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俺の四畳半が最近安らげない件  作者: 柘植 芳年
29/72

死者を食らう茸

部屋の中央に、こんもりとした薄茶色い塊が盛り上がっている。

俺の、四畳半に。



図書館で借りて来た『菌類図鑑』の挿絵を何度も見返す。そして何度も『それ』の解説を読み返す。頭痛がしてくるが、何度も読み返す。



和名:屍鬼茸。別名:人食い茸


特徴:アンモニアを発するもの(死体、糞尿を含む)を好み、生えてくる。



………うぅむ。



ここ二階だし、俺がこの部屋に入った時点で畳は新品にしてもらっているしなぁ…。俺が居ないスキに入り込んだ変態が失禁して逃走…とか厭な想像が脳裏をよぎる。これは大家を呼んで話を聞くしか…。



「あー…分かりにくかったですねぇ」



ものっすごい背後からくぐもった声が聞こえて弾かれたようにその場を飛びのいた。うっわ何!?何なの!?誰がいるんだ!?

「あー…私、こういう者で」

きっちりしたツーブロックの背広を羽織った男が、名刺のようなものを差し出してきた。ろくに確認出来ずあとじさるしかない俺。

「あ、お気持ちは重々。ですがあの受け取ってはもらえませんかね」

すごい早口だ。それはともかく、俺はあの名刺を受け取れない。何故なら。

「――無理」

「……あー、」

「だってその名刺もあんたも」




―――半透明じゃん。




「なるほど、透けているものは受け取れないと」

「いやもう受け取れないんだよ、物理的に!分かるだろ!?」

だってこれ完全に幽霊じゃん!物質として存在しないものは受け取れないんだよ生身の人間は!!

「あー、はいはい、その問題点解決しましょう。ちょっとこう、名刺をスマホでパチリと」

「なるほどなるほど……………駄目だよ、映らねぇよ!!」

「あー…私はカメラに映るタイプの霊ではない、と。参考になりました」

奴はいそいそと半透明の名刺を半透明の背広の裏に仕舞い込んだ。『山田 孝』とか平凡ネームの白眉みたいなのが書いてあった。

「まぁ、ね。ちょっと唐突な感じになって『なにコイツ何しにきたの』って顔してますがね、何しにきたのかというと」

―――化けて、出たのですね。

「何で!?ここ事故物件!?」

「いやいやいや、正確に言うと事故物件はここではなく、この下でして…」

「じゃ下に出ろよ!!」

「下の住民は『視えない』タイプの方みたいでして。そうなるとこう、この恨めしさを何処に持っていけばよろしいのか、と。それでご迷惑は重々承知の上、こうして名刺を携えて伺ったわけで」

「そんな恨めしさに迷い出ずにはいられないような死に方したの!?」

「ぶっちゃけ過労死ですが」

「会社に出たら!?」

「えー…なんかねー、先客が沢山おりまして。なんか少ないパイを奪い合う?みたいなおかしな雰囲気でして。そもそも似たような人間達の集まりだから、出たところで誰も気が付かない…そうそう、先日恐ろしいことが」

「―――なんだ」

「幽霊仲間の中で、画期的な出現の仕方を考えた奴がおりました。深夜のオフィスで高速ブラインドタッチの音を響かせるってやつなんですが…どんな深夜になっても人気が絶えないし、しびれを切らして音出してみたら…『その陰に誰かいるぞー!!』『なにてめぇの仕事してんだ!!納期近いやつを優先して手伝え!!』…とか目の下真っ黒な社員が目を血走らせて捜索始めて…なんかよそ者狩りみたいな雰囲気になっちゃって……あぁ、怖かった…」

「すげぇブラック企業だな…おいその会社名晒せ。そこには絶対就職しない」

「うひょははははは…大丈夫大丈夫、あなたの大学じゃ採用されませんって!あぁもう片腹痛いったらありゃしない」

―――再度殺すぞこの野郎。

「…なんか話聞いてると、何かを激しく恨んでるって感じがしないんだけど」

何がしたいんだこの男は。

「―――私はね、生前からずっと不快に思っていたのです」

いよいよ聞けるのか。恨みの理由を。

「あの、幽霊と呼ばれる連中の不躾さを」



―――はい?



