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ケース1~夜泣き女~

 ここは明菜高校。地方の都市に位置する男女共学の公立高等学校。偏差値は平均よりちょっと上くらいで、部活も勉学も特筆する点がほぼない平凡オブ平凡な学校である。

 今は昼休み、とある一年教室の端で二人の女子高生が机を向かい合わせて昼食をとっていた。5月の強い日差しがカーテンの隙間から教室を照らしている。


「結奈、『夜泣き女』っていう噂知ってますの?」


 そう話を切り出した女子高生は教室の端にいる割にとても目立っている。日本ではまず見ない金髪はウェーブがかかっている。そして、白く透き通った肌に整った顔立ち、教養を感じさせる優雅な所作。彼女を一目見た者は必ず同じことを思うだろう。『あ、お嬢様だ』と。

 彼女の名前は黎明院陽子。見た目、振る舞い、口調がお嬢様の女子高生。そんな陽子は現在、焼きそばパンを片手に都市伝説の話を切り出している。


「陽子ちゃん。また怖い話?」


 陽子の向かい側、お手製のお弁当を食べているのは黒髪おさげの女子高生。陽子に比べるとこれといって目立った特徴はない。図書館と読書が似合いそうな印象を抱かせる容姿をしている。

 彼女の名前は絹越結奈。控えめで生真面目な女子高生。そんな結奈は現在、ハンバーグをお箸で切り分けながら都市伝説の話に難色を示していた。


「ええ、この学校の近くの明菜公園ってご存じ?」

「う、うん知ってるよ。行ったことはないけど」

「最近、夕方になるとその公園に背の高いワンピース姿の女性が現れるって噂ですのよ。これは怪しい、怪しいですわ!」


 陽子は半分になった焼きそばパンを優雅に齧りながら、目を輝かせる。


「ええ……そうなんだ」

「それだけじゃないですわ。幽霊の名前は『夜泣き女』。近づくと不気味な鳴き声を放つらしいですわ」

「でもそれって幽霊じゃなくてただのやばい人じゃないの?」

「その可能性はありますわね。この話は近所の小学生から聞いた話ですし」


 怪談好きである陽子はこのように至るところから情報を集めては仲の良い友人である結奈との会話の種にしている。怪談となれば大体好きだが陽子はその中でも噂から成り立った怖い話、すなわち都市伝説の類を好んでいる。高校に入ってから陽子はネットで都市伝説を漁り、それだけでは足りずそこら辺にいる人に話しかけてまで都市伝説を求めるようになった。もはや怖い話は彼女の生活の一部となっている。

 そんな陽子にはある悩みがある。


「確かめたいですわねぇ。その噂が本当かどうか」

「え、それは公園に行って幽霊を確認するってこと?」

「したいですわねぇ」

「はぁ……」


 結奈が露骨に呆れた顔をした。これは本当に引いている時の顔だ。

 結奈は高校に入ってからできた唯一の友達で、かれこれ一カ月くらいの関だ。性格は真反対だし、趣味も違ったが、なんとなく気が合ったので一緒に行動するようになった。結奈は控えめで自分の意見をあまり言わない分、顔に出る。初めの内はよくわからなかったが、話をしている内にだんだんとわかるようになった。


「ということで今日の夕方、明菜公園に確認しに行こうと思いますの」

「今日!?」

「ええ、善は急げ、思い立ったらすぐ行動ですわ。どうです?一緒に行きません?」

「ええ……うーん」


 今度は上を向いて顔をしかめた。多分、心の底から嫌がってはいないだろう。結奈は陽子ほど怖い話が好きという訳ではないが、アレルギーになるほど嫌いという訳でもない。怖い話について会話ができるくらいには耐性がある。


