パトロール
「突貫!!」
雄叫びが、おれたちの小隊閉鎖電脳空間内に響きわたる。
突撃の叫びをあげたリサが、誘導弾を撃ち込みつつ機体を加速させて、
敵の2機編成の編隊へと突っ込んでゆく。
おれの格闘機は、リサの戦闘機の加速に引き離されながらも加速し続け、突撃の軌道を同調し続ける。
おれは槍の先端となった穂先へと続く槍の柄のように、敵編隊への被害を広げ、追い散らし、その傷口を広げてゆく。
すでに2ロッテ、4機編隊の体をなしていない敵機へと、みゆきの戦闘機が襲いかかり食い散らかして、
喉笛を切り裂かれた獲物のごとく、敵の2機をあっという間に雲海へと叩き落とす。
彼女は初めに随伴機を撃墜しているから、これで3機めだ。
おれは、敵戦闘機を墜として、最後の敵格闘機に迫る僚機になんとか追いついて、機体の拳で殴りかかる。
敵障壁の無効化が追いつき、腕部の衝角を叩き込んで、
無力化され、浮力を失った敵格闘機が、雲海へと滑り落ちてゆき、視界から消える。
◆◆◆
「僚機随伴機の帰投信号を確認。
敵機の機影、無し」
おれはそう報告を済ませて、
みゆき、小隊リーダーからの指示を待つ。
「了解、敵は全て撃墜した模様。
各自、哨戒任務を終了。帰投する」
みゆきの指示を受けて、
一路、帰投への航路に向かい、機首を自国へと向ける。
自動操縦に任せて機体を飛ばし、ひと息をつく。
今日は現実の雲海と蒼空を眺めずに、
小隊の閉鎖電脳空間でみゆきやリサと顔を合わせて話をしようと思っている。
口を挟まずに取り留めのないおしゃべりをする二人を眺めているだけだろうけれど。
「みゆき〜、帰ったらどこか行かない?
美味しいデザート食べさせる区画が解放されたって、公共情報線に公開されてたよ〜」
「いいよ。付き合う」
「やった!みゆきの好きなとこにも行こ〜♪」
クローズドネットの背景は自由に変えられるから、
今は穏やかに風を感じられる、緑の草原を舞台とした背景空間が選択されている。
俺たちの格好は、哨戒任務であるから、任務中の制服だ。
背景には似合ってはいないが、仕方ないだろう。
三人とも思い思いの格好で空中に漂うように浮かんでいること以外は、
日の光の暖かさも、緑の草の匂いを含んだ風も、仮想とは信じられないほどの現実感を、おれたちの意識に与えてくれている。
小柄な体格のみゆき。
背が高く女性的な体型のリサ。
二人の姿は、意識を機体に転送中でも、現実である姿形とは変わっていない。
もちろん、おれもそうだ。
細かい理屈は知らないが、姿形を変えることは転送に何か不都合があるようだ。
おかげで、小柄な体型が嫌いなみゆきは、
リサを見て、いろいろと不本意な思いをしているようだ(苦笑)
「最近の好みなんだ♪
試してみない?」
リサはそういうと、
彼女が好きだと言う飲み物を呼出して、飲み物の容器を三つ出した。
二つが消えて、おれとみゆきの前に現れる。
空中に浮かび、涼しげな様子を漂わせる、薄いエメラルドグリーンの飲み物は、時おり炭酸と思しき泡を弾けさせている。
柑橘系のような香りが届く。
水滴が付いた冷たいグラスを手にとって、
伝わってくる感触をしばらく楽しんだあと、口をつける。
さっぱりとしたのど越しと、炭酸がはじける爽快感。
鼻に抜ける香りも心地いい。
「美味い!」
「美味しい♪」
みゆきとおれの感想が重なり、
「でしょう〜♪」
リサはにんまりと、してやったりといった表情を向けてきた。
戦いのあとの、仲間との穏やかな交流の時間。
その繰り返し。
これが紛れもなく、おれたちの日常、現実である日常だ。
◆◆◆
今回のデルタ、哨戒任務でのおれたちの編成は、
戦闘機2、格闘機1、随伴機1。
標準的な編成だ。
勢力として最も脅威だった孤島国家と休戦締結中であるから、
小競り合いは、以前に比べて確実に少なくなっている。
ただ、一部のルートだけは問題が山積みだ。
砲台が居座っていることで、
