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「じゃあ、契約どうしようか、決めよう!」


 あの日から数日後、再び顔を合わせた私とフリードは大きな羊皮紙の前に陣取り考え込んでいた。

 滅多に使わない立派な契約用の羊皮紙は壁際で控えている元はルーカス様の側近だったというクルスさんが用意してくれた。ちなみにこの部屋に防音の魔法をかけてくれてもいるらしい。

 因みにあの日、ドロドロな私のドレスに水魔法を使い、目元に癒やしの魔法を掛けて、元いた場所に戻る時に問題が起きないようにしてくれた人だ。

 あの日、温室に戻り、お手洗いに行こうとして道に迷ったという言い訳でなんとか納得してもらった。

 フリードが顔合わせから逃げ回っている中、私の捜索も加わってしまったらしい王宮の使用人の人達には本当に申し訳無い。

 ちなみにフリードはあの日、見事に逃げ切り、私達の顔合わせの予定は綺麗に壊れた。

 そして、今回こそが私達の公式での初の顔合わせである。

 フリード曰く、お見合いとかでありがちな後は若いお二人でというやつでクルスさん以外を遠ざけて、二人で話せるようになった私達は、こうして婚約破棄にむけて作戦を練っている。

 婚約が整って早々、こんな事になっているとは、周りは全く想像していないだろう。

 真っ白な羊皮紙を見つめつつ、思いついた事を尋ねる。


「ねえ、前回の顔合わせ、フリードが逃げ回って流れたでしょう。ルーカス様だったら、絶対にしないような大迷惑だと思うのに、何でフリードが王太子なの? 向いてないって話にならないの?」


 フリードはすごーく嫌そうな顔でため息を吐く。


「俺もそう思う。と言うか、そうなるように振る舞ってああだったんだよ」

「そうよね」


 フリードはこうして話しているとしっかりしているし、頭も良い。

 あんな風に周りに迷惑を掛けまくることがどうなるか考えつかないような子じゃないと思う。


「でも、母上やお祖父様は俺が馬鹿な方が良いみたいで、それでも庇われちゃうみたいなんだよ」

「え、なんで? 次の王様、馬鹿だと困るでしょう?」

「いや、王様が馬鹿だと部下が好き放題してもバレにくいじゃん。俺をおだてて、好き勝手やりたいみたい。なんて言ったっけ。傀儡? ってのにしたいみたいだぞ、俺を。だから、こんなの本当は言うこと聞いちゃいけないのに、父上はほいほい言うこと聞いちゃうし。…兄上の事はどうでも良いみたいだ。前の王妃様、政略結婚で、あんまり好きじゃ無かったんだってさ。第一王子が王太子って決まりだったはずなのに」


 そう言うフリードの顔は暗い。

 その気持ちは少し分かる。私は家族の中でお姉様が一番好きだったけど、両親が嫌いだった訳じゃない。

 だから、あんな風に酷い事をしてると知ってそれも悲しかった。

 だから、思わずフリードの頭をお姉様がしてくれたように撫でる。

 びっくりしたように顔を上げたフリードに、こう言った。


「私はフリードが馬鹿じゃないの知ってるから大丈夫よ。それにそうならないように頑張るんでしょ。一緒に考えましょ」

「…ああ、ありがと」

「うん。…じゃあ、フリードが馬鹿の振りするのって効果が無いの?」

「いや。それは違うらしい。クルス、説明!」


 呼ばれたクルスさんがぺこりとお辞儀をしてから話し出した。


「いえ、非常に有効です。ルーカス殿下は常に品行方正な真面目な方でした。その次の王太子があまりに周りの事を考えない自分勝手で頭が弱い人物だと比べる事になるでしょう。勿論、王妃やその親族は庇うでしょうが、庇いきれない程に続ければ、やがて王太子を戻すという風潮に繋がるでしょう。この点に関してはフリード様が協力的で大変に助かっております。元来、とても優秀な方でいらっしゃるので」

「…フリード、頭、良いの?」

「才で言えば、ルーカス殿下を超えています。理解力、観察力、洞察力、そして演技力が大変に優れていらっしゃいます。もし元から王太子であり、尚且つ周りの環境が正常であったのならフリード様が王太子であるのは喜ばしいことだったでしょうね」

「まあ、周りがあれな時点で無理だろ。ウチの母上とお祖父様にこれ以上権力付けるとろくな事にならない。それに前の王妃様、ウチの国の同盟国の出身でな。今はウチが魔法具関連でノリに乗ってるけど、飢饉やら戦争やらの非常事態になった時、同盟国と仲悪いとか洒落にならんぞ。ウチの国、農耕には強くないんだ。兄上が冷遇されているせいで、向こうの心証最悪だから、兄上の地位を戻すのは国のためになる。…それにあんなに優しい優秀な方があんな風に扱われるなんておかしいしな」