「行きましょうよ~。今度何か奢りますわ~」

「うーん、内容によるかな……」

「駅前のパフェなんかど……」

「おっけー行こう」


 さっきの迷いなどなかったと言わんばかりに前を向いた。その目にはパフェの三文字がでかでかと書かれている。

 結奈が甘党であることを知ってて良かった。そしてお小遣いの関係であまりパフェなどの高いものは食べれていないということも。


「それじゃあ放課後に明菜公園に行きましょう!」



*************************



 七時限目の数学の授業が終わるころには時刻は五時を過ぎていた。空はほんのりと赤く染まり、部活に勤しむ学生の声や教室に残って戯れる学生の声で学校全体は落ち着きがない。

 そんな中、金髪縦ロールと黒髪おさげの女子生徒は校門の前でたむろしていた。周りには同じように集まって話している学生や、親の迎えを待つ学生などがいる。

 陽子は学生バックの中に手を突っ込むと歪んだ紋章が描かれた長方形の白い紙を、五枚ほど取り出した。


「陽子ちゃんなにそれ?お札?」

「そうですわ!検証しに行って本当に祟られてしまうのは優雅ではありませんので」

「けっこう本格的だね。買ったの?」

「昨日調べて作りましたわ!」

「へぇー。効くといいねぇ。でも、本当に危なかったら貼る前に逃げようね」

「ええ、これは気休めみたなものですわ。結奈も三枚ほど持っといてくださいまし」


 中学校時代、美術の授業が絶望的だった自分にしてはいいできだとしみじみ思う。効くかどうかはさておき、もし「本物」に出会ってしまったときの気休めくらいにはなるだろう。と言っても今回検証しに行く「夜泣き女」に襲ってくるという噂はないので、大丈夫だとは思うのだが。


「まだ明るいけど。もう行くの?それともどこかで時間潰す?」

「そうですわねぇ。暗くなってから出るらしいのでそれまでどうしましょう」


 「夜泣き女」の噂はここら一帯の小学生の間で流行っている。陽子が手当たり次第に話しかけた結果わかったことは、暗くなると明菜公園に赤いワンピースの女が現れるということだ。しかも近づくと「オオォーン」と不気味な声で鳴くらしい。噂の出所を探ろうとして怪談の本を片手に歩いている女子小学生から、集団ではしゃいでいる男子小学生まで様々な小学生に話しかけた。しかしどの小学生も直接見たという情報がないどころか、誰かが見たという又聞きの情報すらない。

 小学生では埒が明かないので公園近くの家に聞き込みをしようとしたところで巡回中の警察官に注意されてしまったので、聞き込みによる調査は断念し、直接見て確かめようと思い立ったのだ。


「駅前に行かない?お気に入りの喫茶店で――」

「パフェは今度にしましょう」

「そんな遠くないよ~。ささっと食べて戻れば七時くらいにはなるよ~」


 明菜公園はこの高校から遠くはない。大体、二十分もあれば着く。

 駅はここから三十分くらいかかる。今は五時過ぎくらいなので、結奈の言う通り行って戻ればちょうどいい時間帯なのかもしれない。しかし問題は距離の話ではない。


「……今、手持ちがないんですわ」


 陽子はがま口の財布を取り出し、開けて結奈に見せる。鉄臭い財布の中には百円玉と十円玉が、二枚づつ入っていた。紙幣はない。もちろん家にもどればいくらかあるが、陽子の家はここから一時間かかる。それこそ行って戻ってくる頃にはだいぶ遅い時間になるだろう。


「あ……そっかー」


 結奈はコンクリートでできた塀に寄りかかり、空を見上げた。空はまだ明るいが、あとに時間もすれば日は落ちる。時間をつぶすにしても微妙な時間だ。


「じゃあコンビニいこっか」

「ええ、そうしましょう」


 学校の近くのコンビニには自分と同じ学校の生徒や、他校のガラの悪い連中が出入りしていた。特にガラの悪い連中……荒れていると有名な隣の高校の不良たちはゴミ箱の前で集まってたむろっていた。皆一様に学ランを着崩し、ピアスを開け、髪を染めている。髪の毛をガッチガチの縦ロールにしている陽子が言えたことではないが素行が悪いったらありゃしない。