迂回する必要が生じている哨戒ルートの不必要な延長や、浮遊工場の収穫、補給路への道のりが遮られていることで、任務時間の遅延、遠回りを余儀なくされている。
補給路が延びきっている現状は望ましいことではないなと感じる。
哨戒任務や、より重要性の高い補給隊の護衛任務などの途中で、
不測の事態に陥ったのか、全機未帰還となった仲間の部隊も見受けられる。
戦力も物資も余裕のないおれたちには、これらの被害はかなりの痛手であり、
砲台の存在は、徐々に脅威的なものになりつつある。
休戦した国家と合同か、おれたちだけかは判らないが、砲台に対して何か動きがあることは間違いないだろう。
◇◇◇
近々、作戦が決行されるらしい。
みゆきとの、機体の役割変更はやはり無理だった。
ダイバーの、複数弾を使用した精密射撃は、みゆきの得意とする操作技能だからだ。
ガンナー、ダイバーに共通する精密射撃はみゆき、そしてリサの得意とするものだ。
総合戦闘力では、おれはリサに勝るが、みゆきには及ばない。
おれたちのデルタ(小隊)のトップはみゆきだ。
みゆき自身は、個別訓練として、ダイバーを操作する特殊な訓練を受けていると話してくれた。
その辺りも、機体をコンバート申請が通らなかった原因だろう。
どんな訓練をしているか、おれは聞いていない。
リサも聞いていないと言っていた。
特殊作戦のために話せないか、あるいは話すことが出来なくなっているか…。
◇◇◇
この世界は特殊だ。
異星の環境だけではなく、人類社会としても特殊な形態をとったままだ。
テラフォーム後に、再生された肉体に意識転移するはずだった人類たちは、その場所を与えられずに過ごしている。
子孫を残す。
その役目を受けた、与えられたものだけが肉体を得て、現実世界へ再生復帰する。
大半の人々は、宇宙航行、移民途中の電脳世界での生活を続ける、続けざるを得ないことになっているのだ。
おれは、電脳世界の生活は、完全な人の生き方とは違うと感じている。
今は仕方ない。この世界にはすべての人々が生活するだけの場所が無いのだ。
たとえ敵対している群島国家の全ての人々を滅ぼし、排除しても、
おれたちの国の人々全てに、土地や生身の身体で享受する生活圏が与えられることはないだろう。
現実世界はそれほどに狭い。
だからこその雲海探査計画だったはずだ。
今回の巨大移動体騒動で、
雲海への欲求は、これまでにないほど高まっている。
砲台の封鎖状況は脅威であり、
そして砲台そのものの異星の技術は、かけがえのないものでもある。
あの砲台はまさに金のガチョウだ。
おれたちは無傷で砲台を手にしたい。
けれど、
相手に無傷で渡すくらいなら、絶対に殺さなければならない。
おれたちはそんなものに挑むことになる。
続く
-造語解説-
情報線:SNS、線アプリのこと。ベルの名は、鐘の音、(bell rings)。線 → 鐘の音という風にもじったものとなっている。
※ 以前に拙作の吊革世界で使った名称を転用して使っています。
-追記です-
ごめんなさい!!
線アプリ、ベルの呼称は、この作品が初出ですm(_ _)m
使用していたのは、吊革世界ではなく、
まだ未発表の作品で使っておりましたorz
混乱させて申し訳ありません。お詫びと訂正をさせていただきます。
なお、
意識転移が当たり前の技術として活用されているこの世界では、
こういうSNSツールなどは、実際のイメージとしては音声チャットや映像通話に近い感覚となる。
閉鎖回線を用いた電脳空間での会話は、ある意味でネットワークを使用した直接のコミュニケーションの印象に近いが、
プライバシーや秘匿性、匿名性は現代よりもセキュリティが低くなり、現実のコミュニケーションとほぼ同等となっている。
公共回線と閉鎖回線に差が無くなっている理由の一部は、
この世界の背景が、現実世界と電脳空間が、限りなく同一の重なりあう存在となっているからである。