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俺の四畳半が最近安らげない件  作者: 柘植 芳年
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血のバレンタイン

草木も眠る深夜。

『彼ら』も眠っているはずだ。…普段通り、なら。

それでもなお、俺は錆びた階段を音もたてずに登る。

これは勘、というか予感のようなものだが、



俺は今、何らかの謀のさなかにある。



俺に彼女が出来たことは『彼ら』にはバレてはいない…とは思う。いやしかし。それは俺の希望的観測か。

「もう、こんな季節ですな」

「ああ、もうこんな季節か」

「高級チョコレートが飛び交うイベントがあるそうだな…14日に」

ちらちらとこちらを見ながら、3人の小さいおじさんが言葉を交わしていた。彼らが集い話し始めると必ずひと悶着あるのに、ここ数日不気味に大人しいのも気になっている。


電気は…猫ちぐらが怪しく発光している。まだ起きているのか、寝落ちてしまったのか。ドアを開ける前に、俺は鞄の上から『それ』を握りしめる。…大丈夫、俺はここの家主。分は完全に俺にある。



彼女から貰ったゴディバは絶対、一片たりとも渡さない。



 音もなく鍵を回し、そっとドアを開ける。猫ちぐらの前に座る小さな人影。…っち、やはり起きていたか。

「……んん??」

あれ、おかしいな。

「……二人?」

呟きかけて、慌てて口を噤む。いかんいかん、俺は彼らにとっては居ないことになっているのだ。彼らは気にすることなく、無言で酒を呑み、干し肉を噛み続ける。俺の虎の子の八海山だが今はいい。『これ』には代えられない。素知らぬそぶりで靴を脱ぐと、さりげなく鞄を壁のフックに掛ける。


「……なるほど、奴の言う通りじゃな」

「応。業腹ではあるがな」

端正が深くため息をつく。酒を飲んではいるが、大して酔っていないようだ。…どうやら居ないのは白頭巾らしい。おかしいな、あいつがこのタイミングで出てこない、とは。



「…『彼』が鞄を、ぞんざいに扱わない。あれは…入っているのう」



心底、ぎくりとした。…しまった、俺はいま決定的な地雷を踏まなかったか?

「しかし取れんのう、あんな高いところにあっては」

豪勢が心底悔しそうに地団太を踏む。…そ、そうだ。鞄は高い場所に掛けた。登ろうと狂暴な武将を呼ぼうとどうにもならないはずだ!大丈夫、大丈夫…気のせいに違いない。大丈夫……。



しかし……暑い。なんだこれ、今2月だぞ!?



「どうするのだ?こんな時、天才軍師としてはどのような策を弄するのだ?」

豪勢がおどけたようにように猫ちぐらの影に声を掛ける。

「東南の風を、吹かせて差し上げましょう……」

珍しくほどいた髪を熱風になびかせ、暗がりから白頭巾が現れた。ぞくり、と背中を悪寒が走った。こいつは何故、俺の視界から外れていた?そして何故今、満面の笑みで俺の前に現れた…?



俺は今、ひょっとして既に奴らの罠の真っただ中にいないか!?



「ほう、東南の風」

端正が鼻で笑う。

「して、その目的は…これだな」

すっと翳された端正の小さな掌には『火』の一文字。同時に翳された白頭巾の掌にも『火』。白頭巾は、にやりと笑って手を下げた。

「流石。分かっておられる」

ちょっ…何?どういうこと!?俺のゴディバに何する気!?

「彼が『追跡』を恐れて鞄を掛けた天井近くの鈎。あの場所は」

羽扇を口元にあて、奴は密やかに笑った。



「エアコンの風が、直に当たる場所なのですよ……」



げっ!!!こ、こ、こいつ…なんか暑いと思ったら……!!!

「温度は最大に設定してあります。高級チョコレートは熱に弱い…半刻も経てばドロドロでしょうな」

リモコンは、リモコンは何処だ!?

「――私が、何故姿を隠していたのか。そしてこの私が、容易に見つかるような場所にリモコンを置くか否か」



―――もうあったま来た、じゃあコンセント引っこ抜いてやる!!!



あえてドスドス足を踏み鳴らしてエアコンに近づくと、端正が胸元から何かを取り出し、口に咥えた。



―――馬笛!!!

あンの野郎、エアコンに近付いたら呂布呼ぶぞってことか!!鞄も……か。そうか、俺は…俺は…。

「―――分かったから。もうやめて」







「実につまらん!赤子の手をひねるようだ、余興にもならんわ!!」

豪勢がぶつくさ文句を言いながら、しかし実に旨そうに俺のゴディバを頬張る。12粒しかないやつを2粒も足元に確保してだ。

「うむ…何というか…弱いもの虐めをしてしまったようで、寝覚めが悪い」

端正が申し訳なさそうにプラリネ入りのやつを齧る。でもやはり2粒確保して紙に包んで置いてある。

「戦の勝敗は、始まる前から決まっている。えてしてそういうものなのですよ…」

白頭巾は淡々とホワイトチョコレートを齧る。珍しく羽扇を傍らに置いている。

「メディアによる情報収集」

食い入るようにゴディバのコマーシャル見てたな、こいつは。

「そして通信ツールを用いての、成りすましによる情報操作」

そんなことしてたのかこいつ!?俺は慌ててLINEを立ち上げる。一週間前くらいまでのトークをスクロールすると、覚えのないトークのやり取りを見つけた。



―――お、俺がさりげなくゴディバを要求してる!!しかも3倍返し確約してる!!!



しかもその後、何気ないトークで証拠を隠滅している。いかにも俺が彼女に送りそうなトークで……俺がゴディバを貰った時点で既に奴らの奸計に嵌っていたのか…思わず、椅子から崩れ落ちた。

「1週間もあれば『彼』が普段使わない鈎の場所を気づかれない程度に動かす方法などいくらでもあります」

「ま、そういうことだな。つまり」

豪勢が早くも一粒平らげ、苦めに淹れた茶を啜った。



「我らを誰だと思っているのか、ということだ」



そうだった……乱世に覇権を競った二人の天才軍師と乱世の奸雄。そいつらが本気でゴディバを奪りに来るのだ……一介の会社員である俺が策で打ち勝つ見込みなど……。

「なんか、すまん」

端正には遠回しに謝られたが、チョコは返す気ないみたいだし、12粒の高級チョコを3粒しか確保出来なかった事実が覆るわけじゃない。しょんぼり頬張るゴディバは、ひたすら甘くほろ苦かった。


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