 自分の学校の生徒は目を合わせまいと見て見ぬふりをして素通りしている。確か目を合わせるとたまに反感を買って絡まれてしまうらしい。

 中学まで名門のお嬢様学校に通っていた陽子にとって不良という存在は空想か創作上のものでしかなかった。高校に入学してから毎日のように不良を見かけるが、思ったより大人しいというのが正直な感想だ。もっと頻繁に抗争とか薬をやっているのかと思っていたが、そういうのは本当に空想の一部でしかないらしい。実際は見た目を派手にして数人単位で集まり、夜の公園で騒いだりバイクを乗り回したりしているらしい。

 

「じっと見ちゃだめだよ。また絡まれちゃうよ」

「そ、そうですわね」


 それでも自分にとっては特異な存在なのでたまに見かけると、じっと観察してしまう。

 一回、立ち止まってまじまじと観察していたら絡まれたことがある。高校に入学して一週間ほど経った時のこと、珍しいと思って観察していたら五人ほどの不良集団に囲まれた。夜道だったこともあってものすごく怖かった。何か自分に向かって話しかけていたようだが恐怖で何も覚えていない。ずっと黙っていたらどこかへ立ち去って行った。そのことを結奈に話したら本気で怒られたのをよく覚えている。

 思い返せばじっと観察するのは失礼だったかもしれない。でもだからって五人で囲むことはないだろう。とつくづく思う。


「あ」


視軸を不良集団からずらそうとした瞬間、赤い髪で蛇のような顔をした男と目が合ってしまった。男はこちらを鋭い目つきでこちらを睨むと、威嚇するようにたばこの煙を吐いた。


「ひぃぃ!結奈!行きましょう!」


「え!?何どうしたの!?」


 思わず結奈の手を握り、コンビニの入り口とは逆方向に駆け出す。夜道で囲まれた時の思い出がフラッシュバックし、恐怖が脳髄を駆け巡る。

 背後から笑い声が聞こえるが、振り返らずに手を引いて全力疾走する。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 走るのはあまり得意ではない。運動自体はそこまででもないが、お嬢様時代はダンスや作法を学ぶことはあっても有酸素運動をすることは滅多になかった。恐怖で体が硬直していたこともあって息はすぐに上がった。

 振り返るとコンビニはまだ見えた。体感ではかなり走ったはずなのに。もう筋肉と肺が悲鳴を上げている。


「……子ちゃん!陽子ちゃん!」


 自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。それを聞いて自動販売機の前で足を止め、彼女の手を放す。足が恐怖と筋肉疲労でがくがくと震えている。

 結奈は全く息が上がっていない。控えめな見た目とは裏腹に結奈は意外と体力があって羨ましいと感じた。

 

「どうしたの?幽霊でも見たの?」


「いや……不良の一人と目が合ってしまいましたわ」


「も~だから言ったじゃん気を付けなって」


「……すいませんですわ」


 ポケットからハンカチを取り出し額を拭う。そこまで長い距離は走っていないはずなのに体にはびっしりと汗が流れている。この汗は恐怖による冷や汗も含まれるだろう。

 いくら拭っても汗が止まらないので諦めて、ハンカチを乱雑にしまう。シルクで作られたなめらかな材質で、家から持ってきた唯一の高級品だが今はそれどころではなかった。

 結奈はケロリとしていた。呼吸が上がっていないどころか汗ひとつかいていない。突然手を掴んだから、そこそこ驚いているはずだと思っていたが……そうでもないようだ。

 もしかして意外と胆力があるのだろうか?誘うときあんなに嫌な顔をしていたから怖いのは苦手だと思っていたが。


「仕方ないなぁー」


 結奈は近くの自動販売機に小銭を入れると半透明のスポーツドリンクのボタンを押し、下の取り出し口から見たことないメーカーのスポーツドリンクを取り出す。


「これ、奢りね」


「ありがとうございますわ」


 受け取ったペットボトルは程よく冷たく、手の温度をすぐさまに吸収していく。

 蓋を開けて飲む。甘さとしょっぱさが混ざった微妙な味が口から喉にかけてを万遍なく満たしていく。普段スポーツはしないのでスポーツドリンクは全く飲まないし、おいしいと感じたこともあまりない。汗をかいたからだろうか?割といける。


