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君の心臓を借りたい  作者: 松風いずは
3/7

流れ星

 朝目を覚ますと、昨夜の出来事がまるで夢だったのではないかと思うくらいに遠い出来事のように感じた。ベッドに戻り眠りこけるまでなぎさがあの短時間でどこに消えたのを考えた。最終的にはあまりにも退屈な人生に僕の脳が無意識のうちに起こした幻想だったのではないかと不安になった。朝食もほとんど手がつかず、半分以上残してしまった。

 またしばらくなぎさが忽然と姿を消した問題を考え始めたが、次第にどうでもよくなってきた。それよりも今日から最低一週間はなぎさに会えない寂しさが僕の心を打ちのめした。看護婦の中でも一番厳格な人に見つかったのが痛かった。加えて、特に反省の色を見せない僕に激怒した看護婦はこれから一週間監視の目を付けると言い出した。僕は反抗したが、聞く耳を持ってくれなかった。僕のせいで余計な仕事が増えた若い看護婦はあからさまに冷たい態度をとった。しかし、そんなことはどうでもよかった。こんな所に閉じ込められる上に、なぎさに会えない自分の方が何倍も辛いと思っていた。

 一週間経っても僕のなぎさに対する想いが薄れていくことはなく、むしろ、会えない分その想いはますます強くなった。僕の憔悴した態度を見て冷たくし過ぎた思ったのか、三日目には若い看護婦は僕に対していつものように優しい態度に戻った。だが、僕には何の慰めにもならなかった。

 こうゆう時に限って時間というのは遅く過ぎる。厄介な一週間の監視もようやく終わりを告げた。僕を見つけた看護婦は今度脱走してることが分かったら、病院から追い出すと脅してきたが、僕には全く通用しなかった。何故ならば、病院側がそんなことをするわけが無いからだ。もし、そんなことをした矢先に僕が死ねば病院側は大きな非難に晒されるし、一般の人に比べて遥かに自由が制限されている重病人の僕が夜な夜なベッドを抜け出すことくらいのワガママさえ認めなず放り出す病院だと広められても困るのは病院だからだ。その事をよく知ってる僕は夜中になるとなぎさに会いに行くべく早速抜け出した。ベンチに向かう途中で気になったのは、なぎさがいるかどうかだった。どんな形であの場から消えたかは謎のままだったが、看護婦に見つかる厄介事を避けるために来なくなっていたらどうしようと思った。

 だが、それは杞憂に終わった。なぎさはいつものようにベンチの左側に座って、外の景色を眺めていた。僕の胸に安堵と高揚が一気に押し寄せてきた。嬉しくなった僕は少し調子に乗って後ろから近付いて驚かせようと考えた。足音と気配を殺してゆっくりと近付いた。彼女の無防備な後ろ姿がハッキリと見えてきた。僕は内心ほくそ笑みながら肩に手を置こうとした瞬間、彼女がいきなり振り向いた。

 「うわっ」

 驚いた僕は尻餅をついた。なぎさはその様子を見てケラケラ笑った。

 「どうして?」

 僕は立ち上がりながら聞いた。

 「ガラスに写ってたよ」

 なぎさはガラスを指差した。そこには間抜け面した一人の若い男が突っ立っていた。何と迂闊だったのだろうか。なぎさに夢中でこんな事にも気付かなかったなんて。

 「こんないたいけな女の子を後ろから驚かせようとするなんて。とんだいたずら坊主ね」

 なぎさは少し呆れるように言った。

 「もっと早く言ってくれれば良かったのに」

 「それじゃつまらないじゃない」

 なぎさはベンチに座り直した。僕はその隣に腰を下ろした。

 なぎさは一週間前より痩せている気がした。ただ、その美しさは変わらない。

 「丁度、一週間振りだね」

 「とんだ災難だったよ」

 「私に会えなくて寂しかった?」

 いきなり核心を突かれた僕は慌てて否定した。恋の経験がない僕はこう言った言葉に慣れてないので、スマートにうん寂しかったと言えるほど器用な男じゃなかった。

 「なあんだ。てっきり病室で泣いてるのかと思ってたのに」

 「泣くわけないだろ」

 「私は寂しかったよ」

 「えっ・・・・・・」

 「蓮に会えなくて。寂しくてこの一週間ずっとベンチで泣いてもん」

 「ほんとに?」

 「僕を犠牲にして自分だけ監視の目を逃れるなんて嫌な女だって思われてたらどうしようって」

 なぎさの沈んだ声が僕の心をかき乱した。

 「い、いや、そんなことは」

 僕が慌てているとなぎさがクスクス笑い出した。

 「なーんてね。嘘だよ。泣いてなんかいないよ」

 「くっ。本気にした僕がバカだったよ」

 僕は少し拗ねた。

 「ごめんごめん。でも、寂しかったのはほんとだよ」

 僕はなぎさの方に顔を向けた。なぎさはニコッと笑った。僕は嬉しいやら恥ずかしいやらで何て言えば良いのか分からなかった。

 僕はこの一週間ずっと疑問に思ってたことを聞いてみることにした。

 「それにしても。あの時はどいつの間にこの場から去ったんだ?」

 「あっ。流れ星」

 空を眺めていたなぎさが目を輝かせた。流れ星と言う言葉に僕も反応してしまい空を見上げた。

 「見えた?」

 「いいや」

 「残念だったね」

 「それで、さっきの質問なんだけど・・・・・・」

 「あっまた」

 「えっ」

 僕はまたつられて空を見てしまった。今度は一筋の流れ星を見ることが出来た。

 「蓮も見れた?」

 「うん。初めて見たよ」

 「綺麗だよね」

 「うん」

 僕は心を込めて頷いた。本当に綺麗だった。自分が想像してたよりも遥かに輝いていた。

 「何か願いごとをした?」

 僕は聞いた。

 「え?何で?」

 なぎさは本気で疑問に思っているようだった。

 「何でって。流れ星が流れてる時に三回心の中で願い事が出来たら叶うってよく言うじゃないか」

 「そんなこと誰が決めたの?」

 「え。いや、それは知らないけど」

 まさかの返答に僕は戸惑った。

 「それに流れ星は流れてるし燃え尽きるし、願い事するには不吉じゃない?」

 「まぁ、そう言われたらそうかもしれないけど。こうゆう普段では滅多に見られない現象を見たら願い事を言いたくなる人もいるんだよ」

 「美しいとは思うけど、私はそうはならないな」

 「そうか。まぁ人それぞれだからね」

 どうやら、なぎさの流れ星に対する価値観は一般の人とかなりずれているようだ。

 結局、僕の質問は流れ星のように流れてしまった。それに何となくだが、彼女も答えたくないような気がしたので、蒸し返すようなことはしなかった。

 いつまでも話していたかったが、なぎさの大欠伸からの眠いの一言で今日はお開きになった。美人なのにこう言った隙もまたなぎさの魅力だった。

 「明日もここにいるの?」

 僕はなぎさに尋ねた。

 「いれるよ。まだもう少しは」

 僕はどうゆうことなのか聞き返そうとしたが、彼女のバイバイの前に何も言えず、大人しく病室に戻るしかなかった。最後の言葉の意味が全くわからないまま、僕は心地良い眠りに落ちていった。


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