16話 勉強会
「良かった~、飼ってくれる人見つかって」
バイトから帰ってきた夕香に先生が飼ってくれることを話した。
「クラスの子に聞いても飼える子がいなくてどうしようかと思ってたから助かったよ」
「真凛愛と犬の話をしてたら偶然先生が通りかかってね、話をしてみたら犬好きだったから聞いてみたんだよね」
本当のことなんて夕香には話せないからな、それっぽいことを話しておく。真凛愛には一応合わせるように言っておいたが、今は一人でどっか行ってしまってる。いったい何をしてるんだか……。
「じゃあ、今日でこの子ともお別れか」
そう言ってその犬を抱っこする夕香。
「コノハも寂しがるかもね、あれコノハは?」
いつもならその犬と一緒にいるはずなのに。
「コノハなら真凛愛ちゃんとどこか行ったよ」
自由だな真凛愛は。
「じゃあね、先生のところでも元気にしててね」
明日の放課後には僕が先生のところに連れていく。だから今日でお別れというわけだ。夕香がその犬とじゃれあいを始めたので、僕は部屋から出て行った。
*
今日は先生の家に犬を連れていく日であるのと同時に中間テスト2週間前だ。僕が教室へ入ると物語の主役3人組と真凛愛が話をしていた。
「夕香今回はいけそう?」
「う~ん、正直分かんない。でも全力で頑張るよ」
「未来と朝陽は?」
「私は同じぐらいの順位をキープできればいいかな」
「僕は夕香に勝つことが目標かな」
「お、強気だね~」
「今まで一回も勝てたことがないからね、今回は勝たせてもらうよ」
「まあ、私が勝つと思うけどね」
ちなみに今回の中間の順位は、夕香が2位、Kが4位、未来が35位という順位になっていた。未来が順位が下がったのには理由がある。中間テストが終わった時に未来から夕香と朝陽は相談を受けることとなっている。事情も知らない時点で僕が介入してしまうには結構やばめの問題だからな。相談されてから動き出せばいいだろう。結末を知っている僕からすれば解決するのは簡単だからな。
「お、翔隆、用事はもう済んだのか?」
僕に気づいた朝陽が声を掛けてくる。
「うん、済んだよ」
僕の用事と言うのは先生に何時ごろ家に伺えばいいかということを聞いていたことだ。
「翔隆くんは中間テストの自信はある?」
「まあね、もう勉強は始めてるしね」
「偉いね、私なんて2週間前になってからだよ」
普通の学生はそんなもんじゃないのか。
「翔隆の目標はどれぐらいなんだ?」
「20位に入れればいいかなって思ってる。この学校に来たばかりだし、傾向も分からなければ、みんなの頭の良さも分からないからね」
本当は夕香に勝つことが目標だけど、わざわざ言わなくて良いか。実際にこの学校のテストもどんな感じなのかも知らないし。編入試験の方は校長先生自ら作ってたみたいだからな。
「真凛愛はどう?」
「私? 私はね……」
目をオロオロして動揺している真凛愛。
「もしかして、真凛愛ちゃん勉強苦手なの?」
「うん……」
勉強苦手なのか。ま、でもそんなイメージだな。
「前の学校ではどれぐらいだったの?」
「…………一番下……」
一番下って苦手ってレベルなもんじゃないだろ。
「どうしよ~、赤点なんて取ったらどうなっちゃうの?」
「確か居残り補習じゃなかった?」
再テストを受けさせられるとかじゃないんだな。
「なんだそれなら良いか」
「「良くないよ」」
真凛愛が安心したような反応をしたが、夕香と未来にすぐに突っ込まれる。
「なんで? 居残りぐらいよくない? 補習受ければ見逃してくれるんでしょ?」
「何言ってるの? 補習次の期末テストまで毎日あるんだよ」
意外にきつそうだったんだね。この三人以外に出てくる人いないから補習内容なんて知らなかったな。
「え、やだよ~、なんでそんなに勉強しなきゃいけないの~。どうにかしてよ翔隆~」
「だったら、テスト頑張るしかないよ」
