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俺の四畳半が最近安らげない件  作者: 柘植 芳年
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覇王

「困ったものだ…」

「弱りましたねぇ…」

大寒が過ぎ、雑草の中に白や青の色合いがぽちぽちと混ざり始めた、早春の巷。この浮き立つような陽気の中で。



嘗て大陸で覇を競った3人の英傑達が、額を寄せ合ってぼそぼそと喋っていた。



「何を深刻になっているのだ。云っておくが、余の方が格上なのだぞ、そ奴の好きにはさせんわい」

俺が輪切りにしてやったバウムロールをつまみながら、豪勢な錦を羽織った奴がもごもご口を動かした。食べながら喋るなよ汚いな。端正な顔立ちの奴は、キッと豪勢を睨みつけた。

「勘違いするな。同格だ。…そもそも彼は『格』とかを全く念頭に入れないし、基本的に空気は読まないぞ」

「はぁ…最近、どうも『呉』づいておりますねぇ」

「俺のせいだと云いたいのか!?二喬、二喬と散々せっついたのはこの男だぞ!?」

「はん、むさ苦しい男所帯にまた男増やそうとしやがって。あんなの呼ぶくらいならまた二喬呼べよ。あのセクシー姉ちゃん達もセットで」

「俺が呼んだわけじゃない!」

どうも、今日来る予定の客についてモメている様子だ。いつも通り、困ったちゃん系の人物と思われる。うーむ…呉で困った感じの奴、困った感じの奴…いやいや、こいつら絡みの客で困ったちゃん以外って居るのか。

「第一、彼がご丁寧に来訪予告を出してきたのはどうしてでしょう」

白頭巾が他の二人を丁寧に、丁寧に睨め回した。

「貴方が、彼を困らせるだけのために二喬を寄越したからじゃないでしょうか?」

端正が白頭巾を睨み返した。…豪勢は『えっ困る?誰が?』みたいな顔できょとんとしている。

「……この来訪が意趣返しだとしたら、原因は卿にこそあるのではないか」

「ほう、興味深い。思わぬ貴婦人の来訪に大変に畏れ入り、楽師に琴を弾かせたまでですが、お二人の興を削ぐようなことを、私がいたしましたかねぇ…」

「そういう奴だ、卿は。だから今回の来訪が卿の云う通り意趣返しだとしたら『ターゲット』にされるのは卿だ。俺は一切、助けないからな」

……分かってきたような気がする。今日、この部屋を訪れるのが誰なのか。白頭巾は呑気に肩をすくめたりしているが、俺の記憶が確かなら20代そこそこの若さで呉を統治し『小覇王』の名を欲しいままにした歴戦の猛者だ。その奥方に恥をかかせたとあっては、償いに白頭巾の首くらいは要求されてもおかしくないだろう。…大丈夫かお前、少なくとも武闘派じゃない…だろうけど大丈夫か。バハムート喚ぶよなこいつ。

「……何か、聞こえてこないか」

端正が真っ先に襖を振り返った。…さすが美周郎、耳が早い。

「……妙に、リズミカルなお経のような」

白頭巾も興味深げに頭を上げた。…お前もう、猫ちぐらから出てくるな。

豪勢がいぶかしげに振り向いたその瞬間、襖がすらりと開いた。




「………げ」




端正の口から、あり得ない呻き声が漏れた。

暗がりが何やら金属的に煌めいたかと思いきや、ガラの悪いサングラスを掛けて黒いパーカーのフードを深く被った浅黒い系の小人が指をフレミングの左手のアレみたいにしながら現れた。奴は黙り込む三人の間を縫うようにすり抜けるとYo!とかウェカピポとか叫びながら炬燵の上によじ登り始めた。両手はフレミング的なアレのままだ。普通に登れば楽なのに。