「ング……ング……はぁ」


 一気に飲み干してしまった。冷たいものを飲んだことで先ほどよりも幾分か汗が引いたような気がする。


「大丈夫?今日はもう帰る?」


「全然大丈夫ですわ。そんなことより、違うコンビニに行きましょう。あそこはしばらく行きたくないですわ」


「うん。そうした方がいいよ。ここからだと回り道になっちゃうけどいいの?」


「公園に着く頃にはちょうど暗くなってるはずだからちょうどいいでしょう」


「それもそうだね。じゃあ行こうか」


 学校から二番目に近いコンビニに行くことにした。公園から逆方向にあるのでそこそこ時間がかかるが、また不良に絡まれるよりはいいだろう。

 コンビニに着いたとき、六時を知らせる時報放送の音楽が鳴った。五月ということもあってか六時でもまだまだ明るい。


「お、六時になったね」


「そうですわね。ここのイートインでゆっくりしましょう」


 ここのコンビニは住宅街のど真ん中にあるためか、人が非常に少ない。もちろん不良もいない。ついでに言えばイートインがあるので一時間くらいならここでぐだぐだして時間をつぶすことができる。

 陽子は焼きそばパン、結奈はプリンを買ってイートインに座った。


「というか陽子ちゃんさ。公園のお化けの検証して何すんの?調べるだけ?」


「せっかくだからブログにでも書こうと思ってますわ」


「へーできたら見せてね」


「いいですわよ」


 だらだら話したり、スマホをいじったりすること一時間。日中、あんなに勢いよく人々を照らしていた太陽は沈みはじめ、辺りがだんだんと宵闇に包まれ始めた。

 店員が迷惑そうにこちらをチラチラと見ている。やはり長いしすぎるのはあまり良くないようだ。


「そろそろ頃合いですわね」


「そーだね」


 コンビニを出て、いよいよ公園に向かうことにした。そういえば一つ、結奈に聞き忘れていたことがあった。


「結奈、門限とかは大丈夫なんですの?」


「あー大丈夫。うち門限とかないし、なんか言われたとしても文化祭の会議があったことにするから」


「文化祭の準備一カ月くらい先ですけど……」


「大丈夫だって!それっぽい理由があれば親は納得すんだから」


 随分な物言いである。陽子は結奈の母親に心の中で小さく合掌した。

 ちなみに陽子は一人暮らしなので門限などというものは存在しない。中学生までは親や使用人などの監視の目が常にあったので、そもそも放課後にどこかに遊びに行くということすらできなかった。 その時と比べると現状はえらい違いである。ただ、一人になって自由になった分、掃除、洗濯、料理などの今まで使用人がしてきたことを、自分でしなくてはいけなくなったのでので決して楽になった訳ではない。

 多分、結奈の家庭くらいが一番ちょうどいいのだろう。


「随分暗くなっちゃったけど、ライト持ってきたの?」


「もちろんですわ!」


 バックから百均で買った懐中電灯を二本取り出し、片方を結奈に渡す。今から行く明菜公園には電灯が一つあるのみで日中と打って変わって非常に暗い。怪異をこの目でしっかりと見るためにも光源は絶対に必要である。

 この住宅街は非常に暗く、意外と人気がない。たまに車が通ったり、自転車が走ってきたりすることはあってもその性質は静寂に近く、割と暗い。互いの顔が薄っすらと見えるくらいだ。

 準備ができたところでいよいよ二人は明菜公園に向かうことにした。

 これから都市伝説をこの目で見れると思うと興奮と恐怖で心臓が高鳴った。もちろん興奮の方が大きい。「夜泣き女」の噂はあくまでも小学生の口伝によって広がった噂なので、検証しに行ったとしてもいない可能性の方が高い。それでも、「もしかしたらいるかもしれない」という想像が陽子の好奇心を駆り立てる。