服をつかんで揺らすのはやめてほしい。
「あいつ、殺す。」
「夕香さんや未来さんだけでなく、新しくきたかわいい子まで仲良くしてるなんて」
ほらモブの方々が怒ってらっしゃるから。てか、モブさん。出番多くないですか?もう少し出番が少なかったと思うのですが。いつかこの物語に介入してくるのでは? と言うぐらいに目立っている。でも4人には聞こえてないみたいなので僕も無視をしよう。
「じゃあ、勉強教えて」
泣き目でお願いをしてくる真凛愛。
「勉強会開こっか」
夕香がそう口にする。
「勉強会?」
「うん、私と未来と朝陽で一年の時からやってたんだけどね、テスト前に集まってみんなで集まって勉強してるの」
「うわ~、楽しそう。やりたい、その勉強会」
「いいね、今年もやろうか」
「うん、私もやりたいかな」
「じゃあ、今日からやろうか。夕香と翔隆はバイト大丈夫?」
「私は今日はないから大丈夫だよ」
「僕は18時からだから17時ぐらいまでなら大丈夫だよ」
「なら今日やっちゃっおっか」
この3人のまとめ役である朝陽が予定を考えてくれる。楽で助かる。僕はこの女子3人を統率できる自信がないな。特に真凛愛と夕香は手に負えない。夕香は真凛愛ほどではないものの何かに夢中になると何も考えずに行動しだすから注意が必要なんだよな。
真凛愛は動き回ってないと呼吸ができないのかってぐらい騒がしいから論外。一人ぐらいなら僕でもコントロールできるけど、2人となると無理だな。このメンバーで動くときは全部朝陽に任せよう。
*
放課後、他に誰もいなくなった教室で勉強会が開かれた。
「じゃあ、勉強やろっか」
朝陽の合図で勉強がスタートする。合図なんていらないと思うが、それがないと真凛愛が勉強を始めようとしなかった。
「そういえば、2人は部活の方はいいの?」
僕の学校ではテスト1週間前から部活が休みになっていたが、この学校は違うんだろうか。
「私の部活は幽霊部員が多いから、休んだところで変わらないかな」
部活を紹介してくれた時に言ってたなそんなこと。やっぱり入ってあげた方が良かったかな。
「僕の方は赤点を取ったら部活が出来なくなるから2週間前からは休みたい人は休んで良いよって言われてるんだ」
期末テストまで拘束されるよりはテスト前2週間を素直に勉強に当てた方が確かに良いな。
「じゃあ各自勉強して分からないことがあったら聞く感じで」
そういう感じなんだ。ってきり一つの教科をみんなでやるのかと思ったけど、みんな別々の教科をやるのね。夕香は理科を、未来は数学を、朝陽は英語をやっている。なるほどみんな不得意な教科をやるわけか。僕は苦手な教科はないから暗記教科の社会をやっといた。真凛愛はというと、必死に課されたワークをやっていた。
1時間ぐらいたっただろうか。
「ねえ、この問題はどう解くの?」
夕香が朝陽に質問する。
「これは、こうやって解くんだよ」
「ありがとう」
「ねえ、夕香この問題は?」
「これはここをカッコでくくって分配法則で解けば簡単に解けるよ」
「ホントだ。ありがとう」
「未来、少しいい? ここが分からないんだけど」
「この問題は……」
「ありがとう、助かったよ」
こんな感じのやり取りを3人でやっている。ちなみに、朝陽は理科が、未来は英語が、夕香は数学が得意な教科だ。この3人とは別に真凛愛は僕がつきっきりで勉強を見てやっている。初めは自分の勉強をしてたが、始まって五分真凛愛に解けない問題が出たらしく、そこからずっと真凛愛の勉強を見ている。ほぼ全問教える必要があったので、自分の勉強に集中できなかった。
「ねえ」
三人には聞こえないように耳打ちしてくる。
「今日夜部屋行っていい? たぶんこの勉強会だけじゃ時間が足りないから」
勉強を熱心に頑張っているならダメと言う必要はない。
「いいよ。その代わりちゃんと勉強してね」
「は~い」
機嫌がよさそうに勉強に戻る真凛愛。