「策……なんという……ていうか何でこんな姿に……」

「策!?おいあれやっぱり孫策か!?」

「面識ないのですか」

「赤壁前に死んでるからな、奴は」

策、と呼ばれたラッパーは高い所によじ登ると、腕を組んで斜に構えた。…うわ、決めポーズだ。

「…成程、高い所が好き、と」

「…俺は今、卿の嫌味を流せる程、心に余裕はないぞ」

端正が低い声で呟き、剣の柄に手をかけた。…おいやばいぞこれ。もう真顔じゃないかこのひと。頼むから余計なことすんなよ白頭巾。

「お前らオレdisりまくるお前らそれもこの刹那まで、オレのライム高らかに響く刹那お前らリスペクト、チェキラ…」

「おいアレ呉の方言か?」

「……ぐっ」

端正が顔を覆って膝から崩れ落ちた。耳まで赤い。…端正のこんな切迫した状況を余所に、奴の熱いビートは続く。

「お前聞け神速のフロー、お前に送ろー、熱いパンチラインお前お蔵in分かるか俺がメインyo、yo!!」

「おぉ…韻だな!韻を踏んでいるぞ!!」

豪勢は割と嫌いじゃないようだ。

「かつて我が国と覇権を競った呉が…大変なことになって参りましたね…」

黙りこくっていた白頭巾が、無表情に呟いた。心底、どうでもよさそうだ。

「さ、策、卿に何があったのか知らんがとにかく、な、降りてこいな?」

端正が高い枝に登ったサルを宥めるような声色で彼に呼びかける。彼は得意げにさっきの決めポーズをかますと、人を馬鹿にしたような顔でフレミング的な指を突き出す。

「黙れオーディエンス、昇り詰めるぜ王者の椅子、yoyo!それは約束されたシークエンス、イェァ!!」

「踏むねぇ、韻を。踏みまくりだねぇ」

「さ、翻訳をお願いいたします…」

「ふざけんな俺が知るか!!…なぁ策、ちょっと見ないうちに何があったんだ!?」

端正が尚も問いかけると、孫策と思われる男はもう一度動きを止め、また腕を組んで斜に構えた。うわ仕切り直したぞこいつ。

「…イェァ今こそ語ろう俺のディスティニー、遥か高み目指す俺たちを突き動かした青きイナズマその」「そういうのはもういい!!」

流石に端正がイラついた。俺もちょっとイラッときていたが。

「イェァ変革目指す俺たちの前に立ちはだかるファンキーなルームメイト、yo奴の名はDJ・マキシマム」

……あ、意外とすんなり本題に入った。

「…ふむ、お前の居候先の住人がDJ・マキシマムであったと」

「すげぇ翻訳始まったぞ」

「うるっせぇな卿は口を利くな!!…この怪しい動きや妙な言い回しはDJ・マキシマムの影響というわけだな」

「イェァ俺たちのリスペクト、皆を巻き込むぜテンペスト、yo俺たちのテンペストお前らを巻き込み回る回る分かるか俺たちが唯一無二のベスト」

「えっ……おいさっきから『俺たち』と云ってないか……?おい、あのさ…もしかして」

「GO!GOGO!!マキシマムルーム、めっちゃ『呉』!!我らが呉のプロップス、ほぼほぼマキシマムリスペクト!!イェァ」




「うっわぁ……」




端正が、ふっと天を仰いだ。

「天よ……なぜ、我に更なる試練を賜るか……」

お、おぅ…大変だな、端正。まさかそんなことになっているとは…。

「お?今何て云ったんだ?」

「DJマキシマムの部屋に呉の仲間たちが沢山いて、ほぼ皆がマキシマムを尊敬している、と」

「うるさい!訳すな!!」

端正が怒鳴ったかと思うとうちで一番柔らかいクッションに倒れ込んだ。そんな端正をしり目に、孫策と思しき男は尚もyoyo叫びながら変な動きを繰り返す。豪勢が少し考えたのち、壇上の孫策に話しかけた。

「孫策殿。その…マキシマムはそなたらの事を、不審には思わないのか?」

異常現象の自覚はあるのか。

「yoマキシマム常に夢の住人、不思議なクスリの果て俺たちはイリュージョン幻の俺たちとのフュージョン!」



―――わぁ…日常的に何らかのクスリをお決めになっている方か…。



…さすがに憐れに思ったのか、豪勢が端正の傍らにしゃがみ込み、ぽんと背中に手を乗せた。

「…良かったの、仲間の居場所が分かって」

「ほぼ全員、面白いことになっているようですがね」

「うるさい!聞きたくない!!」

白頭巾、お前は本当に…。

「ま、まぁマキシマムの件はさておき、だ。貴様もその…呉の連中も今や寄る辺なき身。場所が分かったのなら挨拶くらいはしてきたらどうだ」

「あんな感じになった甘寧とか丁奉を見たくはない…」




―――しゃりん。




襖の奥の方から、鈴の音が響いた。白頭巾がふと顔を上げる。

「この音は…覚えがある」

薄く開いた襖の奥に、金属質の反射光が垣間見えた。しゃりん、しゃりんと断続的に響く鈴の音に、yo!yo!という合いの手と思しき叫び声が混ざる。端正の背中が、びくっと震えたのち固まった。

「おぉ、余もこの鈴の音に覚えがあるぞ、これは鈴の甘」「云うな!!」

「くくく…はっはっはっは…追い打ち…追い打ちが来ましたな」「うるせぇな!!」「ぷっあははははぁはあはは…」

辛うじて平静を装っていた白頭巾がくの字になって頭巾落とす勢いで撃沈した。こいつは意外と笑い上戸だ。



「―――戻られよ!」



襖の陰から、叱咤の声が飛んだ。この声は…どこかで。

「yo俺のソウルフルなビートのライミング」「それはマキシマム殿に聞いて頂きなさい!」「チェキラ」「駄目です!」

あれ?この声どうも…白頭巾に似ているんだが…。

暫く熱いビートの押し問答が繰り広げられたが、やがて鈴のビートのライミングとやらが遠ざかっていった。

「諸葛瑾殿…恩に着るぞ」

あー、やっぱりあの苦労人か。あっちでも苦労しているのだな…。白頭巾が小さく舌打ちした。

「―――面白くなるところだったというのに、空気の読めぬ兄よ」

「…月イチの定例会、泣くまでイジり倒してやるからな」

豪勢が名残惜し気に襖を覗き込むが、もう誰も居ないようだ。

「…ま、よかったのではないか。あの男が家督を継がなくて。呉、えらいことになってただろうなぁ」

白頭巾が再び笑いながら崩れ落ちた。端正は深く、深くクッションに沈み込んだ。返す言葉もないようだ。




DJマキシマムが何処に住んでいるのかは知らないが、ここ以外にも『彼ら』の出る部屋があることを知った。


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