 もし、肉眼で見ることができたのなら、まず持参してきたデジカメで一枚撮って映るかどうか確かめるつもりだ。そして近づいて本当に鳴くのかを確かめ、できそうなら対話を試みる。危険な霊であったら一目散に逃げ、後日に神社にお祓いに行く。

 イメージトレーニングは完璧だ。よくある怪談では面白半分で検証しに行った輩はだいたいひどい目に遭う。そうならないために、少しでも危険を感じたら逃げるつもりだし、お札などの準備をしてきた。経済的に完全な準備はできなかったが、そもそも襲ってくる霊ではないらしいのでこれくらいで大丈夫だろう。

 そうこうしている内に明菜公園に到着した。

 公園の周りには道路を挟んで住宅が並んでおり、陽子が訪れたときには近くの家の子供たちが遊んでいて賑やかだった。今は文字通りひとっこひとりもいない。そこには静寂と宵闇だけが支配している広い空間が存在していた。

 砂場は湿っており、崩れた山がまだ残っている。前に柵のようなものがあるブランコは鎖の部分がよじれており、歪んでいた。公園のどの部分を見ても、一時間前まで遊んでいたであろう子供たちの形跡が見て取れる。

 しかし遊んだ跡以外の異物が公園にあった。それはこの公園にたった一つしかない電灯に照らされ、それが異物であること、この公園にそぐわない存在であることを強く主張している。

 ついに見つけた。赤いワンピースに高い身長、長い髪に隠れて顔は見えない小学生の間で流行っている噂の異形、「夜泣き女」は道路を挟んだ歩道からでも確認することができた。大体ここから30メートルくらいは離れている。


「陽子ちゃん……あれ……」


「ええ、いましたわね」


 バックからデジカメを取り出し、シャッターを切る。このデジカメはこの日のために身銭を切って買った安物のデジカメである。安い割に写りはそこそこいいため、大切に使っている。

 デジカメにはしっかりと赤いワンピースが写っている。どうやらカメラに写すことはできるらしい。幽霊とか怪異全部がそうなのか、それとも「夜泣き女」だけがそうなのかは分かったわけではないが、これは大発見である。


「近づきましょう」


「え!マジで言ってるの?もうやめた方がいいよ」


「まだ、検証は済んでませんわ。あれに近づいて本当に鳴き声が聞こえるのかどうかを試さないと」


 初めて目視した怪異に陽子の興奮は最高潮を迎えていた。それと同時に先ほどまで均衡を保っていた危機感も薄くなっていた。まるでそうはならまいとしていた怪談の犠牲者のように。

 結奈の制止を無視して道路を横切る。この道路の車通りはほとんどないため、左右の確認はしない。


「ま、待ってよー!」


 結奈も駆け出した。すぐに追いつかれてしまったが、本当に止める気はないようで、結局、二人揃って公園に入った。


「っ!」


 公園の敷居をまたいだ瞬間、「夜泣き女」の方向から何かが聞こえた。

 耳をつんざく不快な激音。それは犬の遠吠えともサイレンとも似つかない不気味な嘶きだった。よく聞くと赤子の鳴き声にも聞こえるような気がする。それはこの公園に入ってきた陽子たちのことを認知し、これ以上の侵入は許すまいと警告しているようだった。

 結奈の方を見ると恐怖の色が張り付いている。どうやら結奈にも聞こえるようだ。


「これ以上はちょっとやばいかもしれませんわね……」


 この状況で不気味なのは公園に入った瞬間であることと、近所迷惑になるであろうこの音量だ。こんな住宅街のド真ん中でこんな音を出していれば、すぐさま警察に通報が行くはずだ。しかしその整合性はこれが怪異であるという事実に対しては役に立たない。

