10話 変化の兆し
「一応明日とかに説明されると思うけど教えとくね」
機嫌が良くなったのかいつもの元気な夕香に戻った。
「まず、中間テストが他の学校と比べて早くて4月の下旬にあるんだ」
僕のいた元の世界の学校では5月の中旬だったな。普通の学校と比べると2、3週間ぐらい早いのか。
「でも、それだと2年生の範囲が少なくならない? それとも授業のペースが早いの?」
「うん、テスト問題は基本1年生の範囲から出るみたい。1年生の復習も兼ねてるんだって。春休みの間に怠けてないかのチェックの意味もあるみたい」
本当は作者さんがネタを書くのに中間テストを1巻に収めたいから4月という日程になったんだけどな。
「で、体育祭は6月の上旬にあるよ」
体育祭は夕香のクラス、BクラスはCクラスに大差で負けた。
「文化祭は9月にあって」
コスプレ喫茶をやっていたな。
「11月に修学旅行」
夕香、未来、朝陽、それとモブ一人でグループを作っていたな。
「2月に球技大会」
2年生最後の行事だ。その日は皮肉にもバレンタインデーだ。球技大会で目立ってチョコを貰おうとしていた人達が多くいた。当日目立ったぐらいで、本命チョコなんてもらえるわけないのにな。男子ってそう考えるとバカなのかもしれない。自分も男子だから人のことなんて言えないけどさ。
「他にもいろいろと楽しみなことあるんだ」
夕香にとってはバレンタインデーまでは本当に楽しい日々を過ごしてたんだろうな。夕香が朝陽を好きと自覚するのはクリスマス。そう考えると2か月足らずで告白した夕香ってすごいと思ってしまう。
「翔隆、何か楽しみなことある?」
「聞いてる中でなら文化祭が一番楽しみかな」
夕香のコスプレ衣装を生で見えるし。
「文化祭ね~、私はお化け屋敷とかやりたいな」
それは叶わないんだよな。夕香、未来のコスプレを見たいモブ男子らがコスプレ喫茶に投票していたから、圧倒的投票差で決まってしまった。こういう時の男子の団結力って凄いからな。
「翔隆は何をやりたい?」
僕はこのままコスプレ喫茶でいいんだけど、それを言って引かれるのも嫌だから他の案を出した。
「僕だったら劇とかやってみたいかな」
「主役とかやりたいの?」
「ううん、裏方とか脚本をやりたいかな」
演じるってよりは物語を書いてみたいってのがある。小さい頃から本を書いてみたいという気持ちはあったから。
「役者やりたいとかないの?」
「ないかな、あまり目立つことしたいと思わないし」
どっちかと言えば、僕は陰キャな方だからな。そういうことは目立つのが好きな夕香とか未来とか朝陽がやればいい。
「劇か~、私はやってみたいかな」
「やるならどういう役やりたい?」
「う~ん、こういうのがいいかな。自分は未来を知ってるけど、その未来を変えるか変えないべきか苦難するみたいな役かな」
すっごいめんどくさそうな役。能力ものの主人公にでも憧れているのだろうか。
「大変そうなキャラだけど演じられるの?」
「う~ん、どうだろう。やってみないと分かんないかな。演劇したことないし」
演劇やったことないのにそんな演技力がかなり問われそうな難しい役をしたいと思うのかな。
「まあ、私の学校の文化祭で劇をするのって毎年3年生だから、2年生で劇をすることなんてないかな」
どうせうちのクラスは劇なんてやらないしな。
「私は劇なんかよりお化け屋敷やりたいからどうでもいいけどね」
コスプレ喫茶をやる未来は変わんないだろうけど、投票の時お化け屋敷に投票してあげよう。
「私の友達の未来と朝陽はどうだった?」
「二人とも優しそうな人だったね」
「そうでしょ」
未来は夕香たちの前では落ち着いた様子だったし、朝陽も本と変わらない性格だったし。
「仲良くできるといいな」
「できると思うよ翔隆なら」
朝陽には夕香を振ったことには怒っているけれど、朝陽自体を嫌いなわけではない。未来も同じで、顔はかわいいと思うし、嫌いじゃない。未来の方が朝陽を先に好きになったわけだし、それで朝陽が未来を選んだからって未来を憎むつもりはない。だけど、あのフラれたときの夕香を見たら夕香を選んでほしかったという気持ちの方がだいぶ強かった。
「なんなら、明日から4人で一緒にお昼食べようよ」
それはうれしい提案だけど、モブのヘイトがどんどん僕に向けられるようになっちゃわないかな。
「いいの?」
「いいと思うよ。私たちいつも3人で食べてるし、そこに1人ぐらい増えたところでなんも変わんないよ」
そういうものだろうか。 自分たちのテリトリーとかそういうのは無いのかな。
「それに、お昼一緒に食べるようになればしゃべる機会も増えるし、仲良くなれるきっかっけになるんじゃないかなって思って」
そういうことならお言葉に甘えよう。この本のファンとしてはこの物語がどんな風に終わるか興味があるし。それを身近で見れるのは嬉しいことだ。
「なら一緒に食べようかな」
「うん」
