06 暴走の戦闘、果てに口付けの契約
丸々さんのアパートに行く途中、僕達は雪女を見つけた。
ゴスロリ傘に白い着物。まず間違いない。
「ふ〜ん、あれが雪女。でも日が暮れ始めだからって、日中に出歩いていいのかしら?」
「溶けることはないと思うよ。身体を保っているのは妖力だって言ってたし。もう、そっちの方は回復したんじゃないかな」
「でも、なんで出歩いてるのよ」
「買い出しじゃない?」
「妖怪が買い出しに出る世の中か。現代は今も進歩してるのね」
「それは違うよ」
特殊なのは、此処だけだろ。
「でも、良かった。一緒に丸々さんの所に行こう。恋は初対面だし、帰りながら自己紹介でも」
「ふ〜ん、でもあれって話しながらかえれるものなのかしら?」
「大丈夫、僕は彼女とも話してるし、安全だよ」
恋は納得がいかない顔をしている。
なんだろ?目が険しくなってる。
まるで、敵を見る目だ。
「あれが安全?・・・それなら罰の目も節穴になったものね」
「え?」
「指揮はそういうのに気づけない体質だからしかたないけど、アレからは敵意がぷんぷんするわ」
「そんな馬鹿な。あの雪女はそんなのじゃ――」
「私の言うことが信用できない?」
「いや、そういうことじゃないけど・・・」
「指揮、貴方の今守れる武器はある?お守りとか」
「え?――あぁ、セラエノ断章の断片写本を入れたお守りと蜂蜜酒が2本」
お守りは雪女を退ける時に使い、駄目になったが家に帰って交換はしといた。
蜂蜜酒は丸々さんに頼んでもらったのだ。
「蜂蜜酒?あぁ・・・、なんか身体機能とかあがる飲み物?いいわ、それを今すぐ飲みなさい」
別に身体機能を上げるわけじゃないが、それでも身体はかるくなる。普段よりは動けるようにはなるが・・・。
「でも、別に害は――」
「死ぬわよ」
「!?」
恋の目は既に狂戦士の目であった。
そして鞄を僕の隣に捨てると、素手で雪女へと突貫して行く。
「恋!?」
殺す気だ。
殺戮し、殺戮し、殺戮し、殺しきる気だ。
狂戦士の血が騒ぎ、敵を殲滅せしと命じている。
敵の接近に気づき、雪女が振り返る。
それと同時、恋が鉤手を振り上げた。
風が生じる。
雪女は直撃を避けたが、風によりゴスロリ傘は吹き飛んだ。
雪女の顔が露わになる。
長く白い髪
純白の肌
目は――
「!?」
僕は息を呑んだ。
目は紅かった。
蒼じゃない!
これは雪女じゃない。
僕の知る雪女ではない。
口が裂けんばかりに笑っていた。
「イヤヤヤヤヤヤヤヤヤヤヤヤヤヤヤッ!!」
雪女の叫び声。
いや、雄叫び。
どっちだ?
いびつな声だった。
「ふっ」
恋は横に跳躍。
そこに雪女の霊圧が掠った。
恋の2撃目が雪女を側面から襲う。
だが――
「く!?」
受けられた。
見切られた。
戦闘に特化した狂戦士を見切った。
本来、狂戦士は大剣を用いて戦闘に挑む。
だが、今の恋は素手、そこが影響しているのか?
まさか、
有り得ない。
戦闘に特化してこその戦士。
狂暴だからこそ狂戦士。
武器なんて関係ない。
いつだって彼女は強い。
だが、何故?
雪女は戦闘向きではない。
何故?