 何を考えているか、なぜそこにいるのか、なぜこんなことをしてるのか理解ができない存在に対して理論立てて考えることに意味はない。

 さすがに嫌な予感がしたので、もう帰りましょうと言おうとしたところで結奈が神妙な面持ちになった。


「……ん?なんかあれおかしくない?」


「何をいまさら、あれはおかしいの塊ですわ」


「いやそうじゃなくてさ……なんか幽霊にしては動き少なくない?」


 そう言われてよく見てみると、確かに直立不動で動きが一切ない。異様ではあるがまるで案山子のようだ。


「ちょっと近くで見てみます?」


「うん。行ってみよう」


 「夜泣き女」は公園のグラウンドーー遊具がない場所に立っている。ここはよく少年たちがサッカーなどをしているため、日中からここにあるという考え方はまずできない。

 さらに近づいてみると、「夜泣き女」の異様さは薄くなった。なぜなら、この幽霊は木造のマネキンに赤いワンピースを着せ、頭には長い黒髪のカツラを被せただけのものが立っているだけだったからだ。マネキンは2mくらいの高さで、すぐそばまで来た陽子たちは見上げる形になる。


「あ、このマネキン。スピーカーが付いてる」


 結奈が指した先には赤いワンピースに隠れたスピーカーがあった。マネキンの胴体に備え付けられており、そこを中心にけたたましい音が垂れ流しになっている。「夜泣き女」の「夜泣き」の正体が割れた瞬間だった。

 陽子はすかさずその部分をデジカメに収めた。

 「夜泣き女」は実体のない不気味な幽霊ではなく、木造のマネキンであったということがわかったところで先ほどよりも異様さは大分薄れた。しかし謎は残る。こんな近所迷惑になりかねないものを設置したのは誰なのだろうか?いたずら以外の目的が浮かばないが、それだったとしてもなんだか変だ。変だから妙な噂になったのだろう。


「これなんですの?いたずら……?」


「うーんもし、いたずらなんだとしたら……これはだれに向けたいたずらなんだろう?」


 結奈の言う通りいたずらの対象が不明瞭だ。仮に小学生が思いつきでここに設置したとしても、噂になるほど毎晩ここに置きに来なくてはならない。それもありえない話ではないのだが、なんだが釈然としない。それくらいに微妙な出来かつ目的がよくわからない。

 結奈は文化祭のお化け屋敷にありそうなどと呟いていた。陽子はあいにく文化祭のお化け屋敷は経験したことはないが、やる気のある学生たちがこぞって作ったと言われればなんとなく理解できる。

 というかスピーカーから流れてくる音がとてもうるさい。遠くから眺めていたときは不気味に感じたが、今はただただ騒音にしか聞こえない。これを設置した人を警察に突き出せば逮捕できるのではないだろうか。


「どうする?これ……幽霊が作ったものならやばいかもしんないけど」


 その発想はなかった。そう言われたらそう見えてくる。

 ならば


「一応お札貼っときますわ」


 バックからお手製のお札を取り出し、ワンピースに貼り付ける。ちなみにお札の裏側はそこそこ強力な両面テープになっており、一度貼ったらなかなか取れないようになっている。効果があるかどうかはわからないが、気持ちは楽になる。


「それ大丈夫なの?」


「多分大丈夫ですわ」


「ええ……」


「スピーカーを止めましょう。うるさいったらないですわ」


「そうだね。このマネキンでかいからまずたおそっか」


 2mもあるマネキンを二人で地面に倒し、邪魔なワンピースを脱がせる。ワンピースを脱がせたところでカツラも外れてしまった。念のため、マネキンにもお札を貼ってスピーカーを止める方法を探る。スピーカーは人間で言う臍の位置にあって大きさはサッカーボールくらいある。スピーカーとしては大きいほうなのではないだろうか。

 スピーカーはマネキンに埋め込まれていて、停止ボタンのようなものは見当たらない。マネキンを設置した人物はきっとリモコンかなんかで操作していたのだろう。

 マネキンからスピーカーを取り出そうとしたが、しっかりとねじで固定されていてマネキンを粉砕するか、ドライバーで分解しない限り取り出すのは難しそうだ。こうなるのであればハンマーの一つや二つ持ってくればよかった。護身用にもなるし。


