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俺の四畳半が最近安らげない件  作者: 柘植 芳年
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ひかるもの

「ほら、光るんですよ!もうすごいでしょ、こんなに光るのは滅多にありませんよ!」

「え、あぁ…それで、その…」

「このね、可動部みてください可動部!ここも発光するのは、ホントうちだけ!」

「あの…」


俺の四畳半に、飛び込み営業が訪れている。


「しかもこの…見てください!あえてのジグザグ駆動!ゆらぎの科学というやつですよ」

「あのね、あの」

「試しにね、タバコの箱の横に置いてみましょう…ほら」

「えーと、あの」

「見てください、このコンパクトさ!余分な機能を省いてここまでの軽量化に成っ功したのです!!」


質問を挟む余地もなく繰り広げられるマシンガントーク。トークが始まって早や6分。まじで何にも質問が出来ないでいる。

 最初に受け取った名刺は下駄箱の上に置いてある。『パーフェクト興行』


社名からでは何の会社か想像できん。何がパーフェクトなのか。


そして玄関先に置かれた『商品』に視線を落とす。タバコの横に並べられたそれは、タバコの箱より優にふた周りはでかい。なんでわざわざタバコの横に置いたのか、意味が分からない。大体コンパクトなどと言うが、俺はこの商品の、元の大きさを知らないのだ。


ていうか、これは一体何なんだ。


「はい、はい質問!」

「えーえ分かってますよぅ!燃費でしょ!!心配無用、な・ん・と太陽電池!!蓄光するから暗闇でも30分は動けますよ!」

「そうじゃなく」

「なに、30分じゃ不満!?じゃ特別にバッテリーをお付けしますよ!これでなんと暗闇で2時間!ノンストップで動き続けます!!」


光りながら間接をごそごそさせて暗闇をノンストップで蠢くタバコより2回り大きい物体……

ますます何なんだ、こいつは一体俺に何を買わせようとしているんだ。


「う、動くのか俺が寝ている横で」

「大丈夫、大っ丈夫!!お客様の周囲を毎秒2センチずつ移動しながら冷たい空気を吹きつけます!!」

「なにそれきもい」

「それなら常温設定にします」

「いやそういうことじゃ」

「まってまって、まっててくださいね~♪と」

営業の男はもうなにも聞く耳持たず、鼻歌まじりに商品をひっくり返し、いくつかあるダイヤルのうちの一つを回す。そして腹(?)の辺りを2~3回ぺこぺこと押して、満足げに顔を上げる。