解答はでない。
「そうだ、蜂蜜酒」
思い出す。
必要じゃないなんて言わない。必要だ。
黒い瓶を取り出し、中身を飲み干す。
ぐわん
地平が歪んだ。
歪な風の匂いを感じた。
どこかで石笛が鳴った。
バイアクヘーは来ない。
呪文はない。
石笛もない。
石笛は幻聴。
だから来ない。
当たり前だ。
視界がすっきりした。
見えないものが見える。
狂戦士と雪女の戦闘。
彼女達が描く風の傷跡を僕は目視した。
傷跡は重なり合い、重なり合い、重なり合い、重なり合い、重なり合い、重なり合い、相殺される。
雪女の衣が破けた。
恋の肉が破けた。
雪女の髪が裂かれた。
恋の太ももが裂かれた。
彼女達は引き裂き合い、一度離れる。
恋は自分の手に付着した雪女の血を舐める。
「――なんだ、雪女の血も熱いじゃん」
再び交わる。
・・・駄目だ。
狂戦士が弱い。
戦闘力が拮抗。
有り得ない。
でも有り得てる。
拮抗同士は互いに磨耗し、なくなる。
これではどちらも息絶える。
ウロボロスの如く、自滅する。
打開策。
僕が参戦する。
否。
僕が潰される。
無意味。
でも何らかの方法で外部からの力の干渉が必須。
この件は可笑しい。
丸々さんは大丈夫と言った。
だから雪女は救われた。
丸々さんが助けた。
あの人の目は節穴じゃない。
雪女は悪くない。
何かが捻じ曲がった。
原因は僕にはわからない。
ならば知っていそうな奴を呼ぶしかない。
僕は携帯を取り出し、丸々さんに電話。
彼はワンコールなしで出た。
「指揮君。どうしたの?君が僕に電話なんて、ひじょ〜事態?」
「そうだよ。今まさに、それも相手は雪女だ!あんたが面倒みてるんだろ!?なんでこんなことになる!?」
「彼女が?そんな、まさか・・・、いや分かった。すぐに行く!」
ぷつん、と相手側から切った。
いまさら電話マナーを言う気はない。
と、僕の携帯電話が真っ二つに割れた。
「へ?」
間抜けな声。
「ちっ」
それと同時、恋の舌打ちが聞こえた。
僕の隣に雪女がいた。
恋の隙を縫って飛び出したのだ。
携帯を割ったのは雪女。
彼女は恋との戦闘より僕を狙った。
魅き寄せ。
次、僕は声より先に、思考より先に自分から転んだ。
髪が少し持っていかれた。
「でぇい!」
恋のドロップキックが雪女に命中。二人はもつれ合うように転がった。
そして恋はマウントをとった上で、雪女の頭を掴む。
空中で身を回転させながら雪女を投げ飛ばした。
着地
着物が擦れる音が聞こえる。
恋はさっきの戦闘で口を切ったのか、血を吐き出した。
「ちっ。アレ、なんかどんどん獣っぽい動きになってる。人間型が出す動作じゃないな。何か憑いてるんじゃねぇの?」
不愉快そうな恋は雪女を顎指す。
雪女は四肢で身体を支えている。
四足獣と同じ格好。
僕はそれに見覚えがある。
2年前の話だ。
一人の女の子に狐が憑いた。
もちろん、その狐は僕の概念に寄ってきた。
だが、その狐は子狐で親と離れた不安から。恐怖から逃げるために僕を襲った。
その時憑かれた女の子も同じように四肢で地面に立っていた。
「憑いてる――――かもしれない」
「なんだよ、曖昧に言うなよ。役だたねぇな」
恋の口調が変化してる。狂戦士化してる証拠だ。
「無力化できるか?」
「無力化?殺すなってことか?」
「できれば五体満足で」
「上等。わたしゃの腕を舐めんなよ、ナスチビ。ただし、忘れちゃ困るぜ。わたしゃ、狂ってるんだよ?私の力量じゃできるが、そこでとどまる自制心がない場合があるぜ」
「その時は僕が身体を張って止めるよ。君に殺しをさせるもんか。僕の大事な綺麗な手は綺麗でいなくちゃならないんだ」
「わたしゃに命令してもいいんだぜ?なんたって、わたしゃあんたの奴隷なんだからよ」
「君は君の意思がある」
「そりゃ、あんがとさん。さすがわたしゃが愛した人。じゃ、リミッター外すよ」
そうか、まだ恋は力を抑制していたのか。
でなければ、僕がこいつと悠々会話できるわけがない。
「わかった。―――ん?」
僕は異変に気づいた。
空気が暖かくなっている。
パチパチ
電気がはじける音。
それは雪女の方から――
「おいおい、雪女は火がだめじゃねぇのかよ?」
恋がぼやく。
「あぁ、その通りなんだが」
雪女の周りに炎が集結していた。
そしてその前には、プラズマ球が生成されていた。
パチパチとした音はあれか!?