「あーもう!埒が開かないですわ!」


「そうだねぇ」


 数分ほどスピーカーと格闘していたが、音を止めることはできなかった。


「スピーカー壊しても大丈夫でしょう!近所迷惑だし!」


「さすがに壊すのはまずいよ。誰のかわかんないし、交番に届けよう。このスピーカー結構高そうだよ」


「そ、そうですわね」


 交番に届けるのはいいとして、強力な粘着力のお札シールを複数貼ってしまったことが若干心残りだが、このままここに置いても近所迷惑になるだけなので黙って届けるのが最善な行動である。

 最後に横たわった裸のマネキンの構図をデジカメに三枚ほど収めておいた。

 この写真、撮ったはいいものの記念として保存するだけなのはもったいないので、今回の検証をブログとして書いて資料として載せよう。誰が置いたかわからない謎のマネキンという結果はそこそこウケそうだ。

 それからワンピースを着せてカツラも元の位置に戻しておく。カツラは頭の形に合っていないのか取り付けるのに苦労した。

 マネキンは2mもある上にスピーカーのせいで一人で持つには重いので、二人で担いでいくことにした。背の低い陽子が前で結奈が後ろだ。


「せーのでいきますわよ」


「わかった。せーの」


 マネキンは女子高生二人の肩によって持ち上げられた。陽子と結奈では身長差があるので重く感じるが、これくらいなら近くの交番まで運ぶことができそうだ。それよりも耳元で爆音がなっているので鼓膜が潰れそうでつらい。


「陽子ちゃん大丈夫?」


「ええなんとか早く行きましょう」


 それぞれ行けそうかどうか確認を終えていざ交番に行こうとしたそのときーー


「おーい。どこに行くんだ」


 背後からしわがれた男の声が聞こえた。

 声がした方を振りむくと小汚い中年の男が佇んでいた。茶色シミが多数ある半袖Tシャツに、元はもっと大きかったであろう縮んだスウェットのズボン、紫色の唇はにんまりと歪んでいる。

 ホームレス然とした男はこちらを生気のない目で見つめている。闇の中から突然現れた存在に陽子は一瞬頭が真っ白になる。ここは夜の公園だからホームレスがいてもおかしいことではない。しかし陽子にとってそれはある意味「夜泣き女」と同じくらい異形の存在だった。


「このマネキンはあなたのものですか?」


 結奈はマネキンを担ぎながら男が正面に相対するように移動した。


「そうだ。それは俺のもんだ。持ってかねぇでくれ」


 男は黄色い歯をむき出しにして結奈の問いを返す。


「なんで夜の公園にこんなものを?噂になってますし、近所迷惑じゃないんですか?」


「夜になるとよ。不良共が公園に集まるんだがよ。俺の家はあそこの家だからうるさくてたまんねぇんだよ」


 男の指さした先には廃墟のようなボロ屋が建っていた。周りの民家は普通の家なのでそこそこ目立つ。


「それでよぉ。あいつらをびびらすために作ったんだよそれを。音はぎりぎり近所迷惑にならなねぇように調整してある」


「なるほど。そうですか」


 結奈の表情は変わらない。普段は感情が出ないくせにこういう局面では結奈はポーカーフェイスになる。目の前の男が怖くて固まっている陽子からみれば羨ましいことこの上ない。


「だから返してくれい」


「わかりました」


  マネキンを降ろし、男に渡す。


「おお、わかってくれりゃあいいんだ。それにしても噂になってるってこたぁちゃんと効果があるってことだな」


 男はマネキンを受け取ると元あった位置に立たせた。再び直立したマネキンを見て男は顔をしかめた。自分で作ったものの異変に気付いたのだろう。男の目線の先にはワンピースに着いたお札。


「あ、あのぅ。申し訳ございませんですわ!マネキンにお札を貼ってしまいました!」


 硬直した上半身を九の字に曲げ、喉から精一杯の謝罪の言葉を吐き出す。公園に放置されていたとはいえ人が丹精を込めて作ったものに中々とれないお札を貼ってしまった。これに関してはしっかりと謝罪しなければならない。