 その説明に目を瞬かせる。

 私と同じ歳で十歳だったはずだけど、まるで大人と話しているみたいだ。

 確かに本当に頭が良い。


「じゃあ、フリードの馬鹿な振りを続けて、私がそれに協力すればいい?」

「そうだな。じゃあ、まずそれっと」


 思った以上に綺麗な字で書かれた難しい文章に眉を寄せる。

 魔法以外の勉強はそこまで好きじゃないし、ここまで綺麗な字は書けない。


「婚約破棄が目的だし、お前と仲が良いのも止めた方が良いかな。次の婚約の時、お前が大変になるし」

「…もう、割と仲良いよ」

「人前だけの振りな」


 また、一行契約書に付け足された。


「じゃあ、他には…どうしような。クルス、何か良い考えある?」

「秘密の保持が良いのではないでしょうか。この話が外に漏れれば、かなり大変な事になるでしょう」

「ああ、それもそうだな。じゃあ、秘密を守るっと。他には…」

「フリードは馬鹿の振りするんでしょ。私は何かしなくて良いの?」

「いや、お前の評判下がったら、後々困るぞ。兄上、エリーゼ様のこと好きだから、公爵家の失脚は困る」

「あ、私もそれは困るわ。…うーん、私、魔法得意なんだけど、それは使えない?」

「得意ってどれくらい?」

「王宮魔術師公式から出てる魔法書の初級、中級、上級の物は大体使えるよ。特級は買って貰えなかったの。令嬢がそれ程のめり込んでも意味が無いって。だから、最近、説明だけ載ってる術とかも出来ないか試してるの。隠匿魔法は成功したわ。この前もそれを使って、抜け出したのよ」


 そう言うとフリードがポカンと口を開けて固まった。

 クルスさんも頭に手をあてて、宙を仰いでいる。


「…クルス、これって」

「まごう事なき天才ですね。フリード様との会話についていけている時点で、優秀な方でいらっしゃると思ってはいましたが。私なぞ、数年で追い抜かれてしまいそうです。公爵家の令嬢は魔法が得意とは聞いていましたが、まさかこれ程とは」

 

 お姉様がすごいすごいと褒めてくれるし、両親は基本的に放置だったから、基礎を家庭教師に習った後、好き勝手やっていたのだが思いの外すごいと言ってもらえる程になっていたらしい。

 あまりにのめり込みすぎて、家庭教師が早々に解約されてしまったから知らなかった。


「ジュリアーヌ様、隠匿魔法が使えることは周りにどれほど知られていますか?」

「お姉様には伝えたけれど、他には誰も言っていないわ。使用人には魔法の事を細かく説明したりしないし」

「…エリーゼ様なら、大丈夫でしょうか。ジュリアーヌ様の今後のためにも、その才能はあまり披露しすぎないようにするべきかと」

「…そうだな。あんまり上級の魔法、特級に属するような魔法は人前で使わない方が良いし、俺達も周りに決して広めないようにするか。でも、時々、魔法使って手伝ってもらっていいか?」

「良いわよ」

「よっし!」


 また文が足されていく。


「じゃあ、こんなものでいいか。あとは…」

「お互い、婚約破棄の為に尽力します、とか?」

「それは良いな! それと色々な協力は婚約破棄までっていうのも足しとくな」


 最後にその文を足して、下の方にフリードが署名し、私にペンを渡す。


「じゃあ、ジュリアーヌも名前書いて。そうしたら、最後にお互い血印で契約成立だ」

「分かったわ」


 綺麗なフリードの署名の横、できる限り綺麗な字で名前を書く。

 そして、フリードが自分の指を切った後、血を綺麗に拭い浄化魔法を掛けたナイフを私に手渡してくれる。

 指先を切って、痛みに顔をしかめながら、傷口を紙に押しつける。

 ぴりりとした痛みと共に、私達の契約はここに完成した。


「それじゃ、お互い頑張ろうな」

「うん。そうね。頑張りましょう」


 お互いの指に癒やしの魔法を掛け、にっこり笑い合う。

 フリードは契約書を胸元の魔道具にしまい、おもむろに口を開いた。


「それじゃ、今から開始ということで。やるか」

「え?」


 突然、そんな事を言って深呼吸をしたフリードに何をするのかと見つめる。

 クルスさんはフリードのその仕草に指を鳴らして、防音魔法を解除した。

 次の瞬間。


「うるさい! 説教なんて聞きたくない! こんな可愛げのない婚約者なんて、私は嫌だ!」


 外にも聞こえるような大声で苛立たしげにフリードがどなった。

 驚いてクルスさんを見つめると苦笑される。


「ふ、フリード…」

「なれなれしく呼ぶな! お前が婚約者など私は絶対認めないからな!」


 そう言って、険のある目で私を睨みつけると走り出す。

 ドアを勢いよく開けるとフリードの声を聞いてか、心配そうにこちらを伺っていた護衛や侍女の横をすり抜け、駆けだしていった。

 慌ててフリードを追う人、私の方に駆け寄ってくる人で部屋は一気に騒がしくなる。


「申し訳ありません。殿下は照れていらっしゃるだけなのです。きっとすぐに分かりあえますわ」

「あ、…その、はい」


 混乱しつつ、侍女さんからの慰めに頷いておく。

 フリードが去っていった方を呆然と見つめる。


「…なるほど、優秀な方」


 さっきのクルスさんの言っていた演技力が大変優れているという言葉を思い出し、驚いて強ばった体から力を抜いた。

 これが私達の契約の始まりだった。

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