夢と死
それからの一週間は僕にとって最も充実した日々だった。幸い看護婦に見つかることもなく、彼女との会話を楽しんだ。この頃になるとなぎさに対する恋心を僕は認めざるをえなかった。しかし、どうなりたいとか微塵も思わなかった。よくドラマ等で可愛い女の子と二人きりにになっても何も手を出さないシーンがあるが、僕はいつもそれを冷めた目で見ていた。しかし、なぎさと二人で過ごす内にどうやらそのシーンは本当にあるんだと考えを改めた。人は本当に美しいものを目の前にすると、汚い考えは持たないようだ。なぎさに嫌われるのだけは何があっても嫌だったし、そもそも、こんな病気持ちの男が誰かを幸せに出来るとは思えるはずもなかった。なぎさと他愛もない時間を過ごせる。僕はそれだけで満足だった。
「蓮は病気が治ったら何をしたい?」
「うーん。ありすぎて困るけど、やっぱりあれかな。恋人作って遊園地に行きたい」
「普通ね」
「その普通を取り上げられて来たんだ。僕には特別だよ」
「そっか。その願いが叶うと良いね」
「なぎさは何がしたいんだ?」
「私?何もないよ」
「何もないって。そんなことはないだろう」
「ううん。本当に。だって、私もうすぐ死んじゃうから」
「は?」
あまりにもあっさり言われ僕はなぎさを二度見した。
「私、もうすぐ死んじゃうの。だから、蓮ともお別れだね」
「まさか。冗談だろ?」
「冗談だと思う?」
冗談であってほしかった。しかし、僕を見つめるなぎさの目が嘘ではないと語っていた。僕は拳を握りしめた。それでも僕はそんな事実を認めたくなかったからこう言った。
「どうしてそんなことが分かるんだよ。俺だって何度ももう死ぬんだって思ったこともあるけど、こうして生き長らえてる。諦めるには早すぎるだろ」
「私に死んでほしくない?」
「当たり前だろ」
「だから、私は蓮に会えたのね」
何を言ってるんだと思った。
「俺だけなはずがないだろ。親だって、医者だって君に生きて欲しいと思ってるに決まってるだろ」
「蓮の親はそう思ってくれてるんだ」
「なぎさの親はそうは思ってないのか?」
「思ってないよ」
なぎさは即答した。
「医者も医者で匙を投げてる。だから、本当に生きてほしいって思ってくれる人はいないよ」
「バカな・・・・・・」
僕は言葉を失った。親は少なくとも子供に生きてほしいと願うものだと思っていた。少なくとも僕の父親はそう思っている。こうして、僕が入院して治療を受けられるのもひとえに父親のお陰だった。父親に申し訳ないが自殺を考えたことだって一度や二度では済まない。そうしなかったのは父親の努力を水の泡にしたくないからだ。だが、心の中ではいつ死んでも構わないと思っていた。しかし、なぎさに会ってからはそんなことは思わなくなった。正確に言えば、死ぬことについて考えなくなった。なぎさと過ごす時間だけを考えていたからだ。
「僕は誰よりも君に生きててほしいと思ってる。だから、そんな簡単に死ぬだなんて言わないでくれ」
「ありがとう蓮」
なぎさは微笑んだが、その顔はこれまでにないほど寂しそうだった。僕は胸が押し潰され呼吸することさえ苦しかった。
病室に戻っても僕の胸から苦しみが消えなかった。散々、病気で苦しんできたものとは明らかに違った。今までに感じたことない苦しみにどう対処して良いのか分からない。ただただ苦しみが胸で暴れていた。なぎさが死んでしまう。そんな恐ろしいことを考えると世界が真っ暗になり、絶望感が押し寄せてくる。流れ星でも何でもいい。なぎさが生き長らえてくれるなら、何にでもすがりたかった。僕はとうとう耐え切れずに嗚咽を漏らした。
この時、隣で眠ってるもう一人のなぎさの頬に一筋の涙が流れたことを僕は知る由もなかった。