 相手は予測不能の小汚い男。自分の作品を気づ付けられて激昂するかもしれない。なんなら手を上げてくるかもしれない。何かあれば結奈とともに逃げる気で男の言葉を待つ。


「あーこれくらいなら大丈夫だぁ。かえって怖くなっていいだろ」

 

 男はそう言ってほくそえんだ。その表情を不気味に思いながらも陽子はほっと胸をなでおろした。見た目に反して意外と話が通じる人で良かった。これを作った動機も筋が通っていないわけではないし。


「じゃあひと段落ついたことだし、かえろっか陽子ちゃん」


「そうですわね。お騒がせしましたわ」


「お、帰るんか?気ぃ付けろよ。最近不良がうようよしてるからなぁ」


 謎は解けたし、逆に迷惑をかけてしまった、これ以上ここに残る理由はない。話が通じるとはいえこんな暗い中で怪しい男といるのはやっぱり怖い。ここはささっとお暇するのが最善だ。

 結奈と陽子は足早に公園を去った。公園を出ると不思議なことにあの不快な音は一切聞こえなくなった。

 ふと振り返って最後に「夜泣き女」を見る。街灯に照らされた女は不良から怪しい男を守るために立っていた。その姿は最初の不気味な印象とは違ってなんだかやけに誇らしげに見え

る。男は家に帰ったのかもういなかった。


*************************


 結奈と別れて帰宅したころにはちょうど九時だった。明日も学校があるし、今日はいろんなことがあって疲れたのでブログを書くのはまた後にしてご飯を食べてもう寝ることにした。

 それから四日後、休日だったのでまた都市伝説探しのために小学生に聞き込みをしに明菜公園に訪れていた。昼の公園は夜とは違って活気に溢れている。子供たちがボールを蹴ったり、跳ねたり、砂場で山を作っている光景は夜になると巨大なマネキンが現れると言われても到底信じられないだろう。

 一人の女の子に怪しまれて砂をかけられたところで、一つのボロ屋が目についた。あの時は暗かったので気づかなかったが、今見ると完全に廃墟のようで人が住んでいるとは思えない。あそこにはあの男が住んでいるのだろう。

 正直あんまり会いたくないが、怖い話の一つや二つ持っていたらいいなと思って公園を出てボロ屋に近づく。表札には「三影」と書かれていた。


「あの方は三影さんという方なのですわね」


 木造の廃墟は半分朽ちている。窓は割れていて、扉は機能を果たしておらず、家の中の様子がここからでもわかる。家の中も家具などがある様子はない。本当にここで生活しているのだろうか。見たところ人気もまったくない。

 そう思いながらしばらく眺めていると


「おや珍しい。三影さんにご用かい?」


 散歩中のおばあちゃんに話しかけられた。どうやらあの男のことを知っているらしい。あのなりでご近所付き合いがあったとは驚きである。出会ったのが夜だから不気味に見えただけで本当は結構普通の人なのかもしれない。際だから色々聞いておくことにした。


「ええ……まぁそうですわね」


「ああ……でも三影さんは去年に亡くなってしまったんだよねぇ」


「は?」


 その言葉に耳を疑った。今、この老婆は何と言った?


「心臓発作で急死だったらしいねぇ。独り身だったし、働かずに変な工作ばかりしてたから、この先のことを考えるとそれはそれで幸せだったかもしれないけどね」


「……ありがとうございますわ」


 おばあちゃんに礼を言って廃墟の前から立ち去る。ここの付近にはもう来ない方がいいだろう。恐らくこれ以上は関わらない方がいい。いや、もしかしたらすでに危ない領域まで踏み込んでしまったのかもしれない。

 そう思った瞬間、背筋に冷たいものが走った。自然と足が速くなる。そしてついに駆け出した。

 廃墟から不快な音が聞こえた気がした。

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