「よっしこれでオッケー」

「いやオッケーじゃねぇよ。要は動くんだな?こいつが俺が寝ている周りを」

耐えられなくなって声を大きくした。営業の男はにっこりと満面の笑みを浮かべ

「皆さんそうおっしゃいます!!」

「は!?」

「それでいて、香りは勝浦海岸の右端あたりの香りです」

「普通に磯臭ぇぞ俺の記憶が確かなら!!」

「リゾート気分ですよねぇ♪しかも最新式には驚くべき機能が!!…お客さん、ちょっと髪をお借りしますよ」

営業はやおら俺の髪を一本引き抜くと、『商品』の頭部を開けて押し込んだ。そいつは暫く青い光を点滅させて、数秒後、また何事もなかったようにジグザグに歩き始めた。

「……なに?」

「遺伝子を登録しました!これでアナタ以外の人間が使おうとすると…」

営業は『商品』の頭部に手を伸ばす。すると商品は、8本ある足の前の二本を持ち上げ、「ま―――!」と野太い声を出した。

「ほら!もうアナタ以外には扱えないんです!画期的!!」

そう言いながら営業は商品の胴体部分をひょいと持ち上げた。商品は軽く胴体を捩りながら、たまに「ま――」と鳴く。ほんと何なのこれ。

「…持てんじゃん」

「もちろん持てますよ!?扱えないですけどね!!さて、気になるお値段は!!」

「買わねぇよ!」

営業は、口をOの字にして俺を見た。

「お買い上げにならないのですか?」

こんなにいいものを?とでも言いたげな顔。なにその自信。めっちゃ腹立つ。

「だって何に使」「あー、仕方ありませんねー!こういうのはどうしてもご縁ですからねー、仕方ない仕方ない、じゃ、今日は失礼しますねーまたご縁があれば!」

奴は想像以上にあっさりと荷物をまとめ、満面の笑みと共にドアに手を掛けた。いやちょっと待てよ。

「ちょっ……最後に言っていけよ!」

「へ??」

「それ……それ!結局何に使うんだよ!!」

「またまたーご冗談をー」

営業はすでにドアの向こうに半身滑り込ませていた。満面の笑みでだ。畜生。

「冗談とかじゃねぇよ!22年生きてきて、こんなの関わったこともねぇ!!」

営業の動きがぴたりと止まり、緩慢な動きで振り返った。その顔には、決して演技ではない、本当に驚愕の表情が張り付いていた。

「……ご存知ない……?」

奴は緩慢な動きで俺と『商品』を見比べ、ついと顎に手をあてた。そして数秒後、元通り満面の笑みを浮かべて顔を上げた。

「…いいんじゃ、ないでしょうか」

「…は?」

「ご存じない、ということは、お客様は知る必要がない、ということでしょう。それで周りのお仲間から浮いたり、仕事で不都合が生じたりしたことはないのでしょう?」

「ないけどよ!…そんな『みんな知ってます、知らないあんたが異次元人』みたいな反応されたら気になるだろう!?ていうか今、内心俺のこと馬鹿にしたよな!!」

奴は満面の笑みは崩さず、それでいて神妙な顔で首を振る。

「いやいや、モノとヒトとはこれすべて巡り合わせ。お客様が無知とか、そういう事ではないのです」

「…巡り合わせ?」

「22年の人生の中、お客様は『これ』を知る機会がなかった。にも拘らず、なんの不自由も感じずに生活していらっしゃる。それすなわち」


すなわち。


「――お客様とこの商品は、巡り合わせが極端に宜しくない。今後必要とする可能性が薄いどころか、買ってしまえば必ず、後悔する日が訪れる。ならば私にはオススメする理由がありません」

もう一度ニッコリと笑い、奴は再びドアを開けた。

「じゃ私はコレで!」「待てや!!」「アデュー♪」「ふっざけんな戻れ!!」「次のアポがありますんで」「分かった買う!買うから教えろ!!」




―――ゆかしんで下さい。





代金を払った俺に、奴はそう言った。勿論俺は再度奴をひっ捕まえ、ゆかしむって何だ初めて聞く動詞だぞこの野郎とまくし立てた。しかし奴は困ったような笑顔で言った。

「例えばお客様、私が『走る』という動作を知らない人間だったとしたら、走るという言葉をどう説明しますか?」

「ぐぬぬ」

「いやー私も口下手でしてね、どうにもこうにもたははは…では!思う存分、ゆかしんでみましょう!どうか幸せなゆかしみライフを!!」

とか適当なことを抜かして逃げた。




 以来、『商品』(としか呼びようがない)は毎日腹やら関節やら光らせながら、毎秒2cmの速さで俺の周りをじりじりと動いている。そして来客の度に前脚を振り上げて『ま―――!!』と威嚇する。

 試しに周りの友人に聞いてみたが、誰一人『ゆかしむ』などという動詞は知らなかった。

 名刺の電話番号に連絡もしたが、使われていない番号だった。要は俺は詐欺られたのだろうか。

 しかし取られた代金は精々電気スタンド一台分程度。太陽電池というのも本当らしく、故障や電池切れの気配すら見せない。細工も手抜きを感じさせない。何に使うのかさっぱり分からないが、これがある程度のコストをかけて丁寧に作られた逸品であることは間違いなかろう。詐欺目的にしては色々誠実というか、良心的過ぎるのだ。

 友人達の間では、営業マン宇宙人説やら未来人説やら飛び交っているが、実は…俺はもう一つの可能性に行き当たってしまい、途方に暮れている。確信にも近い。



並行宇宙説、である。



真顔で云うのもばかみたいなので絶対に他人には言わない。が、困ったことに物証がある。俺は今日も『商品』の背に貼り付けた10円玉を眺める。友人達は「なにこれ貯金的な?」と笑うが、気付く奴だけ気付いたらいい。



代金を支払った際、端数がなかったので釣りをもらった。奴はその釣りにその10円玉を呉れたのだが……



『昭和67年』と、記されているのだ。


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