僕はつい最近あれを見たことがある。
丸々さんが雪女から僕を助けてくれたあの時。
フォーマルハウトに幽閉されし旧支配者。
かつてナイアーラトテップの憩いンガイの森を焼き払った獣。
『クトゥグア』
そのプラズマ球だ。
焼き尽くされる。
僕はとっさにお守りを胸元からだし、紐を千切る。
「恋!僕の近くに!!」
僕は彼女を抱き寄せた。
「イヤーイヤーハスター!!!」
同時、プラズマ球が射出された。
ハスターの歪風が障壁となる。
衝突。
押されている。
ほぼ簡易的な力しか得られない風は、相手の本気に近い攻撃を防ぎきれるものではない。
たとえ、プラズマ球を減少させても僕達は塵も残らない。
物理攻撃に特化した恋でも、この呪術的な攻撃はまったく持って耐性がない。
1週間ぶりの絶体絶命。
絶対、僕は30行く前に全部白髪になることだろう。
僕として・・・あとは信じるのみ。
救世主が間に合うことを。
色恋沙汰に弱い救世主を―――
―――救世主はヤバ〜いところに現れぇ〜る。
「ロイガー、ツァール!!風の眷属たるハスターに力を与えよ!!」
2つの風が僕の障壁へと交わった。
途端、風の障壁が強固になり、またプラズマ球を包み込む。。
押しつぶされるかのようにプラズマ球は障壁に取り込まれ、だんだんと光を失せさせた。
「丸々さん!!」
「いや〜、ごめん。急いでくるために、ヨグ=ソトースを通過してきたんだけど、微妙に変なところに飛ばされちゃった」
黒いコートの美男子。
丸々・罰
急いできたのか、赤いリュックもアタッシュケースもない。
だが脇には2つの魔道書があった。
『エイボンの書 日本語版』
『ネクロノミコン 日本語版』
「さ〜て、僕が知らないうちに彼女はクトゥグアに憑かれちゃったんだね。今日、買い物に行って帰りが遅いと思〜ってたんだ」
「なんで気づかなかったんだ?」
「いや〜、これは僕の責任だね。彼女に生気をあげてから僕の力も弱まったから、気づけなかったんだと思うけど。こんな近くに居ても気づかないのは、ただの間抜けとしか言いようがない。面目ない」
苦虫を噛み潰した顔だ。
「後悔してるのか、罰」
「あぁ、後悔してるさ。あとは汚名返上といきましょう。って、恋ちゃん。君、狂戦士化してるんだ」
「しかたねぇだろが」
「まぁ、そうだねん。指揮君を助けるなら自然とこうなるねん」
と、雪女が襲ってきた。
「とっ、わたしゃが食い止めとくから、なんとかしろよ!」
恋が前に出て雪女をとどめる。
「恋ちゃん、助かるよ。でも、まだ限定解除は駄目だよ。やってもらいたいことあるから!!」
「え?畜生!!削り合いしかできねぇじゃねぇか!!」
恋と雪女は再びもつれ合った。
僕と丸々さんは彼女達と一定の距離を置く。
「クトゥグアを取り除かせる方法はあるのか?」
「あるよ。大丈〜夫。僕が居るんだ、彼女も君達も助けてみせ〜る」
「信じる」
丸々さんは嬉しそうに笑い。
「雪女の存在を安定させてやればい〜。そ〜すればクトゥグアが取り付く領域がなくなるから、憑き物は落ちる。も〜ともと妖怪が憑かれる事なんて滅多にない。それは人間みたいに存在定義が曖昧じゃないからねん。今の彼女は『雪山の雪女』でもないし、『お化け屋敷の雪女』でもない。所属がないんだねん。だから定義を僕らが与えてやればいいのだけど、『お化け屋敷の雪女』にするのは――」
「却下だ」
「だよね〜〜。僕も反対。彼女が指揮君に隷従する事だし。彼女の意思なしでそれは許しがたい」
僕だって、好き勝手に誰かを支配下に置きたいわけじゃない。
彼女はただ魅き寄せられただけで、僕に隷従するためじゃないのだ。
