9話 部活動
「翔隆です。この町には来たばかりなので分からないことばかりですが、色々と教えてくれると助かります。これからよろしくお願いします」
やっぱり、自己紹介ってのは緊張する。クラスのほとんどが知らない人なんだから当然だ。右に座っている夕香たち3人と左後ろに座っているモブたちぐらいだ。あとはアニメにさえ出てこない人達だから知らない。
ウケも狙わず無難な自己紹介を終え、自分の席に戻った。普通なら席順は出席番号はずなんだが、この担任は完全にシャフッルして席を決めているみたいだった。そのため、僕は夕香たち3人と近くの席になっている。やっぱ変な力働いてるんじゃないのか?そう思うほど自分にとって都合の良すぎる席になっている。
「えー、今日からこのクラスの担任になった川瀬進だ。年齢は24歳、このクラスが私の教師生活初めての担任となる。1年間よろしくな」
あの本の世界ではこのクラスの担任は50過ぎのおじさんだった。それが24歳の若い男性となっている。これが、僕が来たことによる影響を受けたことなんだろうか……。それとも、また別の理由なのか。これに関しては天使が来たときに聞けばいいか。
始業式は授業もなく、昼前に解散となった。僕は夕香が学校の案内をしてくれるということだったので、夕香が作った弁当を一緒に教室で食べた後教室で出た。
「まずは、どこから行こうか?」
「夕香に任せるよ」
朝陽からは今日は走り込みがあるから、それまでに部活を見に来て欲しいと言われた。走り込みじゃない他の練習を見てほしいなら、それまでには向かうようにすればいい。
「昨日の試験で行った校長室と校庭とプールは行かなくていいから、最初は美術室にでも行こうか」
夕香に連れられるまま美術室に行き、その後図書室へ向かった。美術室は音楽、美術、書道の授業選択で美術を選択しない限りここへ来ることはほとんどないらしい。図書室は意外に広く様々な分野の本があった。自分がよく読んでいた小説も多くあったから一日中居られるかもしれない。
「じゃあ、次は未来のいる文芸部に行こうか」
未来にも興味があるなら来るようにと勧められていた。この学校の部活の中なら1番興味のある部活だ。昔は体を動かすのは好きだったが、最近は本を読んだりとか静かに過ごしている方が好きだ。どちらにしろ部活に入るつもりはないんだが、誘われたのに見に行かないのもなんか悪いと思った。
「ここが文芸部だよ」
「近!」
文芸部は自分たち2年B組の隣の部屋にあった。これなら最初にここを案内してもらえば良かった。
「じゃあ、入るよ」
夕香がドアを開けると、部室の中にいたのは未来の1人だけだった。
「未来、他の人は?」
「みんな新刊の発売日だーって言って即行帰宅したよ」
緩い部活ということは分かった。逆に文芸部で忙しいところなんてあるのか。こんなこと言ったら全国の文芸部さんに怒られるな。今のは失言でした。すみません。
「ちゃんと来てくれたんだね」
「約束したからね」
嬉しそうな顔をする未来。眼鏡越しでもしっかり美人だと分かる。
「じゃあ、紹介するね。文芸部の活動は本を読む。終了」
「それだけ?」
「うん、それだけ。たまに本の紹介文を書いたりするぐらいだね」
「だから、未来以外は基本幽霊部員なんだよね」
「じゃあ、さっきの新刊買いに行ったって言ってたのは?」
「漫画を買いに行っただけだね。漫画の批評会だけする部員も多いんだうち」
文芸部は幽霊部員が多いってのは想像が付くがついに漫画部屋化してるとは。本棚を見ると小説に隠れて何冊かの漫画がある。
「てなわけで、この部活緩いから気が向いたら来てよ。名前だけ置いといても良いし」
「分かった。前向きに検討しとく」
「じゃあね、未来」
「次は……朝陽のところ?」
「うん、行ってくる」
「そう……いってらっしゃい」
