神の使者⑩~異界を去る澄人~
澄人がクサナギさんたちの回答を聞き、異界から立ち去ります。
お楽しみいただければ幸いです。
「リリアンさん、連れてきていただいて申し訳ありませんが、ここにいる方々は人の命よりも神器が大切なようです」
俺はリリアンさんへ頭を下げ、それ以上なにも言わずに立ち去ろうとした。
「そ、そんな……あの、使者様!!」
リリアンさんが立ち上がり、すがるような目をしながら、こちらへ駆け寄ってくる。
その様子はまるで捨てられた子犬のように思えた。
(こんな顔をされたら、帰るに帰れないな……)
俺は足を止め、ため息をつきながら振り返る。
「まだ何か用があるんですか?」
「いえ……その……」
リリアンさんが口をパクパクさせ、言葉が出てこないようだ。
正直このまま異界を出たら後味が悪すぎる。
「一度だけサービスで今の状況から首都を救ってあげます」
「ほ、本当ですか?」
「えぇ、もちろん」
俺の言葉を聞いたリリアンさんの瞳が輝き、期待に満ちた眼差しを向けてきた。
背後にいるクサナギさんやヨルゼンさんも驚きの声を上げているようだ。
(これっきりだ。次はもうない)
リリアンさんが嬉しそうな表情を浮かべる中、俺は雷へ意識を集中させる。
感電しているモンスターを【捕食・極】を付与した雷で覆う。
デスハウンドやフローズンフロッグを雷ですべて捕食する。
【スキル獲得状況】
親和性:氷Cを獲得しました
すでに所持しているため破棄します
親和性:氷Cを獲得しました
すでに所持しているため破棄します
……
フローズンフロッグの捕食結果が大量に表示され続ける。
表示を無視し、期待を込めた目をしているリリアンさんへ笑顔を向けた。
「これで終わりましたよ。もう首都周辺にはモンスターはいないはずです」
「本当ですか!?」
リリアンさんが信じられないという表情で俺を見つめている。
俺はもう一度微笑み、ゆっくりとうなずく。
「それでは、俺は帰りますね」
「待ってください!! せめてお礼だけでも……」
リリアンさんが俺の腕を掴み、必死に引き留めようとしてきた。
「結構です。そのかわり——」
口を止め、後ろでほっと安心したような顔になっているクサナギさんたちを睨む。
「次に俺の手を借りたいときには必ず神器を渡してもらいます」
「それは……」
俺が言い放つと、リリアンさんが手を離し、うつむきながら返事をした。
クサナギさんたちも気まずそうな表情になり、誰も何も話そうとしない。
「それではみなさまの御健闘を祈っております」
引き止められ続けるのも面倒なので、さっさと帰るために挨拶を言い放った。
つかまれたリリアンさんの腕を振り払い、俺はワープを発動させて家へ帰る。
ワープの光が俺を包む直前、リリアンさんが何かを言っているような気がしたが聞こえなかった。
「久しぶりの我が家だな……」
部屋にワープをした俺はどかっと床に座り込む。
そのまま俺は大の字に寝転んで天井を見上げる。
「精神的に疲れたな……神器を穏便に手に入れようとして失敗した……」
異界に滞在していた期間、いろいろなことがありすぎて疲労が溜まっている。
今だけは休もうと目を閉じ、すぐに眠ってしまった。
────────────────────────
「クサナギさま、ヨルゼンさま。城壁の外にいたモンスターは全て消滅しておりました」
「そうか、使者さまの行方は?」
「わかりません……」
私はクサナギさまと父親へ報告を終え、肩を落とす。
2人とも難しい表情をしており、今回の件について考えているようだ。
父親が腕を組みながら口を開く。
「リリアン、使者さまの捜索はどの程度まで進んでいる?」
「周辺の街には連絡をしましたが、あの方は見つかっておりません」
「そうか……」
私の返事を聞くと父親は考え込んでしまった。
クサナギさまとヨルゼンさまも同じように黙り込み、部屋の中に沈黙が流れる。
しばらくすると、クサナギさまが私に視線を合わせ、口を開いた。
「リリアン、君はあの方と時間を共にしたのが長かったな」
「はい……そうですが……」
「心当たりは無いのか? もしくはきみが匿っているとか……」
クサナギさまが真剣な表情をしながら問いかけてくる。
私は首を横に振り、すぐに否定する。
「いえ、そんなことはありません」
私が即答すると、クサナギさまが苦笑いを浮かべる。
「すまない、そうだよな。使者さまに見放されて弱気になっているらしい……」
「いいえ、気になさらないでください」
私は微笑みながら答える。
ふと横を見たら、クサナギさまの隣に立つ父が今にも倒れそうな体を必死に支えていた。
どうやら相当ショックだったようだ。
「ちち……ヨルゼンさま、大丈夫ですか?」
「あぁ……心配ない……」
父は額から玉のような汗を流しながらも、しっかりとした口調で答えてくれた。
それでも父の顔色は青白く、とても大丈夫とは思えない。
「クサナギさま。私たちは一度屋敷へ戻ります。リリアン、いくぞ」
「はい」
私たち親子はクサナギさまたちに頭を下げ、教会を出た。
教会の外には一般市民の方々が首都の窮地を救った使者さまの姿を見ようと、多くの人が集まっている。
その人たちの対応をしていたら、急に父が地面へ膝をつく。
「うぅ……」
「おとうさま、しっかりしてください!! 誰か、お医者さまを!!」
私は倒れそうになる父を支え、必死に声をかけた。
しかし、父の顔色が悪くなるばかりで、意識を保っているのも限界に近いように見える。
「私はもう限界だ……やはり……神器は……私たちの手に余る……」
「おとうさま!!」
「この世界を救うためだと言っても、神器を私たちが持ち続けるのは……間違っていたんだ」
父の言葉を聞いた周囲の人々が大きくざわめく。
その声に反応したかのように、父が力なく地面に倒れた。
「おとうさまっ!?」
慌てて父の体を抱きかかえる。
顔色が真っ白になっており、呼吸が浅くなっている。
(まさか、これが歴代の神官長さまが迎える……突然死なの?)
父と同じ神器を扱う神官長さまたちはほとんど同じような亡くなり方をしているらしい。
人づてに聞いていた話を目の当たりにし、私は目の前が暗くなっていくのを感じた。
(このままでは、父が死んでしまう……もしかして、使者さまは父がこうなるのをわかって……ううん、それは……)
私は自分の都合が良すぎる考えを振り払い、意識のない父へ声をかけ続けた。
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