「な〜ら、他の存在定義だけど、それは僕が考えてるから問題ないよ。うん」
「なら、初めからそう言えよ」
「やっぱ前置きと説明は必要でしょ?」
「あとでその台詞、恋にチクるからな」
「あ〜そりゃカンベンよ〜」
掌を合わせて謝る。
「じゃあ、早く存在定義与えて来いよ」
「そ〜の前に、やらなきゃいけないことがあるねん。指揮君、まだ彼女に『えんがちょ』してないっしょ?あれやってくれないと、定義づけができな〜いのさ。微妙に『お化け屋敷の雪女』定義が彼女の中にあるからさ」
「そうか、なら僕が彼女に近づかなきゃいけないな」
「うん、そうだよ。それに多分、定義から開放してやるとその反動でクトゥグアも弾き飛ばされるから一石二鳥」
「でもどうやって僕は雪女に『えんがちょ』やりゃいいんだ?アレ、速くて僕じゃ捕捉できない」
「そのための恋ちゃんだよ。まだ、ちゃんとした意識を残してもらってるしね。彼女に雪女を羽交い絞めでもして動きを止めてもらう」
「おっしゃ」
僕は蜂蜜酒を取り出し、飲み干した。
またも意識がクリアとなり、視覚が多くのデータを取り込む。
「『えんがちょ』すればこっちの勝利だからねん」
「アイ・サー!」
僕は雪女に向かって駆けた。
まず気づいたのは恋。
「えんがちょ!」
僕のその言葉で理解し、恋は攻撃を止め、雪女を捕まえようとする。
だが、上手く抑えきれない。
「くそっ!」
このままでは失敗する。
「ンガイの森を示す!」
ネクロノミコンを片手に丸々さんはンガイの森の入り口を召喚した。
ンガイの森はかつてクトゥグアが焼き払った場所。
知っている場所の突然の出現により雪女の気が反れた。
その瞬間、恋は雪女を押さえつけ、僕は雪女に近づいた。
そして雪女の髪の毛で輪を作ると、
「えんがちょ!!」
2つ指でそれを切る。
『えんがちょ』完了
雪女から紅い火に包まれた子犬が出てきた。
「うひゃ!?」
恋はその反動で転んだが、問題はなさそう。
僕はその子犬を見て。
・・・可愛くないか?
愛玩動物。
だがその子犬―――クトゥグアは燃え尽きるように空間から姿を消した。
「あれはクトゥグアの断片だよ。ポッキーのチョコがついてない部分の10000分の1ってとこかな?」
「結構少ないな」
「無〜〜茶言っちゃいけない。本当のクトゥグア相手にするなんて、暴走したドラゴンボールを倒すと同等の意味だよ!」
「つまり僕達には到底無理ってことですね」
丸々さんは雪女の近くに行く。
よく見ると、溶けかけてる。
「クトゥグアを抱えていた事とさっきの戦闘で妖力がほぼ空になっている。こりゃ、1週間前と同じ状態だよ」
哀しそうな顔で雪女を見る。
「なんで僕に相談してくれなかったんだい?君だって自分の中に何か居ることぐらい分かっただろうに・・・」
丸々さんは悔しそうだった。
それに答えたのは弱弱しい雪女。
「ごめん・・・なさい・・・、丸ま・・るさん・・・」
「大丈夫だよ。僕は君を責めているわけじゃない、僕が僕を責めているんだ」
ぎゅ、と雪女を抱きしめた。
「まったく、僕が僕を責めているって、ただの自傷行為のMじゃない」
普通に戻った恋がぼやく。
「恋・・・・、もうちょっと空気読もうよ」
彼女の体は傷だらけだ。
あとで治療しなきゃ。
「丸々さん。雪女に存在定義を」
「あぁ、分かってる」
雪女を抱えた体勢のまま、丸々さんは雪女と向かい合い。
「君は今から存在定義を得る『丸々・罰の雪女』として、いいかい?」
「よろ・・こんで・・・」
雪女は丸々さんの首に手を回す。
二人は契約の口付けをした。