名残惜しそうに夕香を見る未来。のように見えるが、未来は夕香にあまり朝陽に近づいて欲しくないだけなんだよな。未来はこの時点で朝陽をかなり気になっている男子として見ている。つまり、自分よりかわいいと思ってる夕香が朝陽に好意を持たないかを心配している。
だからといって全く関わって欲しくないと思ってるのではなく、友達以上の関係にならない程度の距離でいて欲しいと思っている。ちなみに、夕香の方はというと全くそんなの気にしていない。よくある鈍感系主人公ならぬ超鈍感系ヒロインだ。夕香が朝陽のことを好きと自覚するのも物語終盤までない。
また、他の人からのアプローチがあろうとも全く気付きやしない。何人のモブが散っていったことか。
夕香が朝陽に好意を持ち始めるきっかけはちょこちょこ張られてはいたが、夕香が朝陽のことを以前より気に掛けるようになったのは秋ぐらいからだった。
文芸部の後は、他の部活動も案内してもらった。文化部から運動部へと全部の部活動を紹介された。何故かサッカー部は後回しにしていた。夕香が事前に予定を組み立ててたのかもしれないから聞かないことにしたけど間に合うのかな。
「良かった今日はもう来ないのかと思ったよ」
サッカー部に着くと朝陽がベンチ前でストレッチをしていた。
「ちゃんと約束前には来たでしょ?」
「確かにジョギング前に来てくれとは言ったけど、ギリギリすぎない? ジョギング始まる時間伝えてなかったっけ?」
どうやらジョギングが始まる10分前に来てしまったらしい。
「そうだっけ?」
あ、これ絶対わざとだ。夕香は嘘をつくとき耳に髪をかける癖がある。この情報は原作者が明かしてるわけではないが、アニメで見ると夕香が嘘をついたとき、髪を耳に毎回かけていた。
「時間がないからパッと説明するね」
サッカー部の説明と言っても、普通の学校と変わらないような説明を受けた。
「どう?サッカー部のこと分かった?」
「うん、分かったよ。ありがとう」
「サッカー部に入りたいと思ったら言ってね」
「うん」
まぁ、入るつもりはないけど。今さらスポーツとかしたいと思わないし。
「じゃあ、そろそろジョギングの方行くから」
「頑張ってね」
朝陽は部員の人たちと走り去っていった。ジョギング大変そうだな。僕も一時期付き合わされていたから分かるよ。
「サッカー部大変そうだよね」
「そうだね」
「朝陽、キャプテン候補らしいから部員をまとめないといけないんだって」
朝陽はどっちかというと陽キャだからな、そういう役割に推薦されるのは妥当だろうな。未来と夕香に劣らず朝陽もかなりの人気がある。未来と夕香を好きなモブたちの勢いがすごくて隠れがちだが、朝陽に好意を持っている女子はかなりいる。まあ、近寄りがたいのか、少し話しかけてくるぐらいでアピールをしてくる女子は少なかった。
「どうだった? 私の案内」
「楽しかったよ、ありがとう」
「部活入るか決まった?」
「入ろうかなって思った部活はあったよ」
「ふ~ん、そうなんだ……」
なんか露骨に機嫌悪くなってない? 紹介したの夕香のはずなのに。
「どこの部活にするつもり?」
急に顔を近づけて聞いてくる夕香。
「入るとしたら……文芸部かな?」
「未来がいるから?」
「違うよ、本がたくさんあるからだよ」
「ほんと~?」
「ホントだよ。この前本が好きって言ったじゃん」
「そうだっけ?」
忘れっぽいのか、それともわざとすっとぼけてるのか。
「で、入るの?」
「うーん、迷ってる。幽霊部員でも良いって言ってたから入ってもいいかなとは思ってるけど、それだと悪いからな」
バイトしなきゃいけないから入部したところで、毎日いけないからな。
「もう少し考えようかな」
紹介してもらったばっかりにすぐ入部しないっていうのは悪いから今日は濁しておこう。
「楽しそうだね」
「そうかな」
どちらかというとどう断ろうか困ってるんだけどな。
「私も部活入ってれば良かったな」
高校の勉強だけでなく、家事もしなきゃいけないんだから部活やってる暇なんてないよな。
「そろそろ帰る?」
「うん」