嬉しそうに笑う夕香。本当ならもっと違う形で夕香と出会っていたのだろうか。校長は言っていた僕がこの世界に溶け込めるよう物語が強制的に調整をしたと。それで、××さんが僕を拾い、夕香が優しくするばかりか居候まで認めている。はっきり言って自分にとって都合の良いことばかり起きている。
学校の編入だって、校長が神官で編入を認めてもらったとはいえ、編入試験を受けるきっかけをくれたのは××さんだ。僕はこの世界に天使さんのミスによって送り込まれた。それで、物語が僕という存在を受け入れるために物語に影響を及ぼしたと校長は言っていた。だけど、この世界に来たのが天使さんのミスじゃなく、自分で選んでこの世界に来ていたら……。今とは違う状況になっていたんだろう。
ちゃんと天使さんによる手配を受けてこの世界に入っていたら、夕香ともまた違う出会い方だったんだと思う。ここまで優しい扱いを受けるどころか、もしかしたら、話すことさえ出来なかったかもしれない。そう考えると本当に僕はラッキーだったと思う。だけど、そのせいでこの物語が大きく変わってしまったならば、その時は大人しくこの世界を出て行こう。僕がいなくなれば変わったところも元に戻るだろうし。
「明日から普通に授業始まるけど大丈夫?」
「何が?」
「ついて行けるのかなって思って」
「昨日のテストの結果見たでしょ?」
「そうだけど、テストと授業って違うじゃん。それにテストだって直前に勉強したから取れたのも大きいと思うよ」
そうか、夕香って僕がずっと5教科の勉強をしてたと思ってるのか。本当は3教科なんて全く勉強なんてしないで、他のテストの対策してたからな。それに点数調整してたし、本当だったらあのレベルのテスト全部90点ぐらいは取れていたはずだからな。それに元の世界ではちゃんと高校に行っていたわけだし、高校1年生レベルの問題なら楽勝だろう。
「ま、なるようになるでしょ」
「そんなんで大丈夫?」
「だいじょうぶだよ。いざとなったら夕香が勉強教えてくれるんでしょ?」
「しょうがないな~。その時は私が教えてあげるよ」
しょうがないな~と言う割には嬉しそうな夕香。
「じゃあ、テストか近づいたらみんなで勉強会かな」
「それは楽しそうだね」
「みんな頭良いからね~いっつもみんなで順位の勝負をしてるよ」
3人とも冗談抜きに頭がいい人たちだ。夕香が学年3位。朝陽が学年6位。未来が学年10位。しっかりと1年の学年末テストで3人とも学年10位に入っていた。ちなみにモブの方々はというと250人中150位でなんとも目立たない順位。なので紹介する必要はなし。
「今回の目標は学年2位になることかな」
ちなみに夕香はしっかり学年2位を取っていた。あの小説の中では。
「1位は狙わないの?」
「う~ん、頑張るつもりだけど、1位の子はとても頭が良いらしいからね。会ったことはないんだけどね」
1位の子はC組の女子らしく、ほとんどの教科で学年1位を取っているらしい。アニメにも登場したことがないので、僕も顔をしらない。結局その子の情報は名前とそれだけで、2年の間、総合1位を守った。刊行された12巻まで一度も出てくることはなかった。
「前回のテストは2位の人と5点差だったからね。まずはその子に勝つことを目標にしようかなって」
「良いんじゃない? その子に勝てるように応援してるよ」
「ありがとう」
もちろん、僕も夕香に負けるつもりはないけどね。実際、夕香の頭の良さに僕が劣ってるとは思わないし。ちゃんと勉強すれば勝てる可能性は十分にある。
「じゃあ2週間前になったら勉強会開こうね」
「うん」
その後もくだらない話をしながら家に着いた。
「ただいま~」
夕香がただいまを言うといつもコノハが駆け寄ってくる。……はずなのに、今日はコノハが駆け寄ってこない。具合でも悪いんだろうか。
「コノハ~、どこ~?」
靴を脱いで家中を探す夕香。もしかして家にいないのか。
「夕ちゃん!」
後ろを振り向くと××さんが満身創痍な様子で外から走ってきた。
「大丈夫ですか?」
どこかで走ってきたのか息が切れていた。
「夕ちゃんごめんね。目を離した隙にコノハが……」
「コノハがどうしたの?」
「30分ぐらい前に家に帰ってきたら家からコノハがいなくなってたんだ」
どうやら、Xさんは夕香が学校に行っている間、どこかに出掛けているようだ。それで今日家を空けて、帰ってきたらコノハが家に居なかったらしい。
「帰ってきたら窓が開いたままになってて、たぶんそこから外に出て行っちゃったんだと思う。本当にごめん」
「私、探してくる」
そう言い残して夕香は家から飛び出て行った。
「夕ちゃん待って、お父さんも」
「××さんはここで待っててください。夕香は僕が追いかけますから」
「でも……」
「××さんはもしもコノハが戻ってきたときに夕香に連絡できるよう家で待機しててください。それにもしかしたら家にまだいるかもしれないので」
「分かった、夕ちゃんのこと頼んだよ」
僕も夕香を追いかけるように家を出た。
「なんだよ、すでに物語が変わってんじゃないかよ」
そう呟かずにはいられなかった。