「次ここ教えて」
僕に寝る時間あるのだろうか……。
勉強会と言ったもののほとんどが一人で勉強する時間だった。それに3人が僕や真凛愛に教えを乞うことはなく、3人の中で解決していた。なので僕は真凛愛につきっきり勉強を教えるだけで終わった。なんか最初から3:2で分かれて勉強していたのではないかと思うぐらい関わり合いがなかった。
「じゃあ、そろそろ僕バイトだから行くね」
「うん、頑張ってね」
そう言って手を振る夕香。
「あっ、……」
と、ワークを持ってこちらを見る真凛愛。また分かんない問題があったのか。でももう教えられる時間ないからな……。
「真凛愛見せて私が教えてあげるから」
助かったよ未来。未来が真凛愛を引き取ってくれた。
「うん、じゃあお願い」
そんな様子を見て僕は教室から出た。
22時、真凛愛は言った通り部屋にやってきた。
「どう? だいぶ分かるようになった?」
「少しはできるようになったと思うよ」
「じゃあ少しテストしてみる?」
「え……いや、テストは……」
後ずさりしながら部屋を出ていこうとする真凛愛。逃がすわけないだろ。
「勉強する約束したよね? ちゃんと付き合ってあげるんだから逃げちゃダメだよ」
「無理無理、もうテストは嫌だ」
なんでここまでテストを嫌がるんだ? 僕が帰った後なにかあったのか?
「僕が帰った後なんかあったの?」
「テストいっぱいやらされた。半分正解するまで帰っちゃダメって言われたの」
「でも18時には学校閉まるでしょ?」
「18時までに正解できなかったから、そのあと図書館連れていかれて結局帰ってきたのは20時だったの」
そういえば、帰ってきたら珍しく××さんが皿洗いやってたな。夕香の帰りが遅くなったから手伝わされたんだなきっと。
「難しかったの?」
「難しいのかも分かんなかった」
「何言ってるの?」
「じゃあ、今から問題を持ってくるから」
部屋から出ていく真凛愛。あの3人はどんな問題を出したんだ?
「持ってきたよ」
帰ってくるのが早い。え~と……これ、ムズ過ぎない? これさあ、学年上位狙う人が解くレベルの問題ばかりだよ。
「どう思う?」
「これは、真凛愛に解けなくて当然だよ」
「だよね~、良かった。私がとんでもない程のバカなのかと思っちゃったよ」
バカなのは変わりないけどね。勉強会で散々だったし。
「翔隆でも解けない?」
「うん、解けないかな」
「だよね」
「1問だけ」
「あの3人でも問題によっては解けない人がいたから……え?」
自分たちでも解けない問題を出したのか。それを真凛愛に出すのは鬼すぎだろ。
「ちょっと待って、翔隆この問題解けるの?」
「うん、解けるよ。1問だけ分からないけどね」
「それでも凄いよ。いいな~そんなに頭が良くて」
「真凛愛も勉強したらこれぐらいできるようになるよ」
「ホント?」
「うん、ちゃんと毎日やり続ければね」
「じゃあ、いいや」
「諦め早くない?」
「だって、毎日やり続けるのはしんどいかな。それに、今から勉強しても翔隆に追いつくにはかなり勉強しないといけなさそうだし」
「じゃあとりあえず、赤点取らない程度には頭が良くなるようには頑張ろっか」
「うん」
「じゃあ、そのためにも僕が用意したテストやってね」
「え~」
「だいじょうぶ基礎的な問題しか出してないから」
「ならやれるかな」
「一つのテスト30分で5教科やるよ」
「え、5つも……、長くない?」
「全部で2時間30分だね。さあ頑張ろう」
再び逃げようとする真凛愛の腕をつかむ。
「私、……自分で勉強頑張るから……翔隆も自分の勉強するなり寝ていいよ」
「だいじょうぶだよ真凛愛。僕なら勉強しなくても赤点取ることはないから。さあやるよ」
「いやだ~」
「真凛愛、僕の睡眠時間あげてるんだからやってもらうよ」
「翔隆の鬼~」
その日真凛愛と僕が眠りについたのは深夜3時だった……