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俺の四畳半が最近安らげない件  作者: 柘植 芳年
33/72

覚醒した者

曇天のもと、悄然と聳える昏い一軒家の前に、車を停めた。かつては綺麗な花が咲き誇っていたであろう玄関先のプランターは、枯れ果てた残骸を晒して軒先に転がる。天気のせいもあろうが、こういう家庭はいつもそうだ。暗澹としている。



引きこもりを抱えてしまった家庭は、いつもそうなのだ。



チャイムを鳴らすとすぐに、息を弾ませたような声が帰って来た。

『はっはい!ハイハイハイ!!』

―――テンション高い。

「引きこもりカウンセラーの須藤です」

『あっあっお待ちしてました!!あっあっ開けます!今開けます!!』

玄関先で待ちながら、少し陰鬱な気分になる。

引きこもり家庭にありがちなパターンだ。親の過干渉。この無駄にテンションの高い、そして弱者のか細い声が決して通ることのないそんな家庭に、繊細なタイプの子供は押しつぶされてしまう。引きこもりは、声なき子供たちの無言の叫び、なのかもしれないな。

「お、お、お待ちしてましたハイハイハイ!!上がってください!!今すぐ息子を、息子を!!」

「落ち着いてください。状況は伺っております。今日は息子さんに合わせて下さい」

「こちらです!こちらの2階です!!その先の、四畳半です!!」

なんか頭もっしゃもしゃのカリカリに痩せたおばさんに、非常に忙しく2階の子供部屋に案内される。面談の時も思ったのだが、本当に落ち着きがない親だ。



俺はつい先日の、彼らとの面談を思い出していた。最近はヤクザまがいの方法で引きこもりの子を無理やり引きずり出して施設に放り込む、などという雑な更生プログラムがあるようだが、その方法では結局脱走され、元の状態に戻ってしまうか、最悪人間不信が悪化して部屋にすら入れてもらえなくなる場合も多い。だから引きこもりの家族と打ち合わせをして、どういう経緯で引きこもりが始まったのかを詳しく聞き出し、その子に合った更生方法をゆっくり、無理なく提案していきたい。俺はそう思っている。だがこの両親は。

「引きこもりが始まった頃、虐めなどはありましたか」

「分からないですよ!とにかく急に外に出なくなったんですから!」

「家族間で諍いなどは…」

「ぜーんぜん!何しろ不満も不平も言わないし!!」

「様子がおかしかった、とか…」

「あ?様子って?とにかく!引きこもりは駄目でしょう!?そういう細かいのはいいから、ちゃっちゃと出してくださいよ!」



―――駄目だこれは。



居るのだ、こういう親は。決して悪人ではない、ただひたすら愚鈍で無神経なのである。本人もそうであれば似た者同士、何も問題はないんだが、この両親に繊細な子が生まれた時点で悲劇は始まる。…引きこもりにとても多いパターンだ。そんなわけでこの案件に於いて俺はノーデータ。この親が求めているのはテレビなどで見るような、オラつき職員がドアを壊して拉致するやつだ。俺は小さくため息をつき、四畳半のドアノブに手を掛ける。引きこもりの部屋は悪臭に満ちていると相場が……



異様に清浄な空気が俺を押し包んだ。



「なっ…なにこれ!?」

仕事用のポーカーフェイスが吹っ飛ぶ、そんな光景が目前に広がっていた。

咲き乱れる草花に囲まれるように座禅を組む彼は、安らかに目を閉じていた。伸びた蓬髪も髭にも不潔な痕跡はどこにもなく、俺の方が恥じて背広の匂いを嗅いでしまったほどだ。そして彼は。

「……浮いてんじゃん!!」

俺の胸あたりの高さを浮きながら、彼は後光を放っていた。胸の辺りで合わせた掌は、もう何年もそうしているようだ。

「もう!この子ったらまたそうやって世間から浮いて!!」

―――へ?

「そうだぞ義彦!お客様の前で恥ずかしい、降りてきなさいっ!!」

いつの間にか背後に現れた小太りのオッサンが、彼の足に組み付いて無理やり床に降ろそうとする。

「くっそ降りないぞ、なんて強情なんだ」

「もうっ!乗るわよ!!」

母親が背中に組み付いて、アホが二人がかりで彼を床に抑え込む。

「ちょ、ちょっとやめましょう!?2000年くらい前の宗教裁判みたいになってますから!!」

「ごっごめんなさいねーお恥ずかしい、いつまでも浮世離れした子でー。こらっまだ浮くの!?強情な子ね!!」

「待ちましょう、落ち着いて!強情さで宙には浮けない!」

何を云っているのだ、落ち着くのは俺だ。落ち着け落ち着け、えーと…

「……いつから、このような状態に?」

「引きこもり始めたのは2年前ですが!?」

「そんなのどうでもいい!…いつから宙に浮いてたのかと」

「え?え?そりゃあ…4歳くらいから?」

「おかしいなと思わなかったんですか!?」

「え?え?…ほら、よく『浮世離れ』っていいますし」

きょとん顔のまま母親が答える。頭がくらくらした。



こいつら、まじで20年近くこの状況をスルーし続けたのか…!?愚鈍とか無神経ってレベルじゃないぞ。



「食事…はどのように」

「ぜんっぜん食べないんですよー、ホント強情」

「2年食べてないのに生きてるんすか!?」

「コンビニとか行ってるんじゃないかしら」

「え、しかし確か2年間引きこもりと…。いや、もういい。質問変えましょう。重度な引きこもりの方は糞尿を部屋に溜めこむケースが多いですが、彼はトイレを使っていますか」

