとう……」
「いいのいいの。困ってるときはお互い様なんだから。それになんかあなたは悪い人には見えないからね」
「この礼は必ずするから」
「うん、期待して待ってる」
そのヒロインはニヒヒと笑いながら扉の前で立ち止まった。
「そういえば、私の名前まだ教えてなかったね」
僕は君の名前は知ってる。だって、君は僕が2次元で初めて好きになった子なんだから。
「私の名前は響夕香だよ」
「僕の名前は翔隆、よろしく」
「うん、よろしくね。いろいろと話したいことはあるけど、今日はもう遅いし、翔隆も疲れてると思うからまた明日ね、おやすみ」
そう言い残しては夕香は部屋から去って行った。
まさか、小説の世界にも転生できるとは。夕香は自分が知ってるキャラそのものだった。それなら、他の人たちもこの世界にいるってことなんだろうか。そのことを確かめるのは明日になってからでいいだろう。それより、ここに長くは住めないと思うから早くバイトなりしてお金を稼ぐとするか。