「例えばあなた、赤の他人に聞いて欲しい事があればどのようにいたしますか?」

「えっ…あぁ、まず自己紹介がないと始まらない…かな」

「エグザクトリィ!ほんそれ!」

山田はパチンと指を鳴らして身を乗り出してきた。何だよ突然そのノリは。こいつすげぇやりづらいんだけど。

「物陰から突然血みどろで現れるとか!生木を引き裂くような激しいラップ音とか!!なんかね、心霊現象というのは不躾過ぎるだろうと生前から思っていたのです!私は理系の端くれとして、もっと理性的なアプローチを試みたいと常々思っているのですよ」

「いやいやいや、ちょっと待とうか」

「何です?」

「あんた…山田さんだっけ。山田さんが考える理系による、理性的なアプローチが、これか」

俺は足元を覆い尽くす茸の山を指さした。

「えぇもう!この茸がね実は屍鬼茸と呼ばれる死体に生えるという…これでね、ここで死人が出ていますよ、という極めてアカデミックなアプローチをこの度」

「迷惑なんだよ!!もうこの菌床にされた畳、張替すら出来ないんだぞ!!敷金戻らないじゃねぇか!!」

山田は『はっそう言えば』みたいな顔をしてポカンと口を開けた。

「そっそれはそれはとんだ失礼を!私としたことが敷金のことをすっかり失念いたしまして、いやもう…汗顔の至りで」

…いや、この気の利かなさはある意味理系的ではあるがな…

「……食べられる茸にいたしましょうか?しいたけとか……」

「それだと部屋の真ん中にしいたけ生えただけになるぞ。ますます意味わかんねぇよ」

「はっ私としたことが!!いや違うんです、待って下さい、もっと理系なアプローチを」

…その手段が目的にすり替わりがちな感じ十分理系っぽいがな…

「そ、そうだ仕様書と納期が書かれたプリントを毎日机の上に置いておくというのは!あー、この仕様でこの納期かー、このプロジェクトに関わった技術者は過労死だなー…ってアピールに!!」

「他部署のプリント間違えて持ってきちゃったポイーで終わりだ」

…内輪の事情を万人が理解すると考えがちな感じは理系的だけどな…

「こういうのはどうです!?クライアントからの状況を全く理解してない無茶苦茶なフィードバックのメールが毎日毎日届くのです!昨日説明した事情を全く理解してない体で、毎日毎日!!あの低能クライアントが!!ってイライラくること請け合いですっ!!」

「おい後半、只の恨み言になっちゃってる」

そしてイライラさせてどうする。

「駄目ですか!?こんなに恨めしいのに!?」

「…恨めしいから出て来たのは分かるが…でもそれスパム扱いされてポイかな…」

「そんなことばかり言われたら…もう血みどろで物陰から飛び出す位しか残ってないじゃないですか!血みどろで死んだわけでもないのに!!」

ツーブロックを掻き乱して山田がのたうち回り始めた。…大変だったのは確かなようだ。多忙なエリートもいい事ばかりじゃないようだ。

「……まぁ、落ち着けよ。山田さん、あんたそもそも、何で化けて出たかったんだ?」

「……誰かに、聞いて欲しく……ぐっ……」

山田が鼻をぐずぐずさせながら喉を詰まらせた。なんかこう…悪い意味でリアルな幽霊だなこいつ。

「まぁ…呑め。話は、たまになら聞くから」

何だか気の毒になってきて、冷蔵庫から出したばかりの発泡酒を『供えた』。奴はえぐっ…えぐっ…としゃくりあげながら、酒を『呑んだ』。

「ひっく…聞いてくれて…ありがとうございます…」

あまり理系で理性的な現れ方ではなかった気がするが、奴は目的は果たしたわけか。山田はひとしきり呑み、泣いたあと、ゆっくりと立ち上がってゆらめいた。

「ありがとう…本当にありがとうございます…私は…行ってきます…」

おう、成仏というやつか。山田はゆらめいて更に薄くなった。

「……女湯に……」

そして完全に消えた。そうか、そうか。行くがいい。女湯に……




―――女湯だと!?




「おい山田てめぇ!!いま女湯っつったか!?」

ふざけんな敷金おじゃんにして酒呑んで愚痴聞かせて気が済んだら覗きかよ!!ちっくしょう出てこい山田!!もう許さないぞ!!


箒振り回して叫んでいたら、下の階の奴が『うるさいんですけど』と苦情を云いに来た。そもそもお前に幽霊見えれば俺がこんな訳のわからん被害に遭うことなかったのに、と思うと納得いかないものがあったが謝るしかなかった。


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