「あら、そういえばトイレに行くのも見た事がないわねぇ。…この子ったらお部屋に!?義彦、どこに隠してるの!!」

またぞろ軽く宙に浮く義彦に、アホ二人が覆いかぶさる。…違う、そうじゃない。俺が云いたいのはそうじゃない。

「いやいやいやその可能性は低い。その場合はひどい臭気がありますから!」

「じゃコンビニで済ませてるのかしら」

「―――風呂も、洗濯も」

「あ、あ、あそういえばあの子全然洗い物出さないわ!それもきっとコンビニね!」

よく分からんことはコンビニ任せ…。なにこの親怖い。

「食事もクリーニングもコンビニとなると、相当な出費となりますが、お金を財布から抜かれたり、とか」

「そ、それは……コンビニで働いてるのかしら」

収入もコンビニかよ!なら云わせてもらうぞ!!

「……なら帰らせてもらいます」

「え?え?何で?息子を更生してくれるんじゃないの!?」

「ご自分で稼ぎ、食事を用意し、風呂も洗濯もまかなっている。…これは立派な、自立した大人ではないでしょうか。私の仕事は自立できない引きこもりの更生。こんな立派に自立されている方に、私は必要ございません」

俺は努めて笑顔を保ちながら、そそくさと荷物をまとめた。…別にこの無神経な親にムカついたとか、そういうこと『だけ』じゃない。彼はまぁ…どう考えても『あれ』だ。数千年前ならばともかく、今更出現されても俺どうしていいのか分からない。



だってこれ、引きこもらせておくしかないだろ!?大騒ぎだぞこんなのが街中に現れたら!!



「ちょ…嘘!うそうそ嘘です!!ここ数年部屋から出てきてないって!!」

「そぉーうなのよー!!出してくれないと困るのよー!!あの子ほんっと強情なんだから!!」

今度は息子をほっぽり出して俺を羽交い絞めにし始めるアホ二人。嫌だよもう関わりたくないっていうか絶対に関わるものか…こんなややこしい案件、西暦始まって以来初だぞ!?これ以上関わってたまるか!!

「何でも強情とコンビニのせいにしてりゃいいだろうが!!あの子多分大丈夫だよ、飯食わなくてもあんたらが死んでも変わらずあの場所で浮いてるし誰も何も困らないよ!!それとも何か、あの子追い出して物置部屋にでもしたいのか!?」

「嫌よ出してよ!世間体が悪いのよ!!」

「出してどうする!?世間体どころじゃ済まない大混乱が待ってるぞ!!」

「何云ってるのか分からない!全く分からない!!連れて行ってよ!ほらなんかドキュメンタリーとかでやってる感じで!!」

「嫌だよ『彼』にそんなことしたら人生2~3回じゃ償えんレベルの業を背負うだろうが!!ユダとかロンギヌスとかと同じレベルで須藤って名前が残る案件だよ!!」

「あんたもう何云ってんのか分かんねぇよ!!」

さっき背広の袖がほつれる音がしたが背に腹は替えられない。俺は尻尾を振り切るトカゲのように思い切りよく腕を抜く。プキピピピと嫌な音をたてて袖が破けた。



(須藤……聞きなさい、須藤)



へ…?

「い、今俺を呼んだのは…あんたらですか?」

「何を今更!!呼んだから来たんでしょう!?」

「違う!今俺の名前を呼んだ奴だ!!」



(須藤…あなたの心に…直接…語りかけています…)



「あー、あの子ですわ。心に直接語りかけてくるの、母さん本当にやめてほしいの!ほんっと無精者なんだから!!」

「もう黙れ無礼者!!……はい、須藤は俺ですが」

宙に浮く男は、閉じた瞼をゆっくり上げた。俺の方を見ないが、彼には俺の姿がはっきり見えていることは察した。

(混沌の只中、人々に救いが必要な時代に、私は降りてきます…)

「――ええ、そういう感じの方だとは思いました」

(ですが)

「はぁ」

(降りたら救える、そんなシンプルな時代ではないことを今…痛感しております……)

「と、いうことは…」

(降り損、でしょうね…)

「…なんだそりゃ」

(そして両親は…心に直接語りかけて事情を説明しましたが…)

「まーたぐっちゃぐっちゃ難しいこと言って母さんたちをケムに巻こうとして!!そうはいかないわよっ!!」

(……このような…状況です…)

「お、おう…」

(今回は救世ではなく修行の為の降臨だったのだと…割り切ろうとしましたが…彼らが私が部屋から出られないことに痛痒を感じているのだとしたら…この状況はもう、好ましくない…)

「――お互いに、ですね」



俺は彼の意向を全て理解した。




そして現在、『彼』は俺の部屋の隅で浮いたり光ったりしている。

(あなたの心に…直接、語りかけているのです…)

「はい、はいはい、ピーコの餌ですね」

(燕麦は少なめに…そして古い小松菜は速やかに差し替えるのです…)

食事も風呂も要らないし費用が掛かる訳ではないので、しばらく俺の部屋に居候させることになった。いずれ信頼出来る上役にでも相談して彼の身の振り方を考えようと思う。


いい匂いするし食費も要らないし、生活面では全く問題はないのだが、うちのセキセイインコの世話に関する指示が異様に細かいのだけは閉口だ。それに俺のことを『第一使徒』とか呼ぶのもエヴァみたいなのでやめてほしい。


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